シン・アスカの異世界渡航記『完結』   作:サルスベリ

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 久しぶりに師匠に稽古してもらったけど。

 あの人ってやっぱり、人外だよな。なんだよ、あの攻撃。こっちの攻撃は吸収するくせに、自分の攻撃は貫通するんだぜ。

 規格外とかチートとかバグじゃない、あんなのルール違反じゃないか?

 なんだよ、ティス?

 『シンも十分に人外』? いや、俺はまだ人間だからな。

 騎士だけど。





願いのために・5

 

 ある人が言っていた。

 

 師を求めるのではなく、師の求めるところを、求めよ、と。

 

 最初の頃は何を言っているのか解らなかったが、今なら少しは解る。

 

 師が弟子を育てるのは、師が望む何かが弟子にあるとみたからだって。

 

 なら俺は、師匠のテラさんが何を望んで弟子にしたのか。

 

「考え事か、シン?」

 

 グッと押し込まれるような感触と同時に、豪雷が体を貫いたのが解った。咄嗟に右足を地面に突きつけて、体の中を流れる電流を外へと流す。

 

「その程度の対処法を、誰が教えた?」

 

 再度の衝撃、今度は超震動。体を粉砕するような振動に対して、シンは左の拳を体に打ち込む。

 

 振動には振動。同じものを反対側から打ち込めば相殺できる。

 

 陰陽の理らしいが。

 

「アホらしい」

 

 投げられた、そう思った瞬間には左足が相手の後頭部に突き刺さる。

 

「まったく馬鹿らしい」

 

 軽い衝撃音と共に、シンの体は空中に投げ出された。

 

 左足に手を添えての寸打。気功とでも言えばいいのか、純粋な体術のみでこの効果とは。

 

 空中を蹴とばす、虚空瞬動で体の自由を取り戻し、相手を見下ろした。

 

 チャンスは今か。右手に引き抜いたエクスカリバーを振り上げる途中で、師匠の姿が消えた。

 

「大振りの攻撃が通るなんて、考えてないよな? シン」

 

 マグマを纏ったミノタウロスが、眼前にあった。

 

 不味い、眷獣の攻撃が来る。あれは純粋な自然現象だ、対魔力などで防御できない。

 

 ティスと目線を動かしかけた先で、草原を転がっている相棒が映る。

 

 あっちも手いっぱいで、装甲を出すことができない。ならば、斬る。

 

「思ってますよ!」

 

 気合一閃、エクスカリバーの一撃は眷獣を真っ二つにして、能力の効果も打ち消す。

 

「やるようになったな、シン」

 

 そっと師匠が引き抜いたのは、『円筒形の剣』。

 

 ゾクっと全身に寒気が走る。あれは知っている、あれがどんな意味を持つ剣で、どういった『宝具』なのかも。

 

「天の理、地の理、見てみるか?」

 

 全身が叫ぶ、あれは『受けてはだめだ』と。もし僅かでも触れたら、自分の体は消滅してしまう。 

 

「ああああ!!」

 

 無意識に、エクスカリバーを手放して虚空を握る。ティスが動けない、こちらに能力を向けられない。ならば『神剣』は抜くことはできない。

 

 理屈は頭が理解している。不可能だと本能が告げる中、シン・アスカの魂が叫ぶ。

 

 『いいからそれをよこせ』と。

 

「来いよ! 来いって言ってるんだ!『天壌無窮』!!!」

 

 ビシっと何かに亀裂が入った。同時に全身に激痛が走る中、シンの右手は確かに剣を握っていた。

 

「へぇ、おまえもようやくか」

 

 ニヤリと笑う師匠に向けて、シンは走り出す。

 

 右手に持った『神剣』が輝く。全身の激痛が嘘のように消えて、周り中を巻き込む威力が幻のように消えていく。

 

 『天壌無窮』、天と地とともに永遠に続く意味を持つ剣の効果は、永遠不滅。

 

