体育祭まで残り一週間を切った。
『参加表』の提出が可能となったこの時期、学校には普段とは違う独特の空気が流れている。
「事前通達をした通り今日のHRは全員強制参加だ。赤組の合同練習を行う。第一体育館に集合するように」
最後に、教壇に立つ茶柱先生はこう言った。
「当たり前ではあるが、先輩たちはこの学校での体育祭を経験している。最上級生である三年生は二度だ。本番が間近になりつつある今、お前たちは各々課題を見出している筈だ。それを少しでも解決出来るよう、有意義な時間にすると良い」
「「「はいっ!」」」
生徒たちの返事を、茶柱先生は満足そうに聞いた。そして、このように言う。
「この前の初顔合わせとは違い、今日のお前たちには多少精神的ゆとりがある。それ故に、前回、気付けなかった現実を直視するだろう」
「「「……?」」」
奇妙な言い回しに生徒たちが困惑する中、担任教師は続ける。
「だが、お前たちはお前たちだ。お前たちの戦いをしろ」
そう言うと、茶柱先生は教室から出て行った。
「一体何だったんだ……?」
「気付けなかった現実……?」
疑問を抱きつつも、時間は迫っている。
オレたちは男女別で更衣室に向かう。
「
後ろから肩に手が回される。振り向けば、
「勿論だ。行こう」
オレは頷くと、須藤と並んで廊下を歩く。
「調子はどうだ?」
「バッチリだ。順調に行けば最高のタイミングで仕上がると思うぜ。部活も居残り練はしてねえから、怪我するリスクは最小限にしてる」
「そうか、それなら良かった」
当日、須藤の調子が芳しくなかったら大苦戦は必至だ。その不安はなさそうで安心だな。一つ、懸念材料が無くなった事に安堵しつつ、オレは須藤に尋ねた。
「クラスの状態はどうだ?」
須藤は練習中、生徒たちに実技指導をしてくれている。元来感覚派の須藤は教えるという事に苦労している様子だったが、それも堀北のフォローがあり改善傾向にあった。他生徒からの相談にも乗っており、この体育祭限定ではあるが、須藤健は現場リーダーの役割を担っている。
オレが所見を聞くと、須藤は「そうだなぁ」と顎に手を当てながら答えた。
「俺の教え方が悪いのは勿論ある。皆、頑張っちゃいるが……やっぱり、厳しいだろうな。最悪、個人
体育祭の個人獲得点数が悪い生徒には、次回の定期試験の点数が引かれてしまうという
学業面、運動面共にアベレージが低いDクラスにとって、その
そして一科目でも赤点を取れば一発退学となってしまう。
退学者を出してしまった場合、クラスポイントがどれだけ引かれるのかは未知数だ。
「それを防ぐ為にも、Aクラスからの『奉仕』は上手く活用しないとな」
ところがオレの言葉に須藤は同意しなかった。
難しい表情を浮かべ、考えている。
「何か気になる事があるのか、
「いや。ずっと考えているんだけどよ、やっぱりAクラスは何か企んでいると思えて仕方がねえんだ」
オレは素直に驚いた。
まさか、須藤の口からそのような言葉が出てくるとは。
「『奉仕』を受け入れようと、クラスの話し合いで言ったのは俺だ。その選択が間違っているとは今でも思ってねえ。だけどな、いくら考えてもAクラスの目的が分からねえんだよな」
「それは『奉仕』を提案してきた時、坂柳が言っていただろう。今のクラス闘争は三つ巴で、坂柳はオレたちという『
「それだけじゃねえ気がするんだよ、俺は」
目で続きを促すと、須藤は自身の違和感を言語化していく。
「この前の合同練習で余計に思ったんだ。あの女——坂柳はかなりプライドの高い奴だ。全てを思い通りにしないと気が済まないタイプだろうぜ、アレは」
「似たような事はオレも思ったな」
