花騎士になる前のホシクジャクの出会いの物語

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※花騎士の過去の妄想話
※オリジナル花騎士有り
※駄文乱文誤字脱字ある

以上が許せそうならどうぞ
楽しんでいただけたら幸いでございます


まだ僕は恋を知らない

 

 

 

 ある日突然、病気が治ってほしい。

 幼い頃に病気で療養所暮らしだった僕は、入院している間、そういう奇跡を夢見て生きていた。

 元気になりたい。

 花騎士になりたい。

 大好きな世界を守りたい。

 ……何度そう願ったか分からない。

 けれど、奇跡を望み、夢を見て、明日こそはと願い、眠りに落ちても、病気が治ることはなかった。

 目を覚ませばいつもの天井。体を起こせば変わらない室内。

 そして、心をいくら燃やしたところで、自由に動けない、動かせないこの体。

 それが花騎士になる前の僕、ホシクジャクの日常だった。

 

 

 

 

 小さい頃から、夏と冬は苦手だった。

 療養所の室内でも分かる暑さと寒さ。夏の暑さは心が燃えることを邪魔するかのように気力を奪い、冬の寒さは身も心を冷たくしてしまう。

 特に寒さだけはどうにも我慢がならなかった。心が冷たくなる上に、動かない体が更に動かなくなるような感覚に陥ってしまうから。

 ……このまま二度と、動けなくなってしまうのではないかと、感じてしまうから。

 だからだろうか。そんな寒さの中でテンションが下がり、暗い考えが頭を過ぎってしまったのは。

 元気になれるわけがない。

 花騎士になんてなれるわけがない。

 大好きな世界を守れるわけがない。

 ……一度そんな風に考えてしまうと、怖くてたまらなくなる。

 そんなことはない、と自分に言い聞かせても、心に現れた闇は消えぬまま、寧ろだんだん大きくなってくる。

 怖くて、不安で、それから逃げるように。小さい頃からいつも一緒にいるパスコアを抱いて、無理やり眠る。

 そんな日が何日も続いて、とうとう僕は心身ともに疲れてしまった。

 

 

 

 

 心理学の本によると、死の受容プロセスというものがあるという。

 人は自らの死を突き付けられると、まず死を否認し、死に対して怒り、延命取引に走り、鬱になり、それからようやく死という自身の終焉を静かに見つめて受け入れる。

 けれどその時の僕の中にあったのは、奇跡を願う心でもなく、自身の病気に憤る気持ちでもなく、諦めの境地でもなく、全くの「無」だった。

 元気になりたい、という希望を抱かなければ、元気になれない、という絶望を見なくて済む。

 花騎士になりたい、という憧れを覚えなければ、花騎士になれない、という落胆を感じずに済む。

 大好きな世界を守りたい、という奇跡を望まなければ、大好きな世界を守れない、という終焉を拝まずに済む。

 何も考えず、何も感じず、ただただ一日を過ごす。

 そうすることが楽なのだと、それが僕の人生なのだと、どこか納得のいかないまま、それでも確かな現実を前に本気でそう思ってしまった。

 そんな無味乾燥な日々を過ごす僕の前に現れたのは、燃えるような赤い髪をした、一人の花騎士だった。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「んぅ、んん……おはよう、パスコア」

 

 彼女と出会ったのは、その年一番の冷え込みを記録した、ある日のことだった。

 いつものベッドで寝ている僕の左頬が棒で突かれる感覚に目を覚ます。それはパスコアが僕を起こす際に行う、嘴による突きだと知っているため、ゆっくりと体を起こしながら挨拶をする。

 

「あぁ、イヤだな。今日も寒いや」

 

 上体を起こしてパスコアがいるであろうベッドの左側へと目を向けて、いつもより一回り縮んで見える少し震えるパスコアを見て、僕はその日の寒さを悟る。

 けれど、あれだけ苦手な寒さに対しても、当時思った感想はそれだけであり、後は何も言わずにいつもベッドの右側、壁際に設置されている白色の箪笥の上へと手を伸ばす。

 そこには洗ってあるいつもの白い患者服が置いてあり、それを無造作に掴んだ僕は少しだけ周囲に目を走らせた後、今着ている服とそれを着替え始めた。

 昨晩から置かれていたために患者服は冷たく、袖を通すのをやや躊躇ってしまう。けれどそう思ったのも一瞬で、僕は感想を口にすることなく着替えを終わらせる。

 

「ふぅ。今日の予定は、何かなぁ」

 

 着替えた後の服をベッドの下にある洗濯籠へと入れた後、代わり映えのしない、いつもと同じ病室内をぐるっと見渡して一人呟く。とはいうものの、自由のきかないこの体で出来る予定など限られている。

