困難は自分を鍛えてくれるから、遠慮なく立ち向かえって師匠が言っていたけど。
なんだか最近、困難が向こうから来るような気がするな。
というより、俺が考えなしなのか?
ティス、何だよ?
『節操なし』?
おい、ちょっと待て。どういう意味だ?
学内のトーナメントまで後少しというところで、学園側から意外な通知が届けられた。
「は? タッグマッチ?」
「そうなんだ」
花壇の手入れをしていたシンは、一夏から予想もしてないことを告げられていた。
「個人戦じゃなかったのか?」
「前の襲撃から、個人で対応するのではなく、二人で対応をしたほうがいいって話になったらしい」
そういうものか、とシンは土を掘り返しながら考える。
集団で戦うことはあった。色々な人と組んで戦闘というのもかなり経験したのだが、タッグでというのは思いつかない。
大抵の場合、単体で敵陣に突入。あるいは防衛ポイントに配置が多かったから。
「それで、どうしたんだ?」
「俺のパートナーは誰がいいか、シンに選んでもらおうと思って」
「一夏の?」
球根を植えるべきか、花そのものの方がいいか。色々と考えながら、隣にいるティスが見つめる先の穴を眺める。
「そうだな。ラウラと組んでも面白い戦い方ができるだろうし、簪でもいいかもしれないな」
「簪かぁ」
最近になって専用機が完成したので一緒に訓練するようになった彼女は、その武装のおかげで誰と組んでも持ち味を損なわない面白さを持っている。
遠距離なら荷電粒子砲やミサイル、近距離ならば長刀といった風に。本人の技量もそれなりにあるので、足を引っ張ることはないだろう。
「シンが薦めるとしたら?」
「俺が? そうだな、一夏が組むとしたらセシリアだな」
「遠距離攻撃タイプだからって理由か?」
「いや、セシリアが一番、『援護攻撃の意味を知っている』からだな」
疑問を浮かべる一夏に、シンは少しだけ苦笑して顔を向けた。
一口に遠距離といっても、攻撃手段、攻撃方法で様々な役割がある。
狙撃、砲撃、あるいは囮、前衛への攻撃を妨害したり。それを行うには広い視野が必要になってくるため、突撃する一夏に合わせるとしたら広い視野に自在な攻撃方法を持つセシリアが最も相性がいい。
シャルロットも豊富な武装を使って遠距離でも近距離でも行けるが、今の一夏の技量に合わせるとしたら近距離での攻撃は返って邪魔になる。
リンも同様な理由で合わせられないだろうし、箒もまだまだ技量が足りていない。
簪もいい線までは行くだろうが、ミサイルと荷電粒子砲のような直線攻撃では、一夏の攻撃ラインに被ってしまう。
となると、曲線的な攻撃方法を持つラウラかセシリアとなるが、ラウラはどちらかといえば遠距離というよりは中距離遊撃の立ち位置になる。
「だから、セシリアか」
「何度か訓練を見ていると、セシリアは一歩引いた位置で攻撃してくるからな。ビットもライフルも狙撃しながら、わざと『外す』ことで注意を反らすことをしている」
「最近は動きながらビットもライフルも使っているから、当て難いって感じてはいたけど」
そうなるのかと一夏が頷いているのを見て、シンは呆れたような顔を向けた。
「あのな、一夏がもっときっちりと技量をあげていれば、簪やシャルロットのほうが戦い易いし、戦い方を組み立てやすくなるんだぞ?」
「いや、俺だって強くなっている・・・・よな?」
どうしてそこで自信のないような言い方になるのか。
普通に考えて、一夏の技量の上がり方は異常だ。完全素人が一か月くらいで代表候補生に並ぶような技量になるものだろうか。
元々の才能か、それとも地力が違ったのか。鍛えているシンでさえ、目を疑う反応をするときがある。
「強くなっているよ。ただな、もう少し『遊び』が入ればな。おまえは直線的すぎるんだよ。反応できない相手なら一撃だろうけど、反応できる相手には『攻撃をここにします』って注意しているようなものだからな」
「そうなのか? 訓練でも箒やリンを撃破できているじゃないか」
「初見殺しにはなっているだけで、二度三度とやればすぐに対応してくるさ。実際、シャルロットやセシリアを撃破したことないだろ?」
一夏が考え込む仕草を見せる。
鋭く細く、最速で攻撃を繰り出す一夏は確かに強い。おそらくだが、世界的に見ても彼の一撃を回避できる人物は少ないだろう。
