シン・アスカの異世界渡航記『完結』   作:サルスベリ

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 過ぎ去った時は戻ることはない。

 当たり前のことだよな。

 だから俺達は毎日を懸命に生きる。

 そうだよな、ティス?






願いのために・8

 

 七色の輝きを背に、巨人が舞う。

 

『やはり当たらないか!』

 

 小型の機動兵装『ドラグーン』が攻撃を放つのだが、かすりもしない。翼も含めれば横幅は六十メートルは超える。巨大な七色の翼を躍らせながら、デスティニーは止まることなく突き進む。

 

 行く筋ものビームが檻のように行く手を阻もうとも、巨大な荷電粒子が空間を埋め尽くそうとも、『運命』は止まらない。

 

 次々に攻撃を繰り出しても、彼を捕らえきれない。技量ではクルーゼのほうが勝っている。経験値でも、実戦の数でも、クルーゼとフォリアナをシンとティスは超えることはない。

 

 けれど、だ。 

 

 連携、あるいは共有という点において、クルーゼ達をシン達は超える。

 

 クルーゼもフォリアナも自己主張が強いタイプだ。普段は穏やかに接しているとはいえ、一度でも戦いとなれば容赦しない。やるべきことを徹底的にやる、自分の意思の元でドンドンと行く。

 

 一方で、シンもその手の考え方で突き進む。自分のやるべきことを第六感で把握し、実力行使を厭わない。

 

 しかし、ティスは違う。まず最初にシン・アスカを立てる。その彼がやりたいことを見定めて、彼が動きやすいように背後から突き従う。

 

 古き日本によくいた良妻。夫の三歩後ろを付き従うのが、ティスという存在だった。

 

 だから、明確に差が出る。実力という点ではクルーゼ達が勝っていても、『総合力』という点ではシン達が勝る。

 

『フェザービット!!』

 

 デスティニーの両肩に装着された羽がはがれ、空間を埋め尽くす。増殖と増加、一枚が十枚へと別れたフェザー・ビッドが、クルーゼとフォリアナが操るドラグーンの攻撃を反らす。

 

 周辺警戒はティスが。彼女が見落とすことはなく、攻撃が自分を貫くことはない。全幅の信頼をシンはティスに置いている。彼女ならば上手くやる、だから自分は機体を操り、敵を砕く。

 

『堕ちろよ!』

 

『ふ! そう簡単に行かせると思うかね?!』

 

 デスティニーの右手に装備された『ウロボロス』が、『プロヴィデンス』の右腕に装備された剣に叩きつけられた。

 

 勝った、とシンは思わない。相手の剣を見て、小さく舌打ちした後にデスティニーは急速に後退。七色の翼の残滓が僅かに空間を埋めるが、すぐに消えてしまう。

 

『気づいたようだな、シン・アスカ』

 

 『プロヴィデンス』の剣が二つに分かれ、続いて柄頭で繋がった『双剣』になった。

 

『『天衣無縫』』

 

 小さくシンは相手の剣の名を呼ぶ。

 

『正解だ。『マテリアル』本体に乗ったとき、神剣を出せるかどうかは、個人の技量だけではなく、その者の覚悟といった『意志の力』が重要となってくる』

 

 君はどうだ、とクルーゼは口外に告げた。

 

 すでにティスがいなくとも神剣は抜ける。自分の意思一つで手の中に神剣を顕現できるのだが、機体に乗った状態で装備できるかは、まだやったことがない。

 

 そもそも、師匠のテラ・エーテルはそんなことを教えてくれなかった。

 

『ああ、言い忘れていたが。テラはやらない、できるだろうが、そんなことしたことはないだろう』

 

『何でだよ?』

 

 つい、反射的に聞いてしまう。あの師匠が、そういったことをしたことがないなんて。思いつく限りの戦闘方法は試して、試してないことを一つ一つチェックして潰していくと思っていたのに。

 

『簡単な話だ。スノーホワイト・エンパイアは、そんな危機的状況に陥ることがない。『白夜の支配者』の異名は伊達ではないということだ』

 

 スノーホワイトがよく言われている異名が、何故そうなったのかシンは知らない。

 

 師匠に聞いたこともなく、聞いても答えてくれないだろうと勝手に思い込んでいた。

 

『これも知らないか。夜というのは、人が死ぬ時間と考えられているらしい』

 

 クルーゼは語る。まるで、師が弟子に教えを授けるように。

 

 シンは聞きいってしまった。一夏のことはまだ怒りを感じているのに、昔に出会ったときと同じ声に、反射的に耳を傾けてしまう。

 

