色々と考えなければならない現在。
彼女との約束は大切なのだが、それよりも先に見知らぬ男についてこれる女の子って、どうなのだろう。
しかも、同じ部屋に住むって。
先に俺がダメになるから、二部屋にしよう。
え? 資金がない?
ティス! ハッキング!!
かつて、その国は女王の元、七つの海を支配していた。
世界の果てまで女王の威光を伝えた、栄光の王立海軍。世界中の海の男たちが規範にした、紳士の集団。
ジョーカー銀河帝国の図書館に、その国はそう書かれていた。
古き由緒正しき、紳士の海軍。
海を愛し、空に憧れ、しかし海にのみ己の存在意義を刻みこんだ、本物の海の男たちが集う場所。
大英帝国の海軍。
ロイヤル・ネイビーは、今はその栄光に影を落とそうとしていた。
「イギリス・・・・・・か」
シン・アスカは、そう大きな時計塔を見ながら告げた。
国と国を渡るときに必要なものは何だろう。
答え、パスポート。
しかしこれは、公共の乗り物などを使う場合に必要なものであって、公共の施設を使わないのであれば、必要ではない。
「え、パスポートって何?」
「ええ?! シン?! パスポートって知らないの?!」
いざイギリスへ行く時になって、シン・アスカは異世界特有の情報の違いによって、足止めされるところだった。
「うん」
「うんって・・・・・そっか、シンって異世界人だから・・・かな?」
シャルロットも納得しかけて、首を傾げてしまう。
異世界であっても、国と国があれば移動時にパスポートの提示は必要なことではないだろうか。
彼女の考えは正しいが、銀河帝国にかぎっては違っている。
五つの太陽系を支配下に置く銀河帝国において、他の国に移動することは滅多にない。
自分の国の中で大抵のことが済んでしまうし、もし物資や技術が必要になったとしても、帝国の中にすべてがある。
周辺に国々がない、ということではないが、何処も単一惑星国家のみ。
今も勢力図を広げている帝国にとって、他の国に行ってでも行わなければならないことは、まったくない。
その上で、シンの場合は政庁直属の部隊『ヴィルティラス』所属。階級と名前そのものが証明書であり、大抵の施設が顔パスで終わり。
身分証明書など、持ったことはない。
もし提示を求められても、ティス―デスティニーの登録IDで終了。シン自身が何かを提示することは全くない。
「イギリスに行くのに必要なのか?」
「うん、それがないと飛行機も船にも乗れないから」
「え? 乗るのか?」
「え? 乗らないの?」
そこで二人して、自分達の知識に差があることを認識したのでした。
「いやシャルロットが乗りたいなら、何とかするけどさ」
「え? え? 乗りたくはないけど、でもどうやって行くの?」
彼女の疑問に対して、シンはあっさりと答える。
「テレポートかジャンプ」
「はい?」
「瞬間移動って説明のほうが速いかな? とにかく、目標地点に一瞬で移動する手段だよ」
百聞は一見に如かず。
説明するより先に、シンはシャルロットに体験させることにした。
そして、彼女は目標地点に着いた途端に、蒼白になって倒れた、と。
「気持ち悪い」
「そうか?」
ベンチに横になった彼女に対して、風を送ってやりながら、シンはどうして気分を悪くするのか疑問を感じていた。
風はティスが気流操作で送っていますが。
今回は、初めてのシャルロットがいたので通常のワープ手段を選択。
目標地点と現在地点を重ねて、現在地点だけをスライドさせて透過。自分達は目標地点に立っているという、単純な使用。
同一地点化しての移動や、四次元空間を通っての移動ではない。
まして、ジャンプ―ボソン・ジャンプ技術といった粒子変換しての移動でもない。
初歩中の初歩のワープ技術なのに。
「大丈夫か?」
「うん、少し休めば。でも、この後はどうするの? 私達の戸籍って、イギリスにないよね?」
「ああ、だから造る」
事もなげにシンは言いながら、ティスに軽く目配せ。
『りょーかい♪』。
ビシッと敬礼したティスが、軽やかに踊る。
