シン・アスカの異世界渡航記『完結』   作:サルスベリ

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 強さは、万全なものでなければ万能でもない。

 身につけた技術は錆びれることがあるから、常に磨いて上を目指せと教えられたのに。

 いつの間にか、俺は錆びついていたのかもしれない。

 こんなところ師匠に見つかったら。いや、待った。ルリさんに見つかったら俺は。

 『いい度胸ですね、シン?』とか言われたりして。

 ティス、逃げるなよ。一蓮托生だからな。





願いのために・4

 

 一夜明けての早朝、シン・アスカは窓から外を見ていた。

 

 負けたことがとても悔しい、手加減されて見逃されたことに苛立ちさえ感じているのに。

 

 何故か感情が動かずに、ただ茫然と過ごしてしまう。

 

 隣にいるティスも同じように外を見つめて動かない。

 

 鍛え直さないと。またクルーゼに会ったら、今度こそ間違いなく倒される。二度目の幸運を期待するのは、よほど世間知らずか底抜けのアホくらいだ。

 

 動かないと。意志を固めようとしても体は相変わらず動いてくれない。

 

「はぁ」

 

 小さくため息をつくシンは、そのまま視線をまた窓の外に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え尽き症候群というのがある。

 

 目標に向かって真っ直ぐに、何処までも情熱を燃やして走っていたところに、何かに躓いて転んでしまった。

 

 普通なら立ち上がればいいのだが、立ち上がりかけて嫌な考えが頭に残ってそのまま情熱が消えてしまう。

 

 誰にでもあるものだが、情熱が多い人ほどこの落差が激しくて立ち上がれなくて、やがてそのまま。

 

「陛下の予想通りか」

 

 小さく呟いたハイネは、嘆息をこぼす。

 

 シン・アスカは敗北を知っている。強敵に立ち向かう怖さも、困難を打ち破る理由も、立ち上がることの意味も知ってはいる。

 

 けれど挫折を知らない。躓いて立ち止まって、立ち上がれないことを知らない。メンタル面において、そこだけは鍛えられなかったと言っていたが。

 

 状況がなかった、シンにとって周りは常に格上ばかり。敗北など日常的なことで、『勝てないのが当たり前。次に繋げればいい』と前向きに考えられていたのだが。

 

 出来ていたことができなかったことの喪失感は、彼にとって初めてのことだから。

 

「だからって、俺か」

 

 再びの溜息を後、チラリと視線を遠くに投げる。

 

 厄介事を押しつけられたというよりは、前座を任された気分だ。シンの気持ちを持ち上げて、その後は全部を任せてしまえる。

 

 いや、ひょっとして沈んだまま消されるんじゃないか。

 

 嫌な予感がしつつも、ハイネは預けていた壁から体を離した。

 

「おい、シン」

 

「ハイネ?」

 

 ようやく気付いたといった様子で彼が振り返る。表情は変わらないようだが、内心は深く沈んだままで動いていない。

 

 まるで素人のガキ。騎士としての凄味は何処へ行ったのか。あの氷と炎の相反する圧力は、何処かへと消えてしまった。

 

 もしかしたら、最初からなかったのかもしれない、そういった錯覚を覚えるほどに今のシンは何もない。

 

「負けて悔しいか?」

 

 特にシンは反応しない。隣の気配がピクリと動いた程度だ。どうやら『ティス』のほうが敗北に敏感らしい。

 

「勝てないことが悔しいか?」

 

 まだ反応しない。彼はきょとんとしたまま、こちらを見ている。

 

「立ち止まってしまったことが、許せないか」

 

「ッ!」

 

 ギュッと瞳に力が込められる。敗北とか勝てないじゃなく、やはりそこか。負けず嫌いじゃなく、勝てなかったことでもなく。

 

 ただ立ち止まってしまったことが許せなくて、感情が止まっているだけだ。

 

 本当にあの師匠はよく見ている。シン・アスカの内心を言い当て、適切な処方を送り込むなんて。

 

「で、そこで何時までそんな無様を晒しているつもりだ?」

 

「俺は・・・・・」

 

「考えてゴチャゴチャと理屈を並べて、どうにかなるなんて、そんな高等な生き物じゃないだろうが。俺達、騎士って連中は」

 

 彼の隣に腰かけて、同じように外を眺める。

 

 シンも再び外へと視線を投げた。何処までも広がる蒼穹、果てなどない世界は確かに果てはあった。

 

 かつて、世界を冒険した英雄たちは、今の世界を見てどう思うだろうとハイネは不意に思った。

 

「俺達は理屈で戦っているのか?」

 

