明けの果ての存在理由 作:カラスマ
――何処からか叫び声が聞こえた。目を覚ました俺は数日ぶりに舞い込んできた厄介事に飽きていた。叫び声の出所を探るために汚れた路地に敷かれた寝床から起き上がる。
視界に映る寂れた煉瓦の建物群も見飽きた。つまらない。
誰かが言っていた。我々は『蛮族』という楔から逃れることは出来ないと。
同感だった。今は朝方という事もあってか薄汚れた石畳みの道には誰もいない。通り過ぎた路地裏から頭に角が生えた背の低いコボルトが物珍しそうにこちらを見ていた。
目が合うとコボルトは逃げるように路地の闇へと引っ込む。
この場所に来てから五年以上が経つが未だに受け入れられていない。これから先受け入れられることもないだろう。
「おい、お前イイもの持ってるじゃナイノ」
「どうして逃げるんだよテメエよぉ」
複数の声が聞こえた。そのまま足を進めると三体のボガード(ゴブリンが成年以上を迎えた種族)が一体のゴブリンを取り囲んでいた。
「腐ってるけどこれは中々イイ。もらうぜ」
集団のリーダーらしきボガードはゴブリンから無理やり麻袋を奪うと、中身を物色し始めた。ゴブリンは既に痛めつけられていたのか奪い返そうともせずに倒れ伏した。
珍しい光景ではなかった。弱い者は強い者に搾取される。これまで見てきた真実であり、自らその手でやってきた真実がそこにあった。だからこそ、
「……おい、お前ら」
「あぁ? アンタ誰――」
「いいもの持ってるなぁ?」
この世界には二つの『人種』がいる。その二つは多くの時代を超えながら争いを延々と繰り広げていた。どちらが先に始めたかなど誰にも分からない、泥沼の戦争。
やがて人種の中でも分裂、離間が発生し、内紛を含めた争いは更に複雑化した。もはや戦いの終焉は夜の帳よりも深い闇の底に呑まれていた。
だが変化が起きた。七年前に起きた大戦争“聖戦”。その結末は『蛮族』側からの降伏による『人族』の勝利だった。
しかし、この降伏を認めない者が両者に多かった。恨み、憎しみ、怒り。それら全てをもって敵を焼き尽くそうとする者。降伏、そして敗北を認めない者、争うことに意義を見出す者。
あらゆる思惑が入り混じった結果、大きな争いの代わりに中小の小競り合いが頻発するようになった。やがて、一時的停戦という名目で作られた国境が徐々に定まってくるのに連れて蛮族側、あるいは人族側による襲撃が相次いだ。
更に戦後処理の揉め合いから新たな争いの種が生まれ、同族同士の戦争も発生。戦火が消えることはなかった。
聖戦の終結から七年。表面上終わったとされる戦争は歴史の影に埋もれながらもその火種をまき散らしていた。
人族国家は勝利によって新たに手に入れた土地、知識から更なる発展を遂げ、大きく勢力圏を拡大した。反面、蛮族国家は敗北による煽りを受け元々良くもなかった内政が悪化。国に巣食うスラム街は事実上の無法地帯となり一部の有力者のみが私腹を肥やすのは当たり前の光景となる。軍隊と呼べるほど統率の取れた軍隊はほとんど戦争で崩壊し、チンピラ崩れと無能が多数を占めるようになる。蛮族は人族と違い何もないところから自然発生することが出来る存在であるが故に、下級蛮族は使い捨てられ後継者が足りなくなり、腐敗は更に進む。仮に運よく生き残ったとしても、衣食住を確保出来なければ待つのは死。
生きるために死肉を貪り、時には同族と殺し合う。それが下級蛮族の在り方だった。
頭に二本の角を生やした男は雨水の溜まった錆びた鍋を掴むと、路地裏に積まれている木片を重ねて作ったかがり火に当てる。水が煮えるのを待つ間、寝床の奥、雑多に置かれたいくつかの袋の一つから干し肉を取り出し、細かく千切りながら頬張る。
