最初に彼女に会ったとき、酷く怯えていたな。
周り中が怖くて、自分が信じられなくて、消えたくなってそうで。
話し掛けても震えて俯いてこっちを見てくれなかった。
何度か会う中で、彼女が転生者だって知って。
前の人生が酷いものだったことを知って。
なあ、ティス。俺がもし転生者だったら、どうなっていたのかな?
『シンはシンだよ』か?
そうだよな、俺は俺だよな。
もしも、人生が二度あるならば、苦しい道は選ばないといった人がいた。もしももう一度やり直せるならば、どんな対価を払ってもいいと言った人もいた。
人生は一度きり。だからこそ、誰もが足掻くのだろうか。絶対に退けない一線を決めて、そこから先へ行かないように。
しかし、確実に二度目の人生を歩んでいる人はいる。多くの人が羨望の眼差しで見つめる中で、彼らあるいは彼女達は小さく首を振る。
こんな人生は、苦しいだけだ、と。
「リタは、そんな気持ちだったのかな?」
小さく口を呟いて出たのは、彼自身が思ってもいなかったこと。
リタは転生者だ。前の人生はとても酷くて苦しくて、最後には救われたらしいが、本当かどうか確かめようはない。
たぶん、師匠―テラ・エーテルならば調べることができるのだろうが、リタ自身が望んでいないから、調べたことはないだろう。
『シャドー・ネットワーク』は、探査や調査専門の秘匿情報ツール。それが調べられないものはなく、それが調べたものはイグドラシル・ユニットにおさめられて、知識の図書館で整理される。
そして、『オラクル』と呼ばれる存在が、それらを司り知識と情報を集め続け、帝国の平穏を支える柱の一つになる。
彼ならばきっと、リタがどういった人生を歩んできたのかは知っているのかもしれないが、彼は語らないだろう。
『シン』
「ん、なんでもないよ、ティス」
隣で不安そうに見上げてくる少女の頭をなでながら、シン・アスカはアリーナの中心に立っていた。
今頃、織斑・一夏と凰・鈴音の対戦が始まったころか。
全校生徒が戦いを見るためにアリーナに集まったこの時期に、シン・アスカは別のアリーナを借りて待っていた。
「本当に来るのかしら?」
少し離れた場所にいる生徒会長―更識・楯無の呟きに、シンは空を見上げて拳を握る。
「来るさ」
根拠はない、自信もない。けれど、ティスと自分の感が告げている。
フェネクスはここに来る、と。
「聞いてもいいかしら? 貴方はどうやって戦うつもりなの? 私にも来るなって言ったわよね?」
「ああ、あいつと戦うとしたら周りを気に出来ないからな。織斑先生に誰も近寄らせないように頼んだのに、どうしてあんたはここにいるんだ?」
「私は生徒会長よ。生徒達の安全を守る必要があるの」
「俺は用務員だけど?」
「同じよ。貴方が倒されたら、私が対処するのよ」
パッと彼女が扇子を開くと、『お解り?』と文字が書かれていた。
「ISって便利だよな。そんなこともできるのか?」
「貴方の『相棒』よりはできないことのほうが多いわよ? それに、私だけじゃないみたいだけど」
「何してんだか」
楯無が示す先、アリーナの観客席の一部の景色が歪んでいる。光学迷彩か、便利なものがあるんだな、とシンは呆れながら思っていた。
「束! 一歩も動くなよ! 気にしてやれないからな!」
「ひゃい?! 解った」
ビクッと景色が歪んで、再び静かになっていく。
気づかれてないつもりだったのだろうか、最初にアリーナに来た時からティスが警告を出しているし、気配が垂れ流しなのですぐに解ったから。
「篠ノ之・束博士って、人見知りで人間嫌いだって聞いていたのだけれど?」
「人は変われるんだよ。楯無だって、何か変わりたいものあるだろ?」
質問に質問を返すと、彼女の表情が少しだけ歪む。過去の後悔か、あるいは今も続いている苦悩か。どちらにしろ、彼女にも取り戻したい過去があるみたいだ。
「なあ、もしも、さ」
「何かしら?」
「もしも、人生を最初からやり直せるとしたら、どうする?」
不意討ちのように話した内容に、楯無は『冗談』と返答はせずに考え込んでいた。
律儀な奴だなと思いつつ、シンは右手を開いてゆっくりと握りこむ。
「・・・・人は生きていればやり直したい過去の一つや二つあるわよ」
「重い響きだな。さすが先輩ってところか?」
