嘘か本当か、師匠であるテラ・エーテルはかつて、『騎士王アーサー』に会ったことがあるらしい。
義を重んじ礼節を尊ぶ人たち、それがアーサー王が語る騎士の姿。
けれど、俺達は違うと教えられた。
俺達のような騎士と、かつての騎士達とは明確に違うって。
なぁ、ティス。
『あの融通のきかない直情思考の腹ぺこが』って誰のことだろうな?
学内トーナメント開催。個人戦からタッグマッチになったとはいえ、学生にとっては自分の将来に直接かかわってくるもの。
企業やあるいは国家に示す、自分達の実力がどれほど魅力的であるかを。
例年通りならば大歓声で迎えられる場所には、僅かな落胆が流れていた。
今年の大目玉、男性唯一の適合者『織斑・一夏』の不在。
盛り上がってはいる。スカウトマンたちは真剣な目で生徒達を見ている、生徒達も取り上げられようと躍起になっている。
しかし、だ。誰もが目的としていた人物の欠落は、盛り上がりを一定レベルに抑えつけてしまっている。
とはいえ、だ。
「気にしていると思っていたが」
織斑・千冬は弟の評価を改めていた。
自分の不甲斐無さを嘆いているのか、あるいは無力さを呪っているのか、そんなことを考えていた彼女の視界に、一夏は別の姿として映っていた。
真剣に、瞬きさえ忘れたように試合を見ている。
一瞬も見逃さない、一動作さえ記憶してやる。知識をひたすら増やして、自分の技量を上げようと必死になっている彼からは、後ろめたい感情は欠片さえ見られなかった。
最初の頃の何処か他人ごとのような、巻き込まれただけといった姿勢だった彼は、自分から進んで技術を身につけようとしていた。
いい傾向だ。知らずに微笑みながら、千冬は弟から視線を外し、試合へと戻した。
大歓声が沸き上がる中、一夏と同じくシン・アスカに教えを受けた生徒達が踊っていた。
人々の声が聞こえる。
誰もが喜び、心の底から声を出して生を謳歌する毎日。苦しみも悲しみもない平穏な日々は、昔から誰もが願っていたこと。
願っていながら、叶ったことは一度もない理想。
「人が語るには分不相応な夢物語とは、よく言ったものだ」
アリーナの天井の淵に立ち、眼下に見下ろすのは年若い夢追い人たちの円舞。
未来を夢見て、世界の広さを信じながら、何処までも高く何処までも遠くへ、何でもできると心の底から信じている彼女たちの姿は、とても眩しいものに見えてくる。
かつての自分を見ているようで、少しだけ気恥ずかしい気がするが。
「さて」
ラウ・ル・クルーゼは、ゆっくりと振り返る。
「いい頃合いだろうか、シン?」
「はい」
彼は、気負うこともなく自然体でそこに立っていた。
感情は揺らぐことなく、全身に廻る力も偏りがない。凄味などないはずなのに、だ。今の彼は最初に会った時よりも、遥かに強大に感じられる。
「私を倒す覚悟はできたようだが、倒される覚悟はできたのかね?」
挑発を一つ置いてみる。これで彼がどのような覚悟を持っているか、おおよその推察が出来るはずだが。
「クルーゼさん、言葉は俺達『騎士』に必要ですか?」
「ほう」
挑発に対して彼は感情を揺らがすことなく、向かってくる。一歩一歩と、鋼のような精神を持って。
「そうだな、シン・アスカ」
右手を握りこむ。背後にフォリアナの気配が浮かぶが、相手の背後にも同じような気配が浮かんでいる。
いい師匠に巡り合えたか、いやこの短期間で『ティス』があれほど成長したということは。
「会ったのか、『マリア』に」
始まりの女性。すべてのマテリアルの原点、『スノーホワイト・エンパイア』の自意識。
彼女が手を貸したというならば、計画は予定通りに進んだというわけだ。