 保持者を一定に保つマテリアルの能力を似ているが、大きく異なるものがある。

 

 保持者だけに作用を持つ能力を、『シン・アスカが認識した範囲内に作用させる』効果。

 

 彼が『神剣』を握っているかぎり、どのような攻撃も天地の間で効果を発揮することはない。

 

 相手が英雄王の最も信頼する宝具だろうが、『神帝』テラ・エーテルの眷獣だろうが、例外なんてない。

 

 はずだ。

 

「そうだよな。まったく、おまえの『神剣』は厄介だ」

 

 嬉しそうに語るテラは、ゆっくりと右手を握り締めた。

 

 『神剣』の効果は絶大。けれど、その作用は絶対ではない。顕現した年月、使い続けた時間、それらが『神剣』の格を示す。

 

 スノーホワイト・エンパイアは、始祖の機体。すべてのマテリアルの原点であり、頂点。

 

 最古の機体でありながら、テラが扱っているのは、それなりの理由がある。

 

 本来、マテリアルは一人に付き一機。保持者が死ねば、マテリアルは自壊して消えていくのだが。

 

 スノーホワイトは、現存し続ける。最初の保持者と同じ魂を持つ者を受け入れ、その者を護り続けるために。

 

 故にその稼働年数はどの機体よりも高く、『その神剣はどの機体のものよりも強力』だった。

 

 テラの右手に剣が見えた。滅多に彼が使わない、常時九つの封印が施されたテラの一族に最秘奥にして到達点。

 

「『光滅』」

 

 そっとシンが呟いた言葉に、テラはとてもいい笑顔を見せた。

 

「ようやくだ、馬鹿弟子。おまえはようやく、『俺を殺せるだけの次元に足を踏み入れた』」

 

 何処か、とても嬉しそうに笑うテラの一撃が、シンを薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無情か。無念か。

 

 織斑・一夏は、何処までも澄み渡る空を見上げながら、何故かそんなことを思っていた。

 

「なるほどな。太刀筋はいい、戦い方はシンに似ているな。あいつが教えたにしてはいい線いっている。初めての弟子なのに、きちんと育てているのが解るんだが」

 

 彼は何処か困ったように考えながら、大きくため息をついた。

 

「あいつ、自分が馬鹿体力だって解ってなかったんだな」

 

 何の話なのだろうか。シンの話ならば、彼と自分との決定的な差は実力以外にもあったということか。

 

「一夏、おまえさんはいい剣士にはなる。それは保証してやる」

 

「剣士にしかなれないって、意味ですか?」

 

 悔しくて苦しくて、思わず吐き出した。

 

 強くなりたいのに、自分は何時までも無様に地面に転がっている。

 

 シンを追いかけて背中を見つめていたはずが、今は何処にもあの背中が見えない。足跡さえ見えないなんて、自分はここまで弱かったのか。

 

「戦士にだってなれるさ。色々と学んで経験を積めば・・・」

 

「騎士になりたいんです!」

 

 相手の言葉を遮って、自分でも思ってもみなかった言葉を叫んだ。

 

 ずっと憧れていたのかもしれない。

 

 シン・アスカのようになりたい。彼のようにすべてを護れるような、苦しい時に苦しい顔をせず、困っている人をすべて助けられるような。

 

 だから、と無意識に紡いだ言葉に、重苦しい圧力が答えた。

 

「止めておけ。おまえはなるな。おまえは甘すぎる」

 

 先ほどまでの明るい声ではない。同じ人物が出しているなんて思えないほど、殺気に満ちた言葉がハイネの口から流れる。

 

「騎士ってのは、業だ。人間の歴史の中での、最大の罪でも有る。軍人や武術家とは違う。もし、おまえが過去の歴史の『騎士』って意味で使っているなら、話は別だが」

 

 過去の騎士と今の騎士は違うのだろうが。

 

 ハイネはゆっくりと語る。かつて、騎士王アーサー・ペンドラゴンが語る騎士道の話。

 

