天才ってやつは、何時だって世間をひっかきまわす。
自分が一番だって奴も、周りの迷惑なんて関係なく。
そういう連中に振り回されるのは、何時だって常識的な奴なんだよな。
はぁ?
シンは天才だって?
ティス、おまえはもう一度オーバーホールを受けてこいよ。
え? そう信じているって、あのな。
いや、そんな疑ってないよって顔で見られても。
まあ・・・・ありがと。
翌日の新聞は、一面がすべて『織斑・一夏』のことで一杯だった。
初めての男性搭乗者。全人類の男たちの希望で、女性の敵。なんてことにならなければいいが。
「彼女とは、彼方の女と書く、か。本当に訳が解らない存在にならなければいいけど」
男女の間には広く深い河がある、お互いを理解できないほどに。
そんな言葉を語った男がいたのを、シンは不意に思い出していた。
『ふみゅ』
ベンチに座って新聞を読むシンの隣で、ティスが首をかしげてハトとにらめっこしているが。
「で、何か調べたのか?」
『織斑・一夏、『ブリュンヒルデ』織斑・千冬の弟、家族はこの二人、もう一つだけ妙な反応があるけど、世間的には二人姉弟のみ。ISの生みの親の篠ノ之・束の幼馴染、妹の箒とも顔見知り。剣道をやっていたけど、止めて家事に従事』
スラスラと語るティスの瞳は、相変わらず一匹のハトを追っている。
何時もならこっちをじっと見て話すのに、今日はどうしたのだろうか。
『家事全般は完璧、優しくて人に親切。誰でも好かれる好青年で、他人の愛情に鈍感な朴念仁。恐らく、幼少期に親の愛情を貰わなかったため、その方面の感覚が発達しなかったのが原因』
なんで精神分析までしているのか、とシンは思ったのだが止めなかった。
さっきから動かずにこっちを見ているハト、いや正確にはハトのような機械の塊が鬱陶しいから。
『運動神経はFプラス、知能はFマイナス』
帝国基準で考えてやるなと、内心で突っ込みを入れる。
元々、科学技術に差がある。とすると、一般教育の内容もかなり違ってくるのが普通だ。二十世紀の学校教育と、十八世紀の教育が違うように。
言い過ぎだろうか、とシンは自分の考えを評価した後、変わらずにこちらを見ている、あるいは監視しているハトに視線を向けた。
『ん、やっていいの?』
攻撃合図と勘違いしたティスに軽く首を振って『ダメ』と示した後、軽く本当に挨拶程度に気合を叩きつけてみた。
そして、ハトは爆発したという。
「は?」
『た~~~まや~~』
「俺、『能力』を使ってないよな?」
『うん、使ってないよ。きっちり気合だけ』
「カルナさんに弟子入りした覚えはないんだけどな」
『真の英雄は目で殺す! やってないよ』
「式さんに殺されかけたけど、『そっちの』魔眼は持ってないよな?」
『残念だけど、持ってないね』
何度も死んでいるけど、とシンとティスは溜息をついた。
本当に、自分が生きてるのが不思議なくらいだ。容赦のない『神帝』の攻撃を受けて、何度も死んでいるのに生きている。
『『
懐かしがるティスの横で、シンは蒼白になって顔を片手で抑えた。地獄の日々だった、本当に生きているのか疑うくらいに。
『大丈夫、シン。大抵の英霊なら勝てるようにしたから! もうそんじょそこらの神様クラスなんて片手で潰せるくらいになっているから! 大丈夫、後はゴ●ラとか、赤い大きなドラゴンとかを素手で殺せれば完了だから!』。
一瞬、凄いいい笑顔で笑う師匠の姿を幻視して、シンは盛大に吐きそうになったという。
「戻ろうか、ティス。もう俺、休みたい」
『うんうん、了解、シン。でもさ、ヴァジュラの女王様に突撃した時は、いい笑顔していたよ』
「思い出させるなよ! あの時はナチュラル・ハイだったんだよ! なんだよBETAの巣に生身で突撃って! 最後のほうなんか、おまえは弱い者いじめって目で見てたじゃないか!」
『だって、片手で潰していたし』
「その後にヴァジュラがいるから突撃してこいって! あの人は本当に基準値がおかしいんだよ!」
『はいはい、シン。今は何もないから、今は何もないから』
背中を優しく撫でてくれるティスに、シンは原因の大半がおまえだろうが、と言いたくなった。
器用に空中を浮遊しながら背中をさすってくれる相棒なのだが、当時の彼女はもっと強烈で向こう見ずで、とても純粋だった。
『できるもん! 私の主様はすごいんだから! シンはあんなのに負けないから!』と、テラに食ってかかったティスのために、シン・アスカは色々な怪獣やら宇宙生物やらに突撃することになったのだが。
