桂木弥子と暗殺教室   作:ぽぽぽ

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第2話

「つ、疲れた」

 

 生徒達が皆帰り、人が居なくなった教室で、弥子は一人誰かの席についてうな垂れるようにして座っていた。

 

 朝のHRの後から、授業の合間の弥子への質問責めは相当なものだった。探偵としての仕事について聞かれたり、単純に弥子の趣味などを尋ねられたり、女の子達には男の趣味なんかを聞いてくる子もいた。何より激しく詰め寄ってきたのは不破優月という子で、弥子のファンらしくサインを誰よりもねだってきた上に決め台詞を言って欲しいとまで言ってきた。困っていた弥子に気付いて見かねたクラスメイトが彼女を引き下げてくれたが、他にもサインを欲しがる子はいた。単に有名人なら貰っとこうという感覚なのだろうが、未だにそこまで持ち上げられることに慣れていない弥子には何となくしんどかった。

 

 

 また、もう一人のE組の教師であるイリーナにあまり好かれていないのも弥子の心労を増やす原因であった。

 

 生徒達に囲まれていた弥子が気に食わなかったのか、まずお洒落に気を使ってない外見や童顔であることを責めてから(服装がジャージなのは弥子のせいではないが)、弥子の前で英語の授業をしてみせていた。

 本場の英語かつ分かりやすく、更には何故かエロティックに教えるその姿から、あんたみたいなお子ちゃまにこれが出来るかしら、という何故かライバルめいた視線を向けられていて、弥子は困った顔を浮かべるしかなかった。

 

 弥子先生が人気だから嫉妬してんだよ、と伝えてくれた男子生徒は、生意気だとディープキスされる罰にあっていた。それが罰となっているのかは分からないが、その生徒はヘロヘロになっていたので成立はしているのだろう。

 

 正直に言うと、しばらく世界を旅に出ていたおかげで英語は多少話せるので、中学英語くらい教えられると思っていた。しかし、彼女ほどのレベルで教えられる気にはなれない。

 その少しふざけた言動と行動とは裏腹に、彼女の授業は日常会話として分かりやすく、何より面白かった。

 実体験として語られる彼女のエピソードで皆を引き込み、そのまま劇のよう使える英語を教えていく。海外語に生で触れる気分になれる彼女の授業は、弥子から見ても素晴らしく見えた。

 

 

 そして、授業の分かりやすさで言えば、殺せんせーの授業は見事だった。

 多数の触手を使いこなし、それぞれの生徒の理解度を正しく把握し、全員が興味を持てるように授業をしている。ここにきて1日目の弥子でさえ、その授業の凄さははっきりと理解出来た。

 

「教師って難しいなぁ」

 

 まだ何も教えてないのに、弥子は机に手を伸ばしぐったりとしたポーズを取った。

 

 一応探偵として依頼を受けてこの場にいるのに、まさか最初に教師としてつまづくとは思ってもみなかった。

 烏間先生にも、立場上探偵としての仕事と教師としての仕事を両立させてほしいと頼まれてしまうし、よく考えればここに来る前にあったあの目つきの悪い理事長も、弥子に授業をするように進めていた。

 教えるなんて経験に乏しい弥子がそこで悩むのは仕様がないことなのだが、だからといって前進しない訳にはいかないので、こうして誰も居ない教室で頭を抱えているのである。

 

 

「ヌルフフフ、悩んでますねぇ」

「……あの、どうしていつも突然後ろに現れるんですか?」

「マッハ20の速度と、音や衝撃が出ないように上手く使える触手があれば簡単です」

 

 どうやって、という意味で聞いたわけではないのだけれど、と頭でツッコミながら弥子は声の聞こえた方を向く。

 分かっていたことだが、そこには三日月のように口角を上げた殺せんせーがいた。

 

「弥子先生、明日には何かひとつ授業が出来るように考えておいて下さい」

「明日ですか……」

 

 随分と急な話であるので、弥子は不服そうな顔をしてみせた。

 

「探偵の仕事をしなければならない一方で、子供達に教える授業を考えなければならない。それは、生徒達が暗殺と勉強を両立することと似ています。ならば、やはり教卓に立つ人にはそのくらいは出来て欲しいのです」

 

 1日ここにいて分かったことだが、殺せんせーは常に子供達のことを考えて行動している。まさしく教師として正しい姿である彼を見て、弥子は破壊生物であるなんて思うことが出来ず、こうやって馴れ馴れしく話しかけられても、普通に話してしまうのだ。

 そして、弥子はそれが嫌なこととも思えない。

 地球破壊という大犯罪は許せないのに、そんなことよりもまず教師としてあろうとする彼という人物に、そして彼を慕うこの暗殺教室に、弥子は興味を持ってしまったのだ。

 

「でも、私勉強を人に教えられるほど賢くないですよ」

「教科書にあることを教える必要はありませんよ。試験で大事なことを教えるのは私の仕事です。烏間先生やイリーナ先生、そして弥子先生には、あなた達にしか教えられないことを教えてほしいのです」