「だろ? ──そんな奴が『奉仕』だなんて言葉を使って、無償で『参加表』を提示するか? いくら今回、オレたちとAクラスが同じ赤組になったからってよ」
「つまりもっと別の目的があると言いたいのか?」
「ああ、まあな。頭の悪い俺にはそれが何だかさっぱり分からないけどよ……
「根拠のない、ただの勘だけどよ」と須藤は最後に慌てて付け足した。
「いや、良い。他に気になる事はあるか?」
オレが尋ねると、須藤は答えづらそうに後頭部をポリポリと掻いた。
逡巡した後、小声で言う。
「あー……あとはそうだな。やっぱり、クラスの雰囲気が最近変なのが気になるな。女子たち——特に、
「そうだな。オレも気になってる」
「良かった、清隆もそうだったんだな」
「他の生徒も似たような事は思っている筈だ」
口に出していないだけで、クラスの誰もがそれを認識している。
だが大きな場で話題にするのは意図的に避けている。
「なんつーか、今の軽井沢たちには手負いの獣じみた怖さがあるんだよな」
「手負いの獣?」
「ほら、二学期になってからDクラスのリーダーは
「だから何度も、堀北に反発すると?」
「ああ。とはいえそれを加味しても、この前のアレは異常だったけどよ」
この前の時と言うと、『推薦参加種目』を決めた時の出来事の事だろう。
「正直、軽井沢が体育祭をボイコットするって言った時はドン引きしたぜ」
「堀北にはその違和感、伝えているのか?」
「勿論だ。けどま、俺が言うよりも前に、堀北はすぐに動いていた。清隆にだから言うが、最近は
「佐藤と?」
「軽井沢に近しい人物で、自分と話をしてくれるのは佐藤だけ──堀北はそう考えたみたいだな。どんな話をしているのかまでは俺も知らないが……」
「そうか。教えてくれてありがとう。勿論、今の話は胸の内に秘めておく」
須藤からの話だけで判断するのなら、堀北は軽井沢を取り巻く問題に気が付いていなかったのだろう。
それを『推薦参加種目』の時、軽井沢や篠原たちの言動から察したという所か。
堀北が事態の発見に遅れてしまったのは、一学期の間、特定の相手としかコミニュケーションを築いてこなかった弊害だろう。特に同性の女子生徒とは、
後手にまわっている堀北がどうするのか。
リーダーとしての自覚を持ち、広い視点で以て、今回に於いては明確にある体育祭の必勝法に、自ら気が付けるのかどうか。
それが今後のクラス闘争を大きく左右するだろう。
「清隆はどうだ? 何か気になる事あるか?」
今度は須藤から質問が飛んでくる。
今の須藤なら問題ないと判断し、オレはかねてからの疑問を共有した。
「健はさっき、軽井沢たちについて言っていたが、オレが気になるのは
「洋介……平田の事か。突然リーダーを辞めた事が気になるのか?」
「いや、違う。実は前々から洋介からは、個人的にその相談を受けていたんだ。洋介は常にクラスの行く末を考えてくれている。自分ではなく、他の誰かの方がクラスをより良い方向に向かせてくれるんじゃないか──そう、言っていた」
オレが説明すると、須藤は腑に落ちたように相槌を打った。
「あの時言ってたのは全部本当の事だったんだな。いや、それだけじゃねえか。今思えば、無人島試験の時もアイツらしくない行動をしていたな……」
「ああ。そして現在、洋介は陰でクラスをサポートしてくれている」
「そうだな。要所要所では発言もしてくれているしな。それじゃあ清隆は何が気になるんだ?」
オレは続ける。
「ほら、洋介と軽井沢の二人は交際しているだろう? それなのに、彼氏である洋介は彼女である軽井沢があんな風に取り乱しているのに動いているようにはあまり思えないんだ。リーダーの座を降りたのとそれは話が別だと思うんだが……」