『その夜が白く解らない状況、それが『白夜』だ。その機体の前では、常に白き夜が訪れる。つまりだ、その機体を前にしたものは平等に死を迎える、例外なく、な』

 

 ポタリとシンの頬を汗が伝った。

 

 強いと感じていた、無敵じゃないかと思えていた機体は、絶対の力を持っていたわけか。

 

『時間も空間も、概念も事象も関係ない。法則さえ、あの機体は滅ぼすだろう。それが我らが皇帝の専用機『スノーホワイト・エンパイア』の性能だ』

 

『なんだよ、それ。どうしてそんな機体があるんだよ。いくらマテリアルの原点だからって』

 

『だからだよ、シン。原点であるからこそ、強さを誇っている。すべてのマテリアルはスノーホワイトの零れた残滓でしかない』

 

 こうありたいと願った未来、こうであってほしいと描いた性能。それらがスノーホワイトを構築する仮定で切り捨てられ、あるいは次の段階に進んだ結果、破棄されたもの達。

 

 現在のマテリアルは、それらを形にした残り香でしかない。

 

『解るかね? 我らが皇帝陛下は、自分だけが強者であり続ける。誰も信頼せず、誰も頼ろうとしない』

 

 クルーゼの言葉は続く。あの人のことを語る言葉は、何処までも辛辣で何処までも冷たくて。でも、何処か泣いているような悲壮感があった。

 

 シンは、不意に悲しく思えてきた。孤高と呼べば格好がつくのだろうか。それも不敗とか無敵とか呼べばいいのか。

 

『でも、それは悲しすぎませんか?』

 

 無意識にシンが紡いだ言葉に、クルーゼは深く笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の一族の究極の完成品。誰も手を出せず、誰にも奪わせない。慈悲などなく情けもない。

 

 昔のテラは、そういった存在だった。自分の前を塞ぐものは、何億だろうと殺していく。殺して消して、滅ぼして。感情が僅かも揺らがない戦闘マシーン。

 

 彼を、今の彼らしくしたものは幼馴染の二人と、一人の英霊。

 

 どうしょうもない馬鹿で、誰かが泣いていると隣に立って助けてくれて、困っている人は救ってしまう、ヒーローのような存在でありながら、誰よりも自分が極悪人だと信じている、そういった大馬鹿もの。

 

 クルーゼは少しだけ昔を思い出し、シンの問いかけに答えた。

 

『悲しいとは、意外なことを言うな。君も彼に頼ったはずだろう? 彼の弟子ならば、頼って願いをかけて、『叶えてもらった』はずでは?』

 

『それは、確かにそうです』

 

 昔に家族が死ぬかけた時に、テラが現れて命を救ってもらった。二度とこんな悲劇を繰り返したくないから、彼に頼みこんで鍛えてもらった。

 

 だから。

 

『だから、彼は孤高であり、誰も寄せ付けない』

 

 シンは、冷水を浴びたように全身が冷たくなった気がした。

 

『万人の願いを叶え、世界の悲劇を防ぎ、多くの人の安息する国家を生み出した。人といえるのかね? こんなことをするテラ・エーテルとは、英雄と呼べるのだろうか?』

 

『それは、そんなこと』

 

 否定する言葉が、シンの口から出てこない。

 

 前々から何処か非常識ではあった、人間じゃないと思っていたこともあった。

 

 けれど、こうやって眼前に突きつけられると、なんて酷いことをと感じてしまう。

 

 彼一人に背負わせて、すべてを丸投げにして。

 

『英雄とは人身御供だ』

 

 クルーゼの独白が続く。心を抉られるように、何か忘れようとしていたものを突きつけられるように。

 

『世界の安定を手に入れるために、人らしい生き方も考え方も失ってしまう』

 

 違うとシンは否定したかった。けれど、言葉が出ない。

 

『人々の安定と平和のために、一人の人生と命を犠牲にしていく。戦争がなかったから、戦争にならなかったから、僅か一人の犠牲で救われたと笑顔で語る』

 

 否定を、認めてしまったらシンの中での何かが崩れそうだったから。

 

『多くの命を救うために少数を斬り捨てる。それを否と言いながら、たった一人ならばいいと切り捨てる。誰も知らず、誰も傷つけないと安堵する』

 

『・・・・・う』

 

『隣人が無事で、自分も平和で、世界に争いがなくなった。たった一人、永劫の中で苦しんでいるというのに』

 

『ち・・がう』

 

『顔も見えない誰かが激痛の中にいようとも、傷が見えなければ平穏だとそう感じて日々を過ごす』

 