「茶化さないでよ。私は茶化してないわよ」
「悪い。そうだよな・・・・・でもさ、人生って一度しかないから精一杯やろうと思えるんだよな」
たぶん、誰もが転生してと望みながらも、心のどこかでは一度だけの人生と割り切って生きている。
もう一度、もう一回だけあればと願いながらも、どうしょうもない人生を精一杯に。前に前にと、進んでいく。
そうだよな、リタ。とシンは心の中で呟いた。
光が流れる。緑色の粒子がシンの視界に溢れだし、やがて一つの形へと収束していく。
金色の鎧を纏った、機械の翼を広げた不死鳥。
「あれが、フェネクス」
楯無の呟きを合図に、シンは地面を蹴とばす。
出し惜しみなし。最初から全開の全力、すでに両手にはエクスカリバーとアロンダイトを握っていて、最初の一撃を繰り出した。
赤い閃光が大地を裂く。全力の一撃の最初は左手のエクスカリバー。連結された巨大な対艦刀は、それだけで絶大な一撃となる。
フェネクスの右手が動く。ビーム・トンファーが粒子の刃を発生させ、光が溢れだした。
ジェネレータ直結、一時的なリミッターカットによる『擬似対艦刀』の発生。ビーム・サーベルではなく、ビーム・ブレード。巨大な刃とエクスカリバーがぶつかり合い、行き場をなくしたエネルギーが荒れ狂う。
「リタ! 聞こえてるんだろ!」
相手にパイロットはいない。彼女が乗っているわけではない。そんなことはよく解っている。無人機でオート・ドライブ中、ティスが調べた結果を疑うことはない。
けれど、叫ぶ。
「おまえに何があったか知らないけどな!」
エクスカリバーが弾かれる、流れる左半身の勢いをそのまま右半身へと流して、本命の一撃。
全身の体重と渾身の力で叩きつけられるアロンダイトの一撃が、フェネクスの左側のシールドを叩き潰す。
先端から半ばまで切り裂かれたシールドだが、すでに機体から離れ空中にある。フェネクスの機体は僅かに後ろに下がり、左手に粒子が集結してビーム・マグナムになった。
「おまえがどんな人生を歩んできたなんて知らないけどな!」
銃口がこちらを向いた。瞬間、シンは相手の指先の動きと銃内部のエネルギーの流れが、『見えた』。
放たれる弾丸を、彼は寸前で回避。エネルギーの余波にさえ囚われず、真っ直ぐに前に突き進む。
「いいかげんに怯えるのは止めろ!」
二つの刃を重ねて横薙ぎ。前に出た勢いのまま、体ごと回転させての二重攻撃は、フェネクスのボディを僅かに削る。
けれど、傷ついた装甲とシールドは、粒子がまとわりついてすぐに修復される。
「ここはおまえがいた世界じゃない!」
関係ないとばかりにシンは前に。一撃で落ちないなら二撃で、二撃で落ちないなら三撃で。相手が沈むまで攻撃して倒すだけだ。
「ここはおまえが死んだ世界じゃない!」
周囲に粒子が踊る。次々に武装が構築されていく中を、シンはただフェネクスの本体を追い詰める。
相手がどんな武装を創ろうが、関係ない。相手の攻撃が来るかもしれないなんて心配は、微塵もしていない。
こちらには頼りになる相棒がいる。
『フェザー・ビット! シールド・ビット! 全展開! モード『決闘』!!』
羽のようなビットが生み出される武装に突き刺さり爆発。楯のようなビットが周囲からの攻撃を反らして進路確保。
周囲に漂うフェネクスの武装に対して、二種類のビットが動きまわって撃破と妨害を続ける。
これがモード『決闘』。一対一へ強制的に相手を追い込むために、すべてのビットを使った『結界』。
「ここは! 俺達の帝国は! おまえに何も強要しない!」
フェネクスが両手のビーム・トンファーを発生。増大させたエネルギーの刃が、二つともブレードとなってエクスカリバーとアロンダイトを弾く。
両手が左右に弾かれたことで、シンの体が止まる。
チャンスとフェネクスが前に出た。両手以外に武装を持たないシンに対して、フェネクスは両手以外にも武装がある。
頭部のバルカンが放たれる、弾丸は真っ直ぐにシン・アスカへと向かって、虚空を薙いだ。
「おまえが辛いならそう言えよ!」
シンの姿はフェネクスの背後。
左右の手に引き抜くは、特殊な金属を使ったシンの中でも上から数えたほうがいいほどに強力な武装。
『ウロボロス』。
一撃、二撃と振られる刃はフェネクスの装甲を削りながら、周囲に漂う粒子を喰らい始める。