「それは」

 

「俺達は頭で戦っているわけじゃないだろうが。おまえのここは」

 

 シンを見ずにハイネは自分の胸を親指で示す。

 

「何を叫んでいる?」

 

「・・・・」

 

「俺にはな、『強くなりたい』って叫んでいるガキの声に聞こえるぜ」

 

 深く、相手の過去を抉りこむ。彼の原動力、彼の原点、そして彼の最大ともいえるトラウマ。

 

 ギュッとシンの拳が握られ、瞳が鋭く空を睨みつける。

 

 かつて、過去の英雄たちは世界の広さを知らなかったかもしれない。けれど、彼らは人の可能性は知っていた。

 

 体一つで世界に向かい合って、多くの逸話を残した。

 

 ならば、その先にいる自分達は。世界の広さを知った自分達は、もっと広大なものを見つめるべきだ。

 

「立ち止まっている時間があるなら、歩きだせよ、シン。俺達の背中にある過去は、もうどうすることもできない。けどな、目の前の未来はどんな形にでもできる。ほら、立てよ」

 

 促すようにハイネは立ち上がり、ニヤリと不敵に笑って見せた。

 

 かつての英雄たちのように。困難に立ち向かう勇気を持って。

 

「俺達は先に行っちまうぜ。おまえはそこで止まったままでいいのか?」

 

「そんなこと、絶対にありませんよ。俺が先に行きますから」

 

 ゆっくりと立ち上がる彼は、気配が違っていた。

 

 初めて会った時のように、宇宙の深淵のような何処までも冷たくすべてを凍結させる気配と、太陽ではなく宇宙の誕生のようなすべてを燃やし尽くす炎の瞳。

 

 『凍焔の鬼神』が、そこに立っていた。

 

「いい気概だ。そんな復活したおまえに朗報と悲報が一つずつだ」

 

「はい」

 

 もう何が来ても驚かない、そんな顔をするシンに対して、ハイネは悪戯っ子のような顔で告げた。

 

「皇帝陛下が一夏達と遊んでいる」

 

 瞬間、シン・アスカは顔面蒼白になった。

 

 同時に、アリーナから豪雷が響き渡ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初はちょっとした好奇心。

 

 姉―織斑・千冬と一緒に歩いてきた男性に興味があって、話しかけただけ。彼の隣にいる女性も、IS学園で見たことない人で。

 

 年上かなと誰もが思っている時に、不意に彼は告げた。

 

「あ、俺の孫弟子?」

 

「え?」

 

 彼が何を言ったのか解らず、視線を彷徨わせていると、女性のほうが口を開いた。

 

「正式な弟子というわけではないようですよ。訓練しているだけみたいです」

 

「そっか~~」

 

 楽しそうに、気楽そうに笑う男性は、ゆっくりと右手を差し出してきた。

 

 自然と一夏はその手を掴みかけて、無意識に飛び退いた。

 

 白式を展開、雪片を片手に持って零落白夜さえ発動させて。

 

「一夏?」

 

 箒に名を呼ばれ振り返れば、全員がISを纏っていて、誰も近寄ろうとしていない。

 

 心臓がうるさい、目の前がよく見えなくなってきた。相対する存在が、本当に人間なのかと疑問を感じる。

 

「織斑・千冬さん、このアリーナは貸し切りですか?」

 

「ああ、ハイネから頼まれて貸し切っている。だが」

 

 姉の声が何処か震えていた。何かを止めようと動きかけて、女性に止められる。

 

「ご心配なく。ちょっとした悪戯ですよ。ね、テラさん?」

 

「ん、そうだね。ちょっとした悪戯だよ。さて、と。ちょっと訓練してあげようかな」

 

 トンと小さな音がした。何がと思う前に、一夏の体はアリーナの壁にぶつかっていた。

 

「一夏!」

 

「一夏さん!」

 

 動き出したのは半々。シャルロットとセシリアは前を向いたまま、それぞれの武器を構えて男を見ている。

 

 箒とリンが一夏へと近づこうと体を動かし、簪とラウラが二人の背後を護るように流れる。

 

「ん、いいフォーメーションだ。いい訓練しているみたいだけど、またまだかなぁ」

 

 テラと呼ばれた彼は、すでにそこにいなかった。

 

 横だ。反射的に雪片を振りかけて、その腕が抑えられる。

 

「いい反応だけど、甘いなぁ。初見殺しに届かないよ、それは」

 

 衝撃と転がる視界。投げられたと気づいた時には地面に体がぶつかっていた。

 

「何時の間に?!」

 