シンとシャルロットがいるベンチの周りを、ダンスのように回りながら踊り始める。
なんで電子戦をする時って、踊るのだろうか。
シンは前々から思っている疑問を思い出し、軽くため息をつく。
しかも、今のティスが見えるのはシンのみ。周り中の人たち、シャルロットでも姿が見えない。
軽やかに優雅に踊る少女は、一周したところで小さく頭を下げた。
『終了』。
ポンっと音がして、シンの手の中に二人分の身分証明書が落ちてきた。
「え? え?」
「ほら、シャルロット・『リース』」
「はい?」
「悪いけど、こっちで苗字は勝手に決めさせてもらったから」
「それはいいけど、これってどうやって作ったの?」
ベンチに寝たまま上目遣いで見てくるシャルロットに、シンは晴れやかに笑って答えた。
「知らない方がいいことは、世の中に多いから」
「あ、はい」
そう彼女は答えるしかなかった。
デスティニー・イレイザーは、電子作戦機ではない。
シンの技量に合わせてセッティングされた機体は、強襲機体に分類されるものであり、全体的な能力値は直接戦闘能力に振り分けられている。
けれど、相手が電子戦をしかけてきて乗っ取られる可能性も考慮して、電子防壁は高いものが用意されている。
そもそも、『マテリアル』に対してのハッキングといった電子攻撃は、相手側のパソコンの破裂・爆裂で返される。
目標地点を確認して、相手に反物質を送りつけるなど、『マテリアル』であれば簡単に行える。
しかし、こちら側からハッキングして相手側に潜入するといった電子戦能力はまったくといっていいほど搭載されてはいない。
なのに、ティスが戸籍を作れたのは、この世界の技術レベルの低さのため。
銀河を飛び回る、あるいは一定宇宙空間に大気とか発生させられる、帝国の技術レベルを考えると一惑星のみで生活する人類の電子戦能力は、お世辞にも高いとは言えない。
帝国の中でも、特に飛び抜けた高度な技術の塊の『マテリアル』にとって、この世界の電子防壁は鍵のかかっていない部屋に入るようなもの。
『ティスは偉くなったのです』
エッヘンと胸を張る少女に、シンは何とも言えずにいた。
資金を用意して戸籍で借りた部屋は、寝室二つにダイニング一つの、まさに希望通りの間取り。
これでバスルームやトイレが二つあれば申し分ないのだが、そんなのは探しても見つからなかった。
そもそも、二部屋にすればいいのに、何故かシャルロットが強硬に反対した。
置いて行かれないか、見捨てられないかと不安なのは、表情を見ただけで理解しているが。
だからといって、女の子がほぼ初対面の男と同じ部屋に住んでいいものか。
何度目か解らない疑問に、再びシンはぶつかる。
『シン、それでね、『あいえす』なんだけど』
「あ、悪い、ティス。解ったのか?」
『うん、結論から言うとね・・・・・・馬鹿の作った欠陥品』
「は?」
腰に手を当てて怒っていますと口にするティスに、シンは呆けた顔のまま固まってしまう。
欠陥品って、何だろう。
あいえすー正式名称は、インフィニット・ストラトス。略して、『IS』。
無限の成層圏、その先の宇宙に飛び出すためのマルチフォーム・ユニット。人体が身に纏うことで、無限の宇宙に行けるようになるらしい。
絶対防御とシールドバリアー、それに武器を収納する機能。
『マテリアル』に似ている部分があるな、とシンは思考する。
ただし、女性にしか扱えない。
「は?」
再び、シンは固まった。
『女性限定の兵器。女性ならば誰でも扱えるの。今は、ISのコアの数が限定されているから、各国に振り分けて、それ専用の学園もあるみたい』
「へぇ~学園で学ばせて宇宙に行くための勉強をさせているわけか」
中々、合理的じゃないか。世界にこれだけの国があるのに、学園を作って生徒を集めるなんて、この世界は纏まっているようだ。
感心していたシンは、次のティスの言葉でまた思考を止められる。
『それでね!! ISが使えるから女性が偉いんだって! 男なんて奴隷みたいに扱っている奴もいるの!』