しかし、だ。決して絶対や万能ではない。極度の集中の中で繰り出される一撃は零落白夜の能力もあって、必死の一撃にはなっている。
ただ、それだけで終わってしまう一撃でしかない。最速で行われる一撃はそれだけ無駄が少なく速いが、無駄がない動きというのは達人からみれば『予想が立てやすい』。
フェイントが必要のない攻撃で一撃必殺。逆に言えば、その一撃を回避された後は攻撃の連続性がなくて逆境に陥りやすい。
一夏は強くなった。強くなったのだが、一撃にすべてを使ってしまって回避された後の戦い方が組み立てられていない。
その最初の一撃をシャルロットやセシリアは読み切り、攻撃を回避して一夏の体制が崩れた後は畳みこむように責め立てて、体勢を立て直す隙を与えてくれずに撃破されてしまう。
「初撃決殺って、まだまだおまえには早いな」
「そんなつもりないんだけどな」
「きっと、自分の体力のなさを無意識に自覚しているんだろ? だから、体勢を立て直す隙を作ってくれるセシリアと組んだらどうだ?」
「援護攻撃ってそういう意味か。じゃ早速」
慌てて戻っていく一夏の背中を見送りながら、シンはふと隣で両手を上げてグルグルと回し始めたティスに顔を向けた。
「何してんだ?」
『うん、頑張れ一夏って応援しているの』
応援というよりは、急げと言っているように見えるのだが。
『がんばれ一夏、セシリアはもうシャルロットと組んだよ』
シンは無言で合掌していたという。
兵どもが夢の跡とは、どういう気持ちなのだろうか。
「ほう、中々に楽しいものだ」
「何言ってやがる?」
「いやこちらの話だ」
小さく呟いた声に返され、彼は振り返る。
港近くの倉庫街。人気のない場所に呼び出されたから来てみれば、武装したISが出迎えとは。
「ミスター、申し訳ないわね」
「ふむ、私に何か用かな? レディ?」
物影から出てきた金髪の女性に、見覚えはない。そもそも、だ。呼び出した手紙の内容も、『以前の取引』の不具合についてだったはずだが。
「貴方が持っているという話を聞いたので、もう少し譲ってくれないかしらと交渉に来たの」
「私が持っている、と? 何のことか解らないが」
「とぼけんなよ」
口調の荒いもう一人の女性が、苛立ったように口を挟む。
「あの機関だよ。『GNドライブ』って無限機関だ。持っているんだろ?」
「ああ、あれかね? 確か、医療機関のエネルギー関係の不備があるからと渡したのだが?」
嘘だったのかと呆れた顔を向けたのだが、相手はどちらも笑っている。
虚言だと知っていたが、人助けならばと横流ししたのだが。巡り巡ってこんなところまで流れるとは。
迂闊なことをしないほうが良かったか。
「ええ、確かに医療機関よ。おかげでほら、私達の体は今こんなに充実しているもの」
誇らしげに腕を動かす金髪の女性に、呆れてしまう。
太陽炉を人体に対して使用するなど。帝国では『論外、出力が落ちるだけ』とかなり昔に結論が出ているのに。
「いい具合よ。これでISのエネルギー切れの心配がないもの」
「持っているだけ出せよ」
凄んでこられても、手持ちはすべて出した分しかないのだが。
どういえば相手は納得してくれるのだろうか。少しだけ考えてみたが、相手を説得することなど不可能だろう。
都合のいい言葉しか、相手は信じようとしていないのだから。
「さて、そちらで製造すればいいのではないかね?」
「残念ながら、こちらでは構造解析はできなかったのよ。分解さえ許さないほどの高度な技術で作られているようね。ミスター、製造した天才さんともども、私たちに協力していただけない?」
「そうは言われても困るのだが」
GNドライブの製造者とは、開発した人物を指すものか、それとも渡した機関を作った存在をさすものか。
どちらにしても、彼―ラウ・ル・クルーゼは面識がない。
「後な、『相転移エンジン』ってやつはよく解らないガラクタだったぜ」
「あちらはエネルギーの発生が少なくてね。どういう代物か解らなかったわ。それも含めて、説明をお願いできないかしら?」
「そうかね?」
少し呆れてしまう。あれほど理想的な独立機関は、他にはないというのに。ほぼ宇宙空間ならば無限にエネルギーを発生させられるのに、彼女達はその有用性に気づいていないとは。
宇宙に進出していない人類とは、その程度の存在でしかないのか。