 シャルロットがアサルト・ライフルを二丁、構えて引き金を引く。

 

 銃弾は正確にテラを捉えていたはずなのに、彼は目線を向けただけ。それだけで銃弾が消えた。

 

「嘘、何それ?!」

 

「ならばこれはどうですか?!」

 

 セシリアのレーザーが舞う。直進するレーザーが途中で曲がる、フレキシブルとか呼んでいた攻撃の中、テラは微動だにせずに目線を細めた。

 

「ん、反応はいいね。でも、攻撃する時に声を出すのは、相手に教えるだけだからさ。ああ、気合い入るしカッコイイか」

 

 否定しかけて一人で納得する彼に対して、左右からリンと箒の一撃が迫る。

 

 間違いなく捕らえた。今までシンでさえ受け止めるだけだった一撃を、彼はまったく動くことなく二人を弾き飛ばした。

 

「惜しい。威力は申し分ないけど、速さが足りないね」

 

 何が起きたか二人には解らなかっただろうが、一夏には見えた。

 

 生身で音速を超えて、光速に届くなんてできるものか。自分の目が捕らえた光景が信じられずに、理性が否定を叫んでくる。

 

 次の手。ラウラと簪によるレールガンとミサイルの雨。照準をそろえた二人の攻撃に対して、彼は初めて動きらしい動きを見せた。

 

「よっと」

 

 右手を鳴らす。たったそれだけで、迫っていたすべてが破裂して消えていく。

 

 意味が解らない、どういうことか解らない中で、一夏は飛び出す。

 

 最大威力、最高の動き、そして自分の中の最強の一撃。

 

 亜音速を超えて光速に届きかけた一撃は、自分で振り返っても過去最高のものだったのに。

 

「はい、残念。いい動きだったんだけどね」

 

 スルリと刃を交わされて、反対に一撃を貰う。

 

「これ、おまけね。いけ、『獅子の黄金(レグルム・アウルス)』」

 

 豪雷が、すべてを白く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・しまった、やり過ぎたかな」

 

 テラ・エーテルは周りを見回した後、織斑・千冬に顔を向ける。

 

「いい教訓になった、というわけにはいきませんね。やり過ぎですよ、テラさん」

 

 答えたのは自分の巫女、一人で行ってくるに対して、『絶対にダメ』と言われてお目付け役としてついてきたホシノ・ルリ。

 

「いやいや、どうして。シンは教育者としても優秀だね。一夏の動き、かなりいいよ」

 

「そうですね。知り合いの剣士の中でも、半ばに食い込めるでしょうね」

 

 世間話のように話しながら、テラはのんびりと歩いてくる。

 

 誰もが手を出せない。実力の差を知って、迂闊に手を出したら負けると悟ってしまったのか。

 

「セシリアとシャルロットだっけ? 諦めない根性がいいよ」

 

 二人に釘をさすと、上がっていた銃口が下される。

 

 それにテラは、小さく『へぇ』と口にした。下げてはいるが、目線はまだ諦めていない。

 

 中々、根性のある子がシンの近くにいるものだ。テラは少し嬉しくなって笑顔を浮かべて、両手を広げた。

 

「よう、シン」

 

「何してんですかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 握って振りかぶった拳を握り返し、相手の足をけり上げる。空中で一回転する彼は、僅かに体の中心をずらしながら横回転を加えて自分の手を離させた。

 

 逃げる、次の攻撃を加えようとした彼に、テラはそっと手を添えた。

 

「ちょっと付き合えよ、馬鹿弟子」

 

「は?」

 

 景色が一変する。IS学園から遥か遠く、何処かと言われたら被害が出ない場所とテラは答える。

 

 バッとシンが距離を開ける。油断なく見つめる姿に、相手の精神が持ち直したことをテラは知る。

 

「ハイネからの言葉、効いたか?」

 

「はい。おかげで目が覚めました。俺、クルーゼさんを殺します」

 

 あっさりと告げた言葉に、テラは目を細めてシンを見つめた。

 

「間違いじゃないのか? もしくは俺が何かしたとか?」

 

「疑ってます。でも、クルーゼさんは、『戦いを望んでいる』。なら騎士として本気で挑むのが礼儀です。捕まえようとか、説得するなんて考えません」

 

 自然体から右足を前に、左足を少し下げる。けれど、前に突き出すのは左手、右手は後ろに引き絞るように。

 

「俺は俺の意思であの人を殺します。そして、あの人を超えて強くなってやる」

 

「へぇ、そうかそうか」

 

 迷いのない瞳を向けられ、テラは大きく頷いて片手を上げた。

 

