桂木弥子と暗殺教室   作:ぽぽぽ

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第1話

 雲から覗き出る太陽が、容赦なく熱を放射する季節であった。

 自然に囲まれた山の上にある椚ヶ丘中学の隔離校舎も存分に陽の光を浴びていて、蒸気が霧散しているかのような湯気すらも目に見える気がした。

 そこで学ぶE組の生徒たちは、いつもなら何人かはその暑さに不平を垂れ、やれクーラーを用意しろだの、プール開きはまだかなどと言っている筈なのだが、その日ばかりは腕に汗の粒を垂らしながらも別の話題に躍起となっていた。

 

「新しい先生が来るって、茅野、それ本当?」

「うん……」

 

 朝のHRが始まる前から茅野カエデの席の周りは人だかりが出来ていて、自然と潮田渚にもその会話は聞こえてくる。

 

「たまたま朝早く来たら、職員室の前の廊下から烏間先生の電話する声が聞こえたの」

「いつから来そうなんだ」

「会話の感じ的に、多分今日」

「まじかよ……」

 

 新しい教師の赴任というのは、中学校の生徒にとっては一大イベントとなる。どんな人間にしろ生徒たちの学校生活に必ず変化を与えてくれるその存在は、彼らにとって大きな刺激となる。大抵は、新任教師の赴任前は大きな期待で教室は盛り上がるはずなのだが、彼らのいる、『暗殺教室』ではそうはいかなかった。

 

「絶対普通の人じゃないよね」

 

 倉橋陽菜乃が不安を顔に浮かべながら呟くと、ほかの生徒たちは小さく頷いた。

 

 

 彼らは、日々の学校生活の他に、ある特別な訓練をしている。

 それは、暗殺である。しかも、自分たちの教師の暗殺だ。

 信じがたいことに、今年の四月から彼らの教鞭をとっている教師は地球の破壊を企む破壊生物で、一年間でその生物を暗殺することが彼らの目標の一つであるのだ。

 そして、そんな教室に関わる人間がまともではないことを、彼らは経験から理解していた。

 

「最近鷹岡のやつが来て、出て行ったばっかりなのにな」

「ほんと最低だったなあいつは」

「ビッチ先生みたいな人だったらいいんだけどなぁ」

「岡島鼻の下伸びてる」

「でもビッチ先生だって最初は嫌な人だったよ」

「そりゃ、殺し屋なんだからいい人なんて少ないっしょ」

 

 

 各々話す会話には、やはり期待とは程遠い感情が現れていた。

 そんな中、遅れて教室に来た赤羽カルマは自分の机に荷物をどすりと置いた後、不思議そうに渚の席へと近づいて行った。

 

「なにこれ。なんの騒ぎ」

「あ、カルマ君おはよう」

「うん。そんで?」

「ああ、なんか新しい教師がまた来るみたいで」

「……へぇ」

 

 カルマは顎に手を乗せて、少し考えるようにしてから不敵な笑みを浮かべた。渚はすぐに、あ、これ悪いこと思いついた顔だ、と思った。

 

「そしたらさ、今度はこっちから仕掛けてやろう」

 

 その提案に、話していた生徒たちは皆カルマの方を向いた。

 

「仕掛けるって?」

 

 皆を代表して磯貝悠馬がカルマに訪ねる。

 

「大体新しくやってくる大人たちってさ、完全に俺たちのこと舐めてるじゃん。だから、舐められないようにするんだよ」

「……どうやって?」

「そりゃ、プライドをずたずたにして」

 

 そう言ってから、またカルマは笑った。相変わらずの悪い考えにクラスメイトは一度身構えたが、それから徐々に賛同の声が上がっていった。

 それほど以前来た鷹岡という人間には苦しめられた思い出があるのだ。

 

「だけど、どうやってやる?」

「出鼻をくじこう。最初っからめちゃくちゃにしてでかい顔できないようにする」

「罠でも仕掛けるか?」

「でも、来るのはきっとすごい殺し屋でしょ?引っかかるの?」

「そこをうまくやるんだろ?」

「あれあれ? 標的用に仕組んだ罠にどうしてひっかかっちゃうんですか? こんな中学生の罠も見破れないんですか? 結構雑に作ったんですけど? っていうから」

「ゲスイなぁ」

 

 

 皆が団結してああだこうだと話し出す。

 そんな姿を渚は苦笑いしながら見ていると、横からカエデにちょんちょんと腕を突かれた。

 

「なんか、渚あんまり乗り気じゃないね」

「うーん。ちょっと気になることがあって」

「どうしたの?」

「前に鷹岡先生が来たとき、烏間先生僕たちのために鷹岡先生を追い出してくれたよね。そんな烏間先生が、あれから時間を置かずに変な人を連れてくるかなって思って」

「……確かに、そうかも」

 