「……私にしか出来ないこと?」

「はい」

 

 そういって、殺せんせーはにんまりと笑った。

 

「烏間先生が自身の持つ戦闘技術を子供達が一つずつ学べるように教えるように。イリーナ先生が自身のハニートラップと他者との付き合いを通して得た経験を英語という世界共通ツールで教えるように、探偵として今いるあなたにだけ教えられることがある筈です」

 

 

 そしてその答えはあなた自身が見つけるのですよ。

 そう問いかけてくる表情であって、弥子は彼にとって私もまた生徒と変わらない存在として見られていることが分かった。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「私にしか出来ないこと、と言われても……」

 

 にゅやっ!もうすぐアメリカでベースボールが始まってしまいます! などと言いながら殺せんせーがあっという間に消えてからも、弥子はまだ教室にいた。外はすでに殆ど日が落ちていて、そろそろ帰らないと山から下って行くのが困難になりそうだ。

 

 

「……あの、桂木弥子先生」

「はい!?」

 

 再び誰も居ない筈の教室で声を掛けられて、今度こそは飛び上がるようにして驚いてしまう。

 明らかに殺せんせーとは違う声だった。

 

「大丈夫ですか。ひどく疲れているように見えますが」

「あーうん。大丈夫。ありがとね。えーと」

 

 弥子は声の主を探そうと教室を見渡すが誰の姿もない。不審に思いつつも首を振るがやはり人の姿は見えない。

 

「弥子先生、ここです」

「……えっ! あー」

「自律思考固定砲台の、律です」

 

 律は黒く平べったい板状の物体の正面を液晶にして、そこに少女の姿を映し出して弥子に話し掛けていた。ビスで床に固定されたそれは正しく固定砲台であることを表している。液晶に映る少女はピンクの髪色をし、瞳は青色であった。

 

 まだこのクラスに慣れていない弥子は、やはり驚く事ばかりである。他の生徒に聞けば、暗殺機能をもつ人工知能機械としてこの教室に送り込まれてきたのが彼女らしい。初めは殺せんせーを殺すことだけに特化していたせいで周りには迷惑を掛けたらしいが、今はしっかりとクラスメイトとして皆と仲良く学校生活を送っているようだった。

 

「何か悩み事でも?」

 

 液晶にいる少女から話しかけられて、弥子は頬をかきながら場所を移動して彼女前の席にある椅子に座った。

 

「うん。ちょっとね。自律思考……」

「律で構いませんよ」

「律は、ずっと私を見てたの?」

「はい。私はずっとここにいますから」

 

 そっかーと、弥子は生徒の前でだらしなく座っていた自分を恥ずかしく思った。

 殆どの生徒は帰ったといっても、そりゃ固定されてる彼女は帰れないね、と納得して弥子は律の顔をしっかりと見た。

 

「……どうかしましたか?」

「いや、やっぱりここは不思議な教室だなって思って」

「不思議、ですか?」

「うん」

 

 全身が映るディスプレイの中の少女は、生徒たちと同じ制服を着こなし、表情もあるようにみえる。とても機械の存在とは思えなかった。

 

「月を破壊して、地球を壊そうとしている破壊生物がいるっていうから結構身構えて来たんだけどさ、思ったよりずっと普通で、みんな楽しそうな教室だったから」

「……あんな教師がいて、私みたいな生徒もいるのに、普通、ですか?」

「うん。私も学校生活を思い出して、懐かしい気持ちになっちゃった」

 

 間髪なく肯定して頷いてくれた弥子に対して、律は少し驚いた。

 この女性は、見た目よりもずっと肝が座っているようだ。あんな生き物を見ても。機械である律を見ても。大きく戸惑うこともなく、気付けば皆と平等に接している。これが、探偵として経験を積んだ彼女の個性だと思うと、数々の事件を解決したという経歴に少し納得がいった。

 

 

「……弥子先生。いきなりですが、一つ訪ねたいことがあります」

「なに?」

 

 少しだけ間を置いた後、ディスプレイの少女が口を開けるのと同時に、音声が弥子の耳に届く。

 

「春川英輔をご存じですか?」

「!?」

 

 懐かしく、忘れられない名前を唐突に出されて、弥子の脳に電人HALとの記憶が流れ込んでいく。

 弥子にとって、HALの事件は大きな転機となる出来事の一つであった。世界中の人を巻き込む大事件となり、自分もその火中にいる人間の一人として、確かにネウロの力となって解決出来た事件だ。

 

「……うん。知ってるよ」

「そうですか」

「どうして?」

「彼は、私の産みの親に当たる存在だからです」

 

 液晶の中の律は、指を組み、少し顔に影を宿して話を続けた。

 

「私の開発者は、ノルウェーにいる研究員達です。彼らによって私は暗殺用の武装と戦闘AIを組み込まれ、開発されたのです。しかし、大元である学習用プログラムや思考式AIを作ったのは彼等ではありません」