『違う、黙れ』

 

『退屈な日々に飽きて、何か楽しいことがないかと、ドキドキやわくわくがないかと探す』

 

『黙れ、黙れよ』

 

『犠牲の上に成り立った平和だというのに、傲慢にすべてを壊して『俺が活躍したい』と笑う』

 

『違う! 黙れ! そんなことはない!』

 

『主人公でいようと願い、過去のことなど考えない。たった一人の犠牲で終わったと良かったと楽しそうに笑う!』

 

『そんなことなんてない!!』

 

『いいやそうさ! 誰もが犠牲などなかった、自分達で勝ち取ったものだと錯覚して! 平穏と平和の尊さも知りもせずに『楽しいことがしたい』と身勝手に!!』

 

『そんなことあるか! みんなはそんなこと!』

 

『いいやそうさ! その通りだ! それだけの業! 重ねてきたの誰だ?!

 

 裂帛の気合いと共に放たれたクルーゼの一言に、シンは思わず言葉に詰まってしまった。

 

『我々だ! 知らず知らずのうちにテラ一人に丸投げして平穏だ、帝国の繁栄だと! 滑稽にもほどがある! だからだ! だからこそ私は!!』

 

 『プロヴィデンス』が動く。『ドラグーン』を周辺に配置し、ゆっくりと進んでくる。

 

『私はもっと強くありたい! あいつ一人が背負ってきたものを分かち合えるように! 幼い頃から見てきた、一度も弱音など言わないあいつが、『一緒に戦おう』といえるくらいに強くなりたい!』

 

 くる、とシンはレバーを握り直す。飲まれているのは解る、相手の気迫に負けそうになりながらも、必死に意識を立て直す。

 

『だからだ、シン・アスカ。おまえを倒して私は遥かな高みに立つ!』

 

『俺だって!』

 

 『プロヴィデンス』が動いた。幾筋もの光明の中を突き進む、乱雑に放たれたビームの中を、まるで何事もないように進んでくる相手の技量に、シン・アスカは意識を鋭くした。

 

 相手は『絢爛なる守護者』。帝国の創立より帝国を支えてきた存在。

 

 『天衣無縫』が迫った。ビームに干渉しないのは、ビームの性質を変えてきたからか。単純な光学兵器、次元エネルギーや中間子などを混ぜない、純粋な荷電粒子。

 

 でも、とシンはデスティニーを動かす。ウロボロスを腰のジョイントに差し込み、両手のみで突撃した。

 

 光学兵器はデスティニーに通用しない。両手を覆う『クリスタル・ディストラクション』はあらゆる光学兵器を無効化し、そのエネルギーを取り込む。

 

 知っているはずだ。クルーゼならば、機体データを見て知っているはずなのに。

 

『そうだな、そう来るだろうと思っていたよ!』

 

 機体はすでに正面、もう接触する寸前の中、『天衣無縫』が突きつけられた。

 

 しまった、とシンは焦る。ビームをくぐることに頭がいっぱいだ。ティスの援護は、機体の距離が近過ぎる。

 

『させないから!!』

 

 寸前でティスのフェザーが入りこんだ。デスティニーの装甲を削るように入り込んだフェザーによって、『天衣無縫』の切っ先が反らされる。

 

『甘いな!』

 

 二つ目。シンは目を見開いた。柄頭で繋がっていたはずの『天衣無縫』が、二つに分離し、二本目の刃が迫る。

 

 ティスは動けない。自分の体を傷つけてまで守ってくれた、そのダメージが彼女を止めている。

 

 『ウロボロス』は腰のジョイントに差したまま、引き抜くには時間が足りない。防御手段は皆無。どうにかしないと、シンの思考が回っている間も刃の切っ先は真っ直ぐにコクピットに迫っていた。

 

 やられる。至近距離まで迫った刃は。

 

『なんだと?!』

 

 クルーゼの驚愕と共に反らされた。何があった、どうして反らした。そんなことシンの頭から綺麗に消えていた。

 

 反射的にデスティニーを操作した。『ウロボロス』の柄をデスティニーの腕が叩く。腰のジョイントが無理に回転し、刃は下から円を描くように周り、『プロヴィデンス』の下腹部へ突き刺さった。

 

 浅い、直前で回避された。けれど、チャンスは今だけだ。

 

 デスティニーの右腕が動く。時間がゆっくりと流れるような錯覚を、シンは感じていた。

 

 『ウロボロス』の二本目。デスティニーの右腕が掴んだそれを、手首だけ回転させて、切っ先を『プロヴィデンス』に向ける。

 