「宇宙コロニー開発は、嘘だったというわけか」
「嘘じゃないわ。いずれ宇宙に出るでしょうけれど、今は地上でのお仕事が残っているだけよ」
「宇宙なんてまだまだ先の話だろうが」
馬鹿にしたような目線を受けて、クルーゼは嘆息してしまう。
ISの目的は宇宙に出ることなのに、使用している人たちがその開発理念を忘れて武器として使っているとは。
いや、武器として使っているにしては稚拙すぎないだろうか。そもそも、ISが兵器として通ると最初に考えたのは誰なのだろうか。あれほど不格好で兵器として致命的な欠陥を抱えているものはないだろう。
尤も、マテリアルも同じようなものだが。
「確かに人類は海の1パーセントも解析していないから、足元を固めるのが先か。なるほど、勉強になった」
足元しっかり、この年になって再確認させられるとは。やはり、未開惑星というのは勉強になる。
「海の話なんてしたか、おっさん」
「おや、違うのかね? ならば仕事とは?」
「私たちが世界を支配する、というお話よ」
瞬間、クルーゼはしばらく唖然とした後に高笑いをしてしまった。
「何がおかしい?!」
「いや失礼。君たち程度の組織で、『世界を支配』とは。これは、あいつに聞かせてやるべきかな?」
「ミスター、かなり不快なことを言っているようだけど、誰の話かしら?」
怒りを浮かべる二人と、周りを囲んだIS達に向けて、クルーゼは鼻で笑うように告げた。
「銀河一の大馬鹿者の話だ。では、失礼する」
「逃がすと思っているの?!」
「逃がさないぜ!」
動き出しかけたISと、武装の数々を前にして、クルーゼは指を鳴らした。
『遅い、痴れ者ども』
瞬間、すべての武装は砂のように崩れ落ちた。
「高周波というのを知っているかね? 要するに音波に分類されるものだが、音というのは共鳴する。音同士がぶつかり合い、音同士が波を相殺することにより、限定空間に高周波と同じ作用をもたらすことができる」
崩れ落ちた者達の中、クルーゼは散歩に行くようにゆっくりと歩いていた。
「難しい話は嫌いなので簡単に言えば、高周波と同じものを流して君たちの武装だけを物質崩壊させた、というだけの簡単な話だ」
「嘘、でしょう。何よそれ」
「なんなんだ、お前は」
恐れ、不安、怖れ。様々な感情を向けられながら、クルーゼは考え込む姿勢を作る。
「自分が何者か語るのは、とても難しい。哲学の話になるが、簡単に答えるとしたら・・・・・・」
ニヤリと笑う彼。周囲にいた誰もがそれは『悪魔の笑み』に見えたという。
「騎士だ」
GNドライブと相転移エンジンの崩壊を確認。
人助けで流したものだが、巡り巡ってこんな未開惑星に流れ着くなど。やはり帝国以外の人間を信じてはいけなかったのか。
「いや、人の可能性は馬鹿に出来ない。人が人を信じることはとても素晴らしい。これからも信じて横流しするべきか。どう思う、シン・アスカ?」
不意に振り返った先、赤い瞳の少年が立っていた。
「クルーゼさん。これが目的でここに来たんですか?」
「ふむ、どう答えれば君は満足かね? 私が馬鹿をやった不始末を拭うために汚名を着た。あるいは困っていた人を助けたかった」
指折り数え一つ一つを確認するように告げるが、彼は表情を変えることなく見つめてくる。
怒りはしている。困惑はしている。けれど、感情の深い部分ではとても冷静だ。揺らがず騒がず、機械のように冷たく現状を把握しているか。
『凍焔の鬼神』。激情を持っていながらも、何処か氷のように冷たい思考を持っている。彼の字の由来は、こんなところにもあったのか。
クルーゼは少しだけ驚き、同時に嬉しく思う。
彼を倒せば、自分は何処まで高みに登れるだろう。強く高く、誰も追いつけない領域に辿り着き、やがては世界さえ滅ぼせる存在に。
心の底から、そう思う。
「話は簡単だ。シン・アスカ。私は私のエゴのためにここにいる」
「嘘だ」
即座に彼は否定した。まさか否定されるとは考えていなかったクルーゼは、言葉に詰まってしまう。
「絶対に師匠が何かしたんじゃないですか? どんな悪だくみが実行中なんですか?」
「いやテラもそんなに毎日のように馬鹿なことや悪だくみをしているわけ」
ではない、と否定しかけてクルーゼの脳裏を様々な事件がよぎっていた。