「もしかして、それが……」

「はい。私の過去のデータをサルベージすると、私の根幹となるプログラムは、春川英輔という人物が作成したものであると分かりました。恐らく相当優秀だった彼は、誰かからの依頼だったのかそれとも元々の研究データを利用されたのかは分かりませんが、死後も多くの研究機関に調査されていることが分かります」

 

 人工知能を作るという面で、確かに彼以上の研究者はいないのであろう。

 彼は、脳の研究をしていて、さらに自分と同じ思考回路を持つAIも作り出せていた。

 

 弥子はいつか篚口に聞いた話を思い出していた。シックスとネウロの戦闘後、海に落ちたネウロを救出したのは、春川が作った救助ネットワークであったと。

 彼の死後も、自分達との因縁を感じて感慨深く思っていたのだが、今もなお彼の名前を聞くことになるとは思わなかった。

 

 

「弥子先生。春川英輔という人物は、HAL事件の犯人だったのですよね。そして、その事件を解決したのは、弥子先生が解決したのだと、インターネットワークにも私の中のデータベースにも書かれています」

「……うん」

「ならやはり、彼は極悪人の犯罪者であったのでしょうか。何人もの被害者を出し、世界を巻き込んだ事件を起こした彼は、許しがたい人物でしたか?」

 

 弥子は、彼との、HALと話した最後の会話を思い出していた。

 確かに彼は、世紀の大事件を起こした。

 

 しかし、その動機は。

 その目的は。

 誰もが胸に持ち得る、一つの感情が向かう道でしかなかった。

 

「違うよ」

 

 弥子がはっきりと律の言葉を否定すると、律は機械らしからぬ驚いた表情で弥子を見た。

 

「春川教授は、HALは、確かに犯罪者だった。悪いことをした。でも、とても人間らしく、純粋な人だった」

 

 ポツリポツリと弥子が言葉を紡いでいくと、律は機械の自分にない筈の、どこかが高鳴るような感覚を覚えてしまう。

 

「あの、弥子先生。よければ、私に春川英輔のことを、HAL事件のことを、教えて下さいませんか。あの事件については、どのデータを探しても最初から最後までは説明されていません。ですが、当事者の貴女であれば……」

 

 それは、子が親を知りたいという純粋な気持ちなのだろうか。機械のプログラムとしての思考を読めない弥子にとっては、律の気持ちをはっきりと汲み取ることは不可能であったのだが、その表情や言い草はどう見てもただの中学生が親に抱く感情と似通っているようで、気付くと、いいよ、と彼女の言葉に承諾していた。

 

 

「……じゃあ、まず、一人の女性のことについて説明するね。春川教授には、刹那さんという名前の大切な女性がいてーーー」

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 弥子があの事件についてひとしきり説明し終わった頃には、もう外はすっかりと暗くなっていた。

 春川教授とHALの目的から、弥子がどうやって解決したのか、彼等が愛してやまなかった人物まで話していると、機械であるのに関わらず律はとても興味を持つように聞いてくれたので、弥子も止まれなかったのだ。

 

 

「弥子先生。私、とても貴重な体験が出来た気がします。機械であるのに、こんなことを言うのはどうかと思うのですが、新たな価値観が植え付けられるのを確かに感じました」

 

 所々腑に落ちないところはありましたが、と続けられて、弥子はあはは、と誤魔化すように頬を掻くしかなかった。

 

 ネウロのことを上手く話すのは難しいのだ。

 まさか魔人の助手がいた、なんて言える訳もなく、だからといってネウロがいなかった体で話すとどうやっても変になる。とりあえず弥子は適度にアレンジを加えてすごい助手程度に抑えて話したのだが、それでもネウロのやったことは常識外れすぎて無理がある。

 ミサイルに掴まって空母へ突入したなど、なんて説明すればいいのだ。

 

 しかし、とどこか興奮した様子で、律は弥子に顔を近づけるような液晶に顔をアップにした。

 

 

「……私は、春川英輔のことを知れて良かった。犯罪者であろうと、私を作った人物は、人を愛していたと知れて、良かったと思うのです」

 

 変ですか、と聞かれたので、弥子は首を横に振る。

 律は、中学生らしく微笑ましい笑みを浮かべた。

 

 

 

 そして、唐突に自分に出来ることに気付いた。

 

 人を知って、人と関わって生きたあの探偵生活。

 胸を張って彼等に話せることなんて、最初からこれしかなかったのだ。

 

 

 あぁ、なら最初の授業は、あの事件のことを話そう。

 私の大好きな綺麗な歌声のあの人のことを、みんなに聞いてもらおう。

 

 犯罪とは。人を殺すとは。人を助けるとは。

 

 私だってみんなに話せるほど全てを分かった人間ではないけれども。

 それでも、私が経験した事件の関係者や犯人の想いを伝えられるのは、きっと私しかいないのだから。

 

 

 

 

 




クロスオーバーするにあたってこのような独自設定が増えていくと思います。
どうかお許し下さい。
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