普段の行いって大切だって知った。
人間、信用第一。
誰にだっていい顔して、なんてことはないな。
俺は何時も精一杯やっていたんだけど。
それの評価がこれか。
なんだよ、ティス?
いい子いい子って、俺はなぁ。
その日、ハイネ・ヴェステンフルスは遅い時間に本部に入った。
前日まで零時までの行軍訓練を監視しており、出勤は午後二時を少しだけ回ったくらい。
「あれ、シンの奴はいないのか?」
珍しく机に彼の姿がない。
今日は確かデスクワークだったはずだ。任務も入っていないはずなのに、彼の姿がない。
突発的な任務でも入ったのかと考えていると、扉が勢いよく開かれた。
「誰か、シン・アスカを見た者はいるか?」
部隊長のエイルン・バザットが、鬼気迫る顔で聞いてくる。
「俺は今、来たばかりです。いないんですか?」
「ああ、いない。デスティニーもない」
機体ごと不在、まさかそんなとハイネの脳裏に色々な考えが浮かぶ。
「申請書類もない。あいつまさか」
エイルンの顔色が陰る。
まさか、あのシン・アスカにかぎってそんなことはないはずだ。勤勉で真面目で、どんな理不尽な状況も覆してきた彼が、そんなバカなと言葉が廻っていく。
「最悪、MIAとされる可能性が高い」
「そんな! 部隊長、いくらなんでもそれは酷すぎませんか?」
「しかしな。俺達は政庁直属の部隊だ、それが許可もなく装備を持ち出して行方不明ならば、その決断が下る可能性が高い」
苦渋の選択を強いられているのは、部隊長も同じ。
表情を歪ませる彼に、ハイネも言葉を止めて拳を握る。
「そんな、あいつが、こんなことになるなんて」
「致し方ない。が、まだ可能性があるだけだ。手空きの者を総動員して探し出す。シン・アスカが、MIAになる前に」
「はい、必ず探し出します」
「ああ」
二人はそう言いあって、がっしりと手を組み合う。
「あいつが、MIAになる前に」
「はい、部隊長!」
ここに男同志の固い結束が結ばれた。
すべては可愛い同僚のために。
という建前で。
「皇帝陛下が馬鹿をやって止められるのはシンだけだ」
「はい、俺たちがおもちゃにされる前に」
「ああ、防波堤となるあいつを見つけ出す」
「必ず探し出しましょう」
男たちの結束は、打算的な考えの結果だった。
「え? シンがいない?」
「はい、兄は任務中なんですか?」
政庁の執務室の中、アイリス・クロームクラウン・エーテル宰相は話された内容に疑問を浮かべた。
話を持ってきたのはマユ・アスカ。『戦華』と呼ばれるジョーカー帝国軍の中央四軍の第二軍のエース。
「二週間くらい戻っていないので、さすがに両親が不安を感じています。任務中で所在地を教えられないのは知っていますけど」
「ちょっと待って」
マユの言葉を遮って、アイリスはデータ・ボードに視線を向けた。
『ヴィルティラス』の任務内容まで保存されている、政庁内部のみのラインで繋がったボードには、彼の任務内容も記録されてはいるが。
シン・アスカは、任務に就いていない。今日もデスクワークをして本部にいるはずなのだが。
「あの子に任務を与えてはいないわよ?」
「え?」
マユは疑問を浮かべたまま、固まってしまった。
実際、彼は家に戻っていない。ずっと戻らず、そして政庁の本部にもいなく、任務も与えられていない。
「特殊任務とか、ですか?」
「私が把握してない任務なんて、ないと思いたいけど」
宰相である彼女にも知らされていない任務は、存在はしていない。政庁直属の部隊に命令権があるのは、部隊長と宰相、それに皇帝代理の三名のみ。
皇帝やその巫女にさえ、命令権は与えていないのだから。
部隊長が暴走、あり得ない。あのエイルン・バザットが、私情で部隊を動かすことはない。生真面目で愚直なまでの軍人なのだから。
とすると、皇帝代理か。それこそ、絶対にない。あのアセイラム・クリシュタリア・エーテルが、相談もなしに部隊を動かすなんて。
動かすとしたら、自分の騎士団だけだ。それに、今は書類を確認しており悪戦苦闘している。
アイリスの隣で。
「じゃ、兄は何処にいるんですか?」
問いかけに、彼女は少しだけ考えるそぶりを見せた後、データ・ボードに指を走らせた。
機体の状況、『ヴィルティラス』格納庫にアクセスして確認、目的の機体がハンガーに存在するか否か。
検索結果、存在せず。
「セラム、ちょっと厄介事よ。貴方、シンの行方を知らない?」
愛称で彼女を呼ぶと、書類が少しだけ揺れた。
「いえ、本部でデスク・ワークなのでしょう?」
書類から顔を上げた彼女は、ホッと一息ついていた。
来年度からの予算案がようやく出来上がったのだから、彼女の心労もこれで少しは軽減されるかもしれないが、次の書類が待っていることを知らないようだ。
せめて、少しの間は心労を和らげてあげたいのだが、そうもいかないらしい。
「いいえ、いないわ。そして、機体も行方不明」
話された内容に、アセイラムの表情が曇る。
任務でもなく、申請書類もなく、機体ごとの行方不明。特殊部隊ならば装備品ごといなくなった、敵前逃亡を疑うような状況。