資金が足りないからと傭兵やったり。資材がないからとデプリ宙域に突撃したり。世界が危機だからと邪神を滅ぼしたり。小学校の遠足のために艦隊引っぱり出したり。
伝染病の予防薬のためだけに伝説の霊薬を使いつくしたこともあった。
オンラインゲームの可能性を上げるためだけに、異世界への転移ゲートを組み上げたり。
思い返せば、テラが馬鹿なことをしてないことは、まったくない。今回の一件も完全に彼の悪だくみだと勘違いされるのも、仕方のないことか。
「どういうことでこんなことになったのか、きちんと説明してください」
「ふむ」
クルーゼは、生まれて初めて冷や汗というものを流した。
本当に今回の一件は自分のエゴのため、ラウ・ル・クルーゼという個人の欲望のために始めたことで、テラは手伝ってもらった程度だ。
大筋のシナリオを描いたのは自分で、実行を決めたのも自分なのだが。
言い返せない、普段のテラをよく知っているからこそ。普段の皇帝の馬鹿げた行動を知っているシンだからこそ、否定したとしても納得してくれない。
さすが、我らが皇帝陛下。ここまで自分を追い込むとは。クルーゼは今更になってテラの『非常識行動』に深い敬意を抱いた。
「安心してください。今、帝国では皇帝陛下追撃隊が指揮されています」
「おい、待て」
話が大きくなり過ぎていないか。あまりのことに、クルーゼは素で突っ込みを入れてしまった。
「豪華メンバーです。ルルーシュさんやキラさんはもちろん、のび太さんも参加しています」
「ちょっと待てコラ」
不味い、非常にまずい。ルルーシュとキラの参加は予想していたが、まさか野比相談役まで参加とは。
これはひょっとすると、近衛騎士『レッド・ミラージュ』が半数に割れての全面衝突するのではないか。
「先ほど追加メールで皇妃様達全員が参加したと連絡が来ました」
クラリと意識を失いそうになった。
十三の騎士団がすべて参加。最強と最大が激突したら、ちょっとした星系くらいは消し飛ぶのだが、誰も止めないのか。
バトラーとジャンヌは何をしている。他の元帥は止めないのか。そもそも、そんな事態になったらテラの父と母が介入して終わりだろう。
最悪な事態に転がっている現状を知り、クルーゼは思考を巡らせる。何故に自分が打開策を考えないといけないのか。そもそも、こんな事態になるなど予想していなかったのに。
自分自身の欲望のために動いただけなのだが、どうしてここまで周りは自分を信じて『皇帝が馬鹿やった』として疑わないのか。
あ、日頃の行いか。
クルーゼは結論を出して、笑顔を見せる。
「そうか。なるほどな」
「はい、ですから」
「残念ながら、不正解だ。シン、私が元凶なのだよ」
スッと、クルーゼは刃を抜いた。
瞬間シンは咄嗟に体をひねりながら、刃を弾き飛ばす。
「クルーゼさん!?」
気づいただろう。今のは本気で殺すつもりだったと。気づいていないだろう、今の一撃が間接的な攻撃だと。
「まさか、本当に、貴方が?」
「そうだと言ったはずだが? どうしたね、シン・アスカ? 苦しそうだが?」
「何を・・・つ?!」
疑問を口に出しかけて、シンが膝をついた。
「浸透系攻撃は初めてだったかな、『凍焔の鬼神』?」
「嘘だろ、こんなに簡単に」
「君はまだまだ戦い方が甘いようだ。武器を合わせるだけで、相手の行動を奪う技術もある。マテリアルの能力も万能ではない」
保持者を一定に保つ能力は、同時に保持者の成長を止めてしまう。だからこそマテリアル持ちは、その能力を常時発動させていない。
攻撃を受けた時、負傷した時限定で作動するように設定はしてあるが。
マテリアル同士の戦いでは、それが作動しない状況がある。
「お互いのマテリアルが戦闘中では、保持者に能力を使うことができない。特に格上相手ではな」
『フォリアナ』が何かを蹴とばした。きっとあれがシンの『ティス』だろう。
自分の戦闘に精一杯で他に回す余力はない。少しでも油断すれば、自分が倒される。彼女が倒れたら、残りは二対一の不利な状況でしかない。
彼女はそれがどんな意味を持つか、よく解っているのだろう。立ち回り方も生まれたばかりにしては見事だ。
後三年、いや二年でも経験を積めば、かなり優秀なマテリアルになっていたかもしれないが、今はこちらの―『フォリアナ』のほうが上手だ。
「なんで本当に? 本当に裏切ったんですか?」
「最初からそう言っているのだが?」