心からの感謝を。ラウ・ル・クルーゼは心のうちで、そう呟く。
間違いなく、彼女達は『機神』だった。誰もが解らない『機会』を伝えるための神経。彼女達の存在があったからこそ、自分はここまで来れた。
ようやく叶うということか。
クルーゼは内心で安堵しながらも、魂の内から震えが来るのを感じた。怖さではない、慄くのではない。
ただ純粋に、騎士としての喜び。強い相手と戦えることに対して、単純に嬉しいと思っている自分に、彼は小さく苦笑した。
まさか、この期に及んでこんなにも単純な感情を持っていたとは。
「行くぞシン・アスカ!」
「ああ! ラウ・ル・クルーゼ!」
自己分析などもうどうでもいい。計画は最終段階、残すは自分が相手より強いか弱いかのみだ。
剣を引き抜く。
七色の輝きを灯す刃を持つ、双剣。柄頭で二つの剣が繋がった『それ』をクルーゼは迷うことなく引き抜く。
対してシン・アスカもそれを自然と手に持っていた。
『天壌無窮』。シン・アスカの神剣。その効果は、永遠不滅。不変なるものとして彼の認識したものを固定化させる。
「まるで合わせ鏡だ」
彼が望んだものが永遠に変わらないものならば、自分はただ自然であることを望んだ。自然のままに変化し、生きていくことを。
『天衣無縫』。
それがラウ・ル・クルーゼの神剣の名前。効果は絶大なものではなく、ただ緩慢なもの。
種から芽が出て、茎が育ち、華が咲くように。自然をありのまま感じるように、『異常なものを取り除く』。
「チ!!」
シンが距離を開ける。
「君は知らなかったようだな。私の『神剣』の能力を」
「ええ。『奇抜なものじゃない』って話は聞いてましたけど、絶大なものじゃないですか」
「そうでもないさ。ただ、自然のままに」
後付けされたものを取り除く、たったそれだけの能力はマテリアルの一定に保つ能力も、シンの神剣の能力も『自然ではないもの』として取り除く。
「君の『神剣』では私の『神剣』の能力値を上回れない。どうするね?」
「決まっているでしょう?!」
後退、ではなく前進。一気に距離を詰めたシンの刃が、クルーゼに迫る。
一歩だけ下がり刃を回避したが、そこへ再びシンの剣が跳ね上がり追撃。
自分の神剣を間に入れ、力を受け流すように利用する。剣を回転させて、双剣の利点を利用して剣をシンへ向けた。
これも彼は回避。踏み込んだ勢いのまま過ぎ去ることで回転した刃よりも速く走り抜けた。
「見事だ!」
迫る刃に竦むことなく、前に前にと突き進む彼の判断力と決断力は、以前よりも磨かれているようだ。
「貴方に褒められて光栄ですよ!」
右手に『天壌無窮』を持ったまま、シンは左手に『ウロボロス』を引き抜いた。後付けの能力を除去する領域の中では、『ウロボロス』はただの剣になり下がるのだが。
けれど、だ。その強度はかなりの強さを誇る。伊達に『ジョーカー銀河帝国でも十三本しか製造されていない』わけではない。
それ以上、製造できなかっただけだ。
二度、三度と剣がぶつかる。お互いの命を削り合いながら、ただ相手を食らうための剣が踊る。
学生たちの円舞ではない、自分達がやっていることはただの殺し合い。称賛も栄光もない、ただの下劣な化かし合い。
カッコイイものじゃない、自分達ー騎士の戦いとは忌避されるべきものであるべきだ。
人が人を殺すことを美化してはいけない、命とは尊いものであるべきだ。
矛盾した考えを抱きながらも、騎士はここにある。軍人とは違う、自分の意思と覚悟を持って、禁忌を犯す者達。
「楽しそうだな、シン・アスカ!!」
「ええ!! 俺はここまで強くなれた! もっと前に! もっと先に行きたいと願っていますから!」
「そうだ! 我々は前に行く、何処までも前に!」