「おまえが怖いなら助けてって言えよ!」
粒子の供給量よりも、ウロボロスの吸収力が上だ。いくら無限機関とはいえ供給量よりも消費量が多ければ次第に枯渇していく。
武装が展開できず、装甲も再生できないフェネクスは、機動力を低下させていた。
「おまえが辛いならそう言えよ! 俺達は仲間だろうが!」
攻撃の手を緩めずに、シンはただ叫ぶ。
相手はサイコ・フレームを使った、パイロットの『意志』を取り込んで動く機体だ。そこにリタはいない、いるわけがない。けれど、彼女の悲哀はそこに宿っている。
最も深く最も大きく、リタの悲しみを吸った機体。フェネクス四番機は、戸惑うように動きを固めていった。
「おまえが辛くて悲しいなら一緒に受け止めてやる! おまえが痛いなら一緒に背負ってやる!」
アイリスが何故、四番機を選んだのかは、きっとそこだろう。リタの悲しみを最も多く封じ込めた機体は、まるで彼女の過去の呪縛の象徴でもあるから。
「俺が! 俺達が! おまえの隣にいてやる! だからもう!」
右手の『ウロボロス』の一撃が、フェイスガードを割る。その下から出てきたのは、何処か幼い顔の少女の仮面だった。
「もうそんなに泣くなよ」
泣いているようなそれが背を向け、背中が見えた瞬間に、シンは右手でライフルを持ち上げた。
三発の銃弾は、正確に『彼女』の背を撃った。
ライフルはISの武装を拝借した。どう考えてもデスティニーの武装では怖いため、ISのライフルを借りて、至近距離から撃って装甲を貫通させることにした。
近接戦闘で追い詰めて、至近距離で狙って撃つ。
フェネクスは主機関が崩壊したことで、三つの機関の統制が崩れたためか、次第に粒子に変換されて崩れていく。
機密保持のための自壊作用かもしれない。甘いところある、非常識な考え方をする、それでも彼女は五つの太陽系を支配下におく銀河帝国の宰相だ。
アイリスのやることに抜かりはない。彼女が本気になれば、たった一人で帝国を回すことができるのは、伊達や酔狂で言われていることではない。
事実、あの人は冗談抜きで帝国を一人で運営できる技能があるから。
「終わったの?」
「ああ、終わった」
隣にきた楯無と、恐る恐ると近づいてきた束。二人を振り返り、シンは両手の剣をしまう。
「凄い戦い方ね。本当に貴方、人間?」
「人間だよ。普通の人間だって・・・・・まあ、騎士ではあるけど」
「そうなの。へぇ~~」
何故か、とても寒気のする目で楯無に見られて居心地悪くなったシンは、小さく後ろに下がったのだが。
頬を膨らませて両手を振り上げている束が、ゆっくりと近づいてきて胸に両手を叩きつけてくる。
「シー君の浮気者!」
「はぁ?! なんだよそれは?!」
「うううう!! なんでか解らないけどいいたくなったの?!」
「ちょっと待てって!」
意味不明な怒られた方に、シンはため息をつきながら彼女を自分から離す。
「あのな」
いい掛けて、シンは背後からの気配に振り返った。
フェネクスが崩壊した場所、揺らぐような陽炎が立ちあがり、それが一人の少女の姿を形作る。
「リタ?」
『・・・・・シン、ありがとう。大好き』
微笑みながら告げた幻は、そのまま風に流されるように消えた。
「・・・・・・俺、殺される」
がっくりと彼は膝をついた。
あのリタに告白された。嬉しいことかもしれない、美人に好かれるなど男冥利に尽きる。
しかし、だ。彼女の姉を明言している存在を思い出すと、命の危険しかない。
アイリス・クロームクラウン・エーテル宰相。リタを溺愛し、彼女のために機密の塊の機体を一個、ポンっと手放すような存在。
槍と剣の両手装備で、あのテラ・エーテルを追い詰める存在の溺愛した少女の愛情を受け取ったことを知ったら、確実に殺しに来る。
『リタを護れるかどうか、テストしましょう。いいわね、シン。殺して上げるからそこに座れ』、とか言って全力で来そうだ。
「ちょっと大丈夫?」
「シー君、なんで蒼白なの?」
楯無と束の二人に心配されても、シンはとても立ち直れそうにない。
なんとかしないと。軍事機密を公言しても許してくれそうだが、こと身内のことになると厳しい彼女の対処の仕方。
色々と考えたシンは、ゆっくりと立ち上がり、清々しいほどの笑顔を空へと向けてから心の中で呟いた。
『無理だ、諦めよう』。