「どうして?! そんなに師匠に迷惑かけられたんですか?」
「いや、そこから離れたまえ」
どうしてもテラが悪いと持っていきたいのか、いやこれは彼の自業自得か。
仕方がないか、とクルーゼは笑う。
それは、シンから見ても凶悪な笑顔だった。
「単純に私が強くなりたいからだ。強く、誰よりも高く。最強ではなく絶対になりたい。そして、愚かな人類に対して鉄槌を下す」
「どうしてそんなことを!?」
「私にその権利があるからだ」
「誰にもそんな権利なんてない! 人が人を裁くなんてことは、絶対にないはずだ!」
「あるのだよ。ただ一人だけ、私にだけは。さて、シン」
思い出したようなタイミングで、クルーゼは合図を送る。『フォリアナ』が大きく頷いて、『ティス』を叩き潰す。
『痴れ者が、その程度でよく『マテリアル』を名乗れますね』
「再び会う時までに、牙を研いでおくことだ」
小さく言葉を落とし、背を向けて歩きだす。
「クソ」
彼の呟きが聞こえてきた。
そうだ。怒りを燃やせ、敵を倒すために力を磨き、意識を研ぎ澄ませ。
おまえが超えるべき壁は、ここにあるのだから。
強くなったつもりはあった。驕っていたかは、解らない。でも負けないまでも食らいつくことはできると考えていた。
「シン?! 気がついた?」
「シンさん!!」
「何があったんだ?!」
開いた視界に映るのは、何時ものメンツ。どうやらここはIS学園の自分の部屋らしい。
「俺は?」
視界を巡らせる中、見知った中に一人だけとても見慣れた顔がいた。
「よう、シン」
「ハイネ、俺は・・・」
「倉庫街に倒れていた。誰にやられたかは、傷を見れば解るから、寝ておけ」
「はい」
再び天井へと視界を戻し、シンはゆっくりと瞳を閉じた。
次第に気配が遠のいていく。現実から意識の中へ、無意識のような夢のような場所に降り立ったシンは、周囲を見回して拳を握った。
「ごめん、『ティス』」
『シンが悪いわけじゃない。私がもっと強かったら』
蹲って泣いている少女は同じように拳を握っていた。
悔しい苦しい、負けたことよりも、パートナーに負担をかけたことが、とても辛い。
「強くなりたいな」
『うん、強くなりたい』
誰にも負けないなんて、夢物語。どんなに強い存在でも敗北はある。必然で当たり前なことに、納得できるなんて思えない。
絶対に負けない存在になる。馬鹿なことを誰かに忠告されても、それに同意して足を止めたりしない。
「そうだよな」
『ティス』とは別。自分の背中に気配がある。あの時の自分が、家族が死にかけた時の幼い自分が、人が殺せるほどの殺意を持って見つめてくる。
おまえはまた負けた。おまえは弱い、また失うつもりか。また助けられないつもりか。
無言で攻め続ける彼に対して、シンは振り返ることなく下げていた顔を上げた。
「もう負けない」
強く、血が出るほどに強く拳を握りながら。
織斑・千冬は相手を見ながら、『死の気配』とはこういったものか、と不意に思っていた。
「初めまして、シンの同僚のハイネ・ヴェステンフルスです。シンがお世話になっているようで。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや、こちらこそシンには世話になっている。特に弟が、面倒を見てもらっている」
「織斑・一夏ですか。なかなか、筋のいい剣士のようですね。姉の貴方だけではなく、弟も素晴らしい才能を持っているとは羨ましい」
褒め言葉と社交辞令から入った彼は、本当に怖い存在のはずなのに、とても親しみ易い雰囲気を持っていた。
「お世辞はいい。貴方がここに来たならば、話があってのことだろう?」
「ええ。こちらの不手際で貴方達に迷惑をかけるようなので」
「不手際?」
問いかけに、ハイネは少しだけ困った顔を浮かべて、口を開いた。
「はい、身内同士のケンカのようなものです。ただし、シン・アスカを沈められる人物が相手ですが」
世間話のように言われた内容に、織斑・千冬は目眩を覚えたという。
強くありたい。あの時の自分が背中にいるから。
誰かを助けられる存在でありたい。あの時の自分が憎しみの瞳で見てくるから。
誰にも負けないくらい、そんな騎士であること。
あの時に自分に誓ったことは、忘れてない。
だから、ティス。
次こそは必ずだ。もう二度と負けない。
『御意、我が主』。