桂木弥子と暗殺教室   作:ぽぽぽ

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第6話

 日に日に暑さが増していると感じる。生徒も今の時期は大変だろうな、と思いながら弥子は手で自分を扇いだ。

 今の時間はイリーナが授業をしている。烏間はどこかに行っていて、この教員室には自分しかいない。弥子はとりあえず段々と座り慣れてきた自分の椅子に腰掛けて、今あるだけの殺せんせーについての資料を纏めていた。

 弥子が知っている殺せんせーの情報は少ない。

 彼女が防衛省から聞いたことは、殺せんせーが月を爆発させた犯人で来年の3月に地球も爆発させようとしていること。彼が最高速度マッハ20で動く超生物であること。何故か椚ヶ丘中学校3年E組の担任をやろうとしていること。大まかに言えばこれだけである。

 弥子は、防衛省の人間、例えば烏間なんかも、もっと詳しく何かを知っていて隠しているのだろうと勘付いていた。しかし、自分からそれを催促することなどしない。彼の立場から情報が漏洩しないように守っていて、しかもそれを他人に言うつもりはないのだと、その表情から察していたのだ。

 

 実際に弥子の予想は正しく、防衛省は弥子に殺せんせーの情報をわざと詳しく教えていない。それは、依頼した他の暗殺者同様に、彼女もまた突き詰めればただの一般人でしかないからだ。弱点の解明は依頼したが、政府にとって彼女は役に立てばラッキー程度の存在でしかない。外部の人間に情報を漏らしそれが世間に広まって多くの混乱を招くことになるのを、危惧しているのだ。

 

(ほんと、殺せんせーってなんなんだろ)

 

 机に肘をつき、渚に教えて貰った情報にもう一度目を通しながら弥子は心の中で呟く。

 

(破壊生物って言うけど、いつどこで生まれてなんの目的があるのかも分かんないし。……ネウロだったら、こんな謎もすぐ解けたりするんだろうなぁ。いやでも美味しくなさそうな謎なら見向きもしないかも)

 

 いつかの相棒を思い出しながら、弥子はぐっと背を伸ばした。

 

 すると、ガラリと音がする。

 見れば、汁状のなにかを顔からだくだくと流した殺せんせーが、窓からナメクジのように部屋に入ってきた。

 

「……殺せんせー、その汁はなんですか? 」

「にゅにゅ、どうも昨日から調子が変なんです。鼻水が沢山出て……」

(鼻水出るんだ! てかそこ鼻なの!? )

 

 やはりまだこの生物について知らないことは多い。ならば、渚のように分かったことを一つずつ書いてくのは正解だ。弥子はネウロのような賢さは持っていない。せめて地道に進んでいくしかないだろう。

 弥子は目の前のノートに、殺せんせーは目の下の穴から鼻水を出す、と正直にメモをしておいた。書きながらもこれが役に立つ知識だとは思わなかった。

 

「何か心当たりはないんですか? エアコン付けっ放しで寝たとか」

「私は子供じゃないんですよ弥子先生。せいぜい風呂上がりにマッハで動きまくって体を冷やしたってことくらいですかね」

「めっちゃ子供らしいんですが……」

「私はそんなことでは風邪などひきません。強いて言うなら、昨日寺坂くんに殺虫剤を教室に撒かれてから変ですねぇ」

 

 それは弥子も小耳に挟んだ話だった。最近寺坂の行動が度を過ぎている。殺せんせーが作ってくれたプールを壊したり、教室に殺虫剤を撒いたりと、今まで彼と連んでいた子達もうんざりしてきているのだとか。

 弥子はまだ寺坂と話したことはないが、自分も曲がりなりにも教師ならば何か話を聞いてあげるべきなのでは、と思った。

 

 

「そういえば、弥子先生は学校に慣れましたか?」

 

 ティッシュで鼻水を盛大に拭いながら、殺せんせーは訊ねた。

 一応立場的には弥子と殺せんせーは敵同士だ。それなのに、慣れましたか、なんて気を遣って声を掛けてくれることが可笑しくて、弥子は思わず頬が緩む。

 

「まぁ、ちょっとずつは」

 

