気持ちを込めて、想いをこめて。
譲れない意思を持って前に進むために。
誰にも負けたくない悔しさを秘めながら。
だから、俺達は前に進む。
行くぞ、ティス。
誰もが逃れられないもの。誰もがそれに従ってしまうこと。見えないからこそ、人は言い訳に『それ』を使う。
仕方がないから、どうしょうもないから。奇跡でも起きなければ覆せないから。
人は生まれたときから決められた人生を歩くしかない。チャンスを得たとしても、それを生かせるかは最初から決まっていると。
人はレールの上を走る電車のようで。外れることなく、目的地は決まっているから、無理だと諦めて。
でも、諦めきれないからこそ前に進む。絶対に譲れないからこそ、人は昔から奇跡を起こしてきた。
だからこそ、自分も負けない。
『運命』って奴に負けることはない。
決して抗えないものだとしても、自分から膝を折って屈することはしない。
デスティニーを与えられた自分が、運命ってやつに屈してしまったら。
誰もが決められた道を歩いていくしかないのだから。
一閃が壁を切り裂く。先ほどまで追いつめていた者が、今度は逃げるしかないのは皮肉だろうか。
「貴様ぁぁぁ!!」
「遅い」
レーザーはすでに何度も斬られた。まるで気負うことなく、右手の『雪片』で光学兵器を斬る様に、彼女―Mと呼ばれた少女は寒気を感じていた。
素人だったはずだ。何も知らない一般人、自分と違って姉の元で穏やかに過ごしていただけの、苦労していない愚か者。
武器など扱ったことはない。剣道をやっていたが、やめてしまって家事をしていただけの、ごく普通の学生だったはずの相手が。
今はとても怖い何かに見える。
「何をした?!」
「何度も言わせるな」
言葉の途中で彼が消える。瞬時加速とも違う、意識の隙をつくように体を素早く動かし、瞬時に間合いを詰める。
確か一流の剣豪は、こういった動きが得意だったか。一呼吸で刀の間合いに詰める歩法、縮地と呼ばれる歩き方だったはずだが。
「なんでISで使える?!」
「教えるわけないだろうが」
気づいた時には右手の槍が根元から斬られていた。
ゆっくりと空中に舞い上がる槍に、知らずのうちに視線を向けてしまって、自分の失敗に気づく。
「沈め」
短い言葉に圧倒的な圧迫感。殺気ではなく、ただ純粋に『倒す』という意思のみの一撃が、右肩を斬った。
絶対防御発動、エネルギーがごっそりと持って行かれる。
零落白夜だ。当たる瞬間のみの瞬間的な発動は、織斑・一夏の白式のエネルギーを最低限に、反比例するようにこちらのエネルギーを消費させる。
まるで動きが違う。前の試合までの動きは見ていたはずなのに、まるで別人のように鋭く細く正確に一撃を与えてくる。
白式も変わったわけじゃない。見た目は最初の時と少しも変わっていない、だというのに動きはまるで別機体だ。
何が違う、どう違う。相手は欠陥機体。篠ノ之・束が関わっていたとしても、開発途中で破棄されたのではなかったのか。
対してこちらはイギリスの最新鋭機、それを改造した国家代表のISさえも凌駕するISだ。自分の技量も彼に劣るものではないと確信していた。
はずなのに。
「おまえはどうしてそこまで強くなれた?!」
「俺が強い? 何を勘違いしているんだ?」
一夏が止まる。足を止めて、ゆっくりと刀を振りかぶる。
上段の構え、あの動きから繰り出されるのは真っ直ぐな一撃のみだ。回避は容易いと思えるのに、何故か自分の全身が叫んでいる。
『無理だ』と。
「俺はまだ弱い。セシリアやシャルロットに届かない。ハイネさんに、あのテラって人にさえ」
ゆっくりと一夏が息を吸う。吸い込んだものを全身に巡らせるように止めて、彼は動きだした。
「シンに届かない俺が、強いわけないだろう?」
振り下ろされた一撃は、真っ直ぐにMの全身を斬った。絶対防御が再び発動、エネルギーはほとんど持っていかれた。
今、彼は何をしたのだろうか。距離は開いていたはずなのに、零落白夜が届いたのは何故か。
「何処を見ているんだ?」