 弱き民のために戦い、巨悪に屈することなく、王に仕え王を正し、国家を守り続ける騎士のことを。

 

 正義を重んじ、義理を果たし、義務ではなく慈愛を持った人たちの話だが、一夏には違和感があった。

 

 違う、そうじゃない。心のどこかからする声に、彼は迷わずに従った。

 

「だからな、おまえが言っている騎士っていうのはそういう連中のことじゃないのか?」

 

「俺はシンみたいな・・・・・」

 

「止めろ」

 

 言葉は強制的に消された。ハイネから流れる圧力に、一夏は声が出せずに地面にただ押しつけられた。

 

 何か不思議な力があるわけじゃない、ただ彼の気配に圧倒されて動けずに地面に倒れたままになってしまう。

 

「止めろ、おまえがいう騎士が『俺達のこと』を言っているなら、止めておけ。俺達は業であり、罪だ。人の世界にあって、決して許されない罪を『罪とすることなく、罰されずに生きている従僕だ』。おまえには無理だ」

 

 だから、止めておけ。と彼は口外に語る。

 無理なことを考えるな、こんな罪深い存在になりたいなんて、馬鹿げた考えは止めろ。

 

 圧力と共に流れてくる彼の優しさに、一夏は必至に抗おうとした。

 

 どうにか答えたい。反論したいのに、口が動いてくれない。喉が音をだしてくれない。肺が空気を吸い込んでくれない。

 

 全身が自分じゃないみたいに逆らう。彼に言われたように、素直に従ったほうが身のためだ。

 

 命を捨てることはない。立派な剣士になれば、姉に顔向けできる。白式に相応しいパイロットになれる。

 

 ならばいいのではないか。

 

 半ば挫けそうな意志に、一夏はぼんやりと浸っていた。

 

 『それでいいのか?』。

 

 不意に聞こえた声に、違うと無意識に反応した。

 

「俺は!」

 

 ハイネの驚いた顔が見える。何を驚いているのか、ただの圧力ならば跳ね返せる。物理的な攻撃でないならば、身体能力の差なんてありはしない。

 

 人間の精神は、可能性の神を住まわせるほどに強い。

 

 だから、実力差なんて覆せる。

 

「俺は、騎士になりたいんです」

 

 全身が痛い中、一夏は立ち上がる。ボロボロになった白式は、崩れ落ちるように装甲を落としながらも、内部構造は一夏を支え続ける。

 

「俺は、シンみたいな、皆を護れる騎士になりたい」

 

 決意を込めるように雪片を構え、真っ直ぐに突き出した。

 

 そして、視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジか、とハイネは心の中で呟いた。

 

 ただの素人、最近になってISに触れたただの高校生だ。シンが特訓したとはいえ、ただの学生ではないのか。

 

 それが跳ねのけた。自分の殺意を込めた圧迫を。

 

 かなり本気だった。その証拠に、周りにいる誰もが動けずにいる。

 

 篠ノ之・箒、更識・簪は地面にうずくまって震えている。

 

 凰・鈴音は地面に座り込んで、こちらを見ようとしない。ラウラ・ボーディビッヒは辛うじて立ってはいるが、震えて顔面蒼白だ。

 

 シャルロットとセシリア・オルコットは気丈にもこちらを見ているが、両手を下げられたまま。

 

 織斑・千冬でさえ身構えてはいるが、顔色が悪く動けずにいる中。

 

 彼は立ち上がって刃を向けてきた。

 

 全身がボロボロでISも大破状態なのに。

 

 彼は立ち上がり、白式はその状態でも織斑・一夏を支え続けた。

 

「まったく、どいつもこいつも」

 

 まるでマテリアルと保持者ではないか。

 

 譲れないものがあって、それを叶えるために足りない部分を、マテリアルが支えることで、絶対に譲れないものを誰にも奪わせない。

 