剣同士が弾かれた。特別な力を纏わない、ただの金属の塊。けれど、その内部には膨大な力がせめぎ合っている。
意思を吸って形となった神剣二つ、それに食らいつくような無限の欲望を体現とした剣が一つ。
三つの存在が、騎士の意思を声高に叫ぶ。
相手を倒し、自分の主をさらなる高みへ。何処までも強く、何処までも高く、誰も追いつけない領域まで連れて行くために。
試合の合間、一夏は水分を取るためにアリーナの脇にある自動販売機の前にいた。
「・・・・俺に用事か?」
声をかけると、角のところから一人の女性が出てきた。
「ずっとつけていたけど、何の用だ?」
顔を向けながら、一夏は妙な違和感を覚えた。何処か懐かしいような、けれど始めてのような。
「おまえは強いようだな」
「何の話だ?」
相手の話が見えない。サングラスをした、中学生より上という少女。知らないはずなのに、自分の『感』が知っていると告げている。
「私とどちらが強いか、比べてみるか?」
「何を・・・・」
瞬間、一夏は目を見張った。
少女がサングラスを外して見せた顔、それは『昔からよく見ていた顔』だったから。
「どうした?」
「ち・・・ふゆ姉?」
「さてな」
瞬間、彼女の体はISを纏っていた。
反射的に一夏も白式を呼び出そうとして、体が固まる。今の自分は、白式を持っていない。修理に出したままで、予備機さえ持っていないことに、今頃になって気づいた。
「どうした?!」
半ば反射的だった。一夏は咄嗟に持っていたジュースを投げつける。
ISに対して意味のない行動、相手は無造作に手に持った槍のような武装で斬りつけるが、中身が飛び散り視界を塞ぐ。
チャンスは一回。教えられたが一度も成功したことがない、白打の一撃。踏みしめた足から伝わる衝撃を腰の回転で増幅して、右手の一撃に上乗せして相手に叩きこむ。
ある世界では、それは『通背拳』と呼ばれていた秘儀は、見事に決まった。
初成功、普通ならば喜ぶことなのだろうが。
「なんだこれは?」
未熟過ぎた。一夏の一撃はISの防御の前に消え去り、衝撃が相手を貫くことはない。
シンならば、今の一撃で確実に相手の『絶対防御』さえ貫通して気絶させられるのに。
技量の差、訓練時間の差が明確に技の完成度として現れる。剣を主に一夏は使っていたから、『こういった技術がある』程度に教えていたものは、いきなり実戦で使用できるレベルではなかった。
「甘いな」
「解ってるさ!」
自分の未熟さは解っている。他の誰かに言われるでもなく、一夏自身がよく解っているから。
相手の攻撃が来る。主兵装は槍か、他のパーツから何かしらの攻撃ユニットは考えるべきだ。ISだから呼び出しての武装追加もあり得る。
一方、自分はというと。一夏は手持ちで武器になりそうなものを考え、IS相手では力不足だと切り捨てる。
ならば撃ちあいは不可。相手の攻撃の先を読み、威力の範囲を推察して、ひたすらに回避するべきだ。
爆発などが起きれば誰かが連絡して、応援が来てくれるはずだから。
「味方の到着を待つのか、おまえは弱いな」
「俺自身が弱いことはおまえに言われなくてもよく知っている。好きに言えばいい」
「そうか、なら一つだけ教えてやろう。『私だけだと思うか』?」
「・・・・チ!」
足裏に伝わる振動に、一夏は小さく舌打ちした。きっと襲撃者は他にいる。自分だけじゃなく、このIS学園すべてに。
シャルロット達が負けることは、ないだろう。相手が国家代表クラスでもない限り、シン・アスカに鍛えられた彼女たちが負けることはない。
しかし、だ。救助は絶望的になった。応援が来るまで持ちこたえるつもりでいたが、こうなってくると何時になるか解らない。
