シン・アスカの異世界渡航記『完結』   作:サルスベリ

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 今日も空が青い。

 うん、いいことだ。世界が平和で、人が穏やかに過ごしているなら。

 こんなにいいことはない。

 穏やかな日常、こんなに素晴らしいことはない。

 なんだよ、ティス? 

 現実逃避? いや、これは精神の安定化だ。

 決して、今の俺の状況を見ないようしているわけじゃない!

 絶対に違うからな!




貴方の想いを語りなさい

 思い返すと、色々なことがあったとシン・アスカは考えていた。

 

『シ~~~ン、今日も飲もうよ~~~』

 

 脳内で繰り返される、真っ赤な顔したプログラム技術者の馬鹿騒ぎ。

 

 お酒が好きなくせにお酒に弱い、酔っぱらいの典型的な迷惑型のように飲んでは騒いで、真っ先に潰れる。

 

 潰れるだけならまだいい。

 

 機密情報の塊のディスクを居酒屋に置き忘れる。

 

 開発途中の新型機の設計図を、食堂のおばちゃんにあげようとする。

 

 中央のコンピュータのアクセスコードを、壁に落書きする。

 

 思い返せば、色々なことがあったなとシン・アスカは回想していた。

 

 飲んで騒いで潰れて、迎えに来た奥さんに絡んで、翌日に正坐して怒られて逃げ出して、逃亡した先にこちらを選んで巻き込んでくる。

 

 三歳も年上で二十歳なのに、大人というよりはガキといった人物。

 

 それなのに、お酒が入っていなければプログラム関係では天才を超えて、ありえないような作業効率と達成率で、問題を解決する化け物。

 

 プログラムだけじゃなく技術関係の知識も高いため、一人で新型機を組み上げたこともある、帝国技術関係の十傑に数えられる人物。

 

 キラ・ヤマトのことを、シンは連想で思い出していた。

 

「ああ、そうだな」

 

 あの頃は女の人に厄介になって、身の回りのことすべてを任せて、あれでいいのかと考えていたのだが。

 

 普段の毅然とした態度や、『僕に任せて』と頼りになる姿をしているのに、酒が入ると使い物にならない彼。

 

 どうしてなのだろうと呆れていたというのに。

 

「俺、酒が入ってないのになぁ」

 

 遠い空を見上げながら、シンはバルコニーで溜息をついた。

 

『これがヒモ生活なんだね、シン!!』

 

「ティス、頼むから俺の精神ダメージを上げないでくれ」

 

『セシリアにお世話になってシャルロットに助けられている! これが『帝国の切り札』と呼ばれた騎士の職業!』

 

「だから!!」

 

 隣で嬉しそうに踊っているティスを怒鳴りつける、その途中で虚しくなって言葉を止めた。

 

 いくら言い訳をしても、どんな言葉を重ねても。

 

 今の自分はセシリア・オルコットの家に居候している身。

 

「キラさんって偉大だったんだな」

 

 こんな境遇でも、毎日を笑っていられる同僚に対して、シンは改めて尊敬したという。

 

 『そんなことないよ、シン。僕なんて大したことない。だからね、このテスト・プログラムと新技術の検証、よろしくね』。

 

 いい笑顔で言ってくる彼を幻想し、やっぱりないなと首を振った。

 

 事あるごとに押し掛けてテストを丸投げする彼に、尊敬なんて感じたことはない。

 

 自分でやれと一度だけ冷たく突き放し、実際に機体に乗って新型試作機を大破させた結果、責任の半分をこっちに押しつけた彼に、尊敬など必要ない。

 

 あれから断ろうとすると、周り中が『え、またなの? また機体の開発をやり直させるの?』って目線で見つめてくるから、断れなくなったことは関係ない。

 

 奥さんから『悪いけど、キラの監視よろしく』と言われたことも、関係などない。

 

 今、大切なことは自分が働いていないことだ。

 

 セシリアは自分の家のことがあり、さらにISのテストもしている。専用機持ちは、国家代表候補並に重要な仕事らしい。

 

 あくまでらしいだ。詳しい話はティスが調べたが、よく覚えていない。

 

 今の自分が無職なことに打ちのめされて、聞き流したから。

 

 シャルロットも最近では喫茶店のバイトを始めた。

 

 彼女の愛嬌ある笑顔ならば、接客にぴったりだろう。喫茶店の売り上げが伸びているので、店長も喜んでいるようだ。

 

 逃亡者の自覚、あるのか不安だが。

 

「俺だけ無職かぁ」

 

『間違っているよ、シン。シンは決して無職じゃないんだよ』

 