声は自分の背後から、振り下ろした刃を持ち上げながら、一夏が振り返る。
何時からそこに、さっきまで自分の前にいたのに。
「本当に、遅いな、おまえ」
横薙ぎの一閃は朝焼けのように彼女の視界に差し込んだ。
崩れ落ちる彼女のISが解除されたことを確認して、一夏はホッと息を吐いた。
感覚が妙に鋭く、全身の痛みはなく絶好調より調子がいい。今ならばどんなことでも出来る高揚感が、気分を上げていく。
「シンは?」
顔を上げる先、アリーナの屋根の上に閃光が閃く。
誰かと戦っている。今なら加勢出来るのでは。
一夏は左手を握ったり開いたりした後、舞いあがった。手助けはしてやれるはずだ。今の自分は決してシンの足手まといになるような存在ではない。
届かなくとも、背中くらいは見える。
「シン!」
アリーナの天井まで舞いあがった一夏は、反射的に声をかけた。
相手の姿を探し、言葉を発した後に気づく。
剣のぶつかる音、アリーナの天井が砕ける様子、二人の姿は見えなくても激しい戦闘の様子がそこにあった。
「なんだよ、これ」
速い、それだけじゃなく重い。一撃一撃を軽くした速さじゃない、一撃一撃を必殺にしながらも、速度を落とさない光速戦闘。
生身でこれほどまでの動きが出来るのか、あのシンがそこまでしなければならない相手か。
「一夏?! 何で来た?!」
フッとシンの姿が見える。右手に見たことない剣と、左手には『ウロボロス』といわれる剣を持った二刀流。
「ほう、あの少女を倒したか。実力は彼女のほうが上のはずだが?」
「え?」
シンの前方に出現した相手に、一夏は言葉を失った。
何故、貴方がそこにいる。どうして、シンと戦っている。疑問がいくらでもあるのに、言葉にできずに霧散してしまう。
「あ、あの」
「ふむ、戦場で気を散らせるのは命取りだ。織斑・一夏、最後の教えは何とも締まらないものになってしまったか」
やあ、元気だったかな。そんな気軽な口調で告げられた言葉を、一夏は理解できずにいた。
「避けろ!」
シンの叫びに、反射的に動けたのは偶然だった。半ば条件反射で、シンの言ったことに従う体になっていたからか、それとも白式が意地でも見せたか。
とにかくだ、一夏自身が反応したわけじゃなく、彼の一撃を避けられた。
「見事だ。しかし、機体に頼り切った動きでしかない」
「なんで?!」
「逃げろ一夏! おまえの勝てる相手じゃない!」
鋭く振り返る背中に、シンの叫び声が突き刺さる。
解っている、自分じゃ相手にならないことくらい。逃げなくちゃいけないことは解るのに、心は『立ち向かえ』と言ってくる。
「貴方は?! 最初から俺を騙していたのか?!」
「騙したとは人聞きが悪い。最初から私は敵だっただけだ」
「じゃ、俺に教えてくれたのは?!」
質問に答えはなかった。彼の目線が自分以外に向けられ、その先にいるのはシンだった。
相手にしてもらえない、眼中にない。言葉以上に明確に叩きつけられた意味に、一夏は全身が沸騰するような錯覚を感じた。
「無視するなぁぁぁぁぁ!!」
「よせ! チ!!」
視界の隅でシンが動きを止めた。その彼の前のアリーナの天井が砕け散り、漆黒の何かよく見たことがある物体が現れた。
一夏にはそう見えていたが、感覚が無視する。今はこいつを、自分を騙したようなこいつが先だ。
「一夏!」
シンの叫びが遠のく。実際に彼の反応がアリーナの下に落ちていったが、気にしていない。
「答えろよ! 俺を騙してシンを誘い出したのか?!」
「騙してはいないが。君を餌にしたわけでもない」
「じゃあ何で?!」
「何故か・・・・年甲斐もなく感動してしまっただけだ。直向きに打ち込む君の姿に」
「え?」
穏やかに優しく、口元に笑みを浮かべた仮面の男は語っていた。
「真っ直ぐに強くなろうと努力している少年がいる。利益や欲望などなく、ただ高みを目指して。先達として、そんな青年がいるならば教えるしかなかろう?」
悪意に染まったものではなく、暖かい笑みを浮かべた男がいる。きっと、父親がいたならば、自分にこういう風に語りかけてくれたのではないか。