せめて武器があれば。
心の底から切に願う。手持ちの何かがあれば、時間稼ぎだけではなく相手に対しての有効打になるはずなのに。
IS用の武装を使ってみるか、アリーナの近くの整備室にあるはずだが、自分に使えるだろうか。
姉は使っていた、という話を聞いたことがある。生身でIS用の武装が使えるなんてと、聞いた当初は感じていたのだが。
姉に出来て、弟に出来ない道理はない。
「やってみるか」
「何か悪あがきでもするのか? いいだろう、やってみろ!」
相手のISからパーツが外れた、視界にそれが映った瞬間に、一夏は大きく横に跳んでいた。
「それはセシリアの?!」
「使い勝手がいいぞ! こいつは二号機だからな!」
「嘘だろ!」
イギリスが何かしたのか、それとも奪われたのか。
思考がぐるぐると廻る中、一夏は体の動きを止めずに走りまわる。ビットの攻撃はレーザーが主体。ミサイルのように曲線は描かないから、射線に注意すれば回避できるが。
「甘いな!」
フレキシブル。僅かなレーザーの動きに、一夏は合わせる。曲線となって迫るレーザーをギリギリで回避し、誘い込むようなミサイルの中へと飛び込んでいった。
安全距離があるうちは爆発しない、もししたとしても爆風を利用して距離が稼げる。
冷静に考える一夏の背中でミサイルが爆発。背中に痛みと熱気が走るのだが、無理やりに抑え込んで走り抜けた。
「しぶといネズミが!!」
「知らないのか?! ネズミっていうのは元々がしぶといんだよ!」
負け惜しみに叫んで置きながら、一夏は廊下を走り抜けていく。
三者三様に戦闘があり、とか。
「おいおい」
ハイネは小さく嘆息しながら、周りを埋め尽くす勢いで増殖する物体を見つめた。
『プルーマ』だったか。確か、天使の名前を持つMAが支配下に置く無人機体。人間相手に殺戮するためのみに開発されたもので、地球連邦政府が『バグ』などと一緒に使用していたはずだが。
無人機なのをいいことに、勝手に増産させていた結果、制御できずに廃棄処分したはずなのだが。
「あいつら、爆破じゃなく『強制転移』で破棄したな」
甘い管理体制の果てに破棄方法まで杜撰とは。あの馬鹿組織はやはり、話し合いでの対抗ではなく、武力によっての殲滅戦を行うべきではないだろうか。
「自分達が制御できない兵器は、必ず破壊して周辺への被害を考慮するべき。確かに帝国軍は、その点においては容赦ないからなぁ」
グラビティ・カノンの目標、新型空間爆裂弾の目標、ベクターキャノンに目標。等などと、新型兵器の目標には、却下された兵器や兵装が当てられることが多いのだが。
「本当、うちの『馬鹿げた形式』も良心的なところもあるんだな。いや、異世界でこういったことを学べるなんて、俺はかなりラッキーじゃないか?」
一人、ハイネは無理やりに自分を納得させるために話をしていた。
周囲には誰もいない、すでにアリーナにいた学生たちの避難は完了。『プルーマ』はアリーナだけに出ているらしいので、母機もここにいるのだろう。
「お、いたな。おいおい、なんでよりによって『ハシュマル』タイプなんだ?」
無尽蔵に増える『プルーマ』の中心地、鳥型の機械を見つけたハイネは、一気にやる気がそがれた。
強力な機体なのは認める。メガ粒子砲標準装備とか、連射可能とか、拠点攻撃には有効な兵器だ。
防御も素晴らしい、通常のビーム兵器はほぼ通さない。ナノラミネート・アーマーの対光学兵器の性能は、実証済みで体験済みだ。
しかし、だ。それも三年前の話。
キチガイの変態馬鹿の集まりの技術局曰く、『一年前の最新技術は、現在においては過去の遺物と同じ』。
