バレンタインデーって、あれだよな。
確か聖職者が認められない種族同士の結婚を祝福して、どっかの国で処刑されてしまって、正義に目覚めた騎士団が国家に突撃して崩壊させたって奴。
『打倒暴虐な王国』『人々に純愛を』とか掲げて、民衆の先頭に立って戦ったから、恋人達の大切な日となったとか。
で、昔の日本の御菓子メーカーが、『とろける恋心』は『甘いチョコレート』と同じでチョコレート送るって宣伝したのが始まりだったって話。
何で知っているって?
ティス、俺ってさ、その日は殺されかけたんだよ、忘れたのか?
シン・アスカの実力は、ヴィルティラスにおいては真ん中くらい。試合とか模擬戦とかにおいて、彼の勝率は決して高くはない。
精々、七割を超えるくらい。全戦全勝の不敗神話とか構築されることはない。
けれど、特定の状況下においてはシン・アスカの強さは跳ね上がる。未だに不敗神話を貫くテラ・エーテルを止めることができるのは、銀河帝国においては彼のみ。
ある事件において彼のことが世間に広まってからは、ヴィルティラスのシン・アスカへのファンレターやら見合の申し込みやらで、業務が滞る寸前まで追い込まれたほど。
「お兄ちゃんってモテるよね?」
「そうか?」
「悪い気しないでしょ?」
「まあ、俺も男だからな」
ある日のアスカ家の兄妹の会話。
両親が遅くなると言われた日、珍しく二人は同じ時間に家で夕食を摂っていた。
「結婚とか考えていたりするの?」
「いつかはするだろうけど、俺はまだまだ強くなりたいからな」
真っ直ぐに天井を見つめ呟く兄に対して、妹は手に持った味噌汁へ目線を落とす。
兄の背中は小さい頃、とても近くにあったのに今では遠いな、と思いながら。
「今だって強いと思うけど?」
小さくこぼした言葉に、兄は首を振った。
「俺はまだまださ。まだもっと強くなれる、まだまだ上がいるからもっと駆け上がりたい。だからさ」
「そっか」
見つめてくる兄の顔は、軍人や兵士というよりは、騎士のもの。
苦難に立ち向かう勇気を持て。いつか誰かが言っていたことを思い出しながら、妹は小さくため息をついた。
「で、何だけどさ」
迷いながら目線を泳がせる妹。
「解っているけど、もう少しいいだろ?」
兄は妹から顔を反らすことなく見つめる。
禁断の関係、そんなことはない。多少、マユのほうが『ブラコン』気味だが一線を越えることはない。
「『あれ』どうするの?」
「愛情って重いんだよ、解るだろ?」
ダイニングの一角。二メートル四方の場所を占領している物体を、マユは半眼で指さす。
対してシンは、大きく嘆いて項垂れた。
巨大な、とても巨大なチョコレートの彫像。台座の部分に、『最愛なるシン・アスカへ。私を食べなさい』とかハート付きで書いてあるが、視界に入らないようにしている。
「うん、シェリルさんのセンスってよく解らない」
「俺に言わないでくれ」
「自分の彫像型のチョコレートを贈るくらいなら、私は夜這いするな」
無意識にマユが呟いた言葉に、シンは思わず茶碗を落とした。
「・・・・・は?」
「お兄ちゃんじゃないからね。貰ってくれるならお願いしますって言うけど」
ニヤリと笑って見つめてくる妹に、『あ、これはからかっているだけだ』とシンは察して苦笑を返す。
「ばぁか、おまえはもっといい男を見つけろよ」
「残念。いい男かぁ。ハイネさんとか?」
「いい人だよ、あの人は」
思わず出された名前に、シンはうんうんと頷く。
面倒見はよく気配り上手。話も上手くて歌も上手い、その上でルックスがいいのに、それを鼻にかけることなく誰にも自然体で接する。
相談すれば時間がないのに親身になって話を聞いてくれるなど、彼のためなら死ねるという軍人は多い。
「エイルンさん」
「部隊長はいい人っていうより、いい男だな。男が惚れる男ってああいう人だろうな」
正義漢で真っ直ぐ。誰の危機にも駆けつけて、絶対に自分を曲げない。相手が国家だろうと帝国だろうと、間違っていれば立ち向かう熱血漢。