 腕にしがみついて、必死な顔で見つめてくるティスに、『相棒っていいな』とシンは涙が滲んできた。

 

『シンは今! ヒモなんだよ!』

 

「・・・・・それは職業じゃないんだぞ、ティス」

 

『立派な職業だよ!!』

 

 きっぱりと言い切るティスに、誰がそんなバカなことを教え込んだと呆れてしまう。

 

 しかし、次の彼女の言葉で、シンは精神にクリティカルなダメージを受けることになる。

 

『だって! 銀河帝国皇帝って『ヒモ』らしいから!!』

 

「は?」

 

『テラさんは働かずに奥様達が働いているから! テラさん自身に収入はないんだよ!』

 

 ちょっと待った。なんだその話は。

 

 確かにあの人は執務をろくにしない。やろうとしたら、追い出される姿を見たことがあるが。

 

 まったくしないわけじゃないはずだが。

 

『それに! 帝国の職業一覧にも載っているよ! ほら!』

 

 ティスが表示させたモニターには、確かに乗っていた。

 

 『ジョーカー銀河帝国皇帝、職業『馬鹿』あるいは『ヒモ』』と。

 

「おう」

 

 そして、シン・アスカは崩れ落ちた。

 

 こうして、記念すべきシン・アスカ―凍焔の鬼神の異世界初の撃墜は、相棒の手によって行われたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアと会ったあの時、そのまま帰ろうとしたらお礼がしたいと言われ、丁寧に断るも彼女は強硬に言ってくるので、一食だけ付き合うことに。

 

 食事を続ける中で会話も弾み、ついシャルロットが仕事を探していることを話し、見つからないことも話した結果。

 

「では我が家に来られてはいかがですか?」

 

 とセシリアが誘ってきた。

 

 初めて会った女性の家に転がり込むなんて、と最初はシンは断っていたのだが。

 

「仕事ないと、お家賃が払えないよ」

 

「え? 二人は同じ家に住んでいるのですか? まさか恋人同士?」

 

「違うよ!」

 

 赤面したシャルロットの否定に、セシリアが疑問を浮かべながら見てきて。

 

 シンもどうしたものかと答えに困っていると、セシリアのお迎えが来て。

 

 結果、シン・アスカは居候兼ヒモとなった。

 

 しかし、現状に甘えていないのが彼のいいところ。

 

 

 一度でダメだからと仕事探しをあきらめず、毎日のように街に出ては仕事を探して、門前払いを受ける、と。

 

「さすが、女王陛下の国だな。男の俺が入りこむ隙はないか」

 

 一日中、仕事を探しまわって戻ってきたシンは、セシリアの家の門のところで溜息をついた。

 

 女尊男卑の社会とはいえ、男手がまったく必要なことはなく、ところどころで男性が働いている姿を見かけるのだが。

 

 誰もが身元がはっきりしている、あるいは昔から知っている男性を雇っているようで、見ず知らず初対面のシンを採用するところはなかった。

 

 ここまでか。

 

 溜息を再びつきながら、門を潜って敷地内に入ると、丁度前からセシリアの乗った車が出てきた。

 

「あら、シンさん。御帰りなさい」

 

「ただいま」

 

 車が止まり、後部座席の窓が開いて、セシリアが笑顔を見せる。

 

「お仕事は、その御様子だと見つからなかったようですわね」

 

「ああ、悪いな、何時までも居候して」

 

「どうぞお気になさらずに。私がしたいから、させていただいているのですから」

 

 最初の印象は何処へやら。

 

 華のように笑う淑女の装いは、多くの男を魅了することだろう。

 

「セシリアは今からテストか?」

 

「はい。ブルーティアーズの武装のテストに行ってきます」

 

「いいのか、そんなこと俺に話して?」

 

「シンさんなら、機密情報を何処かへ売り払わないでしょう? それに、テストの内容までは話していませんので」

 

 そういうものか、とシンは感じた。

 

 帝国では技術検証や新型テストなどは、厳重な管理体制で行われるので、滅多なことでは外に漏れることがない。

 

 関係者一同、家族にさえ秘密にしているから。

 

 キラとかがやらかして、その被害の多さを全員が痛感しているから、かもしれないが。

 

「がんばってな」

 

「ええ、夕食までには戻りますので」

 

 セシリアを見送り、シンは屋敷の中へと入る。

 

 丁度、シャルロットも外出するようで、玄関のドアのところですれ違った。

 

「行ってくるね」

 

「気をつけてな。ブレスレット、持ったよな?」

 

「これのこと?」

 