 はにかみながら、弥子はそう答える。

 しかし、弥子は自分が先生としてやれている自信はなかった。勉学を教えている訳ではないので、授業用の資料の準備などに追われることはない。勿論生徒に問題を聞かれるなんてこともないので、先生として自分がやっていることは非常に少ない。子供達とは聞き込みと言って話すこともあるが、一部を除けばまだ弥子を先生というよりは校内に現れた有名人、という感覚で見ている者の方が多い気がする。

 

「そういえば、次の授業はいつやればいいですか」

 

 別に楽しみということではないが、授業の時間を貰ったのはアヤの話の後に一度だけしかない。それから何もしてない弥子は、自分はやはり不甲斐ないのかと少し不安になる。

 

 因みに前回話をしたのは、食べれば成功を呼ぶと謳われた料理を作っていた至郎田の事件についてだ。最終的に追い詰められた犯人の至郎田はドーピングコンソメスープなどというものを摂取し、鍋を平らにするほど身体が巨大化した。そう言った時は嘘くさく思われながらも生徒にはウケたし、ドラッグを大量に混ぜた料理を出したことを批判し、食というのはそうではない、食べること自体が幸せなのだと熱弁すれば、原なんかは激しく同意してくれていた。

 気付けば大体食事のことについて話していて、終わった後に果たしてこんな話で良かったのか、とは疑問に思っていた。

 

 

「そうですねぇ。もう少し待ってくれますか?」

 

 殺せんせーは少し考えて、触手で自分の顎を撫でながら言った。

 

「1限分空けるために、他の授業を無理のないようほんの少しづつ早めています。そしてその分余裕が出来た時に、弥子先生にはお願いしたいのです」

 

 殺せんせーは、基本的に学校のカリキュラムを守っている。いくら進行が早くても、一つの時間に決められた範囲をしっかり教えきる。皆に興味が湧くように小ネタや裏話を挟んだり、理解の早い生徒にはその分野の応用を教えたりして、一つずつのことに対する理解をとても大切にしているのだ。

 本来存在しない弥子の授業の枠は、そんな彼の手腕によってやっと空けられた一枠を使っているのである。

 

「なんか、無理をさせてるみたいで……」

「いいえ。貴女の授業は彼らにとって必要なことです。それこそ、人生においては本当は勉学よりもずっと大事なこと。だからむしろこちらからお礼を言いたいくらいなんですよ」

「そ、それは……ありがとうございます」

 

 弥子は素直に褒められた恥ずかしさと、今後の授業に対するプレッシャーでなんとも言えない表情になる。自分がそんな大したことをしているという実感はないのだ。

 

「しかし、弥子先生も考える時間が欲しいでしょうから、これからは前のように急に頼むようなことはせず、なるべく前もって伝えますよ」

「あー、それは助かります」

 

 そうしてくれたら、もっと生徒のためになる話が出来るかもしれない。どうせ教壇に立つなら、弥子も彼らのためになりたいと思っている。

 

「……ただ、一つお願いがあります」

 

 殺せんせーが、いつものおちゃらけた感じとは少し異なる雰囲気を出した。

 真剣に見つめられて、弥子は身構えて背筋を伸ばしてしまう。

 

「……なんでしょうか」

「『絶対悪』について話すのは、もっと時間が経ってからにしてください」

「っ!?」

 

 思わず、びくりと肩が震えた。

 

『絶対悪』。

 

 抽象的な言葉であるが、弥子には何のことなのかすぐに分かってしまった。探偵を始めた時から今まで様々な事件を目にし色んな悪意と対面してきたが、それらが全部嘘に見えるほどの本物を、見たことがある。彼の起こした事件はあまりに残虐的で、今思い出しても吐き気がする。弥子にとっても思い返したくないことの一つだ。

 

 しかし、何故それを殺せんせーが知っているのか。

 この事件が公になったのは3年前。殺せんせーはその時から存在していたのか。いやもしかすると、その前から知っていたのか。本物の悪意が何かを本当に分かっているのか。弥子とあの『絶対悪』との繋がりも知っているのだろうか。

 疑問が次々と頭に浮かんでくる。

 

 殺せんせーは、話はそれだけです、とも言いたげに、弥子に背を向けた。それから、部屋にある冷蔵庫の前まで向かい、その扉の取っ手に触手を伸ばしている。

 弥子はそんな後ろ姿を見ながら、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「……殺せんせー、その、『絶対悪』とは――」