「いや、ちょっと待った。たかが、一兵器だろ? しかも数が限定されているのにか?」
『その上で! ファッションか何かと勘違いしているのが、その学園の生徒! 世界各国も相手の腹の探り合いしているし、裏側で裏切ってなんて日常茶飯事みたいだよ!』
「・・・・帰りたくなってきた」
一気にやる気が削がれた。
学園があるから、素晴らしい人たちが色々な意見をまとめて、未知の宇宙へ旅立とうとしているのかと思ったら、昔ながらの人間の欲望のドロドロさを見せられてしまった。
落ち込んでいく気持ちを、シンはどうにか奮い立たせる。
シャルロットとの約束は、話が別だ。
彼女と自分がした約束と、この世界の馬鹿馬鹿しい構図は、同じものとして考えるべきものじゃない。
「仕事、探してくるか」
シンはそう呟いて、歩きだす。
ハッキングで資金はいくらでも持って来れるが、それは犯罪行為だ。
先ほどの戸籍偽造は仕方ない行為だが、資金の強奪は仕方のないことではい。
仕事をして気持ちを切り替えたいと思ったわけではない。
決してそんなことはない。
シンは何故かそう言い訳をしながら、部屋を出た。
仕事を探してくる。
シャルロットにそう言ったら、当然のように付いてきた。
捜索されている怖さより、いなくなる怖さが勝ったわけか。
イギリスだから探される心配はないと、安心したのかもしれないが。
「男なら結構よ」
何件目だろうか。
何故か性別で断られることが多い。
これもISによる弊害か。先ほども、道を歩いていただけで、『私のために洋服を買いなさい』なんて言ってくる奴もいたな。
丁重にお断りしたら、『訴えてやる』と叫び出したので、ティスが怒って止めるのに苦労した。
結局、駆け付けた警官にシャルロットが説明すると、その女性は文句を言いながら去って行ったが。
「女尊男卑か。こんなに馬鹿馬鹿しいとは思わなかったよ」
「なんか、ごめん」
「シャルロットが謝ることないって。でもな」
仕事が見つからない。
まさか、こうまで男が嫌われているとは。
一般的な商店では望みが薄いか。となると、紹介されたバーに行ってみてアルバイトか。
いや、バーで働いたなんて知られたら、テラを筆頭とした帝国上層部に殺される。
『そうか・・・偉くなったな、シン・アスカ』。
想像ができる。怒気を纏ったテラが、両手に剣を持って突撃してくる姿が、目の前に浮かんでしまう。
「私が頼んでみようか?」
「シャルロットが頼んでも、俺が行ったら断られるんじゃないか?」
「そうか」
二人そろってベンチで座って、溜息をつく。
いい考えは浮かばない。そもそも、シンはアルバイトの経験はない。
任務で様々な職種になったことはあるが、すべて上司が用意したもので自分で面接を受けたことはない。
何とかならないものか。
再び溜息をつくと、横から鋭い声が飛んできた。
「こんなところで溜息をつかないで頂けないかしら?」
女性の声、またいちゃもんでもつけられたのかと顔を向けると、見事な金髪ロールがいた。
「あ、すみません」
「まったく、不愉快です。せっかくの休日に、楽しく散歩をしていたのに」
不機嫌そうに告げた少女は、きつくシンを睨んできた。
「こんな昼間っから、遊んでいるなんて。そんなのだから、男は情けないといわれるのです」
「ちょっと」
隣でシャルロットが、あまりの言い方に文句を言い掛けたが、シンは手で止めた。
「ご高説、ありがたく頂戴するよ。悪かったな、気分を害して」
ベンチから立ち上がり、一礼して謝罪する。
機嫌を直してくれたらと、顔を上げたシンの前で少女は顔を真っ赤にして、さらに怒っていた。
「なんて情けない! 少しは言い返したらどうですか?!」
「女性の気分を害したのは事実なんだから、素直に謝っただけなんだけど」
「それが情けないんです! 言いがかりのようなものに謝罪なんて!」
じゃ、どうすればいいんだよ。とシンは内心で呆れてしまう。
そもそも、少女がどうしてここまで怒っているのか、理解できない。