一度でも護ると決めた者は絶対に護り抜く。誰もを奮い立たせるとは、ああいう人を言うのだろう。
「テラさん」
瞬間、シン・アスカはきょとんとした顔をした後に、唸るように悩みだして、そして清々しい顔で告げた。
「義兄になるくらいなら死んでやる」
「うわぁ」
迷いなく言い切る兄に対して、妹は『呆れた顔で笑った』のでした。
2月14日、机の上に置かれた日付で、シンは今日がその日だと知った。
「あ、今日か」
不意に呟くと同時に、執務机の横に段ボールが三つほど放り投げられる。
「シン・アスカ! それがお前への郵便物だ!」
何故に怒っているのか。疑問を感じるが、配達人はそう告げて去っていく。背中に巨大なカートを引きながら。
「次! ハイネ!!」
「げ?! 今日だったのか?!」
「うるさい! 俺に配達なぞさせるな!」
顔面蒼白になったハイネのところに、ダンボール箱が六つほど放り投げられる。
「え、え?」
「マジか。第五太陽系の演習監督していて忘れてた。今日か、そうか」
何故かうなだれながらダンボールを開けるハイネ。
同時にヴィルティラスの本部内では、いたるところで同じような光景が広がっていた。
「さあ! スザク!! 私の愛を受け止めて!!」
「ユフィ?! 待って! そのチョコレートを塗った拳は止めて! 僕」
妙に軽い音と共に、スザクらしい物体が音速を超えて飛んでいき、壁を突き破って廊下に転がったような。
「はい、ゼンガー」
「ああ」
ロリコンの疑いを最近になってかけられた親分が、八歳くらいの女の子からチョコレートを渡されていたり。
「ちょっと待て! 落ちつけ!!」
「ん」
何故か部隊長が、全身をラッピングリボンで包んだ女性に追いかけられていたり。
「なんだ、これ?」
「ああ、おまえは初めてだったか?」
呆れているシンの隣に来たハイネが、手に持ったチョコレートをかじりながら苦笑している。
「はい、え? まさか風物詩?」
「ヴィルティラスが始まってから、延々と続いている風物詩さ。まあ、初代部隊長がいないだけマシか」
「え?」
予想外の言葉がハイネの口から零れた頃、問題の初代部隊長はというと。
「せんせい、あげる」
「わたしのほうがさきだよ」
「ねえ、せんせい」
「わたしのたべて」
「おい、ガキども、何してんだ?」
何故か園児たちに囲まれてチョコレートを差し出されていたり。
「順番はこちらです」
「整理券はこちらです」
「ちょっと待て、お前ら何処からわいた?!」
何故か、彼へチョコレートを渡す行列ができていて、臨時で配置された帝国軍人が整理券を配っていたりしたが、あまり関係ない話かもしれない。
ある人いわく、『結婚しないおまえが悪い』。
場面は再びシンのところへ。
軽い殺気を感じた彼は、思わず飛び跳ねて回避。避けたはずなのに体の一部を捕まえられ、受け身を取る前に地面に叩き落とされた。
「ッ?! ってティーラ?!」
「シン、受け取りなさい」
冷たく細く、戦場でもみたことないほどの鋭い眼を向けながら、彼女は手に持った剣を突き刺した。
シンの口の中へ。
「甘?! なんだこれ?!」
「手作りのチョコレートです。味見をしなさい」
「はい?! なにその気合を入れた味見?!」
混乱するシンだが、日本刀の形をしたチョコレートを律義に食べる。
「うまいと思うけど」
「そうですか。では、こっちが本命です」
心臓の上に、そっと置かれたのはハート型のチョコレートが入った箱。
えっと疑問を浮かべる彼の視界に、見たことないほど綺麗な笑顔を浮かべる女性が映り込む。
「シン、愛していますよ」
「・・・・・いや、俺を免罪符にしないでくれるとありがたい」
「チ」
瞬間、ティーラは舌打ちしてシンの上から素早く体をどかす。
彼女は前のお見合い写真の一件で、本格的に彼氏か夫を探す手段に出たらしく、こういったことを日常的にやってくるようになった。
対象は常にシンなので、周りは『やっと決心がついた』と思っているのだが、シン・アスカは『え、そこまで追い詰められているのか』としか感じていない。
