クリスマスかぁ。
確か、サンタクロースって人が世界制覇を成し遂げた後、三千世界っていう異世界を旅して、海賊団を立ち上げた後に、神々に対してケンカを売ったっていう記念日が始まりなんだよな。
え、違う?
あれ、俺が聞いた話だと、そうなんだけど、違うのか?
まあ、いいか。とにかく、クリスマスだよな。
うん、あの馬鹿騒ぎだよ、ティス。
『本編関係なしです』って、何を言っているんだ、ティス?
その日、政庁内部の執務室では宰相アイリスと『ヴィルティラス』の初代部隊長が睨みあっていた。
「どうしても、なのね?」
「残念だがな」
何時ものクールさは何処へ言ったのか、彼は―アリー・アル・サーシェスはとても苦い顔をして肩をすくめた。
「俺だってこんな話を持っていきたくない。もう関係ない人間なんだからな。古巣に迷惑をかけたくはないが、どうしても、だ」
鋭く見つめてくる眼光に、以前のような迫力は宿っていない。
『鮮血の魔王』。彼が戦場で暴れ回っていた頃につけられたあだ名は、近隣すべての軍事関係者を震え上がらせた。
彼が存在する戦場に、死体の山が築かれなかったことは一度もない。
彼が向かう前線は常に死者と怨霊が渦巻く。
彼がいるだけで、あたり一面は血の海になる。
『神帝』や『凍焔の鬼神』と同じか、それ以上に恐怖の対象だった彼は、今ではすっかり保父さんになっていたが、彼の中にある本質は変わっていないらしい。
迫力はなくとも凄味はある。
「頼む」
彼は真っ直ぐに見詰めた後、頭を下げてきた。
一介の一般人がではない、かつて『鮮血の魔王』と呼ばれた『ヴィルティラス』初代部隊長が、頭を下げた。
アイリスはその事実を重く受け止め、結論を下す。
「いいわ。貴方にはかなりお世話になったから、私の責任の元で実行させます」
「恩に着るぜ、アイリス宰相殿」
「いいえ、けど、そうね」
承諾したはいいが、かなり不安な部分がるため、アイリスは表情を曇らせた。
ほぼ間違いなく、『あいつ』が出てくる可能性が高い。
「解っている」
サーシェスも理解を示しているのか、大きく頷いた後に拳を握り締めて突き出した。
「打開策はある、任せろ」
「そう、なら大丈夫ね。やりましょう」
はっきりと言い切ったアイリスに迷いはなかった。
こうして、人知れず裏側にて特殊な盟約は結ばれたのだった。
その日、シン・アスカは珍しくキラ・ヤマトの訪問を受けていた。
「でね、ここのプログラムがこうなるから」
「はぁ」
「うん、これでデスティニーの加速率が五十パーセントは上がるんだ」
「へぇ」
素直に凄いと思う技術の説明に、シンはちょっとだけわくわくしている自分を自覚していた。
しかし、だ。上手い話には裏があるもので、飛び付こうとして思いとどまる。
「で、見返りになにしろって言うんですか?」
「さすがシン! 話が速い! 昨日さ、飲み過ぎて深夜三時に帰ったら、フレイがね」
瞬間、嫌な予感が凄まじい勢いでシンの中を走り抜けていった。
フレイ・アルスター・ヤマト。キラの奥様であると同時に、帝国関係者ならば頭が上がらないであろう人物。
医師としての才能にあふれ、薬剤師にまで手を出して、ほぼ一人で病院が開けるんじゃないかっていう能力を発揮した女性は、その赤い髪のせいもあり、『医療界のフレイア』とか呼ばれていたりする。
外科手術を受けたい医師と聞かれたら、ブラック・ジャックの次あたりに名前が挙がるのだが、同時に怒らせるとかなり怖い人物でもある。
「禁酒を言い渡されたんだ」
「キラさん! 俺が必ず説得して見せます!!!」
「ありがとうシン!」
先ほどの寒気や嫌な予感など何処へ行ったのか、シン・アスカはがっしりとキラ・ヤマトと手を組んでいた。
酒好きにとって、いいや帝国関係者にとって『酒を飲むな』は『死んで地獄に堕ちろ』と同じ。
そんな非道なんて許せない、とシンは決意を決めて立ち上がり、ふっと背筋を通った寒気で固まった。