 後は、真っ直ぐに。

 

『ラウ・ル・クルーゼ!』

 

『・・・・・・ああ、そうか。シン』

 

 『ウロボロス』の剣は、『プロヴィデンス』のコクピットを貫いた。

 

 直前、彼が何か言っていたようだが、シンの耳にはすべてが届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな爆発と衝撃で、シンはハッとした。目の前には崩れ落ちる『プロヴィデンス』。見事にコクピットを貫いた『ウロボロス』は、突き刺さったままだ。

 

「今、何を・・・・クルーゼさん!」

 

 コクピットハッチをはね上げ、外へと飛び出す。

 

 爆発が起きていようが関係ない。素早く跳んで、相手の機体の上に。すでに『プロヴィデンス』は地上に座りこむように崩れ落ち、コクピットハッチは砕けて消えていた。

 

「どうした、勝者にしては泣きそうではないか?」

 

「なんでどうして、あの時、貴方が」

 

 言葉が上手く出てこない。確かに勝てた、けれどそれは彼が最後の瞬間に躊躇ったから。

 

「私が手を抜いた、とでも? フフフ、そんなことはない。私は真剣だった、しかし私の手を止めさせた者があった」

 

 薄い笑みを浮かべてクルーゼは、無傷な片手であるものを持ち上げた。

 

「仮面?」

 

「ああ、最後の一撃の時、私がしていた仮面が砕けた。恐らく、だが」

 

 どうしてだろうか。そんなに柔なものではなかったはずだ。彼が常にしているものだから、強度もかなりあるはずなのに。

 

 シンは気づかない。その瞬間を見ていなかったから。

 

「織斑・一夏だ。彼の最後の一撃、私の仮面に届いていたようだ」

 

「あいつ」

 

「素晴らしい才能を持った青年だ。彼は鍛えれば私に並ぶだろう。いい友を持ったようだな、シン」

 

 穏やかに語る彼は、すでに半身を消していた。今も会話できているのは、フォリアナの最後の意地だろう。

 

 彼女の気配も薄れている。恐らくだが、『プロヴィデンス』の主動力炉『領域機関』を破壊したのか。

 

 『マテリアル』はここを破壊されたら、終わる。例えクローニング・コンピュータが無傷でも、崩れ落ちて消えてしまう。

 

「どうして、こんなことを」

 

 最後に聞いておきたいことを、シンは問いかけて見た。

 

「語った通りだ。私はテラ一人にさせたくなかった、強くなりたかった」

 

「貴方は十分に強い、俺なんて足元にも及ばないほどに」

 

「嬉しいことを言ってくれる。『凍焔の鬼神』にそう言われると、悪い気がしないな」

 

 驚いた顔の後、クルーゼは残った手を上へと伸ばした。

 

「私はクローンだ」

 

「え?」

 

「テロメアが短いから寿命が短いわけではない。私の体は、『マテリアル』をもってしても戦いに耐えられなくなってきた」

 

 彼は遠い眼差しで、『本音』を語り始めた。

 

 最初の違和感の時の話。軍務中に射撃制度が落ちたこと、ドラグーンの操作が繊細さを欠いてきたこと。

 

 生身での戦闘もスタミナ切れを起こしてきたこと。色々な欠落を味わい、何度も覆そうとして無理だったこと。

 

「そして、私は思ってしまった。『ここが限界だ』と。自分で自分の限界を決めてしまったのさ、シン」

 

「そんなこと。誰だって、ありますよ」

 

「ああ、普通ならば『誰だってある』。しかし、我々『騎士』には許されない。同族を殺し、大罪を犯してまで存在する騎士は、『限界』と思ってはいけないのだよ、シン」

 

「なんで、そんな苦しいことなんて」

 

「命を護る騎士が自分の限界を決めてしまったら、『救える命も救うことができない』だろう?」

 

 悲しそうに、クルーゼは目を閉じた。誰かを助けられなかったのか、誰かを救えなかったのだろうか。

 

 彼の言葉に、その欠片はなかった。けれど、何かの慟哭は聞こえてきた。

 

「だから、私は最後の命を使うことにした。騎士である私の残りの命を持って、『騎士を育てようと』」

 

「・・・・・まさか、師匠と相談したことって」

 

「ああ、私の最後を『看取る騎士』を決めることだ。シン、すまないな、私の命、おまえが背負ってくれ」

 

 すがるように、何処か泣いているような仕草で、クルーゼは手を伸ばしてきた。

 

「俺なんかでいいんですか?」

 