「まあ、いいでしょう。シン、それは上げます。しっかりと味わいなさい」
髪をかきあげて去っていく彼女は、とても美しくて綺麗なのだが。
「なんで最初に殺気をぶつけられたんだろう?」
「おい、お前な」
呆れたハイネの言葉に振り返ったシンに向けて、彼は小さく告げた。
「いいかげん、人の機微じゃなく人の好意に聡くなれよ」
「はぁ?」
「じゃないと本気で刺されるぞ」
忠告を置いてハイネは、自分の席へと戻っていく。その背を見送りながら、シンはティーラが置いていったチョコレートを口に運んだ。
「甘い」
ほんのりと甘い、けれど甘すぎない。自分好みの味つけだった。
馬鹿騒ぎのような一日が終わり、なんとか業務もこなせた夕方。
そういえば今日は姿が見えないなとデスティニーの格納庫に来たシンは、機体の前に見知らぬ女性が立っているのを見つけた。
誰だろうと近づいていく。ここにいるからヴィルティラスの所属なのだろうが、見覚えはない。
年齢的に二十歳くらいか。長い青色のワンピースに、朱色のカーディガン。背中のほうが少し長く、まるで翼のような模様が見える。
髪は藤色で腰まで、肩口から軽くウェーブのかかった髪型は、何処かで見覚えがある。
声をかけようとして、彼女が振り返る。
流れる髪を抑えるように、優雅な仕草で振り返った女性は。
「ティス?」
『はい、シン。我が主、今日は一年に一度の特別な日だから』
軽やかに鈴のように語り、穏やかに微笑む彼女は、普段のティスの面影を残しながらも、大人の女性に見えていた。
『だから、精一杯の意地を張ってみたの。シン、貴方はいつか愛する人を見つけるのでしょう。そして年をとっていく。私も同じ、貴方と共に生きて過ごして、そして貴方の隣で眠ります』
ゆっくりと近づいてくる彼女は、誇らしげに語りながら、右手を差し出す。
『貴方が誰かと結ばれて、誰かと子供を育てる。そんな未来の傍らに私がいられるように、これは精一杯の我儘と、ちょっとだけの意地悪』
妖艶な笑みを浮かべなおしたティスは、その右手に小さなチョコレートを持っていた。
『貴方の傍に、常に私が、『デスティニー・イレイザー』のティスが居続けられるように。セント・バレンタインだよ、シン』
ポンっと音がして、ティスの姿はいつもと変わらないものに戻った。
『残念、時間切れだったよ。じゃあね、シン』
クルリと一回転したティスは、そのまま姿を消した。
後には小さなチョコレートが床に残されていて、シンは無言でそれを手にとって、口に運んだ。
「・・・・・・・」
そして彼は倒れた、と。
「いいか、シン。マテリアルってのはな、味覚がきちんとあるんだよ」
病室で師匠のテラは、呆れた顔で告げていた。
「けどな、生まれたばかりだと、人間らしい味覚っていうのは、まだまだ学習段階でな」
あきれ顔のテラの隣には、穏やかな気配が浮かんでいるが姿までは見えない。
きっと彼女が『マリア』なのだろう。
『シン、シン』
反対側には泣きじゃくるティスが、ベッドに縋りついていた。
「しかも、人間らしい『感覚』も未熟だからな。迂闊に食べ物を口に入れるなって教えておけばよかったな」
「はい」
「トリカブトへの耐性、毒耐性をつけといてよかったな」
「師匠のお陰です」
よく生きてたなと、テラはシン・アスカが食べたチョコレートの成分一覧表を見て呟いた。
『ま、そうじゃなければ再訓練だったな』と彼の口が動いたことに、シンは身体的不調以上の重圧を感じたのでした。
「シン! 死にかけたって本当?!」
「お兄ちゃん何してるの!?」
「死ぬなら私の腕の中にしなさい!」
その後、彼のことを心配した一団が病室に流れ込み、『うるさい』と怒った赤い髪の女性に叩きだされたのでした。
本当、まさかって事態だったな。まさか、一番の相棒に殺されかける日がくるなんて思わなかったよ。
いや、今は料理もできるし裁縫とかもできるから、助かっているけど。
なんだよ、ティス。『その節はご迷惑を』って?
いいさ、普段から助かっているから。
でもチョコレートは止めてくれ。
『シンの馬鹿』。