水のポコポコという音が聞こえると同時に大粒の石のように固い干し肉を鍋に放り込む。
路地に肉汁の匂いが蔓延し始めると、男の傍で死んだように倒れていたゴブリンが目を覚ました。
「……フゴッ。……イイ匂いがする」
男はその声を聞くと、深いため息をつき、口を開く。
「随分気持ちの良さそうな目覚めだな」
「フ、フゴッ!? ダ、誰……」
「……ズィグレ。二度は言わんぞ。それと、食いたけりゃさっさと食え」
ゴブリンは知能の低さ故か、男――ズィグレが名乗り食事を促したという事に気づかなかったが、旺盛な食欲に身を任せスープに手を付け始める。
スープはそれなりの量があったが、五分も経たぬ内に鍋は空となった。ゴブリンはそのまま倒れながら満腹を噛みしめていたが、ハッと何かに気づくとズィグレに詰めよってきた。
「ズ……ズーク! 袋はドコ?」
「ズィグレだ。まぁ、お前らには難しいな。袋ならそこにあるぞ」
ズィグレが指を指すとゴブリンは飛びつくようにボロボロの麻袋を抱えた。
ゴブリンは中身を確認すると、安堵したように息をつく。
「アリ……ガト。 えっと……ズィー……グレ?」
「礼はいらん。 俺もその袋を奪うつもりだったからな」
まぁ俺の趣味には合わんものだったから返す、そう言いながらズィグレは立ち上がり路地裏の隅にある数少ない日向へと歩き出す。
ゴブリンはどうするか迷っていたが、構わず歩き出したズィグレに付いてきた。ズィグレは追い払うべきか思案し、必要がないとして無視した。
日向に映し出されたのは横倒しの大きなパイプだった。所々光沢が見受けられるがほとんどが錆と土で汚れ元々の役割を果たすことはもはや不可能であることは誰の目にも明らかだった。
ズィグレはパイプの上に飛び乗ると体を伸ばしながら体操を始める。ゴブリンはそれを不思議そうに眺めていたが気づけば同じ動きを真似し始めた。
表通りに、わらわらと他の下級蛮族が衣食住を求めて闊歩するようになる頃になると、ようやくズィグレはパイプに腰を下ろし、獣皮で作った水筒に口をつけた。ゴブリンは既に疲れて横になっていたがズィグレが休み始めたのに気づくと近寄ってくる。
「ズィグレ!」
「……何だ、まだいたのか。ここにいても何もやらないし何もないぞ」
ゴブリンは麻袋の中から蠅の集る肉のような何かを差し出してきた。おそらくゴブリンにしては珍しい気づかいだと理解はしたがズィグレは受け取る気はなかった。
「……趣味じゃないって言っただろうが。いらん。それより何処か行くところがあるんじゃないのか?」
ゴブリンは頷くと、無理やりズィグレに肉を手渡し、手を振りながら表通りへと戻っていった。
ズィグレはその肉を寝床に投げ入れると大きくため息をつく。
あのゴブリン、おそらく長くは生きていけないだろう。そんな予感を感じながらズイグレは再び立ち上がり、体操を再開した。
昼下がり、ズィグレは街の外を目指す為に表通りに出た。明るい日を遮るためにボロボロの拾い物である赤いコートを羽織る。頭が隠れるように手作業で縫って付けた黒のフードを被りながら歩き始める。
表通りには風呂敷を敷き、その上に怪しげな道具や植物を置きながら無言で座る闇商人を営むボガードや、路地裏に迷い込む者を狩るために潜む数人のコボルトやオーガ。客引きを行うリドル(サキュバスの幼少期)など腐敗の中でも必死に己のやり方で生きようとする者達が目をギラつかせていた。
歩き続けると人気がふっと消える。崩れた城壁の破片を踏みつけながら半壊した城門を潜り抜けるとズィグレの顔に風が吹きつける。目の前には見慣れた森が広がっていた。