 彼女が持ち上げた左手首には、赤と青のラインが入った白いブレスレットがあった。

 

「それがあれば、何かあったとき、俺が駆け付けられるから」

 

「ありがと。でも、ここまでは来ないんじゃないかな?」

 

「備えあればってやつだよ」

 

 ありがとう、とシャルロットは口にして、元気に出かけて行く。

 

 その背中を見送ったシンは、あれがあれば大丈夫だろうと楽観していた。

 

『いいの、あれ?』

 

「俺は使わないからな」

 

『でも、一応は第一級軍事機密の支給品だよ』

 

「・・・・バレなきゃ大丈夫だって」

 

 一瞬、脳裏にアイリスの『何してんの、シン?』という目が笑っていない顔が浮かんだが。

 

 個人用防御機構システム、通称は『ディガーター』。

 

 ブレスレットの形をしているが、使われている技術はマテリアルに準じているそれは、単体で戦艦並のフィールド防御、持ち主の身体を保全する能力があり、非常時には登録したマテリアルによる強制転移も可能としている。

 

 使われている技術が技術なだけに、帝国軍や警察機構、情報部といったところの上層部にも出回っておらず、完全にマテリアル持ちにしか与えられていない。

 

 帝国の重鎮、皇帝の奥様方―皇妃でも持っている人が少ないものだが、知らなければただのブレスレットだ。

 

『使用履歴って残るけど、本当にいいの?』

 

 シンはピタリと足を止めて、『え?』という顔でティスを見た。

 

『使用履歴、装着してから誰が使ったか残るよ』

 

「・・・・・・・帰った後でアイリスさんに土下座する。あるいはルリさんに泣きつく。で、テラさんが許してくれそうだな」

 

『テラ様は許してくれるよ。ただ、アイリスさんが・・・・・後この場合、アセイラムさんだと思うよ』

 

 帝国皇帝代理。実質の帝国のトップであり、テラの奥様の中では温和で優しく、一度でも怒らせたら銀河が一つ消えるといわれている人物。

 

 全身から流れだす冷や汗を感じながら、シンは清々しい顔で笑った。

 

「何とかなるさ」

 

『現実逃避』

 

「違う! これは問題回避だ!」

 

『先送りだと思うよ、シン。まあ、ティスは関係ないからいいけど』

 

「逃げるのかよ?!」

 

『逃げるよ! だって! アセイラムさんを怒らせたらエンプレスが出てくるんだからね!』

 

 そして二人してゾッとして震えた。 

 

 近衛騎士の中でも特殊な存在。起動しただけであまりのエネルギー量に、周りが燃えだす、炎の女帝。

 

 一度、真剣に戦って開始十秒で撃墜されたのは、いい思い出と言い切るしかなかった。

 

 忘れよう、どちらかともなく言い出してこの問題は放置となった。

 

 後にシン・アスカは、この時の自分を殴ってやりたいと、感想を漏らしていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が戻ってきて夕食後のこと。

 

 どうにも、セシリアの様子がおかしかった。

 

 夕食の時から元気がなく、何処か考え込んでいる様子が見えた。

 

「何かあったのかな?」

 

 シャルロットの問いかけに、シンはどうなのだろうとバルコニーに座って星を眺めているセシリアの背中を見やる。

 

 状況的に考えれば、原因はブルーティアーズのテストだろう。

 

 午前中は問題なく出かける前に会った時も、笑顔で話してくれていた。

 

 ならば、出先で何かあったのだろうが、行く途中か帰る途中で何かあればニュースになる。

 

 その前に、ティスが気づいて騒ぐ。

 

 シャルロットだけではなく、セシリアやメイドのチェルシーも、ティスの保護システムの対象に設定してある。

 

 居候しているだけじゃ、あまりに申し訳がないために設定したのだが。

 

 襲撃か、あるいは妨害があったならば、ティスが気づかないわけがない。

 

 残るはテストの一件しかない。

 

 けれど、だ。この話は聞いてもいいのか、どうか。

 

 ISの新型機といえば、機密の塊。居候相手に漏らしたとあっては、セシリアが危ない立場になる。

 

 軍事機密の漏えいで極刑が決まることもある、シンは昔に聞いた話を思い返して、口を開くべきではないと結論を出す。

 

「俺たちが関わっていい話じゃないだろ?」

 

「でも、家のことかもしれないよ? ほら、出かけた先で何か言われたとか」

 

「それなら余計に俺達が口出しできないだろ? 彼女の家のこと、詳しく知らないわけだし」

 

 建前のことを口に出しながら、シンも決して気にしてないわけではない。

 