どうにでもなれ、と諦めたシンの耳に緊急通信が入った。
『シン・アスカ! 今すぐこちらのアリーナに来い!』
「織斑先生? 一体、何が?」
『未確認ISの襲撃だ!』
敵襲、フェネクスとまったく別の。反射的に束に視線を向けると、彼女は慌てて両手をあげて首を振った。
「私は知らないよ! いっ君と箒ちゃんに迷惑かけたくないもの! それにちーちゃんを怒らせたくないし! なによりシー君に!」
必死な様子の彼女に違うかと思いながら、シンは解ったと束に伝えた後、走り出した。
「楯無さん! 束のことよろしく!」
「ええ、解ったわ!」
背後からの返事を聞きながら、シンはアリーナの中を疾走。一夏達が使っているアリーナまで最短ルートを走破。
『シン・アスカ、電子ロックを外せるか?!』
「了解!」
返答しながらティスに目くばせ。
『了解! えい!』
ティスが両手を振り下ろすと同時に、学園中に警報が響き渡った。
『うむ、システムごとフリーズして緊急避難を開始させたほうが速いのです』
『シン・アスカ、後で学園の避難誘導システムにどうやってアクセスしたか、じっくり聞かせてもらうぞ』
「は、ははは」
やりすぎだろうとシンは呆れながら走り、そしてアリーナの屋根の淵に降り立つ。
アリーナの中では一夏の白式とリンの甲龍が、未知のISと対峙していた。
見たことのない機体だ。シンの知っている帝国の機体のどれとも一致しないし、今まで見たことのあるISとも一致しない。
『シン、あれを撃破できるか? 二人には・・・・』
千冬からの通信に、すぐに動き出そうとしたシンは、見てしまった。
こちらを向いた一夏の視線が、『安堵』したのを。
「俺は動きません。生徒達は避難させてください」
『どういうことだ? 織斑と凰を助けないつもりか?』
「はい。あいつらだけでどうにかさせます」
『貴様、二人の命がかかっているんだぞ』
「かかってませんよ」
小さくシンは言い置いえて、アリーナの観客席まで『転移』した。
織斑・一夏は混乱していた。
リンとの一戦。相手を泣かしたこと、彼女の言っている意味を違うふうに捉えていたこと。シンに殴られたこと。
色々と考えて、色々と悩んで。考えた結果を持って臨んだ一戦だったのに、無粋な乱入者に妨害された。
誰か知らないが、相手の武装は一級品らしく、アリーナに施された防御用フィールドを貫通。生徒たちもドアがロックされて観客席から逃げ出せない。
逃げろと言ってきたリンを無視して立ち向かったものの、手ごたえなんてなくて逃げ回るしかない。
エネルギーも少なくなってきた。こんな時に彼ならば、シン・アスカならどうするかと考えてしまい、やがて一夏は知らず知らずのうちに『彼が来てくれたら』と考えるようになった。
「一夏! 逃げなさい!」
「うるさい! 今シンが来てくれるから、だから」
「あいつが来たからなんだっていうのよ?!」
「シンならこんなやつ簡単に!」
叫びながら視界を回した時、アリーナの観客席の屋根に、人影が見えた。
シンだ。ようやく来てくれた、これでこいつを倒してくれる。
無意識に安堵した一夏に対して、彼は『鋭く睨みつけた』ように見えた。
気のせいかと考えている間に、シンの姿は観客席のところに。
「シン! こいつを倒してくれ! 俺とリンじゃ無理なんだ!」
「何でだ?」
緊張感と追い詰められた怖さに震えながらも叫んだ言葉に、シンはとても冷たい声で答えた。
何故、どうして、そんなことを言っている暇に倒せるんじゃないのか。
戸惑う一夏は、シンの隣に近づいているシャルロットとセシリアを視界に収めて、彼女達に助力を願った。
「二人とも! シンに言ってくれ! こいつを倒さないと!」
「え、あ、でも」
シャルロットはシンと一夏を交互に見つめ、戸惑ったように言葉に詰まる。
一方のセシリアは無言で一夏を見ていた。その瞳には、わずかながらの落胆が見える。
「なんでだよ!? こいつを倒さないと被害が広がるんだぞ!」
「知っている。だからさ、『さっさとおまえが倒せよ』一夏」
「は? 何言ってるんだ。俺じゃ倒せないから、おまえに」
「甘えるなよ、一夏」
冷たく突き放すように、シンの言葉が刺さった。
「何が、何が甘えるなだよ! 俺たちが死んでもいいのかよ!?」
「死ぬ? そんな程度の相手に? 笑い話なら後で聞いてやる」