国の中とは違い、生き生きとした自然の中に踏み入れたズィグレの顔は自分でも分かるほどほころんでいた。木々の隙間から零れる光は蛮族のズィグレにとっても心地よいものであった。ここに住むことも一時期は考えたが偶に来るからこそ良いと気づいてからは今の寝床に落ち着いている。
やがて、森の中に生まれた開けた空間にたどり着く。野鳥や、野ウサギが集まる小さな広場は長閑で日々を忘れそうになる程、気の抜けた場であった。
ズィグレが広場に足を踏み入れると生き物が慌てて森の茂みへと隠れる。構うことなく、広場の中心にある切株に腰掛けると俯きながら瞑想する。
ここに来ると、思い出す。師である老人の言っていた天国とはここより良い場所だろうか。ちゃんと彼の信仰した神に会うことは出来たのだろうか。だが、最後の言葉は何故か悲しみを帯びていた。
『自分の残せたものなどなかった。何もかも切り捨て諦め、それでも生にしがみついた儂には結局何も残せなかった』
老人はズィグレの目の前で死んだ。
目を開く。ズィグレの周りには多くの動物が輪を作っていた。思わず身をビクつかせるが、すぐに笑い声が森に響く。
「……なんだ、いつもより警戒しないな」
切株から立ち上がり、大声を出す。
「それとも、俺より怖い奴らでも来たのか? なぁ、どう思うお前ら?」
ズィグレは周りの動物ではなく、奥の茂みに問いかける。数秒の後にガサガサと数十人のボガードが現れた。数刻前に見かけた三人組もそこにいた。
「テメエ……いつから気づいてやがった?」
「たった今だよ。不意打ちすれば勝てたかもしれないのにな。お前らセンスないぞ。大人しく静かに生きてみたらどうだ?」
最も、俺たちはそれが出来ないからそう生きているのだが。
「黙れ! 舐めやがって、ブッ殺してやる!」
ボガードの一人が息を荒げながら突っ込もうとするが、見たことがないリーダー格がそれを静止する。そのリーダーは他と一回り図体が大きく、他の者のボロ衣と違い整った服装をして、豪奢な首飾りを付けていた。腰に下げた剣は何処かで見たことのある紋章をこしらえている。
「ヤメロ。……勝てないことくらい分かれ」
「……」
どうやら、馬鹿だけの集まりでもなかったらしい。ズィグレはふぅと息を吐き再び切株に腰を下ろす。
「喧嘩を売りに来たなら買ってやるつもりだったが、そうじゃないみたいだな?」
「ズィグレ……“異端のズィグレ”。貴殿は、有名人ダ」
「名乗った覚えはないぞ」
「噂になってイル。まさか、こんなところにいるとは」
リーダー格のボガード一人が歩み寄り手を差し出してきた。
「“軍”に来てくれ。貴殿の力は有用ダ」
その提案をズィグレは、
「断る。だから帰れ」
迷いなく一蹴した。
「……リユウは?」
「理由が分かってないことが理由だ。第一、こんな大所帯で来ると森の奴らがびっくりする。そんなデリカシーのない奴に誘われてもな」
ボガードは、一瞬きょとんとした顔をしたがすぐに真面目な顔に戻った。
「……“でりかしー”というのがなかったのはリカイした。警戒されていることも」
「……分かるのか」
「何かをする準備をしている、という事だけダガナ」
「どうやら、俺の見立てより出来る奴みたいだな。アンタ、名前はあるか?」
「ヘケラだ」
もう一度立ち上がるとズィグレはヘケラに問いかける。
「何で今更俺を頼る? 俺はとっくに死んでいるも同然の身だぞ」
「だからダ。……既にロクな奴が残ってない」
「だろうな。考えなしに突っ込むことしかしなかったらそうなる」
七年前の敗北は詰まるところ蛮族の怠惰が原因だった。ズィグレは呆れたように吐き捨てる。
「……ダカラ、我々がそれを変える」
「変える? どうやってだ? 頭の中に自分の欲しか詰まってない連中に何をする?」