 問診か健診か、もしくは薬を投与されるか。後は自由時間に本を読むことぐらいになる。丁度同室の他の子たちも目を覚ましたようだけれども、彼女たちとはそれほど仲が良い、というわけでもない。無理に話しかける必要性も、今は感じなかった。

 折角だから、朝食が運ばれてくる前に以前借りた本の続きを読もうかと、視線を箪笥の隣へと向ける。そこは簡易の白机があり、その上には少し古ぼけた焦げ茶色の表紙に金色の文字で書かれた題名の分厚い本と、乳白色のつぼ型の花瓶と活けられた花がある。

 本は頁の三分の一ほどのところにしおりが挟んであり、僕はそれを見てどんな本でどんな内容だったかを思い出す。

 そう、確か「ブロッサムヒルとその歴史」、的な題名だったはずだ。気分が落ち込んでいるせいか、いつもの花騎士たちが快刀乱麻の活躍を記したものではなく、どちらかといえば退屈に感じる本ばかり読んでいたことを同時に思い出した。

 だから借りてから既に一週間は経つのに全然読めていないということも思い出し、僕はその本から逃げるように視線を隣の花瓶へと移す。

 花瓶の花は看護婦さんが気を利かせてくれているのか、結構な頻度で替えてくれる。確か今の花へと替えてくれたのはつい昨日のことであり、その際の会話でこの花がどんな花なのかも花瓶の水ごと取り換えてくれた彼女に聞いたはずだ。

 

「うーん、と」

 

 視線の先にある赤い花、は何だっただろうか。まるで炎が燃えているかのような不思議な花。鮮やかな緑色の茎と、黄色のめしべがその赤色と調和し、個性的ながらも引きつけてやまない。

 バナナオーシャン出身の看護婦さんが「本当はこの時期のブロッサムヒルには咲かない花なのだけれども」と言ったところまでは思い出したものの、そこから先の会話がどうにも頭の中に浮かび上がらず、結局僕はこの花が何という名前であるのか思い出すのを止めた。

 

「……今日の朝食は何だろうね?」

 

 そうなるといよいよもってやることがなくなり、僕は隣にいるパスコアへと言葉を投げかける。

 急に話を振られたパスコアは一度小首を傾げるような仕草をした後、こちらの左手にすり寄って小さな声で鳴く。その可愛らしい仕草を前に自然と口角が上がるのを感じた。

 答えられないパスコアに意地悪な質問をしても仕方がない。朝食までの暇を何か別のもので潰そうと、僕は視線を右側箪笥の上、そこにある窓から見える景色を眺めることにした。

 外は雲多き晴れ模様で、控えめに言っても清々しいとは思えない天候。日光の光が弱弱しく石畳の道を照らし、木枯らしが残り少ない街路樹の葉を散らす様に吹いていた。

 その道路を行きかう人々の数もいつもより少なく見え、何とも言えない寂しさを感じさせる。

 しかし、今の僕にとってはそんな外であっても自由に歩き回れる人々の姿は羨ましく、また眩しかった。

 

「……」

 

 けれど、それも少し前の話。今はただ何となく外を眺め、何となく暇を潰すだけ。仮に外を歩いている人が道端の凍った水たまりに足を滑らせたとしても、特に何の反応もしなかっただろう。

 転んだ相手を笑うことも、その体を心配することもない。

 ただ、「あぁ、そうか」とだけ思い、視線の先で起きた現象を受け入れるだけだ。

 ゆっくりと息を吐き、視線を部屋の中へと戻したところで、廊下から配膳車を押す音が聞こえてくる。それと同時に同室内の子たちの声が賑やかなものへと変わり、隣のパスコアもご機嫌そうに囀りをし始める。

 配膳車の音が僕たちの部屋の前で止まり、二回のノックと同時に扉が開く際、他の子たちの喋り声が聞こえてきた。

 

「昨日なかなか眠れなかったー」

「分かる分かる。楽しみだねー」

「そうだねー」

「朝ごはんの後だっけ?」

「うんうん」

「そうだよー」

「花騎士の人たちがい、もん? しに来てくれるんだってー」

「いもん? って何ー?」

「お見舞いに来ることだ、って看護婦さんが言ってた!」

「わー、楽しみー」

「いっぱいお話、聞かせてもらおうねー」

「ねー」

「ねー」

 

 同じ部屋の仲良し三人組、と看護婦さんの間で言われている子たちの会話を聞き、僕は小さく「あぁ、そうか」と思うのだった。

 

 

 

 

 朝食を終え、しばらくした後のことだった。

 

「みんな、こんにちは」

「お見舞いに来たよ」

 