「にゃにゃ!? 先生が冷蔵庫に入れておいたベルギー産のチョコがない!」

「ぎくぅ!」

 

 殺せんせーは、ゆっくりと弥子を振り返る。

 

「……まさかとは思いますが、弥子先生。食べましたか?」

 

 じっと見つめてくる殺せんせーから、冷や汗だらけの弥子は一生懸命に顔を背ける。

 

「何のことでしょう」

「私がわざわざ現地で調達した激レアチョコレートを勝手に全部食べましたね! あんなに沢山入ってたのに!ああ! オーストリアのザッハトルテも! イタリアのパンナコッタもない!? 」

「わ、私が食べたっていう証拠がないですね!」

「貴女のゴミ箱に溢れるほど大量の包み紙がありますが!」

「っあ!」

 

 やってしまった、と、弥子はすぐに口を抑えたが、既に遅かった。

 

「よくも人のお菓子を勝手に食べましたね!」

「だ、だって! 美味しそうでしたし! 名前も書いてないし! 美味しそうでしたし!! 」

「だからってあんなに大量に溜め込んだものを一つ残らず食べきるなんて! 」

「ごめんなさい! ほんとごめんなさい! 」

 

 何故倒すべき破壊生物にお菓子のことでこんなに怒られなければならないのか、という疑問が弥子の頭に浮かぶが、逆の立場になったらたとえ自分がどんな生き物だろうと地球が壊れるほど本気で怒る自信があったので、素直に謝罪をするしかない。

 

「だいたい、探偵のくせに証拠処理が甘いんですよ。そう――」

「……お菓子だけに、ですか?」

「……授業は明日お願いします」

「さっきと言ってることが違う! 」

 

 お菓子の恨みか、ギャグを先に言われたことが許せなかったのか、それともその両方かは分からないが、弥子は明日授業をすることになってしまった。

 

 渚のノートに書いてあった、器が小さい、というのは間違ってないなと心の中で呟く。

 

 

 

 

 それから、殺せんせーは仕方がないのでもう一度ヨーロッパでお菓子を買い込みに行くと言って、窓から飛び出していってしまった。

 

 結局、『絶対悪』――シックスのことは、聞けなかった。話題を逸らしたのは、詳しくは話したくないからなのか。(お菓子を食べたこともそれはそれで本気で怒ったのだろうが)。

 殺せんせーがシックスについて何かを知っていたのかは分からない。ただ、彼についての謎が。少しだけ増えてしまった。

 

 

 ちなみに弥子は飛び出していく殺せんせーに、卑しくも自分の分のお菓子も頼んでいた。

 

 

 

 

 ◯

 

 

 

 

 

 放課後になり、弥子が校舎の外を歩いていると、カルマが前に歩いているのが見えた。

 弥子は少し声を張り上げて、カルマ君、と呼ぶ。

 カルマはすぐに振り向いてくれた。

 

「弥子先生、何してんの」

「教室に誰もいなくてさ、律に聞いたら皆でプールに向かったって聞いたから」

「寺坂が殺せんせーを殺すためになんかするらしいよ」

「……寺坂君、大丈夫かな。ていうか、カルマ君はプールいかないの?」

「今行くとこ。寺坂の計画に協力する気はないけど、失敗するとこはみたいから」

 

 やっぱりちょっと曲がった性格だよなぁ、と苦笑いしながら、弥子はカルマの横について一緒に足を進めた。弥子先生もくんの、と聞かれたので、うん、と答える。寺坂のことが心配だった。

 

「弥子先生、次いつ授業すんの? 」

「明日、かなぁ」

「お、楽しみだね。前のドーピングコンソメスープっての、ちょっと笑ったよ」

「実際みたら結構恐ろしかったんだよ?」

「でも、助手ってのが倒してくれたんでしょ? 吾代さんも言ってたけど、そいつ本当はどんくらい強いの?」

 

 本気なら核爆弾でも死なないくらいかなあ、とは言えなくて、弥子は曖昧にして流そうとした。

 

 

 

 そして、その瞬間。

 耳を激しい勢いで割いたかのような爆音が、二人を襲った。

 

「……え、何今の音」

「……プールの方からだ」

 

 呟くように言ったカルマが、すぐに駆けていく。

 弥子もそれに続くように、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




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