いい思い出と、割り切るには重い日々だった。
砕け散った画像の中に、最後に映ったのは赤い瞳の少年。
平和ボケしたような、何処にでもいるようなバカ。他の連中と同じなのに、特別な『何か』を従えている奴を見張っていたら、不意に見られた。
見つかるわけなんてないのに。絶対に解るわけないのに。彼はこちらを見て、睨みつけてきた。
瞬間、全身を切り刻まれた気がした。
怖くて苦しくて、上手く呼吸できなくて、意識が保てないくらいに辛くなって、モニターが途切れた。
「なに、あいつ」
ギュッと胸元をつかんで、大きく口を開いて息を吸う。
「なんなの、あいつ。あんなの、『人間じゃない』」
最後に見えた瞳。
赤い炎を連想させる瞳なのに、見られた瞬間に冷たく氷漬けにされた。
意味が解らない。そこらへんの凡人以下の、虫けらのはずだったのに。
「シン・アスカ。適正なんてないのに、反応するはずないのに」
ISのコアが、『貴方に従いたい』と反応を示した異物。
親友の弟君にのみ許された栄誉を、奪おうとした俗物。それなのに、拒否した愚か者。
最初は蔑みしかなかったのに、そこらへんの人間と同じ道端の石ころ程度でしかなかったのに。
怖いと、思った。初めて誰かを、心の底から怖いと感じた。
「絶対に何かインチキしている! こいつ私のISを馬鹿にして!!」
激情のままに立ち上がり、彼女は走り出す。
その先に待っているのが、何かを想像もせずに。
セシリアの家に戻ったシンは、彼女からバルコニーで話を振られていた。
「私は新学期からIS学園に通うことになりました。全寮制ですので、日本に移りますわ。シンさんとシャルロットさんは、どうなさいますか?」
不意に振られて、少しだけ考え込む。
学園は完全な治外法権、どの国の干渉も三年間は拒絶できる。明確に記された学則が、何処まで有効かは解らないが、チャンスはつかめるか。
「シャルロット、どうする?」
「そうだね。私も行ってみようかな」
彼女も同じ考えか。逃げるだけじゃなく、自分で飛び込むことでチャンスをつかむ。
最初の逃げていた気持ちから、少しは前向きになれたらしい。
「まあ! それでしたら私と一緒の部屋になりましょう! シャルロットさんなら大歓迎ですわ!」
嬉しそうに両手を合わせるセシリアに、シャルロットが疑問を投げる。
「え? 部屋割ってお願いできるの?」
「あくまで希望ですけれど、言わないで幸運を祈るより、言っておいたほうが確率が上がりますから」
「そうなんだ。セシリアと同じ部屋か・・・・・ええ?」
「まあ! シャルロットさん、何かご不満でも?」
「うん、そうだね。ベッドは学校のを使ってね」
「いくら私でもそのくらいの常識はありますわ!」
怒って両手を上げるセシリアに、『ごめん、冗談だよ』と笑いながら告げるシャルロット。
この家に来て、二人は本当に仲良くなったと思う。
今では冗談が言い合える親友、もしかして姉妹かと疑うこともあるくらいに、仲良くなってくれた。
時々、二人して怖いくらいの行動力を見せつけるが。
「ところで、シンさんはどうなさいますか?」
話の矛先が向けられたが、シンは即答した。
「俺も日本に行くさ。二人だけにすると、何をしでかすか解らないからな」
「まあ、シンさんは、私とシャルロットさんが何かすると?」
「酷いな。そんなに変なことしないよ」
頬を膨らませるセシリアと、苦笑しているシャルロット。二人を前にして、シンは小さく謝った。
「冗談だって。悪かったよ。俺は一般人として向かうからな」
「そうなんですの? シンさん一人くらいなら私のほうから学園に用務員か何かでお願いしますわよ?」
親切心で提案してくれるセシリアに、シンは首を振った。
「そこまでしてもらうわけにいかないさ。ただでさえ、この家でセシリアには厄介になっているからな」
「そのようなこと気になさらないでください。私は今の生活を気に入っていますので」
「だからって、何時までも好意に甘えられないさ。俺は向こうで住み込みの働き口でも探すから、二人は学園生活を楽しんでくれ」
貴重な学生の時間だから、とシンは胸中で付け足す。一足とびで学校を卒業して、短期教育で軍に入ってしまい、そのまま駆けあがって『ヴィルティラス』に所属し、騎士になった。
自分にはもう、体験することができない、青春の日々。
「どうせならシンと一緒が良かったなぁ」
「私もシンさんと研さんを積みたかったですわ」
残念そうな淑女二人を前に、シンは『こればっかりはどうしょうもない』と伝えておく。