「確かに……そう言われるとそうだな。この前の時も平田は、
自分に当て嵌めたのだろう。須藤は段々と真剣に取り合ってくれるようになった。
そして、ぽつりと呟く。
「なんつーか……そう思うとよ。あの二人。本当に彼氏彼女なのか怪しく思えてきたぜ」
須藤のその視点は、オレにはなかったものだ。
「つまり、
オレの質問に、須藤は「そうかもしれねぇ」と相槌を打つ。
「いわゆる、偽装カップルって奴だな」
その言葉を聞き、オレはある出来事を思い出す。
一学期
それは結局、オレが帆波を説得した事により中止になったが——それと似たようなものだろうか。
「平田は女子たちからモテてるからな。それこそ、入学当時は凄かっただろ?」
「ああ。女子たちからキャーキャー言われてたな」
「無表情のお前の口から『キャーキャー』だなんて言われると違和感が凄いんだが……まあ、それは良いとしてだ。──それにうんざりした平田が軽井沢にお願いしたら、どうだ? 現に、軽井沢との交際を発表した後はそれも少なくなっただろ?」
オレの友人の
須藤が挙げた根拠を聞き、オレはそう思った。事実、似たような違和感をオレは何度か覚えている。
だが……。
「洋介がそんな事を軽井沢にお願いするとは思えない」
「まあ、そうだな。そうなると、軽井沢からって線が濃厚そうだ」
もしこの仮説が正しいとして、一体何の目的があってそんな事をしているのだろうか。
そこが見えてこない以上、平田を追及する事は難しい。オレが食堂で平田の誕生日を祝ったあの日、平田はオレに軽井沢の事は大丈夫だと言い、オレは引き下がった。
確たる証拠を持っていない以上、再度、オレが平田に詰め寄るのはリスクがあるだろう。
避けては通れない問題だが、さて、どうしたものか。
もう少し様子見をするべきか、『癌』として処置するか。そう考えていると、
「こればっかはデリケートな問題だからな。清隆、お前は平田と仲良いけどよ、あんまり首を突っ込むんじゃねえぞ」
「分かった」
オレは頷く。
しかし須藤は疑いの眼差しをオレに向けてきた。
「何か言いたそうだな」
「お前は時々、突拍子のない事をしでかすからよ。ちょっと不安だ。いやまぁ、俺が言えた事じゃないのは重々承知しているんだが」
「『暴力事件』の時や、無人島試験の時とかよ」と、須藤は具体例を挙げてきた。
『暴力事件』の時はそうする必要があったからそうしていただけの茶番だったが、無人島試験の時、孤立しかけたオレを須藤はフォローしてくれている。
オレは甘んじてその評価を受け入れると、須藤を安心させる。
「大丈夫だ。元々、気になる程度だからな。洋介から相談されない限り、オレから動くつもりはない」
「それなら良いけどよ」
「ほんと、頼むぜ?」と須藤はオレの肩を挨拶代わりに小突いてきた。
最近、男子高校生のノリが分かってきた気がする。
オレは軽くやり返しながら、そんな事を思った。
第一体育館には既に殆どの生徒が集まっていた。
ジャージに着替えが済んでおり、学年ごとにある程度纏まっている。
HRの開始時間になると、一人の生徒がステージの上へおもむろに立った。
「赤組、注目!」
その人物は生徒たちからの沢山の視線に物怖じせず、不敵な笑みを浮かべていた。
「改めて、自己紹介をしよう! 俺は二年Aクラスの
三年生が顔を顰め、二年生が畏怖の眼差しを送り、そしてオレたち一年生は困惑を隠せない。
当然、南雲はそれを分かっている。
「とはいえ……一年生で俺を知っているのは、サッカー部の後輩くらいなものだろう」
南雲がわざとらしくそう肩を竦めると、呆れた声が二年生の中から飛ぶ。
「おいおい、南雲。他にも知ってる奴は居るさ」
