最近、日々が平穏だなぁって思う。
いや前の生活がきつかったとか、辛かったとかはなかったけど。
本当に平和でのんびりしているなって思ってたんだけど。
え、ティス?
フラグが立った?
なんだそれ?
シャルロットは時々、疑問を感じることがある。
シン・アスカとは何者なのか。
助けてもらったことは感謝している。何処にいても駆けつけてくれそうな安心感も、確かにある。
けれど、だ。
「なあ、シャル」
一夏に愛称で呼ばれ、顔を向けて見ると、彼はちょっと引いたような顔で外を指さしていた。
「あれって、シンじゃないのか?」
言われて指が向いたほうを見てみると、そこにはシンが歩いていた。
人なのだから歩くのは当たり前。彼が人でいいのかどうかは、ちょっと疑問を感じることなのだが、当人が人間といっているので歩くくらいはやるのだろうが、問題はその場所だ。
隣の校舎の屋上。そこに続くような階段は確かなかったはずなのに、彼はそこを歩いていて、一通り行ったり来たりした後に、飛び降りた。
「何してんだ?!」
「あそこは三階以上の高さじゃなかったか?!」
箒も驚いて窓に駆け寄ろうとしたので、シャルロットは嘆息交じりに告げることにした。
「あ、大丈夫だよ。シンだから」
「ええ、シンさんですから」
セシリアも同意を示すので、一夏と箒は『何言ってんだ』という顔で振り返り、再び窓まで走ろうとして固まる。
飛び降りたはずのシンが、再び屋上に戻っている。
「は?」
「いや、待て。また飛び降りて、また屋上に戻ってきた?!」
「なんでそんなことができるんだ?!」
驚いて大声を出すものだから、クラス全員が興味を引かれて窓に詰め寄り、シンの奇行を見ることになった。
「シン・アスカさんって何者?」
「あ~~何者だろうね」
詰め寄ってくるクラスメートに対して、シャルロットは自分も疑問だと内心で思いながらも、とりあえず半眼で呟く。
「人間の身体能力って鍛えるとあそこまで伸びるのか」
一夏が呟いた言葉に、奇妙な感情がついているように思えた。
憧れか嫉妬か。あるいは、そのどちらもか。彼は初めて会った時から、何処か強さを求めている節がある。
弱くては護れない、強くなければ意味がない。言葉の端々に、彼の内心の願望が見え隠れているようで、シャルロットは怖くなる時がある。
「噂では生徒会長も倒したって話らしいよ」
クラスメートの言葉に、教室中がざわめいた。
IS学園の最強と名高い生徒会長を沈めた人物。彼がISに乗れないのは先生側からの話で知れ渡っている。
となれば、彼は生身で生徒会長を下したということになるが。
シャルロットとセシリアからすれば、『ああ』と言って納得できる話だ。シン・アスカが負けることなんて、思い浮かばない。
とにかく、だ。
「止めた方がいいかな?」
「シンさんを止められる方がいるとは思えませんわ」
「だよね~」
そこで、どちらともなくため息をついたのでした。
用務員という仕事は、実はシンにとって初めての経験だった。
普段はウェイターからコック、あるいは先生までと任務に従ってあらゆる職業についたが、用務員になったことは一度もない。
どんな仕事なのだろうと考えていたシンに与えられた最初の任務は。
「掃除だ」
「・・・・なるほど」
モップとバケツを渡されたシンは、速やかに動いた。
ティスに従って立ち入り禁止の区画以外をモップで拭いていく。途中で校舎の内部構造を把握、電力や通信用のケーブルの位置確認、教室の配置、人の動きなども追加でマッピング開始。
IS学園といっても、普通の授業もあるらしく、廊下に漏れ聞こえる単語は帝国の学校でも聞いたことがあるもの。
「学生って、潜入任務の時以来かな」
『だよね。ブレザーや学生服のシンって、決まってなかったよね』
「そうかな?」
『そうだよ。やっぱりシンは軍服が一番だよ』
横を歩きながら、ティスはうんうんと腕組みして頷いている。
彼女は自信を持って言ってくれるのだが、シンとしては似合っているかどうか解らない。
ただ、帝国軍の軍服か、あるいは『ヴィルティラス』の軍服を着ていた期間が最も長い。
型にはめて、戦い方まではめるつもりはないと言っていたが、正式な行事には軍服を着ることを求められた。
顔に仮面かぶって軍服は、『ヴィルティラス』だけだったので、異様に目立っていたが。
他となると、とシンは思い出しかけて体が少しだけ震えた。
仮面に全身を覆い隠すマント装備。公式行事において、全身を隠して参加できるのはジョーカー銀河帝国でも、一つの部隊しかない。
『サイレント騎士団』近衛騎士。『レッド・ミラージュ』。最強の幻影と呼ばれた存在は、いるだけで恐怖を叩きつけてくる。
戦ったことはないが、戦って勝てると思ったことは一度もない。
『シン、怖いものが怖いままってことはないよ』