その後も残念そうな二人を宥めて、その日は荷造りをしようという話になり、解散となった。
そして、夜。誰もが寝静まった頃に、シンは近場の公園に来ていた。
「何の用だ?」
ゆっくりと振り返ると、闇の中から女性が出てきた。頭にメカの兎耳をつけた、自分より年上の女性。
「・・・・・篠ノ之・束博士が、俺に何の用事ですか?」
「へぇ、私のこと知ってるんだ。君、どんな手品を使ったのさ?」
何の話だ。相手の意図が読めないシンに対して、束は怒りに染まった瞳を向ける。
「私のISに何をしたのって聞いてるの!!」
怒声と同時に、彼女は地面を蹴った。
右の拳が迫る。相手の動きに合わせて、シンは一歩を踏みこんで、スルリと横を通り抜けた。
「話が見えないのですが?」
「嘘をつくな! ISのコアがおまえに反応した! そんなことありえない!」
続いて蹴り、周り蹴りなんてスカートでするもんじゃない気がするが、彼女は気にした様子はない。
怒りで周りが見えてないだけか。
バックステップで大きく回避して、距離を開ける。
「あれはいっくんだけの特権なのに! 何をしたんだよ!」
「俺はISに反応されてません。何か思い違いじゃないんですか?」
「嘘をつくなって、馬鹿にするなって・・・・言ってるんだよ!!」
激昂と同時に彼女の背後から何かが来た。
一瞬、師匠の技能と同じかと疑ったが、まったく違う。
空間に波紋が浮かぶこともなく、七色の光芒が見えることもない、ただ単にIS技能の応用のミサイル兵器。
弾頭に概念兵装が追加されているわけもなく、神代の魔術や魔法が付加されているわけでもない。
単純な現代兵器。迫る六つのミサイルを、シンは右手の一閃で潰した。
「え、え?」
「ここは公園なので、危険物の持ち込みはご遠慮ください。習わなかったのか?」
「なんで、どうしてそんなことができるの!? ミサイルだよ! 爆発しないの?!」
「科学反応が起きなければ、火薬とは言え爆発しない。単純なことだろ?」
接触信管もなし、熱センサーも搭載されていない。目標が範囲内に入った途端に、連鎖爆発を起こす物体でもない。
単純にぶつかって爆発するだけのミサイルならば、片手一本で終わらせられる。
むしろ、対処できないならば地獄の特訓が待っているのだから。
「何をしたの?」
「物体には抵抗がある、一つ目の衝撃波が物体の抵抗力に当たっている間に二つ目の衝撃波を送り込めば、物体は抵抗出来ずに崩壊する。これの応用」
師匠のテラ・エーテルは、これを超重力砲相手に使って成功したらしいが、シンはそこまでの技量はまだない。
ブラックホールを潰せるだけの技量なんて、必要じゃないと感じるが。
「そんなこと人間に出来るわけがない。そんなの、不可能だよ」
「出来るさ。実際に俺がやっている」
「違う! おまえは何なのさ?! おまえは人間じゃない!」
彼女の悲鳴のような叫びに、シンはふと思った。自分が人間かどうかじゃない、彼女のことを考えていた。
まるで子供の癇癪、自分の思い通りにならなければ潰す、そんな単純な思考でしかない。
『うわ、この子もなんだ。シン、この子も親の愛情が欠落して、人間らしいコミュニケーション能力が未発達』
隣でティスが呆れた顔して、『これじゃISがパイロットに話しかけられないのも納得できる』と呟いている。
「普通、学校で身につくんじゃないのか?」
『う~~学校でまともに会話してないんじゃないの?』
「は?」
いや、そんなバカな。シンは素で呆れて、ティスを見てしまった。
人間は、社会性の生き物だとは、銀河帝国では当たり前の考え。
いくら超人的な能力を持った人物が多いとはいえ、それが一般的ではない。
人間は単体では、とても脆弱な生き物。なのに、霊長類の頂点に立てるのは、その社会性故に。
厳しい自然環境に対して、多くの同胞で社会という鎧を形成し、お互いに支え合って生きていく。
一人では獅子はもちろん、犬にさえ勝てない。だが、一人が例えば銃弾を作り、一人が銃身を作りと、多くの人が協力しあって作った銃があれば、獅子や犬には勝てる。
こうして人は、社会という力を得ることで巨大な勢力図を構築してきた。
だからこそ、学校ではコミュニケーション能力を学ぶ。
相手に自分の考えを伝え、相手の考えを知るためには、共通の知識を持つことが絶対条件。
同じ学びやで同じ制服を着ることで、同じ知識を学ぶ。こうした仲間意識が相手を尊重し、助けあう感情を作る。
知識や知能を高める、そんなのは一人でもできる。