 調べようとして、彼女のプライベートだとティスを止めていたが、調べておけばよかったか。

 

 憂いを含んだ表情を浮かべるセシリアを見て、シンは気遣いのベクトルが別方向へ向くのを感じた。

 

 困っている女性を放っておけない。もし、そんなことができるならとっくにシンはシャルロットを放っておいて、元の世界に戻る方法を探している。

 

「じゃ、任せたよ、シン」

 

「ああ」

 

 軽くポンっと背中を叩かれた。

 

 その時すでにシン・アスカは、『なんで俺が』や『個人の事情が』といった言葉は頭の中にはなかった。

 

「セシリア、何かあったか?」

 

 詳しい事情を聴くための言葉を探していたが、結局はシンプルに直球でいってみた。

 

「何故ですか?」

 

「考えているし、ちょっと憂鬱そうだからかな? 短い付き合いだけど、それくらいは察するくらいはできるさ」

 

「ごめんなさい」

 

 小さく謝罪を口にしたセシリアに、シンは正面に回って真っ直ぐに顔を見つめた。

 

「少し行き詰ってしまったので。ごめんなさい、これでは最初に会った時のシンと同じですわね」

 

「いや、俺の場合は。そんなことより、今はセシリアのことだろ? テストで何かあったのか?」

 

「鋭いですわね。何時から私が、テストで悩んでいると思っていたのですか?」

 

 問いかけに対して、シンはティスの件を抜かして予想を口に出した。

 

「シンさんは探偵になれそうですわね」

 

 違う職業で、観察眼は必要だからと口にしかけて、言葉を止める。

 

「少し起動を失敗してしまって。私の機体は特殊な攻撃能力を備えているのですが、それがうまくいかなくて」

 

「特殊攻撃ね」

 

 普通とは違う攻撃方法ならば、自分の機体―デスティニー・イレイザーもかなり独特な武装が多い。

 

 具体的に話を聞ければいくらでも忠告が出来るが、そこを聞きだしてしまうとセシリアが機密情報を漏洩させたことになる。

 

「・・・・具体的なことは知らないけど。そうだな、知り合いが言っていたことを教えておくよ」

 

「どのようなことですか?」

 

「何をしたいか、どうしたいかじゃない。どうありたいかを思い描け、後はそこを目指していけば、機体が答えてくれる」

 

 静かに語るのは、初めてデスティニーを与えられた時に言われたこと。

 

「機体と共にあって、機体に背中を預けたいならば、機体に多くのことを語れ。機体の声に耳を傾け、機体の魂を見つめろ」

 

 生まれたばかりのデスティニーを前に、彼は自分の機体を背にしたまま、静かに言葉を紡いでいた。

 

「機械の塊に魂がないとか、ただの道具だと思うならば、それでいい。けどな、それはそのままお前に返ってくる。こいつが背中と命を預けられる『相棒』になるか、単なる無機物の塊になるかは、お前次第だ」

 

 『だから、おまえはマテリアル・・・・いや『機神』と共にどうあろうとする?』、と彼は最後にシンに問いかけていた。

 

 最後の言葉を語ることなく止めて、シンはセシリアに手を差し伸べた。

 

 指先は真っ直ぐ、彼女の耳のイヤーカフスへ。

 

「セシリア、そいつは君にとっての相棒だ。どんな時も傍にいて、どんな時も助けてくれる。だから、君は君の想いを語るべきだ」

 

 かつて自分がそうだったように、と心の中だけで想いを綴り、シンはセシリアを見つめ続けた。

 

「私の相棒・・・・・私の想い」

 

「後は、まあ、頑張れとしか言えないな」

 

 力になれなくて悪いな、と最後に付け足して、シンは小さく頭を下げた。

 

「そんなことありませんわ。おかげで少し楽になりました。これで私は失礼したしますね」

 

 何処かほっとしたような、安堵した顔でセシリアは一礼して立ちあがった。

 

 バルコニーから屋敷に入って行ったセシリアと入れ違いに、シャルロットが出てきた。

 

「すっきりした顔していたよ」

 

「そりゃよかった。俺って、こういったことは苦手だからな」

 

「へぇ~~~シンでも苦手なことあるんだ」

 

 意外そうな顔で見てくるシャルロットに、シンは『俺も人間だからな』と言って、彼女に半眼で見つめられてしまった。

 

「シンって、妖怪か魔物の類じゃないの?」

 

「俺は人間だよ」

 

 何度か死んだり蘇ったりしているけど、と胸中で付け足したが。

 

「ティス、後を頼む」

 

 小さく呟いて、シンはバルコニーから屋敷の中へ入った。

 