ティスに言われ、ハッとして足を動かした。
つい昔を思い出して止まってしまっていたらしいが、無理もないかと自分の行動に納得する。
本当に怖い存在だったから。
一通り廊下などをモップがけした後、天井とかの掃除まで言われたので壁走りとか、天井にはりついてやってみたのだが。
「そうか、おまえは人間じゃないんだな」
「はい?」
何故か千冬に呆れた顔で見られてしまい、どうしてそんな話になるのかと疑問を浮かべる。
「え、普通ですよね?」
「それの何処が普通だというんだ? 普通は天井に張りつくなんてできないぞ」
「は?」
シン、驚愕の事実を突きつけられる。
「いやいや嘘ですよね? 俺の周りはやりますよ。分身とか作って掃除とかしていましたし」
「何処の忍者だ、それは? 影分身とかやるのか?」
「多重影分身は必須技能だって言われましたよ」
今度は、千冬が絶句した。冗談で口にしたことを、さらに上回る言い方で返されて、言葉に詰まってしまう。
「・・・・おまえの『今の仕事』はそういうところか」
「さあ?」
軽くとぼけてみる。答えても問題はないかもしれないが、現在位置が不明な上に敵対国家の中かもしれないので、慎重に物事は進めるべきだ。
ティスが隣で『言ったら怒られる』と全身で語っているからじゃない、絶対にそうじゃないので。
「続きだ」
彼女は特に気にした様子もなく、シンに次々に用事を頼んでいくのだが、それを彼は生身一つで解決していく。
本当に有望な人材だったんだな、と千冬は後に山田・摩耶に語っていたというのだが。
その日は、珍しいくらいに快晴だった。
雲一つない空の下、一夏はセシリアの指導の元で訓練を行っていた。
そこにはシャルロットと箒もいて、『訓練を見てくれ』と言われたシンもいる。
「へぇ、中々いい動きだな」
「シンから見たら拙いんじゃないの?」
「いやいや、見事だって。つい先日まで素人だったにしては、上達したさ」
一夏の動きを眺めながら、自分の時はこんなに短時間で上手く動かせなかったことを思い出す。
あの頃は、毎日が必至だった。必死に頑張って、必死にやろうとしても上手くできなくて苦労して頑張って。
空中を飛びまわる一夏と、彼に対して攻撃を仕掛けるセシリア。
初めて見たが、セシリアも見事だ。射撃戦は、自分にとって苦手な部類なので上手く言えないが。
「そういえば、シンって射撃の腕もすごかったりして」
「俺はできなんだよ」
「え?」
事実を話したのだが、何故かシャルロットが止まってしまった。
「え、射撃できないの?」
「撃てないことはないけど、砲撃とかはおおざっぱになるし、狙撃なんてしようと思ったら止まるからな」
本当にどうしてと、誰もが疑問に思うほどに、シン・アスカは射撃戦の成績が良くない。
『ヴィルティラス』どころか、帝国軍や警察機構とか銃を扱う人たちを集めても下から数えたほうが速いくらいに、砲狙撃戦能力が低い。
「シンにも苦手なものがあったんだ」
「だから、俺だって人間なんだから、苦手なものくらいあるって」
「意外だなぁ」
ちょっと嬉しそうに笑うシャルロットに、何でだろうとシンが目線を向けた瞬間だった。
『シン!!!』
ティスの悲鳴と同時に、脳内に鳴り響く警告音。何がと目線を向けた先、訓練場―アリーナの中心に蒼い粒子が踊っていた。
蒼が増え、翠が混ざり合った後、金色が出現した。
「嘘、だろ」
姿を現したのは、金色の人型。全長は五メートルくらいの小型、一般的なISと同じ大きさなのだが、『それ』を見間違えるわけがない。
『なんだあれ?!』
『何者なのですか?!』
上空の一夏とセシリアの声に、シンは答えている余裕はない。
知っている機体だ。流れる粒子、金色の装甲、何よりも背中のバインダー型の装備は、とても見覚えがある。
機体コンセプトは、強襲。
一号機から三号機を通して、強襲しての敵地への侵攻及び殲滅を、隠したコンセプトとして設計された機体であり、中でも自分の愛機―『デスティニー』のデータを一部で取り入れた機体。
『RX-0』の形式番号を与えられた、可能性の獣の一匹。『マテリアル』以外で初めて再生装甲を実装した、MSの枠外になった機体。
それが静かに立ち上がり、頭部をゆっくりと回す。
『誰のISなんだ?』
迂闊に降りてくる一夏に、シンは鋭く叫んだ。
「逃げろ! 近づくんじゃない!」
『は? 何を・・・・』
シュンという音の後、ドゴンと轟音が舞い上がった。
咄嗟にというより、反射的にガードしたシンの両腕に衝撃が走る。
殴られたというより掴まれた、と判断した瞬間には壁に向かって自分が飛んでいた。
続いて衝撃、背中から叩きつけられたが、痛みはそれほどない。
瞬間的にティスがフォローしてくれた、ダメージは機体が変わりに受けてシン自身に損傷なし。