 ハイネは少しだけ嬉しく思ってしまった。

 

 愚直に自分の願いをかなえるものはいる。周り中を犠牲にしてでも、願望を達成する痴れ者はいる。

 

 けれど、彼のように自分を犠牲にしてでも、譲れない一線を越えさせない者は少ない。

 

 とても少ないが、それが集まってできたのがジョーカー銀河帝国だ。

 

 誰かの笑顔のために、誰かの平穏のために、自分を犠牲にできる優しい人たちがいる国、その護り手になれたことはハイネにとって誇りであり、自分の生き方が間違っていなかった証拠でもあった。

 

 だから、一夏が立ち上がり、白式がそれを支えた姿は、悔しいが負けといえるくらいに素晴らしかった。

 

「どう思います、ルリさん?」

 

「さて。彼が騎士になりたいというなら、試してみる価値はありますね」

 

「そうでしょうか?」

 

 しかし、だ。ハイネとしては騎士にしていいものかどうか、とても悩むところだ。

 

 資格とか資質なんて関係ない、才能なんてものも必要ではない。

 

 騎士になるためには、とても簡単で、とても難しい一つのことをやり遂げればいいだけだ。

 

「選択の自由は常に相手にあります。私たちが押し付けていい道理はない。違いますか?」

 

 横にならんだルリが、チラリと見つめてくる。

 

 冷たい瞳に、電子の輝き。その気になれば一万隻の艦艇をたった一人で操作可能なマシン・コンクエスターは、静かに『貴方が決めていい話ではない』と語る。

 

 確かにそうなのだが。

 

「はぁ・・・・どう思います、テラさん?」

 

「ん、何が?」

 

「いやいや何があったんですか?」

 

 珍しく笑顔全開で高笑いしそうなテラと、彼の肩に担がれたボロボロのシン・アスカ。

 

 まさか、本当に神々の戦いレベルの訓練をしたのか、と。

 

「弟子のレベルアップに喜んでいるだけだよ。悪いか?」

 

「いや、悪くはないですけど。あの、それで?」

 

「俺とルリちゃんは戻るから、ハイネは見届けてくれな」

 

「は?」

 

 疑問を口にした時にはすでに、ルリとテラの姿は消えていた。

 

「ちょ・・・・・はぁ、まったくあの人達は」

 

 皇帝とその巫女が自由奔放なのは知っていたのに。役割が終えれば風のように消えてしまうのも知っていたはずなのに。

 

 とても理不尽に感じる自分は、間違ってはいないだろう。

 

 ハイネはその後、全員に対して精一杯の笑顔を振りまきながら、ボロボロのシンと一夏を医務室へと運ぶのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無様だと言われてもおかしくはないのだろう。

 

 一夏は再び剣道場にて木刀を振るっていた。

 

 白式は大破、修理には一か月かかるらしい。

 

 結果、タッグマッチは棄権するしかなかった。

 

 セシリアはシャルロットと組んでいたし、リンは箒と組んでいた。誰もが一夏は別の人と組むからと考えていたらしく、誰からも誘いはなかったのが少しだけ寂しい。

 

 ラウラと簪が意気投合してタッグ申請したのは、とても驚いたものだが。

 

「はぁ」

 

 白式のおかげで一夏は半日で目が覚めた。

 

 シンは未だに眠っているらしい。よほど疲れたのか、あるいはあのシンを持ってしてもテラ・エーテルには届かないのか。

 

 『ま、師匠だからな。俺でも勝てないさ』とはハイネが語っていたことだが、本当なのだろうか。

 

 確かに強かったことは強かったが、どうにもシンやハイネのほうが圧迫感があって怖かった印象がある。

 

 テラ・エーテルは幻のようだった。そこにいるのに、何処か遠くにいるように背中が見えなかった。

 

 シンの背中はというと、まるで走り去って行くように置いて行かれないように必死になるしかない。

 