 二人が会話をしている内にも、カルマ君を中心としたゲスイ罠づくりはすでに制作段階まで移っている。

 そんな彼らを今更止めることができず、渚は、「でも、僕の考えすぎかもしれないから」と自信なさげにカエデに伝えて、罠づくりを見守ることにした。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「来た!確かに烏間先生の後ろにもう一人いる!」

「ビッチ先生じゃないか?!」

「顔はよく見えないが髪の長さが違う!十中八九新しい教師だ」

「よし」

 

 廊下の奥から教室に向かってくる姿を、別の場所に待機していた杉野が確認して連絡を寄越してきた。

 

「烏間先生誘導隊準備」

「了解!」

 

 カルマの合図とともに、何人かの女子たちが廊下側の窓から廊下に出る用意をする。

 

「来た!烏間先生ドアにタッチ!」

「GO」

「烏間先生~!助けて―!」

「なに!?」

 

 生徒たちの声に素早く反応し、烏間は身をすぐに翻した。

 その隙に、教室のドアそばに待機していた菅谷が扉を開ける。そして機動力のある杉野が、烏間のそばにいた女性を教室へと押し込んだ。

 

(この人軽っ!)

「へ?」

 

 まったく何の抵抗も感じなかった杉野はあまりの簡単さを意外に思ったが、その間にも間抜けな声を出した女性はあっけなく一番教室に入り、まず、足元が何かに引っかかる感触に気付く。

 開けたドアからピタゴラスイッチの要領で次々罠が動いていく。

 女性はまず、足元のロープに転んでビターンと痛々しい音とともに顔から思いっきり倒れる。いてて、と言いながらも上に仕掛けてあったチョークの粉が躊躇に彼女に大量に降り注いだ。理解が追い付かずにえ、え、と困惑している女性に、最後は大きな金のたらいが落ちてきて、コーンと軽快な音を教室中に響かせた。

 

 そして、な、なにこれぇ、と真っ白になりながらタライをよかした彼女の上に、もう一つタライが落ちて、カルマの罠大作戦は終わった。女性はばたりと倒れこんでいた。

 

「あれあれー……」

「何をしているんだ君たちは!?」

 

 カルマが思いっきり煽ろうとする前に、烏間がすぐにその女性の傍へと駆け寄っていった。大丈夫か! と烏間はタライをどかしてチョークの粉を振り払っていく。

 

「どういうつもりだ!」

「先生ー。お言葉ですけど、こんな罠に引っかかる人に教えられることなんてないっすよ」

「馬鹿を言うな! 桂木先生は何の訓練もしていない人間だぞ!」

「……は?」

 

 そう言われて、生徒たちはチョークまみれで目を回しているその女性をやっとしっかりと見た。

 幼い顔とそのあほっぽさはどうみてもその筋の仕事をしていなさそうで、そして、だれもが知っている有名人とそっくりであった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 烏間に一通り生徒たちが叱られている間、桂木弥子は一度シャワーを借りてチョークまみれの体をしっかりと洗っていた。

 

「ひどい目にあった……」

 

 弥子以上に怒りを感じているのか、弥子の髪の一部は、思いっきり体を揺らして怒りを表している。

 

「あ、あかねちゃん。落ち着いて」

 

 落ち着かせるように入念に髪も洗い、粉まみれの服の代わりに用意してくれた学校のジャージに着替える。

 

「なんか、久々にあんな目にあったよ」

 

 思い出すのは、ネウロと一緒にいた時にくらった拷問まがいの行為の数々である。あれに比べれば文字通りこんなのは子供の悪戯レベルなのだが、あまりに久しぶりだったので、少し面食らってしまった。

 

 そうして、些細なことからネウロの面影を思いだして弥子が一人で微笑みながら廊下に出ると、それを見てしまった烏間が額に汗をかいた。

 

「だ、大丈夫か?まだ何かおかしいようだが」

「だ、大丈夫です!はい!」

「ならいいのだが……」

 

 あれだけの目にあって一人で笑っている姿は異常者に近いものがあったが、烏間はなかったことにしてくれるらしい。その優しさのせいでより恥ずかしさが増して弥子は顔を赤くした。

 

 廊下を歩き、再び教室に向かいながら烏間は弥子に話しかける。

 

「先ほどは本当にすまなかった。生徒にはこちらから強く叱っておいた」

「いえ!あれくらいならなんともないですよ」

「そうか」

 

 淡白な言葉ながらも、その言いぶりから弥子は正しく彼の性格を理解できた。冷静で真面目な人だが、しっかりとした芯があり他人を思いやっている。彼はきっと、私だけでなく生徒のためにも叱ったのだろう。

 

 少しだけ、笹塚に似ていると感じた。

 

「優しい人ですね」

 

 ぼそりと弥子が言うと、烏間は珍しく目を少し丸くしてから、初対面で言われることのない言葉だ。と真顔で返した。

 それから、初対面じゃなくても言われたことのない言葉だと烏間は遅れて気付いた。

 

 

 

 ○

 