「クソ、なんで『フェネクス』がここにいるんだよ」
立ち上がり、睨みつける先で、その機体の全身に亀裂が入ったように輝きが増す。
装甲が展開、次々に開いてく装甲の果て、最後のフェイスガードと頭部アンテナが展開。
同時に粒子供給量が急激に増加して、『フェネクス』の周囲にシールドガトリングやビーム・マグナムが次々に構築されていく。
「四番機かよ! ティス!!」
『アロンダイトとエクスカリバー展開!』
右手に連結されたエクスカリバーを、左手にアロンダイトを持ったシンは、迷わずに地面を蹴とばす。
最大速力、手加減なしの一撃は、『フェネクス』の体をすり抜けた。
「量子テレポート?!」
『嘘?! こんなに速いの?!』
ティスのセンサーやレーダーをすり抜けるほどの速度。ハッとして気づいて後ろに刃を回す途中で、光刃が振り下ろされた。
両腕のビーム・トンファーが発光。ビーム・サーベルが二つとも振り下ろされ、シンの体を吹き飛ばす。
地面を転がる、何度も転がりながらも地面に二つの刃を突きつけて勢いを殺し、縮地発動。
同時に背中にバーニア展開。通常ノズルの推進力を利用した、倍化した加速だったのだが、『フェネクス』は展開していたシールドを間に挟み込んだ。
『思考制御直結なんて嘘だ!』
「こんなに速いなんてニューロ・コンピュータでも積んでんのかよ!!」
連続攻撃、両手の武器を次々に繰り出すのだが、ビットのように周囲に浮かんだ六つのシールドが次々に受け止めていく。
もちろん、シールドは無事ではなく一撃で斬られるのだが、数秒後には再生してしまう。
「厄介な!」
『さすが四番機! シン! ジェネレータを止めないと追いつかないよ!』
「解ってる! ティス! 援護!」
『了解! 『フェザー・ビット』展開!』
軽やかに翼が舞うように、羽根が幾つもシンの周囲に舞い踊る。
フェザー・ビットは羽根型のビットであり、射撃が苦手なシンのためにティスが直接コントロールするビットだ。速度と射撃性能に特化させてはいるが、使用されている金属の強度のため、実体剣としても使える。
ただし、一度の使用で損傷して壊れるため、完全な使い捨てだ。
百以上のフェザー・ビットが、『フェネクス』のシールドに突き刺さって破壊していく。
「そこだ!!」
シンはその間に本体に攻撃を仕掛けるが、相手もビーム・トンファーを起動して追従してくる。
一進一退の攻防が、続く。
一夏は、それを何とか眼で追っていた。
ふとしたら捕らえきれないものは、ISを通して何とか見えるくらいの速度で、次々に攻撃を繰り出すシンを何とか視界に収めていた。
「なんだよ、それ」
シールドが踊り、巨大な刃を振り回し、それを光の刃が受け止めて、受け流す。
相手は機械なのだろうか、あるいは何処かのISか。一夏には解らないが、ただ一つだけ解ることがある。
シン・アスカは、生身でISと互角に戦っている。これが、本当のISの戦いなのかと彼が思っていると、隣に浮かんでいたセシリアが悔しそうにつぶやく。
「やはり、シンさんは強すぎますわ」
「え? ISってあんな使い方ができるんじゃないのか?」
「いいえ。あの機体が、ISであるはずがありません。あんな速度やテレポートのような技術は、今の世界にはありません」
予想外のことを言われ、一夏は驚愕の顔でシンと未確認ISの戦闘を見つめた。
「けれど、今はシンさんの技量に驚くべきでしょう。あのような戦い方を生身で出来る人は、世界中を探してもいませんわ」
「シンが強いってことか」
「ええ、恐らく今の世界でシンさんに勝てる相手なんて、いません」
はっきりと言い切るセシリアに、一夏はギュッと拳を握り締めた。
最強。不意にそんな言葉が頭に浮かび、姉の姿が脳裏をよぎる。
今のシンと姉ならば、姉が勝つと信じたい。信じたいのだが、どうしても『勝てる』と思えない。
「なんでおまえはそんなに強いんだよ」
一夏の呟きに答えるものはなく、戦闘はやがて収束していった。
唐突な未確認ISの消失、あと一歩まで追いつめたシンの一撃は、光の粒子をまき散らすだけで、機体まで届かなかった。
地面に突き刺さった右手の武装を振り抜いて、彼は小さく息を吐いた。
汗一つかいていない、全力を出していないようなシンの姿に、一夏は心の底から嫉妬する自分を感じていた。
その日、IS学園で一つのアリーナが使用不能になった。原因は誰も知らず、関係者は口を閉ざした。
俺は恨まれているのかな、それともアイリスさんあたりを怒らせたのか。
いや、怒らせたら本人が来るよな。
まさか、リタが怒ったとか。いや、怒ったら文句をいいに来るな。
バナージかリディさんが。
なら、どうして『フェネクス』がこっちを襲撃してきたのか。
は?
『射撃戦が出来るようになりなさい』って、ティス。
誰からの伝言だ?!