「……しかるべき戦いを」
ズィグレは大笑いした。
ひとしきり笑った後にズィグレは恐ろしく冷たい声で言った。
「お前らは奴らより馬鹿で愚かだよ」
「何……!?」
「力で訴える事しかできない奴らが革命家気取りか? ヘケラさんよ?」
ヘケラは体を震わせながら、それでもと言わんばかりにズィグレに食いかかる。
「……ナラバ、どうしろと?」
「黙って静かに生きればどうだ、そうすりゃ長生きできる」
「……力を持ちながら、何たる体たらく。キサマそれでも蛮族か」
「生憎、蛮族だ。帰れ、そんでもって他の馬鹿なお仲間に伝えとけ。そこらのチンピラよりも、お前らの方がよっぽどアホらし――」
瞬間、ヘケラが木々を震わせる豪速で剣を掴む。だが、剣が抜かれることはなく再び静寂が訪れた。カタカタと、鞘と剣が触れ合う音だけが響く。
ズィグレはヘケラの剣の柄を片手で押さえつけていた。
「――!」
「良い剣だな? ヘケラさんよ」
ヘケラは剣から手を離し、殴りかかってくる。ヘケラは剣に固執すれば大きな隙が生まれることを瞬時に理解していた。ズィグレはその拳を上半身のみを捻り、回避。そのまま距離を取る。
「ま、伊達に隊長やってないか」
「……我らより上の“オーガ”たる貴殿からすれば大馬鹿なのだろうナ。だが――他の仲間を、同志を愚弄することだけは許サナイ」
「思っていたより、マトモな理由だ。で、だからどうするっていうんだ?」
ヘケラが剣を抜き放つと同時に後ろで様子を伺っていたボガード達の一人が何かを投げる。ヘケラは慣れた手つきでそれを掴んだ。自身の身の丈の半分を覆い隠す程の大楯。使い古されてはいたが、手入れを欠かせていない。青銅で出来た、大楯の放つ淡い光沢が見え隠れしているのがその証拠だった。
「トルーパー(重装兵)……。まだ残っていたのか」
「貴様がいかなる力を持っていても、この楯は貫けナイ」
ズィグレは大きく息を吸い込み、腰を落とす。そして拳を構える。右は手前に添えた楯のごとく。左は相手を貫く槍のように。
「やはり、グラップラー(拳闘士)か。楯を持つ私が有利ダ――!」
ヘケラは牙をむき出しにしながら突っ込んでくる。左手の楯を前に突き出し、その後ろに剣。こちらの攻撃を楯で受け切ったうえで剣を叩き込むという戦法。古典的だが、それ故に弱点が少ない。“魔法”による攻撃ならばあの楯を容易く貫けるのかもしれないが、下級蛮族のズィグレには使えない。保有魔力が少ない上にそもそも必要とされる知識を持ち得なかった。それは向こうも同じ。だからこそ、ヘケラは臆することなく攻めてくる。
「あぁ、そう――だな!」
防御、リーチにおいてこちらが圧倒的に不利なのは明白。ならば、とズィグレは足を半歩下げた上で両手を交差させる。そして、その体勢のままこちらも突っ込む。
「力勝負か、イイダロウ!」
ヘケラは敢えて剣を使わず楯でこちらのタックルを受け止めた。
両者が激突した衝撃によって森の中にいきなり嵐が舞い込んだかのような突風が吹き荒れる。動物たちは散り散りになり、ボガード達も思わず身をすくませる。
「ツッ……まるで岩だ……!」
「力ではゴカクといったところか、だが!」
ヘケラは楯を振り払い、その勢いのまま剣を振るった。
「……!」
ズィグレは態勢を崩しながらも、後ろに仰け反る。同時にズィグレの鼻先を剣の軌跡が通り抜ける。崩れた態勢で胴体を狙うが、体を回転させたヘケラは背を向けるようにして、振り払った楯を再び防御として機能させる。
ガッキィン、とズィグレの拳が楯に阻まれると同時にヘケラの剣が切り返す。
ズィグレはその剣の攻撃をバックステップで回避する。
その場で大きく息を吸い込み、吐く。