偶然に隣のベンチに座っただけ。だというのに、お説教までするのか。
ちょっと怒りがわいてきたが、シンはグッと飲み込む。
ここで変に絡んでは相手の感情が逆なでされるだけ。
百害あって一利なし、だ。
「そうかよ。なら、俺達は別の場所へ行く。それであんたの気分も治るだろう?」
「まあ!! 逃げるのですか?!」
「いや、逃げるというより、場所を譲るだけなんだが」
「それが逃げるというのでしょうが!」
どうしろと。
まったく意味不明なやりとりに、シンは次第に自分が怒りに満ちてきたのを自覚した。
グッと拳を握り、言葉を放ちそうになった瞬間。
鎧のようなものを纏った女性六人が、こちらを囲んできた。
「セシリア・オルコットだな!! おまえのISを渡せ!」
「なんですの?!」
「そいつらも逃がすな! 全員を捕まえろ!」
一斉に襲ってくる集団。相手は女性。けれど、武装している。
女性に優しく、それが銀河帝国のルール。
しかし、武器を持って襲ってくる相手に対して、性別は関係ない。
相手を傷つける者に対して、ルールを守る必要性なし。
「沈め」
瞬間、ISは粉々に砕け散り、女性たちが地面に転がっていた。
「え?」
「あ、うん、何となくそんな予感していたよ、シン」
呆けている女性―セシリアとか言われていたか―と、苦笑しているシャルロット。
対して、シンは右手を振るって溜息をついた。
「八つ当たりだよな」
『私の分は?』
彼の背後で、ティスは両手を振り上げて怒りを示していた。
「で、大丈夫か、お嬢様方?」
少しだけおどけたように、シンは問いかけた。
嫌な気分はあるが、今は襲われた二人の精神面でのアフターケアが先だと判断したから。
その日のことを、セシリア・オルコットは生涯、忘れることはないだろう。
亡くなった両親のことで、親族に悪く言われたこと。
相変わらず自分の遺産を狙ってくる者達に、嫌気がさしたこと。
せっかくの専用機が、まともに動かなかったこと。
悪いことばかりが重なって、気分が落ち込んだため、一人で散歩に出た。
懐かしい景色の場所を通り過ぎ、思い出深い場所に座っていたら、隣の男が何度もため息をついて。
まったく情けない姿に、父の影が重なり、怒鳴りつけてしまった。
理不尽で、あまりにも馬鹿馬鹿しい理由なのに、彼は謝るだけで反論してこない。
男なんて誰も同じ、情けなくて卑屈で。
どんどんとエスカレートする暴言に、彼はただ低姿勢で。
こんなことを言いたいわけじゃないと、止められないと思っていたら。
襲われた。
相手はISを纏った集団。きっと、この専用機『ブルーティアーズ』を狙ってのことだろう。
新型の第三世代機。これを売れば、あるいは技術を吸い上げればかなりの資金になる。
ISは力だ。それを手にすれば、世界に君臨できる。
とっさに起動しようとしたとき、敵はすべて撃墜されていた。
「八つ当たりだよな」
速くて見せなかった。いや、僅かにハイパーセンサーに名残があった。
彼が、すべて終わらせていた痕跡。
「で、大丈夫か、お嬢様方?」
彼は、自分の感情など余所において、こちらの心配をしてくれていた。
今まで散々に罵ったのに。
暴言の数々を浴びせたのに。
気にした様子もなく、紳士的に。
「ごめんなさい、私は貴方に酷いことを言いました」
「いいさ。俺が君の気分を害したから。気持ち、晴れたか?」
何もなかったかのように、こちらの心配をしてくれる彼に、穏やかに微笑んで答える。
「ええ、御蔭さまで。私はセシリア・オルコットです。貴方は?」
「シン・アスカ。よろしく、セシリア嬢」
優雅に深々と一礼する彼に、古きイギリスの紳士の姿を幻想しました。
これが彼との出会い。
セシリア・オルコットにとって、人生の分岐点となった大切な記憶。
巻き込まれ体質じゃなかったはずなのに。
気がつけば色々と増えている。
何もないよな、この先にまた何かあるなんて。
俺って女難の相はなかったはず。
ティス! 占いってできたよな、占ってくれ。
え? 運命は選ぶもの?
それはおまえの機体の意味だろうが!