シン・アスカは、何処までも冷たく淡々と言葉を紡ぐ。まるで相手など問題ではないように、今の一夏が『手こずっている』ことが間違っているように。
「何でだよ」
理解できない、解らない。シンを見たまま固まった一夏に対して、彼は鋭く睨みつけた。
「動揺しているんじゃない!!」
怒声がアリーナを揺らした。気合の入った言葉に、思わず一夏は一歩だけ足を下げていた。
「相手をよく見ろ! 敵の攻撃は! 今のおまえの状態は! そんな程度の敵に殺される? 死ぬ? ふざけるなよ織斑・一夏! おれはおまえをそんな柔に育てたおぼえはない!」
圧倒される。今のシンは訓練の時よりも大きくて、訓練の時よりも怖い印象を受けた。
けれど、一夏の足は下がらなかった。何故か無意識に、『下がるな』と叫んでいるように、体はその場に留まる。
「周りをよく見てみろ! おまえの手のあるものをよく見ろ! 白式は無理だっているのか?! 周りの生徒達は怖がってないか?!」
自然と視線が手の中の『雪片』に向けられ、続いてアリーナの観客席で逃げている途中の生徒達へと動く。
誰もが怖いと全身で語っていた。助けてと叫んでいた。
手の中の剣は暖かく鼓動している。やれる、まだできる。逃げないで、立ち向かえと叫んでいる。
「ここで逃げて俺に頼って敵を倒して! おまえはそれで『恥じない人間』になれるのかよ?! 答えろ! 織斑・一夏!!」
「俺は・・・・」
「聞こえないぞ!」
「俺は! 俺は逃げないからな!!」
気合が体を通り抜けた。周り中がよく見える、今まで怖かった攻撃が、まるでおもちゃのように感じた。
敵の動きがよく見える。相手の攻撃のタイミング、回避のタイミング。なんだこんなものかと心のどこかで、冷静に見ている自分がいる。
シンの動きに比べたら、まるで稚拙な赤ん坊。彼の攻撃に比べたら、子供の遊戯のようだ。
一歩一歩と一夏は近づいていく。彼としては歩行しているつもりでも、白式は鋭く飛翔していた。
相手の右手が上がる、あの光学兵器が来る。
「遅いな、お前」
瞬間、『零落白夜』の光が流れた。
ハッと一夏が振り返ると、敵が崩れ落ちて爆発したところだった。
「できるだろうが、甘えんなよ」
観客席で、シンは呆れたように溜息をついて、階段を上がっていった。
そうか、彼は自分をここまで鍛えてくれたのか。気づかず甘えて逃げていたのは、自分の弱さか。
「ありがとな、シン」
背を向けた彼は、右手を横に向けて親指を突き出した。
二つの戦闘を見つめながら、織斑・千冬はシン・アスカに対しての考察をしていた。
一夏が強くなったのは、彼のおかげだ。信じられないくらいに技量が伸び、精神的な未熟さが鍛えられている。
一方で、生身で音速戦闘を行う彼は何者なのだろうか。
今日の未確認ISの襲撃の時の対応も、その後の一夏への激励も、とても十七歳の少年のものではない。
「あるいは、軍人か」
小さく口を出した言葉に、『まさか、な』と否定した。
彼が軍人ではない、軍人の気配はするがもっと別の。
騎士、か。千冬は自分の直感が出した答えに、思わず苦笑してしまう。今の世の中に、そう呼ばれる人物はいたとしても、実際に『騎士』である人物はいない。
中世ではない、現代において騎士はとても無力だ。個人がすべてを決定し、戦局を変えるなんてありえない。
「しかし、な」
彼を見ていると、それが出来そうに感じる。一夏を鍛え上げたこと、リンとの仲を取り持ったこと、箒への影響、セシリアやシャルロットの対応等など。
なによりあの幼馴染を変えたこと。色々なことを思い浮かべて、千冬は資料を広げた。
「おまえなら、こいつらをどうにかできるか?」
広げた資料は二つ。書かれた内容はそれぞれ、問題があるような生徒のものだった。
過剰な期待って重圧になるよな。俺は普通の騎士なのに、世界さえ変えられるなんて思われてさ。
世界を変えるなんて俺には無理だって。できるとしたら、ガイさんとか、ゼンガーさんとか、あるいはテラさんとか。
いや、あの人はマジで創造神と同じ能力を持っているから、世界を変えるよな。世界を『生み出す』ことが可能って本当なのかな?
ん、どうしたんだ、ティス?
軍人としての心構えと、姉妹ケンカの仲裁?
なんだよ、特殊任務か?
その微妙な顔は、どうした?