「……フン、この程度で息を荒げるか」
「生憎、最近運動不足でね」
ズィグレは、息を整えると構えを解く。
「……何の真似ダ?」
ズィグレは当たり前の事を聞くように、ヘケラに言った。
「これ以上やると、アンタ死ぬよ?」
ヘケラは、それを聞くとズドン! と手に持つ剣を地面に突き刺した。
「……この期に及んで、戯言。やはり、貴様は蛮族の恥ダ! その罪、死をもって償え!」
ズィグレにとってもヘケラの言いたいことは少し理解していた。使い慣れた防御武器を持つヘケラは圧倒的有利の状況。焦って防御を疎かにしない限り勝てると踏んでいるのだろう。
それは幾度の戦場を生き抜いてきた者が持つ不動の自信。それを、俺は一蹴した。激怒するのは結構。だが、その怒りは真っ当であるが故に――愚かだ。
「頭に血が昇り過ぎだ。所詮……俺たちは“蛮族”なんだぞ」
その言葉を皮切りにヘケラが剣を引き抜き、突撃してくる。こちらを確実に叩き潰さんと襲い掛かる。
向かってきてくれるなら好都合。近づく手間が省けた。ヘケラは大きく剣を振りかざす。先ほどよりも狙いが甘い。だが、油断すればその衝撃だけでダメージが入りかねない。
だから、避けるのではなく掴む。二つの掌で正面から迫る剣を挟み込む。バァン! という音と共に両手を捻り、剣を持つ腕に膝を叩きこむ。骨を折るつもりだったが剣からすぐに手を離されてしまったからか、あまり有効打ではなかった。
「剣など要らヌ! 貴様を殺すのにはこの楯と拳さえあれば……」
ヘケラは叫ぶと楯を構えた。奪った剣を放し構えなおすと同時にズィグレは大きく息を吸い込む。コオオオ、というズィグレの野生の如き雄叫びが森に響く。
「……!? 何だ、その“呼吸”ハ……!?」
「……『虚心術 第五の練気』」
ズィグレは叫ぶ。それは、彼が老人に教えられた技を扱う時の癖。言葉として己が発することで意識を集中させる。
「『専心』‼」
掛け声と共に放たれたズィグレの拳はヘケラの楯を的確に打った。凄まじい衝撃波が森を襲い、折れた枝が一人のボガードの目に刺さる。
衝撃が止むと、辺りは木の葉で埋め尽くされていた。ズィグレの肩に葉が一枚乗る。
「……フン。どうやら、珍妙な技を使ったようだが貫けなかったようだな」
ズィグレの拳は楯に阻まれていた。楯にはヒビすら入っておらず、ヘケラは不敵な笑みを浮かべる。
「貫く必要はなかったからな」
ズィグレがそう呟き、ヘケラがその顔を歪ませるより早く、それは起こった。
ヘケラの左腕、そして左半身からバキバキバキィ! という音と共に鮮血が噴き出した。
「アッ……ガッアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼!?」
ごとりと、楯が落ちるとともにヘケラがその猛烈な痛みと衝撃によって崩れ落ちる。そのままヘケラは頭から地面に突っ伏し、動かなくなった。
「ヒッ……ば、化け物だあああああ‼」
ボガード達の一人が叫ぶと彼らは蜘蛛の子を散らすように何処かへと逃げていった。ガサガサという音が遠くに消え、動物たちが顔を覗かせる。
「……ふぅ」
ズィグレは一息ついて、地に伏すヘケラを見ながら呟く。
「センスは微妙だったが、運はいいな」
そう言いながら彼は背伸びをした。そして、ヘケラを担ぎ上げると森の中を進んでいく。
ズィグレの脳内ではヘケラとのやり取りが反芻されていた。
「……言い過ぎたな。俺こそ……馬鹿の一人だって事、忘れていた」
蛮族、オーガ種。趣味は放浪と鍛錬。年は二十。
彼の名はズィグレ。蛮族国家『ナグル・ロア』のスラムに住み着く獣。彼を知る者は口を揃えて言うだろう。
奴は異端だと――。
第一話 「異端のズィグレ」 了