「そう、そっち側につくのね、シン?」
「ヒ!!」
妙に艶っぽい声が背後からした。誰がいるのか声で解るのだが、それ以上に目の前のキラ・ヤマトが蒼白になって震えて腰を抜かしているので、背後にいる人物が容易に予想できた。
「シン? 貴方はどっちの味方かしら? そこで腰を抜かしている『酒好きの馬鹿』?」
右側から伸びた手は、白くて細くてとても女性らしいものなのだが、冷たい冷気を纏った鬼の手にしか見えない。
「それとも、私の方かしら?」
ガシリと後頭部が握られた。
確か彼女は両手が使える器用な人だが、握力は何故か左手が強いらしい。戦艦の装甲を砕けるほどに。
「シ~~~ン?」
「・・・・お、俺は! 男の約束は裏切らない! 男に二言はないんだ!!」
全身を震えを抑えつけながら、シン・アスカは叫んだ。
目の前でキラが両手を握って、輝く目で拝んでいるのでグッと親指を突き出した。
貴方の酒のために。
ありがとう。
一瞬、二人はニュータイプでさえ超えるほどのテレパシーを交わしていた。
「へぇ、そう。見事な言い分ね」
ピシと音が、しなかった。
その代りに手が頭から離されたので、素早くシンは振り返り、身構えようとして絶句した。
「はぁ~~い」
フレイの他にもう一人、予想外の人物が片手を振って立っていたから。
「シェリル?!」
「久しぶりね、シン」
「何でここにいるんだよ?」
呆れて脱力するシンの横を、赤い閃光が走り抜けた。同時に、脱兎のごとく逃げ出す男がいたのだが、シンとしては目の前の『プライベートです』という服装の彼女に気を取られていたので見えなかった。
「最愛の男にクリスマスに会いに来ちゃいけないの?」
可愛くウィンクする彼女に対して、溜息まじりに手を振る。
「それ、前に週刊誌やおまえに恋した男性芸能人を追い払う嘘だろ?」
あの時はシェリルに対して半ばストーカーのように粘着して、そのまま自分と付き合っている結婚前提だとか言いだしたので、対応策として何故かシンと付き合っているという話を流したのだが。
どう考えても理解不能だった。確かにシェリルとは顔見知りで何度か任務で会っているが、どうして自分だったのか理解できない。
アセイラムやアイリスが『いいから頷いておきなさい』と命令してきたので、解りましたと答えていたが。
一方、シェリルはというと深々と溜息をついて、気合を入れ直すように右手を握り締めていた。
「いいわよ、長期戦覚悟の上だから」
「何の長期戦なんだよ。で、どうしたんだ?」
「ええ、そうね。貴方は任務優先だから・・・・・って聞いてないの、シン?」
「何を?」
心の底から不思議そうに聞き返すシンに対して、シェリルは何処か意地悪そうに笑って答えた。
「クリスマス特殊ミッションよ」
そして、シン・アスカの悲鳴が鳴り響いたのでした。
ジョーカー銀河帝国において、祝日というのは実は多くはない。
土日は休み。これは、一般企業に当てはまるが政庁には当てはまらない。365日、毎日が仕事の政庁は大々的に休みをとることはないが、それでも業務が止まることはある。
それに、帝国において皇帝の誕生日は祝日にはなっていない。
理由、現皇帝陛下が『俺の誕生日が休み? そんなバカな話ないない』とか宰相と皇帝代理が『え、あの馬鹿の誕生日が休み? 寒い冗談はやめて』と言っているから。
けれど、祝日は確実にある。その上で、ジョーカー銀河帝国は『お祭り好き』なところがあるため、こういうことが祝日として発生することがある。
12月の24日、25日。『皇帝勅命により全業務停止』、強制祝日。
『というより、騒いで楽しんで、どんちゃん騒ぎがしたい』と付け足した皇帝に、誰も否定の意見は出さなかった。
というわけで、ジョーカー銀河帝国においてクリスマスの二日間はあらゆる場所が休みになる。
医療関係も休みになると命にかかわるといった意見があったり、食料品とかどうするのか、国境の警備はどうなるのか。