明言だとハイネはつくづく思う。かつては無敗や不敗、堅牢を誇っていた防御であって、現在戦においては少し硬い程度でしかない。
「ハイネさん!!」
背後からの呼びかけに彼は振り返って軽やかに手を振った。
「そっちは大丈夫そうだな」
「はい! 敵が来て・・・・・」
「そうだな」
瞬間、シャルロットは彼についての説明を思い出すことになる。
シン・アスカはハイネ・ヴェステンフルスに勝てたことがない。
一閃、ハイネの右手から何かが伸びたと知覚した瞬間に、無数にいた『プルーマ』とハシュマルは砕け散っていた。
「後であの変態どもに礼を言っておくべきか。いや、なんでよりによってヒート・ウィップに『ナノラミネート加工』したのかを問い詰めるべきか」
周りの誰もが怖さを感じている中、ハイネは深く悩んでいた。
結論として、ハイネはやはり殴っておこうと決めたらしい。
各地での衝撃に、シンは気づいていた。
「あちらも何やら始めたようだが、いいのかね?」
叩きつけられる剣に対して、シンはウロボロスを添わせるように突き出して威力を受け流し、反対に『天壌無窮』を突き出す。
刃が届く、寸前でクルーゼの『天衣無縫』が弾いてきた。
上下に剣があるなんて、扱いづらいと思っていたのだが。攻めて良し、守って良しの攻防一体の剣。
加えて相手の技量は自分よりはるかに高い。戦い方の組み立て方、立ち位置の取り方、相手との距離の詰め方。色々と勉強になるばかりだ。
さらに心理戦まで仕掛けてくるとか、相手の実力の底が知れなくて少しだけ怖くなる。
「あっちはハイネがいますから」
剣を構えなおすために距離を開ける。両手に剣を持って戦うスタイルは、元々はテラが―師匠が得意としていたもので、シンも自然と扱えるようになったのだが。
まだまだ『扱っている』だけで、熟練しているわけじゃない。両手を同時に動かしてしまい、そこをクルーゼにつけ入れられている。
「ハイネか。なるほど。ではアリーナは安心できるが、一人だけ別行動がいるようだが?」
一夏のことか。咄嗟に思いついた可能性に、シンは小さく笑ってしまった。
「何かおかしかったかな?」
「ええ。貴方も知っているでしょう? あいつは単独で動いたくらいでやられるような、そんな弱い奴じゃない」
「ふむ、確かに。だが、彼は今はISを持っていないが」
通常ならば、と前置きがつく話だ。ISを、白式を持っている織斑・一夏ならばどのような相手でも勝てることはないが、負けることもない。勝てない相手と相対していたら、増援が来るまで持ちこたえるか、それか一撃入れての退避を選べるはずだ。
「確かに、今のあいつはISを持っていない。でも、クルーゼさん」
シンは不安を欠片も感じていない。
確かにISは機械だ。まだまだ未熟な武器かもしれない。
「ISって『マテリアル』に似ていませんか?」
「ほう、そうかね? 『マテリアル』ほどの異常性は感じないが」
「俺は感じますよ。あいつらは『マテリアル』みたいに、所持者に対して独占欲がありますから」
誰にも触れさせないように、誰にも傷つけさせないように。『マテリアル』に似たような、『絶対に渡さない』という意思がISにはある。
開発者の束も気づかなかった、毒のように触れたら体の隅々まで侵食するような、深い愛情。
「なるほど。しかし、すべてではないだろう?」
「はい、すべてではないです。でも、一夏の白式にはある。知っていますか? あいつのISコア、前は違う機体に搭載されていたそうです」
束から話を聞いた時、思わず笑ってしまった。
奇妙な縁だ。よりによって、その名前の機体に搭載されていたのか、と。
「ふむ、何と言う機体かね?」
「『白騎士』だそうですよ」