さらに、二年生の中から相次いで言葉が続く。
「そうだぜ。お前は生徒会副会長だろうが。熱心な生徒は知ってるさ」
「それにお前は、副会長なんかの器には決して収まらないだろ。次期、生徒会長なんだからよ。もっと自信を持ってくれよ!」
「そんなんで『革命』を起こせるのかよ!?」
最後の野次には、二年生全体がドッと笑う。
最上級生である三年生たちが——三年Aクラスだと思われる——睨んでくるのも、二年生たちは気にしていないようだった。
オレたち一年生と言えば、突然の展開について行くのに戸惑うばかりだ。
だが、二年生たち——否、南雲は待たない。大きな身振り手振りで声高に主張する。
「三年生の先輩がた! 尊敬してやまない先輩がたに俺は勝利を捧げます! 同士たる二年生諸君! いつものように俺についてきてくれ! そして、一年生! 不安な事が多くあるだろうが、安心してくれ! この俺、南雲雅がついている! 俺にさえついてきてくれれば、勝利は確実だ!」
その強い決意表明に、二年生たちは「うおおおおお!」と雄叫びを上げる。
「なんか、凄いね……」
一年生の女子生徒が、思わずと言ったようにそんな呟き声を落とした。
それを皮切りに一年生の間で囁き声が交わされる。
「ケッ。何だか腹立つイケメンだぜ」
「目立ちたがり屋ってだけじゃない気がするが……」
「私、噂で聞いた事ある。二年生の南雲先輩。今はサッカー部引退してるみたいだけど、所属していた時は大活躍だったんだって」
「スポーツが出来て、それで、生徒会副会長……。それに自信に満ちたあの表情……。なんか、格好良いかも……」
「同級生たちからも慕われてるみたいだし、悪い人じゃなさそうだね」
男子生徒たちから妬みと警戒が出る一方で、女子生徒たちからは概ね好印象の感想が出る。中には目をハートにしている女子生徒もおり、もしかしなくても惚れたのだろう。
そんな中、一人の男子生徒が「ちょっと待て、南雲!」と厳しい声を上げた。ステージの上に立つ南雲を睨み付ける。
「何でしょうか、
上級生にあくまでも慇懃な態度を見せ、南雲は尋ねる。
「赤組の総指揮官は
「勝手な行動? 俺のどこが勝手だと言うんですか?」
「勝手だろう。お前の振る舞いは赤組の和を乱す。二年生だけでなく、一年生をも支配したいのか」
藤巻先輩からの、指摘。
それに対し、南雲は「支配だなんて、とんでもない!」と大袈裟なくらいに驚いた仕草を見せる。
「俺は勝ちたいだけですよ、藤巻先輩。得られるクラスポイントは少ないですが、かと言って、決して馬鹿にも出来ません。俺はクラスを率いるリーダーとして、そして、あくまでも赤組の一員として、全体の士気を少しでも高くしようと思っただけです」
「それは総指揮官の堀北の役目だ。お前の出る幕ではない」
「それは失礼しました。しかし、藤巻先輩。適材適所って言葉があるでしょう。堀北総指揮官は確かに非凡な才の持ち主ですが、これだけの大規模な集団を率いるのは並大抵な事じゃありません」
「南雲。それはつまり、お前の方が堀北よりも上手に纏め上げる事が出来ると言いたいのか?」
「まさか! とんでもない! ただ俺は、尊敬してやまない堀北先輩の一助になると思っただけです」
藤巻先輩からの追及を、南雲は飄々とした態度で躱す。
味方である筈の同じ赤組の中で、緊迫とした空気が流れる。
それを打ち破ったのは、今まで沈黙を貫いていた男だった。
「それ以上はよせ、藤巻」
赤組総指揮官——堀北
「……すまん、堀北。冷静さを見失い熱くなってしまった」
「謝罪は必要ない。自省出来ているなら俺から言う事は何もない」
堀北学は藤巻先輩の肩に手をポンと置いた後、一歩、前に出た。