すべて『じゃ、俺の騎士団が展開するから』、『ならこっちの騎士団も出しましょう』と皇帝陛下と皇妃達の騎士団が帝国各所を埋め尽くし、変わりの業務を行うので問題解決。
しかし、だ。
皇帝の勅命が下ったとしても、それに全員が同意して休むわけではない。
一部の反骨精神ある者達は『休まない』を選択し、今日も『Xディ』に向けての準備を進めている。
「諸君、ついにこの日が来た」
薄暗い室内、何処に誰がいるのか、どのくらいの人数が集まっているのかも解らない場所で、男は淡々と話を進める。
「日々の重責に耐え、屈辱を飲み表情を引き締め、感情を逆なでられる日々にも耐え忍んで、我々はこの日を待っていた」
男は顔の前で腕を組んだまま、視線は闇を見つめる。
「ついに、だ。ついに、我々の出番が来た。日頃から理不尽な要求を突き付けてくる『奴ら』に、我々の牙を突き立てる時だ」
周囲が僅かに騒がしくなる。誰もがこの日を待っていた、理不尽で馬鹿の塊の皇帝の下、必死に生きて耐えてきた。
政庁の理不尽な要求に、何とか我慢して毎日を過ごしてきた。
「諸君、ついにだ。我々は今日の日を迎えた。今こそ我々は帝国すべてを駆け巡り、反旗を翻す時だ」
「おおお!!」
自然と声を漏れた。誰もが待っていた瞬間の到来に、歓喜が声となって全員の口から零れ落ちる。
「諸君! 今こそだ! 今こそ我らの実力を示す時だ! あの馬鹿皇帝に思い知らしめる時だ!!」
男が立ち上がり、拳を突き上げる。
「おおおおお!!」
室内に巨大な叫び声が渦巻き、誰ともなく立ち上がり拳を突き上げる。
「今こそ立つのだ同士達よ!」
「おおおおお!」
情熱は抑えつけられた分だけ巨大になり、室内に熱気をもたらせて、さらに多くの者達の心に火をつける。
「今こそ鉄槌を! 理不尽なすべてに反逆を!」
「おおお!!」
もう誰も止められない、全員が獲物を背に背負って足踏みをする。
「馬鹿皇帝に死を!」
「おおお・・・・え?」
「いや、ちょっと待って」
巻きあがりかけた熱が急速に冷め、室内にいた誰もが隣の人と顔を見合わせる中で、一人だけ冷静に声をかけた人物がいるのだが。
最初に発言していた男は、拳を突き上げたまま叫び続ける。
「あの馬鹿に反逆を!」
「え、あれ、そんな話だっけ?」
「いやいや、違うでしょうが。今回の集まりは違うんじゃないの?」
周りの混乱を余所に一人だけ熱血している男に対して、二人の女性が近づいてハリセンを持ち上げた。
「いざ!」
「いざじゃないわよ!! 皇帝のあんたが自分を殺せって言ってどうするの!?」
「馬鹿なことを言ってないでください!」
「ふぎゃ?!」
見事にハリセンは、言いだした男―皇帝テラ・エーテルを撃沈した。
「よし、撃沈。サーシェス、こっちはいいわよ?」
「あ~~悪い結局はこうなっちまったか」
溜息をついて振り返った、ハリセンを持った女性―アイリスの言葉に、サーシェスは目を回して倒れている皇帝に目を向けて、深々と溜息をついた。
「いい上司なんだけどな」
「馬鹿だから仕方ないでしょう? で、作戦立案者殿、説明を」
「おう」
彼は気を取り直して、全員を見回す。
大会議室には銀河帝国軍や警察機構、情報局といった場所に所属している全員が集まっていた。
「始めるぞ、野郎ども」
ニヤリと笑うサーシェスの後ろに、巨大な文字が踊る。
『クリスマス・プレゼント輸送ミッション』と。
事の起こりはそう、彼がアイリスを訪ねた時だ。
今年の11月の終わり、色々な国が財政難で経済破綻。住む家もなくなり、食べるものに困った難民がかなり帝国へと流れ込んだ。
幸いというかなんというか、政府関係者全員が必死に頑張った結果、就職難民といった非常事態にはならなかったが。
難民の子どもたち、あるいは親がいなく孤児院に入った子たちには、クリスマス・プレゼントがもらえない、という事態になった。