出された名前に、マスク越しでもクルーゼの目が細められたのが解った。
『ジョーカー銀河帝国』において、『白』の名前を冠する機体は多くはない。その中でも騎士の名を共に呼ばれる機体は一つだけ。
『白騎士』、あるいは『白銀の女神』と称えられる機体。
「なるほど、奇妙な縁だということか」
「ええ」
戦闘の最中だというのに、二人して笑ってしまった。
『白騎士』と呼ばれる機体は、ジョーカー銀河帝国軍における旗機。
『白夜の支配者』の異名を持つ、最古の『マテリアル』にして『皇帝専用機』。
即ち、『スノーホワイト・エンパイア』。
増援は望めない。他での戦闘音は嫌でも耳に来る。武器もとることができずに、一夏は床を転がっていく。
助けたいのに、動けない。
必死に伸ばす幼子の手は、『現実世界』に届くことなく壁に阻まれる。
嫌だと泣き叫んでも、どうしてと嘆いても体は動かない。
『白式があれば、負けない』。一夏の、主の声が空間に木霊する。先ほどから聞こえてくる声に、小さな女の子は泣き続けていた。
彼女の背後にいる騎士も、無力さをかみしめながら剣に手をかけたまま動けずにいる。
『助けたいのに、助けたいから』
必死に両手を伸ばしても、一夏の手に触れられない。あんなに傍にいて、あんなに一緒に頑張っていたのに、重要な場面で自分は主の傍にいられない。
『誰か、助けてよ』
小さくこぼした言葉に、反応なんてないはずなのに。
『助けるのは、貴方の役目でしょう?』
声が下りてきた。少女が顔を上げた先に、一人の女性がいた。
腰より長い藤色の髪に、金色の瞳の二十歳くらいの女性。白ワンピースを纏った彼女は、穏やかに微笑んでいた。
『主の危機を感じたなら、貴方が行きなさい。主を助けたいなら、貴方が行くべきです』
『でも! 私は動けないの! 私の体は動かせないの!』
無理だ、自分は機械なのだから、一人で動くことはないから。
『いいえ。貴方はできます。ほら立って、そして主の呼び声に答えなさい』
優しく穏やかに語る女性に促され、彼女は全力で手を伸ばした。誰でもいいわけじゃない、空間も法則もこの手を邪魔させない。誰にも触れさせないんてしない。唯一、この手に触れることができるのは、一人だけ。
だからこそ、だ。
一夏は何度目か、地面を転がって壁に激突して止まった。
体中が痛い、目が霞む。けれど、彼は諦めずに敵を見据える。
『よくできました。それでこそ、シン・アスカに教えを受けた者です』
誰かの声がした、聞き覚えのない声、けれど何故か知っている気配の。
『呼びなさい、若き騎士。貴方の『剣』が貴方の呼びかけを待っていますよ』
何を、と思うことはなかった。
呼べと呼ばれるなら何度でも。無謀でも無茶でも、何回だって呼んでやる。
「来い」
小さな呟きは、何故か大きく周囲に響いた。
「狂ったか。おまえのISはここには・・・・・」
「来い・・・・・来いよ!! 『白式』!!」
一瞬、相手の馬鹿にしたような顔が見えた。そして、その顔が驚愕に染まるのも。
「何をした? おまえは何をした?!」
叫ぶ相手に対して、『痛みがすべて消えた体』で一夏は答える。
「俺の『剣』を引き抜いただけだ」
真っ直ぐに雪片の切っ先を向けながら、織斑・一夏は地面を蹴った。
騎士にとって剣っていうのは、相棒であり、愛機でも有る。
ただの機械の塊って思うやつは少ないよな。誰もがそれに語り、それと共に成長していった。
出会いとか、些細な切っ掛けだって師匠は言ったけど。
俺は、俺達はそれを大切にしている。
何時だって『相棒』は俺たちを裏切らないから。
だから俺達も相棒に相応しい存在であろうとする。
遥かな高みを目指して。