 

 次こそは何のトラブルもなく普通に教室に入れた。

 まず生徒たちは皆自分の席で立っていて、弥子が教室の中央に行くと一斉に謝罪の言葉を述べてくれた。大勢の子供たちを謝らせたという事実が恥ずかしくて、弥子はすぐに、気にしてないから大丈夫です、と伝えた。

 その言葉に安心したのか、生徒たちはほっと胸を撫で下ろしてから席に座った。

 

 そして、烏間が慣れた様子で皆に話を始めた。

 

「先ほど少し話をしたが、今日から新しい教師としてもう一人このクラスに加わることになった。知っている人も多いと思うが、桂木弥子先生だ」

 

 皆の注目が一斉に弥子へと向く。自分の名前を知っている人が多いのか、好奇の目線を多数感じた。子供たちの純粋な瞳を一気に感じて、まだなんとなく状況に慣れていない弥子は、ど、どーも、とだらしなく返事をしてしまう。

 

 

「あの、どーして暗殺者じゃなくて有名な『女子高生探偵』がこのクラスに?」

 

 髪を二つに縛った中性的な少年、渚の質問に弥子はぎょっとした。

 話に聞いていた通り、この生徒たちは暗殺について学んでいるらしい。子供が簡単に何の疑問もなく『暗殺者』と口に出したことがこの環境の異常さを物語っていて、少し臆してしまった。

 言い淀む弥子の代わりに、烏間が説明してくれる。

 

 

「今はただの『探偵』桂木弥子だ。彼女には防衛省が正式に依頼してここへ来てもらった。彼女の仕事は暗殺ではなく、弱点の解明。探偵として、彼女にはあの怪物の『謎』を調べてもらうために来てもらった」

 

 

「ヌルフフフフ。出来ますかねぇ、私の謎を調べるだなんて」

 

「うわぁ!!」

 

 突如後ろから聞こえた声に、弥子は思わず声をあげてしまった。生徒も烏間も慣れているのか特に驚く様子がなかった。

 

「初めまして、桂木弥子先生。私、殺せんせーと申します」

 

 弥子はそこで初めて、殺せんせーを実物で見た。

 彼が、この地球を破壊しようとしている怪物なのだ。

 話を聞くときに写真では見せてもらったが、現実に見るとやはり驚く。

 まん丸の黄色の顔に絵に描いたようなパーツ。袖からはうねうねとした触手のようなものが何本も飛び出してきている。どうみても、人間ではない。

 

 

(俺たちは慣れたけどさぁ、やっぱ殺せんせーって初対面だと相当やばいよな)

(見た目は完全に化け物だもんなぁ)

 

「こら! 吉田君も村松君も聞こえてますよ! 先生だって傷つくんですから!」

 

 

 親し気な様子で殺せんせーは生徒に注意をする。そんな姿が、弥子には意外だった。

 

 

「えと、ころ、せんせーでいいんですよね。」

「はい。これからよろしくお願いします」

 

 そう言って、殺せんせーは何本かの触手を弥子へと向けた。

 

(へ?! 握手!? 握手だよねこれ! どれ?! どの手につかめばいいの!?)

 

 

 訳も分からず、弥子はとりあえず一つの触手を握る。あ、タコみたいと、思わぬ想像によだれが出そうだったのを弥子は必死に抑えた。

 

 顔を上げると、殺せんせーは笑っていた。単純なパーツの作る表情だが、穏やかに笑ってくれていることが弥子には分かった。

 

(……あれ)

 

 予想と大きく違っていて、弥子は困惑してしまった。

 

 地球を破壊しようと企む生物。

 事前に聞いた情報だと、弥子はいつかの大悪人を頭に思い浮かべていた。

 人を痛めつけることをただただ嬉しく思い、人が死ぬことに何の感情も湧かないあの化け物と呼べるレベルの人物。自らを『シックス』と名乗り大きな被害を出したあの人物と重ねようとしていたのだ。

 

 なのに、この笑顔からはそんな感情からはほど遠いものを感じた。

『シックス』とは違う。魔人であったネウロとも違う。

 この人はもっと、私たちに近い、何かであると、直感的にそう思った。

 

 

 

「さて、あなたも教師としてここに来たからには、生徒たちに何か教えてもらいますよ?」

「え? でも、私教育免許もないし」

「ヌルフフフ。大丈夫です。何か一つでも得意なことがあれば、そのことを生徒たちに話してあげてください。明日からでいいので今日は見学でもして考えておいてくださいね」

 

 

 烏間の方を見ると、彼も申し訳なさそうに頷いていた。つまり、これも依頼の内に入るらしい。生徒たちは数人除いてみな興味ありげにしている。

 弥子は一息ついて、小さく、分かりました、とだけ返事をした。

 

 

 

 





暗殺教室とネウロのクロスオーバーです。
原作既読推奨です。
更新はゆっくりだと思いますがよければお付き合いしてください。
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