 ハイネはというと、まるで山のように目の前を塞いでくる。追いつくことはできても決して乗り越えることはできない、そんな錯覚をしてしまう。

 

 では、あの人は。

 

「今日も一人かね?」

 

「あ、はい」

 

 聞き覚えのある声に、一夏は自然と振り返った。

 

 あの時と同じ金髪の青年が、道場に一礼して入ってくる。

 

「体中が痛そうだが、何かあったのかな?」

 

「ちょっととても強い人に稽古をつけてもらいましたから」

 

「そうか、それは貴重な体験をしたものだ。強者との一戦は、百万の訓練に勝るともいう。どうかな?」

 

 そっと彼は木刀を取り出した。先ほどまで左手に何か持っていたのは、木刀だったのか。

 

「お願いします」

 

 自然と一礼して一夏は、木刀の先端を合わせた。

 

 カンっと音がして木刀が弾かれる。流れる力に逆らうことなく、円を描くように鋭く相手の足元を狙う。

 

 それに対して、相手の刃は縦の円を描きながら一夏の木刀を弾いた。そのまま青年の体が前に刃を彼の後ろへ。

 

 無防備なままこちらに体を向けてくる青年に、一夏はチャンスだと弾かれた木刀をはね上げる。

 

「落第点だな」

 

 はね上げた木刀は、相手の足で固定されていた。

 

 しまったと考える前に、相手の木刀が鋭く動いて頭の上で止まる。

 

 最初から最後まで見事な円運動だった。全身を使うことによって、刀本来の『引いて斬る』が全方位に向けて行えるように見えた。

 

「どうかな? 見えただろう?」

 

「はい。ああいう動きをすれば後ろにも対応できるんですね」

 

「さて、それはどうかな。相手に向けて体を預けるのは、『倒してくれ』と言っているようなものだ」

 

「けれど、相手の武器を封じ込めることができれば、隙に打ち込んだ相手の隙をつけるんですよね?」

 

 挑発するような青年の言葉に対して、自分なりの答えを口にすると、彼は小さく微笑んだ。

 

「及第点をやろう、見事な回答だ」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし、だ。それも相手の動き見切れる眼を持たなければ意味がない。より相手の動きを観察し、予想し、乗せて見せるか、だが」

 

 青年は言葉を止めて一夏の全身を見つめる。

 

 観察されているようで居心地が悪いが、じっと我慢して待つ。

 

「君は生真面目過ぎるようだな。それでは少し意地悪な相手だと苦労する」

 

「意地悪ですか?」

 

「駆け引きというのは、ひねくれた者が勝つ。常識だな」

 

「貴方は?」

 

 思わずといった感じで問いかけた一夏に、彼は高らかに笑った。

 

「私はとても意地悪だ。仲間からは『底意地が悪い』とはよく言われたが」

 

「とてもそうは見えませんよ」

 

 好青年で優しいと見えるのに、誰がそんな悪口を言ったのか。

 

 疑問を浮かべる一夏に対して、彼は嘆息交じりに告げる。

 

「本当に君は生真面目だな。二度しか会ったことがない私のことを、そんなに信用してどうするつもりだ?」

 

「二度でも、剣を合わせれば解りますよ。それに意地悪な人は、こんなに優しく教えてはくれません」

 

 自分なりの答えを口にしてみれば、相手は少しだけ口を開けて驚いた様子を示した後、さらに大声で笑った。

 

「確かにそうだが。君はもう少し人を疑った方がいい。それでは苦労するぞ」

 

「人を騙して楽をするくらいなら、人に騙されてでも苦労した方がいいですよ」

 

 誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷つく。一夏は本心からそう思って告げたのだが、相手は何処か『懐かしくて呆れた様子』を見せた。

 

「なるほど。君は『馬鹿』だな」

 

「それは違うと思いますよ」

 

「違わないな。私の知っている大馬鹿とその弟子によく似ている。さて、続けようか?」

 

「はい、お願いします」

 