「堀北先輩も藤巻先輩と同様……俺に言いたい事があるんですか?」
南雲がステージから堀北学を見下ろす。それは藤巻先輩には決して向けていなかったものだ。
南雲の意思に、二年生の意思が加わる。その重圧は並大抵のものではない。
だがしかし、堀北学は自然体を崩さない。
「注意すべき事が一つある」
「へえ。それは何ですか?」
「お前の仲間が、お前の事を次期生徒会長だと先程言っていたが。生徒会選挙はまだ行われていないから違うだろう」
「……は?」
ぽかんと口を開ける生徒会副会長に、現生徒会長は続ける。
「それはつまり、誰が生徒会長になってもおかしくないという事だ。お前たちのその振る舞いが、この学校にまだ慣れていない一年生たちに影響を与える可能性がある。それは厳正に行われるべき生徒会選挙にとって喜ばしくない事だ。生徒会を目指す者ならば、きちんとその場で訂正しろ」
その指摘に、南雲は一瞬ぽかんとした表情を見せる。次の瞬間、南雲は愉快そうに笑った。
「相変わらず、堀北先輩はクソ程真面目ですね。ほんと、そういう所は敵いません。——生徒会長のご指摘、謹んで受けましょう。失礼いたしました」
そう言うと、南雲はステージの上から降りた。二年生に合流する。
そして入れ替わりに、堀北学がステージの上に立った。
「俺の方針は変わらない。俺が指揮を執る事は殆どないだろう」
そう前置きすると、総指揮官は理由を語る。
「何故ならば、各々に各々の戦いがあるからだ。三年生は三年生の。二年生は二年生の。そして、一年生は一年生の。つまるところ、各々が各々のパフォーマンスを見せれば、必然、赤組の勝利になる」
「しかし堀北生徒会長。何事にも
「お前は?」
「
総指揮官の演説に可憐な少女が口を挟んだ事で、赤組の間には少なくない動揺が走った。
上級生たちが値踏みの視線を送る中、坂柳は悠然とした姿勢を見せる。坂柳派の生徒たちが誇らしげに胸を張る一方、反対勢力の葛城は苦々しい表情を浮かべている。
総指揮官は眼鏡を掛け直してから、質問に質問を返す。
「それでは坂柳。お前の言う
「ふふっ。
「実に抽象的な表現だな」
そう言った総指揮官は、こう答えた。
「初顔合わせでも言ったが、基本的には各々の判断に委ねる。だが、どうしようもなくなった時——即ち、当事者だけでは難しく、俺の判断によって戦況を覆せる時、俺は総指揮官として指示を出す」
「心強いお言葉ですね。ふふっ。そうならない事を願います」
「私からは以上です」——そう言い、坂柳は下がった。
「このHRの時間についてだが、好きにしてくれて構わない。合同練習するのも、しないのも、全ては各クラスの判断に一任する」
総指揮官は最後に一度、ステージからオレたちを見回してから降りた。自分のクラスに合流すると移動を始める。どうやら、グラウンドに出て練習するようだ。
そして、三年Aクラスの後ろを、一つの集団が数歩離れた距離を保って付いていく。その集団に覇気はまるでなく、まるで、生きる屍のようだ。
「Dクラスだ、三年生の……。三年生は一緒に練習すんのかな?」
交流関係の広い池は呟くと、「あれ?」と疑問の声を上げた。慌てて目を凝らし、離れていく三年Dクラスを見る。
そして、呆然と言った。
「嘘だろ……。仲良くなった先輩が居ない……」
このHRは全員参加。この場に居ないという事は、それは、つまり——。
「退学、しちゃったのか……?」
掠れた声を、池は出した。
オレたち一年Dクラスは神妙な面持ちで、三年Dクラスを見詰める。
「人数、少なすぎだろ……」
山内が固い声音でそう言った。それは、一年Dクラスの総意である。
三年Dクラスの人数は、一目見てすぐに分かる程度には、とても少ない。