この件にいち早く気がついたのが、サーシェスだ。
年に一回のクリスマス、それにプレゼントがもらえないなんて。子供の心に傷をつけるわけにいかない。かといって、自分一人ではできることは少ない。
考えに考えた末、彼は古巣―『ヴィルティラス』、あるいは政庁を頼ることにした。
当初、アイリスは難色を示した。理解はできる、納得もする。けれど、無い袖は振れない。
どうしようと考えていたが、そこは理不尽で馬鹿の塊の『皇帝陛下』が一発解決。
何処をどうやったのか知らないが、全員分のプレゼントを一日で用意。軽く一億以上はあったのだが、笑顔で『用意したよ』と言った皇帝に、珍しく宰相は『さすが私の夫ね』と笑顔で告げたという。
よし、後は配るだけと考えていたのだが、そこに待ったがかかった。
『やるなら派手にやろう。全員に配ろう』と言いだした皇帝のために、政府すべてを巻き込んだ一大イベントに発展。
こうして、帝国国民の子供たちすべてにプレゼントを配る一大『バカ』イベントは始まったのでした。
「いいか、俺達の役目は夜の間に、子供たちに気づかれず、プレゼントを枕元に置くことだ。各家庭のご両親には了解を得ている、速やかに玄関より入れてもらい、枕元にプレゼントを設置、撤収。いいな?」
「了解です!」
「全帝国政府職員関係者、すべてでやる一大行事だ。失敗は即ち、『帝国の底が知れる』ことになる」
「おお!!」
気合は十分、誰の目にも諦めや絶望はない。
「行くぞ野郎ども!!」
「我が国の宝! 子供達の笑顔のために!!」
その日、帝国中の子どもたちはサンタクロースがいることを信じたのでした。
シン・アスカは思う。
この国は馬鹿が多い、変人が多い、けれど決して冷たい人が多くないのがいいところなのかもしれない。
「何を見ているの?」
そっと隣に歩いてきたのはティーラだ。遠くでシェリルが『出遅れた』とか言っていたが、シンは別に今から来ればいいだろうと思っていたりする。
「街並みさ」
とある街の丘の上、見事にクリスマス・プレゼントを配り終えたから、それぞれの場所でパーティが開かれている。
全員が集まると大騒ぎになるから、複数の場所に分けてのパーティなのだが、大騒ぎをするのだから関係ないのかもしれない。
「灯りが綺麗ね」
シンが見下ろすのは、主星の中でも大都市といえる街。一つ一つの家に灯りがあって、一つ一つの灯りに家族が穏やかに暮らしている。
「ああ、俺達が護るべき灯火だな」
「ええ、そうね」
「・・・・・・え、ティーラだよな?」
「ええ」
「今、灯りが綺麗って言わなかったか?」
予想外な人物から予想外に柔らかい声がしたので、シンは思わず彼女を見つめてしまった。
「私も女ですから」
対して、彼女は怒るでもなく微笑みながら、右手を動かした。
「鈍感朴念仁って言われなくないなら、もう少し女心を理解しなさい、『凍焔の鬼神』様?」
シンの胸に指を突き刺しながら、軽くウィンクしたティーラは、そのまま丘を下りて行ってしまった。
一方で、シンは彼女の背を見送った後、夜空を見上げて小さく口を開く。
「好意には鈍感かもしれないけど、心の機微くらいは解るつもりさ」
さて、どうしようと考えながら。
背中から流れてくる殺気に似た気配には、気づかないふりをしつつ。
蛇足として。
『これ、面白いね』、『恒例行事にしましょうか』といった話が交わされ、以後の帝国では毎年、行われるようになったとか。
面白かったよな。
でもさ、あの頃から色々と周りがうるさくなったんだよな。
あ、お見合いの話が出始めたので、あの頃からか。
全部、断っていたから任務に組み込まれたのかな。
まさか、そんなはずないよな。
え、キラさんの件?
俺とキラさんで土下座して、何とかフレイさんの許可を貰ったよ。
ティス、情けないって言わないって、何でだよ?
やり遂げた、偉い? 褒めるなよ、悲しくなる。