一夏は不意にそんなことを思ってしまった。
「君がシンの関係者だというのはすぐに解った。確かに私はシン・アスカの敵ではある。だがな、努力している人物に教えない理由にはならない。君はいい生徒だった。教えたことを素直に吸収してくれる。言ったことを律義に護る。とても教えがいのある『弟子』だったよ」
「あ、え、あの」
戸惑いが激情を押しのける。今まで抱いていた憎悪が嘘のように消えて、何処かくすぐったい感情が浮かび上がった。
「やはり君はもう少し用心深くなるべきだ。私が嘘を言っていると思わないのかね?」
「嘘をいう人は、そんなに穏やかに笑いませんよ」
「そうかね? では最後の教えだ。織斑・一夏、敵を前にして躊躇するな」
クルーゼが剣を構えた。両手で構え、体を前に出す。双剣での構えとしては、少しばかり不格好に見える。
不利にならないだろうかと考えていた一夏は、彼の目線を感じて身を引き締めた。
最後の教え、最後の一撃。これができるならば、君は騎士になれるだろう。刀を使うものならば、覚えておいて損はない。
言葉では伝わらない想いが、確かに届けられた気がした。
「はい」
気の迷いかもしれない、でも気の所為にはしたくない。だからこそ、一夏は真っ直ぐに雪片を構える。
全身を引き締め、意識を鋭く細くし、最高の一撃を叩きつけるために。
「いい返事だ。行くぞ」
短い合図と同時に、ラウ・ル・クルーゼの姿は一夏の眼前にあった。
引き絞る弓が矢を弾きだすように、全身の筋肉を使った円運動。横薙ぎの一閃は左足を軸足に、片手に持った剣を豪快に振り回す。
それに対して、一夏は迷うことなく上段からの一撃を叩きつけた。
攻撃は相手のほうが速かった。衝撃が腹から広がり、全身を弾き飛ばす。
「・・・・・狼牙一閃」
小さな呟きと同時に、一夏は崩れ落ちた。
シンははっきり言えば焦っていた。一夏が来たことも予想外ならば、あそこまで取り乱したことも予想外だった。
教えを受けていたことは知っていたが、あの最後の自分との会話を聞いていたならば敵だと理解していると思っていた。
きちんと伝えなかった自分のミスか。
「この!」
黒い影が迫る。右手に一夏が持つ雪片と同じものを構えた、ISらしい影が攻撃を繰り出してくる。
一撃一撃が重い、だというのに相手の意思が感じられない。
まるで影を相手にしているような、そんな錯覚を覚える。
「ティス!」
『うん! 過去のデータを一時的に再現しているみたい。えっと、このデータは『織斑・千冬』だって!』
あの人か。道理で攻撃が重いわけだ。恐らく現役時代のデータを使っているのだろう、攻撃が鋭くて重い。相手の意思が介在していないのに、この攻撃力はちょっと驚いてしまう。
下段からはね上げた刃が、すぐに上段から返ってくる。鋭く重く、回避も防御もすべて斬り捨てる。
まるでサムライ。何処か一夏の最大テンション時の攻撃に似ているが、さすがは姉弟か。血筋は争えないとは、こういったものを言うのか。
場違いな考えをしながらも、シンの体は止まらない。
相手は一本、こちらは二本。単純計算でも、その攻撃数は違ってくる。相手の技量が高くとも、意思が載らない攻撃に敗れることなどない。
「このぉ!」
『天衣無縫』の効果範囲内から出た。『ウロボロス』と『天壌無窮』が僅かに発光してくる。
効果の再動を感じながら、シンはまず左手のウロボロスを叩きつける。相手は雪片で防御したが、それが失敗だ。『ウロボロス』が触れたところから、エネルギーが吸われる。
ギシリと何かが軋む音が聞こえた。出所は相手の雪片だろう、いくら強固な武装でも元はISの武装だ。エネルギーを失ってまで稼働できるわけがない。
「これで!」
最後の一撃は『天壌無窮』。効果はこの場合は意味がないが、相手の装甲を突き破るには『ウロボロス』では『大きすぎる』。
もし『ウロボロス』を突き刺したら、ISのエネルギーだけではなく相手の生命活動さえも停止させてしまう。