 真っ直ぐに向けられた木刀に、一夏は再び自分の木刀を合わせる。

 

 彼の稽古は、とても心地がいい。熱心に語りかけ、問題点を解説してくれる。

 

 シンのように鮮烈にされることはなく、ハイネのように容赦なくされることはない。

 

 例えるならば、彼の背中は。

 

 一歩か二歩ほど前にあって、自分が前に進むとその度に一歩ずつ離れていくような。知らず知らずのうちに、追いかけていくうちに、自然と自分が強くなっていく。

 

 そんな背中だった。

 

「さて、そろそろおしまいにしよう。私にも予定があるのでね」

 

「はい、すみません」

 

 もうそんな時間か。一夏は時計を振り返るが、確かにかなりの時間がたっていた。それにしては自分は立っていられるが。

 

「体力もついたようだ。この様子だと、いずれ私に届くかもしれないな」

 

「まさか、貴方はまだ手加減していますから」

 

「ほう、私の実力が解るかね? それならば君は大したものだ」

 

「はい。俺は騎士になりますから」

 

 真っ直ぐに相手を見つめ決意を告げる。

 

 彼はハイネのように否定するか、それとも。

 

「そうか。君も騎士になりたいか」

 

 安堵したような、けれどとても悲しそうに彼は告げた。

 

「茨の道ではない、地獄を行くようなものだが、それでも行くかね?」

 

「はい。俺は俺の意思でそこを目指します。例え、誰かを殺すことになっても」

 

「恨まれることは確実だ。世界中を敵に回すかもしれない」

 

 彼は心配して言ってくれている。とても優しい人なのだろう。

 

 だからこそ、一夏は僅かでも決意が揺らがないことを示す。

 

「恨みも罪も罰も、すべて背負って俺は騎士の道を歩きます。あのシンのように」

 

「そうか・・・・・ならば私から言えることはない。行きたまえ、君が望み願うままに」

 

「はい!」

 

 いい返事だ、そう答えて青年は歩き出す。

 

 道場の入口へ。

 

 そこに人影が見えた。誰かと目を凝らせば、シンが立っていた。

 

「あ、そうだ。貴方の名前は?」

 

「私か? 私は、ラウ・ル・クルーゼだ」

 

 青年は晴れやかに笑い、歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はシン・アスカを見つめた。

 

「私がいるのが不思議かね?」

 

「いいえ。一夏から話を聞いた時、貴方だって思いました」

 

「そうか」

 

「ありがとうございます。俺じゃ、一夏の『刀』をあんなに磨けなかった」

 

 少し悔しそうに告げる彼に、『苦笑』を返す。

 

「今の私は反逆者だ。礼を言うとは、錆びついたか、シン・アスカ?」

 

 挑発に対して、彼は静かにこちらを見つめてきた。

 

「錆びついていました。貴方に前に会った時の俺は、騎士じゃなかった」

 

 だから、と言葉を止めて見つめた彼の瞳は『炎と氷』が宿っていた。

 

「だから次の時には、俺が貴方を殺します、ラウ・ル・クルーゼ」

 

「そうか」

 

 彼が戻ったようだ。前に会った時のような、圧倒的な鬼神が。

 

 あのテラ・エーテルが、『自分を殺せる騎士を育てた』と楽しそうに語っていたシン・アスカが、ここにいる。

 

 最高の気分だ。遥かな高みに、騎士の頂点に。

 

 天を落とせる者(ヘッド・ライナー)へとなるために。

 

「楽しみにしている、『凍焔の鬼神』(シン・アスカ)

 

「ええ、いずれ死合ましょう、『絢爛なる守護者』(ラウ・ル・クルーゼ)

 

 言葉をぶつけ、二人はすれ違った。

 

 

 

 

 

 




 
 決意は揺らがない。

 何があったとしても、決めたことはやり遂げる。

 俺は、俺の意思と覚悟であの人と戦い。

 その結果、俺は・・・・・・




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