ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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37- 目を開けて夢を見よ

 

 

 

 

 剣を振るう。

 ただそれだけであらゆる相手を打倒してきた。

 

 世界征服を企む魔王やドラゴン、時には人類に絶望した勇者や悪の魔法使いだっていた。

 けれど、それはいつもゲームの中の話だ。

 現実の世界で棒切れを振り回したところで何も変わらなかった。

 

 どうしようもなくつまらない世界。

 雁字搦めのくだらない世界。

 面白くない奴らが作ったセンスの欠片もない世界。

 

 だからこそ、必死になって見返したかった。

 

 

 ___

 

 

 その巨大な翼で空を舞う無空竜。

 左目からは血を流す。

 血が滴り地面を塗らした。

 

 青白いその体には無数の切り傷があり、疲労の色が見える。

 幾度と繰り返した攻防の果て。

 

 手にした剣を強く握る。

 血の味が舌に広がる。

 

 全身に痛みを感じない場所はない、なのに体が思う通りに動く。

 動くごとに痛みが強くなる。それは代償なのだろう。

 痛みは感覚を遮るどころか研ぎ澄まし、靄がかかっていた視界が開けるように世界が広がる。

 

 無空竜の一挙手一投足を追い、その行動を先読みする。

 空からの急降下。

 飛ぶように避ける。

 タイルの地面が爆発したかのように落下地点を中心に煙が巻き上げられ、視界が塞がれる。

 

 空気を切り裂くような小さな音。

 空中で体を捻り、音のした方に剣を振るう。

 長い尻尾がしなる鞭のように煙を切り裂き現れる。

 それを上から叩くように切りさき、その反動で上に逃げる。

 

 さらに切られた場所からこちらの位置を特定した無空竜が突っ込んでくる。

 地面に足をつけ迎え撃つ。

 腕と剣がぶつかり合う。

 

 問答無用で吹き飛ばされる筈の身長差。

 それを覆すのが技。

 そして無空竜はそれを知っているがために、全力を乗せた力任せの動きはしない。

 あらゆるスペックで自分が優れていると知っているのだから。

 隙のない小技の応酬を続けていればいずれ勝つ。

 

 だからこそ、打ち合いになる。

 だからこそ、勝負になっていた。

 だからこそ。

 

 無空竜の左手が空を飛ぶ。

 

 鮮血が飛び無空竜の右目が大きく見開かれていた。

 

「……私はさ、アンノウンでずっと負けてたのは不調もあったけど、それだけじゃないんだよ」

 

 前へと進む。

 目の前にいる巨体の隙間を縫うように前へと。

 足を踏みこみ、腕を振るう、何千回、何万回と繰り返した所作。それに一秒も必要としない。

 剣は無空竜の腹を切り裂いた。

 

「これはあの日のお前に勝つためだけの剣」

 

 ただひたすら無空竜に勝つためだけにアンノウンで剣を振るった。

 確かにライムワールドとアンノウンでは感覚の違いがあった。しかし、それ以上に無空竜を倒すためだけに自分の中の全ての剣を専用に組み替えた。

 そのせいで負けるとも思わない相手にすら足元を掬われる事もあった。

 

 けれど、ライムワールドで最後に戦った無空竜。

 忘れもしない。あの日、最後にして最も完成された存在。何より畏怖し、屠るべき象徴として脳裏に刻まれたあの姿。

 いつか、もう一度、戦える日が来ることを信じていたから。

 

 だが、あの威圧感をこの無空竜からは感じられない。

 

 たった一度の経験の差。

 その結果がこの一撃。

 

「終わりにしよう」

 

 無空竜が吠える。

 翼が大きく開かれた。

 

「このゲームを!」

 

 剣を振るう。

 それまでそうしてきたように。これからもそうするために。

 

 その心臓に目掛けて。

 剣を。

 

 振るうはずだった。

 まるで忽然と無空竜の姿が消える。

 声が響く。

 

『まだ……!』

 

 剣と剣がぶつかりあう。

 煙の中から飛び出してきた、淡い青い髪が靡く。

 その左目からは血が流れ、左手も失っている。だというのにその唇は吊り上がり、戦う意思は一片たりともも失っていない。

 

 剣がぶつかり合い火花が飛んでいく。

 

『まだ……! まだ! まだ!』

 

 まるで駄々をこねる子供のようにソラは叫ぶ。

 その攻撃は我武者羅で、その表情は必死だった。

 一撃、一撃が重く。

 腕が痺れる。

 

 けれど、同じ条件ならば。

 負ける理由はない。

 切り返そうとすれば無空竜の姿になり空へと逃げる。

 

 無空竜の感情に任せた攻撃。

 小手先の技を捨てたが故に避ける他のない連撃が襲い掛かる。暴風が大地を揺らす。

 

 けれどそれは、これまで何度と倒してきたただのモンスターの動きにすぎない。

 一閃。

 無空竜の顔に傷がつく。

 どうしようもない驚愕の表情。

 

 あってはならない事が起きたように。無空竜は咆哮を上げる。

 その叫びは空気を振るえさせ、近隣の窓にヒビが入る。何処までも続くかと思う巨大な声量。

 ゆっくりと睨みつけるような仕草。

 

 その威迫はライムワールドで最後に戦った時にすら感じなかった。

 原始的な威圧感だった。

 

 

 

 ___

 

 

 

 無空竜は竜として基本的な能力しか持たないネームドだった。

 異常な巨体も。

 高速で飛ぶことも。

 炎を吐くことすらできない。

 

 けれど、だからこそプレイヤーが早い段階で出会える場所にいた。

 そして、最も早く攻略してきたプレイヤーと出会う。

 ネームドという存在すらまだ知られていないその時に。

 

 最初は何も考えずとも勝てた。

 けれど、すぐに相手は強くなる。

 強力な武器を、頑強な防具を、理解できない戦術を駆使し自分を倒そうと襲い掛かる。

 

 決死の戦闘。

 常にギリギリの戦いを制し、その度に学ぶ。

 弱い自分を作り替え、次も負けないように。

 学び続ける。

 

 ある時、気づく。

 何度、倒しても向かってくるその相手。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 手を替え品を替え向かってくる相手。

 相手はどんどんと強くなり、いつしか引き分けるようになった。

 

 どうすればあの相手に勝てる。それだけを考え、模索し続ける。

 自分に許された思考を全て使い、考え続ける。

 

 その相手と戦うために。

 

 自分の持てる全てで戦うために。

 

 プレイヤーを倒し続け、それだけでは飽き足らず他のモンスターすら襲い、経験をつみあげる。

 その中には最初は傷すらつけられない相手もいた。

 けれど、最後には勝つ。

 その全てを糧として。

 

 やがて無空竜は最強となった。

 

 思考が混じりあう。

 ぐちゃぐちゃに溶け合い、混ざり合う。

 

 そしてシンプルになっていく。

 勝てともう一人の自分が言う。

 

 もとより目の前の相手にだけは負けられない。

 全身全霊の力で咆哮を上げる。

 ただ勝つために。

 

 己のすべてをかけて全力で叫んだ。

 

 

 

 


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