「君だからこそ、頼みたい。すまない、他にも色々と背負わせてしまうが」

 

「俺は、騎士ですから」

 

 泣くわけにいかない。偉大な騎士が、自分を認めてくれたならば。だからこそ、シン・アスカは真っ直ぐに見つめ、微笑む。

 

「ありがとう。最後に君が知らない事実を話しておこう」

 

「はい」

 

「・・・・・・ジョーカー銀河帝国内において、騎士の一部が持つ権限だ。私も持っている。私を討った君が引き継ぐことになる」

 

 始め聞いた話だ。ヴィルティラスに入った時も、騎士になった時も話してもらったことはない。

 

「重荷を背負わせることになるが、すまない」

 

「大丈夫です」

 

「我らが持つ権限とは。『ジョーカー銀河帝国皇帝が、人々の平穏に対しての害悪と判断した場合の抹消権利』だ」

 

 心臓をわしづかみにされた気分だった。なんて言われたか、シンは言葉の意味が解らなかった。聞きたくなかったと心が拒否して、呆然としてしまう。

 

「テラは、自分が『極悪人』だと知っている。強烈な自己否定を持っている、破滅願望はないが、自分が永遠に『このまま』とは考えていない」

 

 歴史の必然なのだろうか。賢君であった者が、いずれは欲望に身を落として暴君となる。聖人がいずれ落ちて悪鬼になることもある。

 

 人の世にありふれたこと、それはテラには、師匠には当てはまらないと何処かで楽観していた。

 

 とんでもないことだった。誰よりも、周りの人たちよりも、彼自身が彼自身を信じていなかった。

 

「だからこそ、強くなれ。シン・アスカ。あいつが、自分がいなくてもいいんだと、自分が頑張らなくても大丈夫だと思えるように」

 

 ギュッと、強く手を握られた。死にかけとは思えないほど強い意志が、その手に宿っていた。

 

「あの馬鹿ものが、永遠にバカものであり続けられるように。頼む」

 

「・・・・・はい、俺は絶対に負けません。だから、御休みなさい、『絢爛なる守護者(ラウ・ル・クルーゼ)』」

 

 名を告げると、彼は安堵したように微笑みんだ後、空を見上げた。

 

「ああ、懐かしいな。本当に懐かしい、あの時、テラが『帝国創る』と言いだしたときと同じ空だ」

 

 釣られるようにシンは、空を見上げた。空などどこにもない、ここはまだ『天帝牢獄』の作用範囲だから。

 

「底抜けに明るい青空か。テラ、おまえの馬鹿さをよく表している。本当に懐かしい、帝都の・・・・・・」

 

 彼は暖かく微笑んだまま、ゆっくりと手を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに戻ったシンは、何時もと変わらない顔をしていた。けれど、何処か雰囲気が悲しそうで。

 

「クルーゼさんは?」

 

 一夏は一歩前に出て、その名を告げる。

 

「俺が殺した」

 

「・・・・そっか」

 

 恨みも文句も出なかった。彼がそう言ったならば、きっとあの人が望んでいたことなのだろうから。

 

「一夏、最後の一撃、クルーゼさんに届いていた。だから、俺が勝てた」 

 

「あ・・・・・・」

 

「サンキュ」

 

 短く告げてシンは一夏の隣を過ぎていく。

 

 届いていたのか、あの一撃は避けられたと思っていたのに。

 

「後、そうだな」

 

 振り返らず、シンは空を見上げながら、一夏に伝える。

 

「『素晴らしい才能を持った青年だ。彼は鍛えれば私に並ぶだろう』と」

 

 グッと、一夏は拳を握って胸元に当てる。言葉に詰まるとはこういったことか、嬉しくて悲しくて、でも伝える相手がいなくて何も言えない。

 

「確かに伝えたからな」

 

 返事を待たずに、シンはそのまま歩いて行ってしまう。

 

 一夏は、言葉を出せないまま大きく口を開いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後のジョーカー銀河帝国の歴史において、『ラウ・ル・クルーゼ』は裏切り者として記録されている。

 

 帝国を裏切った、皇帝を裏切ったのではなく、自分の限界を裏切り、平穏を求める自分の声を裏切った、そういった騎士として。

 

 

 

 




 

 失って気づくものがあるのは知っていたけど。

 こういう気分なんだな。

 なんだよ、ティス、俺は泣いてないぞ。

 まあ、でも、俺はもっと強くなりたいと思うよ。今までは一人分だけど、今度は二人分だからな。

 さて、行くか、ティス。

 『御意、我が主』。


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