しかし、コミュニケーション能力は集団の中でしか形成できない。だからこそ学校にて集団生活を行いながら、学んでいく。
これが銀河連邦での学校生活の常識なのだが。
それが欠落している。自分から社会性を捨てた人間は、当然のように社会という鎧から弾かれる。
仲間意識とは、当然のように異物を排除する意識でも有るからだ。だというのに、それが未発達。それがない。
シン、あまりに衝撃の事実に意識が遠のく気がした。
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ぁ!!」
泣きだして座り込んだ年上の女性は、とても小さく幼く見えてしまった。
「あ、悪かったよ。つい本気に・・・・・なってないか」
完全に手を抜いて、遊び半分どころじゃなく遊びが全部。
いや、今はそんなこと関係ない。この泣いている女性をどうにかしないと、かなり不味いことになる。
セシリアが怒る、シャルロットに軽蔑される。いいや、違う。もっと最悪な状況になる。
『シン、女の子を泣かせるなんて。俺はそんな教育はしてないはずなんだけどな』。
『シンさん、いい度胸ですね、テラさんの怒りを買うなんて。いいでしょう、『サイレント騎士団』全軍でお相手します』。
怒りを浮かべた師匠と、その巫女の冷笑が浮かぶ。最悪だ、かなり悪い方向に振り切られてしまう。
「えっと! そうだな・・・・えっと。よっし!!」
パンっと手を叩いて、彼女の前に片膝をついた。
「小さなお嬢さん、よろしければ涙を拭いて、私の声を聞いてくださいませんか?」
必殺、『困った時の紳士の真似ごと』。
無言で睨みつけてくる束だが、泣きやんではいる。注意は引けたようだ。
「ああ、私としたことが申し訳ない。お嬢さんにハンカチを差し出さずに。しかし、今の私はハンカチを持っていない、これはどうしたことか」
「何それ?」
「ようやくこちらを見てくださいましたね、お嬢さん。では、ハンカチの変わりに、この・・・・」
右手をくるりと回して差し出す。ポンっと音がして、その先に花びらが舞う。
「風と華のハンカチーフはいかがでしょう?」
「・・・・・・・ばっかじゃないの」
小さく微笑みながら、束はそう言った。
何処かすねたような雰囲気は、こちらは見下した様子は見られずに、ちょっと幼い少女の面影が見えるのみ。
「私は馬鹿ではありません。ああ、そういえば名乗るのが遅れました。これは失礼を」
一度だけ立ち上がり、大げさにターンした後、再び片膝をついて右手を胸の下、左手を後ろ腰に。
昔、ある屋敷で見た老紳士の一礼を思い出しながら、シンは深く頭を下げた。
「私は、シン・アスカというものです。どうか、この失礼な紳士見習いに名を教えて頂けますかな、小さなお嬢さん?」
顔を上げ、相手の顔を見た後に、小さくウィンク。
ボンっと音がして束が真っ赤になったが、気にしてはいけない。
「え、あの、篠ノ之・束です」
小さく消え入りそうな声で名を名乗った彼女に、そっと右手を差し出す。
「篠ノ之・束嬢、よい名前ですね。よろしければ、私と一曲、踊っていただけますか?」
「はい、私でよければ」
右手を乗せてくれた彼女に『失礼』と断り、立ち上がりながら彼女を引っ張り上げる。
「機嫌、治ったみたいだな」
「・・・・・あう」
「なんだよ?」
「意地悪」
「はぁ?」
パンっと手が振りほどかれ、束が走りだした。
「おい! 気をつけて帰れよ! 女の子が歩く時間じゃないんだから!」
大声で注意を呼び掛けると、彼女は振り返って、こちらを見た後に舌を出した。
「ベー! シン・アスカの馬鹿! 唐変朴!」
「なんだよそれ!?」
「それと! 君のことはシー君って呼んであげるよ!」
「はい?」
それっきり彼女は、闇の中に姿を消した。
「嵐が去ったなぁ」
『弟子って師匠に似るんだね』
「なんだよ、ティス?」
溜息をついた彼女は、小さく『ハーレム王』と言っていたのだが、シンの耳に届くことはなかった。
弟子は師匠に似るって話だけど、俺はテラさんには似てない。
あの人みたいに奥さんが十三人とか、俺には無理だ。
一人だって貰えるか解らない・・・・ってことはないか。
はい、隊長、何ですか?
今日の俺の任務?
見合い写真に目を通せって何でですか?!
ティス! これは何の陰謀だよ!
え? 若くして字持ちで騎士になったから、顔が売れてる?
ちょっと待てよ! 俺が顔バレしたら潜入任務ができないだろうが!
ハーレム野郎ってどういう意味だ?!