退学。
その二文字が、オレたちの前に現れる。
茶柱先生の発言は、この事を指しているのだろう。オレがそう腑に落ちている中。
「私たち、大丈夫なのかな……」
「そのうち、このクラスの中から誰かが居なくなるんゃ……」
一年Dクラスの中から次々に出る、不安の声。
自分たちもあのような末路を辿るのではないか。
これまで考えないようにしていた最悪の未来を、一年Dクラスは想像してしまう。
実力至上主義を掲げるこの学校に於いて、Dクラスは『不良品』の巣窟。三年Dクラスの姿はそれを改めて、一年Dクラスに突きつけてきた。
「三年生のDクラスに、逆転の目はない。彼らは既に『敗北』しているのさ」
一年Dクラスに近付く、二つの集団。
二年生を率いてきた南雲は、憐れみの眼差しで、三年生が出て行った方向を見る。
「クラス闘争は『団体戦』。生徒の数は、そのクラスの戦力そのものだ。どれだけの『質』があろうとも、絶対的な『量』には敵わない。そうは思わないか、一年Dクラス?」
その質問に、一年Dクラスの生徒は何も言えないでいた。
「すっかり萎縮してやがる。まあ、無理はないがな」
南雲は詰まらなさそうに鼻を鳴らすと、一人の生徒を名指しする。
「
「ッ!? 何故、俺の名前を……?」
「俺は副会長だ。能力のある生徒は当然把握している。クラス関係なくな」
事もなげに南雲はそう言うと、幸村に回答を促した。
幸村は眼鏡を掛け直すと、強張った表情でおもむろに口を開く。
「……所属している生徒の人数は、クラスの総所得プライベートポイントに直結します」
「そうだな。それで?」
「例えば、今月のオレたちのクラスポイントは235cl。プライベートポイントに換算すると23500prです。しかしこれは一人あたりのもので、Dクラスとしては、94万prになります。決して、無視出来ない額です」
「つまり?」
「南雲副会長の仰った事は正しい……と、思います。もし仮に他クラスの生徒が少なくて、こっちが多ければ——戦略の幅という面での優位性はこっちにある」
南雲は口角を上げた。
「補足すると、退学者を出したクラスには
一年Dクラスの大多数の生徒はその説明をぼんやりと聞いていた。
その様子を南雲は、「ここまで言ってまだ分からないのか?」と呆れた眼差しで見る。
「今年の一年Dクラスは情報通り、高低差が激しいな。中間層があまりにも少ない。このまま落ちぶれてても俺は一向に構わないが、仕方がない。親切な俺はレクチャーしてやろう」
そう言うと、南雲は続けた。
「三年Dクラスにはないが──お前たちにはまだ、『勝ちの目』がある。何故ならお前たちにはまだ退学者が出ておらず、僅かではあるがクラスポイントがあるからだ。入学たったの一ヶ月で1000clを0clにしたのはお前たちが初めてだが、0clから這い上がったのには素直に称賛しよう」
送られてくる拍手。それは南雲のみならず、他の二年生からも送られてきた。
「凄いよ。私たちじゃ、絶対に無理!」
「ほんとそれな。0clからのスタートだなんて、ぜってー諦める自信がある」
「あの時は理不尽さに怒ったもんだ。山菜定食が懐かしいぜ」
山菜定食、という言葉に一年Dクラスの生徒たちは顔を見合わせる。それは、学校からの救済措置。学食にて、0prで注文出来る定食だ。一年Dクラスの生徒の殆どはあの質素な味を体験している。
佐藤がおずおずと、二年生に話し掛ける。
「先輩たち、もしかして……Dクラスですか?」
「何だ、今更気が付いたのか? そうだ、俺たちは二年Dクラス。お前たちの直属の先輩だな」
その男子生徒は堂々と名乗った。それに続き、他の二年Dクラスの生徒たちも明るい挨拶を一年Dクラスにしてくる。