「ティス!」
『よしきた! 接触回線で相手のISコアの停止完了! 続いてちょっといじって彼女を地上に下ろすよ』
バキンと音がして、黒い何かが弾け飛んで、眠っている少女が倒れるように落ちていく。
「大丈夫だよな」
『もちろん、きちんとISのほうにプログラム入れてあるから大丈夫。地上に触れる前にフワリだよ』
「なら、次は」
時間がかかった。いくら相手が織斑・千冬のデータとはいえ、かけた時間はかなり多い。
一夏は大丈夫だろうか。相手はラウ・ル・クルーゼだ。いくら一夏が強くなったとはいえ、かなり分が悪い。
もしかしたら。
最悪の想像をしながら、シンは一気にアリーナの天井まで跳ね上がる。
落ちてきた穴から出た彼が見たのは、ISを解除されながら倒れる一夏と、彼を斬った男の姿だった。
「あ・・・・・」
「遅かったな、シン・アスカ。織斑・一夏は、敗れたぞ」
ニヤリと、とても意地の悪い笑顔を浮かべる相手に、シンの中で何かが切れる音がした。
「あんたって人はぁぁぁっぁぁ!!」
「そうだ来い! 私は! おまえの敵はここにいるぞ!!」
「ああああああ!!!」
意味もなく叫びながら、シンは真っ直ぐにクルーゼに突撃していった。
「甘いなぁ!」
彼の背後に気配が浮かぶ。フォリアナがそこにいる、自分の背後はティスがいる。
遠くにいるわけじゃない、相手のパートナーは一定範囲にいる。
激情に流されるシンの意識の中の一部が、冷静に状況を把握していた。だからこそ、切れるカードがある。
「ティスぅぅぅ!!!」
『御意! 我が主シン・アスカ! 『コード入力! 『天帝牢獄』!!』』
「そうきたか!!」
瞬間、世界が砕かれた。
テラ・エーテルの一族は、彼らを知る者達から『帝の一族』と呼ばれていた。
強さを示し、最強をなし、絶対を目指すようになった者に、『その者を示す一文字と帝の一文字からなる二文字の字』を送る為。
初代の無念を晴らすために、誰にも奪わせないために世界を相手に戦って勝てる者を『創り出す』ために。
かつて、『天帝』と呼ばれた男がいた。彼は生涯をかけて一つの技術を生み出した。それは魔法でもスキルでもない、まったく別の能力。
名を『天帝牢獄』。世界を『法則的に切り離す』力。その力で区切られた世界は、例え対界宝具を連発しようと、事象を崩壊させようと、周辺の世界に影響を及ぼすことはない。
「なるほど。君も使えたというわけか」
驚いた様子のクルーゼを前にして、シンは燃えるような瞳を向けたまま答えずに左手の『ウロボロス』を放り投げる。
「ふむ、察するに一時的にテラに『能力をストックしてもらった』か。万が一の場合に使え、と?」
「答えは必要ないでしょうが。一夏を倒したあんたに、答えなんてやらない」
「そこまでか。なるほど、それで、どうするつもりかね?」
まだまだ余裕を崩さないクルーゼに、シンは小さく息を吐いた。
瞳を閉じて、ゆっくりと『天壌無窮』を地面に突き刺す。
「答えてなんてやらないって言った。俺は覚悟を決めた。あんたは俺が倒すんだ、今日ここで」
瞳を開く。燃えるような炎の瞳、それに反比例するように周辺の気温が下がっていく。
『凍焔の鬼神』の由来。魔法でもスキルでもなく、本気のシン・アスカに従うように周辺環境が変化していく。
「そうか、そうか、ようやくだな。ならば、止めてみせるがいい。止められるものならばな!!」
クルーゼも『天衣無縫』を地面に着きつける。
そして、二人は同時に叫ぶ。
「運命を決めるぞ! 『デスティニー・イレイザー』!!」
「さあ戦いの時だ! 『プロヴィデンス・オーバーワールド』!」
瞬間、二人の姿は消えて、彼らがいた場所に二十メートルの巨人が立っていた。
俺はあまり怒らないほうがいいって師匠に言われた。
普通の喜怒哀楽ならいいけど、激怒とかプッツンは駄目だって。
俺の影響力って実は高いらしくてさ、周りの環境を急激に変化させるって言われたけど。
でも、今回は許せないから。
『そうだね、シン』。
ああ、俺は絶対にあの人を