「あの、兄は、その」
マユも予想がついたらしく、言葉が震えている。
「無断使用には、厳罰だったわね?」
「はい」
念を押すような話し方のアイリスに、アセイラムは小さく頷くしかなかった。
「そんな!! じゃ、お兄ちゃんは?!」
不安を全身で示す妹に対して、宰相と皇帝代理は無情に告げるしかなかった。
「MIA」
「そんなの! そんなのあんまりです!!」
悲痛なほどの叫び声が執務室に響いた。
『ヴィルティラス』の手すきは、残念ながら五人しかいなかった。
エイルンは速やかに五人を招集、シン・アスカの捜索を開始するつもりでいたのだが。
その前に、呼び出されてしまい、執務室に来ることになってしまった。
「シン・アスカが行方不明。機体も所在不明。知っていたの?」
アイリスからの質問に、エイルンは素直に答えるしかなかった。
「はい、そのため捜索隊を招集し、探索するつもりでした」
「必要ないわ」
冷たく言い放つアイリスは、書類を一枚だけ取り出して、エイルンへと差し出す。
「現時刻を持って、シン・アスカは『MIA』とします」
無情な通告に対して、エイルン・バザットは首を振った。
「お待ちください。まだそうと確定したわけでありません」
「いいえ、彼ならばきっとそうよ」
はっきりと断言するアイリスに、否定の言葉は届きそうにない。
「彼の師匠を知っているかしら?」
「もちろんです。帝国軍人としても、騎士としても、知らないならばそれは『スパイ』でしょう」
「結構。ならば、解るでしょう?」
弟子は師匠に似る。口外の意味に、エイルンは確かにと思わず同意をしてしまった。
彼の師匠、『神帝』テラ・エーテルならば軍に入っていても、騎士として活躍していても、ふらりと消えてしまうだろう。
そして、何処かで誰かを予想の斜め上な方法で救うのだろう。
きっとシン・アスカも、だ。
「では、そう通達します」
「解りました」
一礼し退出する彼の背中に、哀愁が漂っていた。
「・・・・はぁ」
一方、アイリスも深々と溜息をついてイスに腰掛ける。
まさか、彼までも、とは。いくら師匠が放浪癖があるとはいえ、彼は生真面目で勤勉で、任務に忠実な騎士だったのに。
いいや、一方でとても優しい青年だったから、これはある意味で予想通りの結末というべきか。
「ついに、シンまでも、ですね」
アセイラムも深くため息をついて、ゆっくりと指を動かしていく。
できれば、こんな日が来ないことを祈っていた。祈ってはいたが、心の何処かではそうなることを望んでいたのかもしれない。
シン・アスカが『MIA』を与えられる日を。
「セラム、貴方、望んでいたわね?」
「それはアイリスもでは?」
「優しい子だから、きっといつかはと思っていたけど、こんなに速いなんて思わなかったわ」
「私もです。けれど、いつかはこうなると予想はしていました」
「テラにこんなに似なくていいでしょうに」
「ですが、テラと同じように、あの子は多くの人を救う子ですから」
二人は、そこで笑い合った。
『
当人を無視して。
エイルンは、部隊の通信ネットワークにある書類を流した。
『シン・アスカは現時刻を持って『MIA』を受けた』。
流された内容に、『ヴィルティラス』総員が大いに嘆いた。最後の防壁が崩れ落ちたことを悲しみ、そして同士が増えたことを喜んでしまう。
「まさか、シンまでも、か」
深くため息をついた後に、エイルンは『これも宿命か』と小さく呟いた。
「はい、これで全員が『MIA』認定されました」
「嘆くべきか、あるいは皆が一心同体になった、と思うべきか」
部隊長の独白のような言葉に、ハイネはどう答えるべきか悩む。
「はぁ、誰が最初に言い出したのだろうな」
「先代です」
「あの人か」
無情な答えに、エイルンは大げさに嘆いて机に頭を打ち付けたのでした。
完全なシステムが構築された帝国において、戦闘中に行方不明になることはない。戦場全体を見通す監視体制と、弾丸一発の消費も見落とさない戦術システムが、全員の位置情報を常に監視している。
では、『MIA』とは何か。
戦闘中に行方不明、ではない。
『MIA』とは、『M-ミッション、I-行かずに、A-アホやった』の略称であり、現在の『ヴィルティラス』全員が貰ったもので、最後に残った一人がシンだった。
そして、この制度を言いだしたのは、他ならぬ初代『ヴィルティラス』部隊長―アリー・アル・サーシェスだったりする。
理由―『あいつら、任務中に人助けとか、いやよくやったと褒めてやりたいんだが、その後に任務完全完了とかやっているから文句も言えねぇし。よし、不名誉な称号を作ってやろう』。
ちなみに、だが。
シン・アスカの逃亡、あるいは逃げ出した可能性についてだが。
『あのシンにかぎってあり得ない。皇帝が相手でも魔王が相手でも、立ち向かっていく、立派な騎士だから』と、全員が否定した。
自分が何処にいても、何をやっていても、自分は自分なのだから変わりなんてない。
何処でなにがあっても、変わることなんてない。
だから、いい人達に囲まれて幸せなんだろうな。
なあ、ティス?