三年Dクラスとは違い、二年Dクラスに陰鬱とした雰囲気はない。
その激しい高低差に、一年Dクラスは戸惑う。
南雲が笑みを浮かべて言った。
「AクラスだろうとDクラスだろうと、どのクラスにも能力の優れた人間は居る。そもそも最初のクラス配属からしておかしいとは思わないか? 学校は独断と偏見で、入学試験とたった数十分の面接で生徒の配属先を決めた。俺はそれが不服だ」
「どうしてですか?」
幸村の質問に、南雲は即答する。
「俺のクラスは今でこそAクラスだが、最初はBクラスだったからだ」
「「「っ!?」」」
一年Dクラスの間に激震が走る。
それはつまり、南雲のクラスは龍園のように下克上を果たしたという事だからだ。
「俺を含めて、Aクラスに相応しい能力を持っている生徒は何人もBクラスに居た。それこそクラス闘争の説明を聞いた後──俺は担任に聞いたぜ。『何故南雲雅はAではなくBなのか』ってな。だが詳細な理由が語られる事はなかった。おかしな話だろう?」
南雲はそう問題提起すると、一年Dクラスに問い掛ける。
「お前たちの中にも居る筈だ。『何故自分が『不良品』の烙印を押されているんだ』って思っている奴、もしくは、そう思っていた奴が。幸村輝彦。お前もそうだろう?」
幸村の目が、一度泳ぐ。
「それは……はい。今でも少し、思っています。自分の至らない部分は認めますが、それでも、『D』なのは……」
幸村の本音を見抜いてみせた南雲は、「何を居心地悪そうにしている!」と声を張り上げた。
一年Dクラスが身を竦ませる中、南雲は
「この俺が断言しよう。それは当然の事だ。プライドが高いと中傷されるような事じゃない。それもまた、実力の一つだ。事実、俺は学校の判断が間違っていたと証明する為に、仲間たちと協力してクラス闘争を戦ってきた。その『結果』が、これだ。俺はAクラスへと上り詰めた。そしてさらに言えば、今や副会長という役職にも就いている」
南雲の背後で、二年Aクラスの生徒たちが誇らしげな表情を浮かべて胸を張る。
それを、二年Dクラスは羨望の眼差しで見ていた。
「俺はこの学校を変える。誰もが勝つ
その振る舞いは正に、人の上に立つ器の持ち主のそれだった。
オレは一年A・Dクラスを見回す。両クラス──一部の生徒は既に呑まれてしまっているのが見て取れた。
そして、南雲は言う。
「一つ提案だ。もし良ければ、俺たちと合同練習をしないか。四クラス合同練習だ」
その出された提案に、一年A・Dクラスの生徒たちからは戸惑いと困惑の声が多数上がる。
「体育祭が初めてのお前たちにとって、不安な事は多いだろう。一度多く経験している俺たちならそれが解消出来る。学年別の順位はどうしても出てしまうが、まずは赤組としての勝利を手にしなければならない。赤組が負けるって事は、必然、学年別でも負けるに等しいからな」
そう言うと、南雲はまず一年Aクラスに顔を向けた。
「一年Aクラスのリーダー、坂柳有栖に聞こう。どうだ?」
坂柳は微笑を浮かべ、「そうですね」と一度考える素振りを見せる。そして、おもむろに口を開いた。
「私個人としては面白いと思いますが、申し訳ございません、南雲副会長。私たちAクラスは今回、Dクラスへ『奉仕』している身。Dクラスが参加するのなら私たちAクラスも参加しましょう。その逆も然りです」
「『奉仕』か。坂柳。まさかお前のような女の口から、そんな言葉が出てくるとはな」
「ふふ。私はか弱い乙女ですから」
煽りを受け流された南雲は、「振られちまったか」と肩を竦めた。
そして最後に、一年Dクラスに顔を向ける。
「さあ、一年Dクラス。——お前たちはどうする?」