「じゃあ、鍛え直してやるよ」

 

 テラの背後に銀色の円環が次々に浮かび、その中に七色の光芒が瞬く。

 

「はい、お願いします」

 

 体中に力を巡らせ、シンは両手に『ウロボロス』を引き抜く。

 

 『ティス』は、遠い場所だ。彼女は彼女で相対しているのだろう。

 

 『マテリアル』の最古参、始まりの機体の自意識。女神と崇拝される、『マリア』に。

 

 二人纏めて鍛えてくれるわけか、とシンは感謝した。これでもっと強くなれる、もっと上を目指して、そしてクルーゼを倒せる。

 

「行くぞ」

 

 テラの手が振り下ろされた。

 

 降り注ぐは伝説の武器、あるいは宝具。かの有名な英雄王の宝具を真似て、テラ達の一族が生み出したスキル。

 

 彼の一族が、強さのためだけに世界中はもちろん、異世界の武器でさえ集めた末の『宝物庫』。そこに保存されている武器を振らせる、ただそれだけの能力は、初見で相手を粉砕する。

 

 二度目でも三度目でも、回避するのは不可能に近い。

 

 次々に降り注ぐ武器を砕き、あるいは避けながら、シンは前を向いたままで突き進む。

 

 後ろに下がるな。逃げるなんて考えるな。ただ前に、シンの目線はただテラだけを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラとシンの姿が消えたアリーナで、ハイネはルリへと近づいていく。

 

「テレポートですか?」

 

「はい。場所は、そうですね。『エデン』の何時もの場所でしょう。あそこなら『エア』を使っても世界に影響はありませんから」

 

「使いますか?」

 

 対界宝具を使用すること前提なのか。ハイネは呆れた顔でルリに告げると、彼女はフッと笑った。

 

「使います。前回と違い、今回はシンを徹底的に鍛えるつもりなので。十七歳ですから」

 

 体が出来上がっていない時に鍛えても、体を壊すだけで身に着くことはないらしいが。

 

「あんだけ容赦なくやっといて、手加減していたと?」

 

「ええ。まだまだ『金色の魔王』や、『天照』レベルの攻撃はしてませんから。今回はきっと、『神話』ではなく、『神々の戦い』クラスになりますよ」

 

 フッと笑う彼女はおかしそうではなく、何処か呆れたような音色で語った。

 

 理解できません、と言っているようだが。

 

「男の子ですから。俺もシンも、へ、いやテラさんも」

 

「まあ、そうでしょうね。さてと、次は・・・・」

 

 ルリが目線を向ける先、一夏が立ち上がっていた。

 

「訓練してもらってもいいですか?」

 

「一夏!」

 

 予想外の言葉に、千冬の声が上がるのだが、彼は姉の姿を見た後に、ハイネへと視線を戻した。

 

「強くなりたいんです。千冬姉に顔向けできないような、そんな弱さなんていらない。姉と白式に恥じないような、そういう男になりたいんです」

 

 譲らない、絶対に曲げない。体中は疲れているのに、彼の瞳は力を失っていなかった。

 

「そうですか、解り・・・」 

 

「ここは俺の出番じゃないですかね?」

 

 ルリが頷きかけた先、ハイネが体を前に出した。

 

「・・・・・そうですね。貴方の方がいいでしょう」

 

「ありがとうございます。じゃ、よろしくな、一夏」

 

「そうそう、皆さんに言っておきますけど。シンがハイネに勝てたことは一度もないので」

 

 驚愕の事実が、ゆっくりとアリーナに浸透していった。

 

「よろしくな」

 

「ちなにみ、オールラウンダーの特化タイプ。助言はこのくらいでいいでしょう」

 

「いやいや、俺は器用貧乏なだけですよ。さてと、行くぜ」

 

 不敵に笑うハイネに、誰もが身構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 願いは一つ。

 

 想いは色々。

 

 彼が願ったのは強くあること。弱い自分など不要、弱い騎士など存在が許せない。

 

 心を強く持ち、ただ上を目指す。立ち止まって、『ここが限界だ』と感じてしまった騎士は。

 

「消えるしかない。そうだろう、テラ?」

 

 小さく闇に呟くようにして、彼は自分の金髪を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 




 
 もっと欲しいと願うことは、いずれ自分を破滅させる。

 もっともっとという欲望が、世界を崩壊させるなんて話、幾つも聞いたことがある。

 でも、止められない。周りの責任じゃない、自分の責任だから。

 俺はもっと強く、高くなりたい。

 だからだ、ティス。もっと前に行こう。




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