『はい、シン。我が主』

 

 小さく彼女が、幻のように消えながら頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢にも見る。

 

 上手く動かない機体、本来ならすぐに動かせるはずなのに、機体が言うことを聞かない。

 

 ビットも浮遊するだけで動かず、ミサイルなんて飛び出す気配さえない。

 

 研究者や技術者の落胆の声、これではフレキシブルなんて、出来るわけがない。

 

 情けない、適正が高くても機体が操れないなんて。

 

 『どうありたいか』。

 

 不意に脳裏に浮かんだ言葉に対して、セシリアは振り返る。

 

 空中に浮かんでいるのは、自分。

 

「ブルーティアーズ」

 

 声に答えることなく、それは空中に浮かぶ自分と並んで、ふらふらと浮かんでいた。 

 

「そうでしたわね。私は貴方に何も語らなかった」

 

 自分のこと、おいたちのこと。そんなものではない。

 

 貴方と共にどうありたいか、どのように強くなりたいかを、語ることをしなかった。

 

『ISってね、意識があるんだよ。心があるんだよ』

 

 何処からか、幼子の声がする。

 

『その子たちは何時も、パイロットの心配ばかり。出会ってくれた人たちに、作ってくれた人たちに感謝して、何時も思いっきり飛びたいと叫んでいるよ』

 

 何処にも姿を見せないが、確かに誰かがいる気配がする。

 

『君はこの子にどうして欲しい? この子とどうありたい?』

 

「私は・・・・・・」

 

 言葉は自然と流れた。

 

 セシリアの想いを、言葉を受けたブルーティアーズはゆっくりと形を変えて、やがてセシリアとなった。

 

「私と共に来てくださいますか?」

 

『ええ、何処までも。貴方が気高くあるならば、私は何処までも貴方の翼でありましょう』

 

 そっと額が触れて、ブルーティアーズは溶けるように消えた。

 

『うん、いい子だね。貴方もいい人だよ。やった、ティスは『機神』の役目を果たしたよ。これでレベルアップ間違い無し!』

 

「え? あの?」

 

『じゃあね、セシリア。その子のこと、お願いするよ。あの馬鹿みたいに、心があるのに、それを教えないような愚行をしないでね』

 

「お待ちになって! 貴方は誰なのですか?!」

 

 叫び声に、空間が震えた。

 

『私は私だよ!』

 

 幼子の声が響くと同時に、二十メートルの機械の巨人が翼を広げ、飛び立っていった。

 

 ハッとセシリアが気づいたのは、自分の部屋のベッドの中。

 

「夢でしたの? でも・・・」

 

 ベッドサイドに置いてあるイヤーカフスに手を伸ばすと、それはキラリと輝いた。

 

「悪くない夢ですわね、ブルーティアーズ?」

 

『はい、マスター』

 

 返答に、彼女は微笑んだ。

 

 翌朝の朝食、セシリアはシンにこんなことを聞いた。

 

「シンさん、『キシン』って言葉をご存じですか?」

 

「うぐ?!」

 

「わぁぁぁ!! どうしたの、シン?!」

 

「どうなさいました?!」

 

 物を詰まらせて胸を抑える彼に、セシリアとシャルロットが駆け寄る。

 

 その後、どうにか飲み込んだ彼は、青い顔で問いかけた。

 

「どっちの?」

 

「複数あるのですか?」

 

「まあ、あるけど。たぶんセシリアが言ったのは、きっと『機械の神』で、『機神』って方だろうけど。日本語だよ」

 

「そうなのですか?」

 

「機械の神様か。強そうだね」

 

 シャルロットの言葉に、シンは書き方はそうだけど、と断ってから話を続ける。

 

「言い方的にはそれで通じるからな。本来は、『機会を伝える神経』で『機神』らしい」

 

 シンの話に、二人はきょとんとした顔を向けたのでした。

 

 

 

 

 




 
 少女が願ったのは当り前の日常。

 マテリアルの建造された理由は、人並に過ごせない少女が、当たり前の生活を望んだことから、始まったらしい。

 詳しい話は、俺も聞いたことがない。

 けれど、少女はこう願ってマテリアルを、『機神』を作った。

 誰もがそれに気づかずに取りこぼしてしまう、そこにチャンスがあるのに、選べるのに、それを伝える神経がないから。

 だから、それを伝えられるように、誰にでも平等にチャンスが訪れるように。

 少女は『機会を、チャンスを人間に伝えるための神経を代行するもの』として『機神』を作った。
 
 そしてそれが始まりで、今ではマテリアルと呼ばれている存在達の最初だったらしい。

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