 廊下が賑やかになり、複数の人の足音が聞こえ、病室の扉が開かれるのと同時に花騎士たちが挨拶と共に入室する。

 彼女たちを今か今かと待ちわびていた他の子たちは一斉に歓喜の声を挙げ、各々が花騎士たちの元へと向かう。その時の僕はベッドに入り、上半身だけを起こして「ブロッサムヒルとその歴史」を無理やり読み進めており、賑やかになったのをこれ幸いと思いつつ、本にしおりを挟んで机の上に戻した。

 最初に挟んであったしおりから数頁も進んでおらず、自分でも如何に本の内容が退屈で、興味をそそられないものだということが分かる。

 内容が自分と合わなくても、一度借りた以上は最後まで読みたい。けれど、この賑やかさでは続きを読むのは難しいだろう。

 

「あれ?」

 

 本が分厚いだけに、読むのにどれだけ時間がかかるのやら、と内心苦笑しながら視線を正面へと戻すと、そこには赤い髪をした「華麗」で「おしゃれ」という言葉が似合いそうな女性がベッドの前に立ち、笑顔で僕を見つめていた。

 見た目の年齢は20歳前後。肩辺りまで伸ばした赤い髪は先端に向かって赤、橙、黄色と変わっていき、まるで炎が燃えているように見える。

 顔立ちは凛としているものの、瞳が大きく、またやや垂れ目であるため愛嬌を強く感じさせる。そんな自信の表れが服装にも出ているのか、チェック柄のボタン付きベストの胸元は開いており、そこから大きな胸を突き出す形になっている。

 そのベストの下は白いワイシャツになっており、締めているネクタイを胸の谷間で挟むようにしているのはきっとわざとなのだろう。

 動きやすさを重視した服装なのか、それとも世界花の加護があるから手甲や足甲が不要なのか、下半身も膝上まであるグラデーションスカートであり、腰回りから裾に向かうほど緑から白へと変わるお洒落なものだった。

 それに加えて膝下までの黒のソックス。流石に靴までは僕の位置からは見えなかったものの、腰から下げてある二対の刀身が炎のように歪んだ赤い剣がなければ、お洒落な格好をした一般人に見えてしまう。

 

「そっちの君は、初めまして、かな?」

 

 こちらが言葉に窮していると、彼女は僕に気づいてもらったのが嬉しかったのか、笑みを更に深くして前かがみに身を乗り出す。柔らかくも張りのある、芯の通った声。その勢いに思わず頷いてしまうと、女性は目を細めた後に体を戻す。

 

「そうなんだ! 私は花騎士の—―――。ここにはよくお見舞いに来ているのだけれど、この顔に覚えはない?」

「えっと、はい。多分、ですけど」

「うんうん、そっかー。お互い、顔は知っているけれどあまり話したことはなかった感じだね」

 

 僕の困惑を前にしても、彼女は自身のペースを崩すことなく独り言ちる。腕組みをし、一人で納得するように頷いた後、目の前の花騎士は快活な笑みを見せると同時に綺麗な右手をこちらへと差し出してきた。

 

「じゃあ、改めて初めまして。君の名前は何て言うの?」

「ほ、ホシクジャク、です」

「そう、ホシクジャクちゃん」

 

 恐る恐る右手を差し出しながら名乗る僕のその手を握り、彼女は嬉しそうに何度か上下に振るう。

 

「それじゃあ、ホシクジャクちゃん。君の話を聴かせてもらえるかな?」

「……え?」

 

 そして、握手を止めないままによく分からないことを言い始めた。

 露骨に眉根を寄せて、疑問符が頭に浮かんでいます、という表情をして見せると、彼女は「あぁ」と握手する手を放して人差し指だけを立ててウインクして見せる。

 

「だって、初対面の人にいきなり自分語りをしても、される方は困っちゃうでしょ?」

「は、はぁ」

「他の子みたいに『花騎士に興味があるー』とか『花騎士になりたいー』とかならいいけれど、君からはそういう雰囲気を感じなかったから」

「……」

「だからまずは、君の話を聴かせてほしいの。私の話はその後でもいいじゃない?」

 

 彼女の言葉に僕は「あぁ、そうか」と心の中で思った。

 目の前にいる女性は憧れのはずの花騎士で、そんな彼女からすると僕はその花騎士に興味がない様に見えるのか。以前なら自由に動かない体を無理に動かしてでも、慰問に来てくれた花騎士の話をせがんだというのに、今の僕はそれほどまでに無表情の無感想になってしまった。

 本当に、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

「どうして」

「うん?」

「どうして、僕の話なんて聞きたがるの?」

 

 心が不安で揺れるのを感じながら、喉から絞り出すような声で尋ねると、目の前の花騎士は数回目を瞬きさせてから破顔した。

 

「君に興味があるの。だから、君のことが知りたい。そのためには君の話を聴く必要がある。何かおかしかったかな?」

「僕の話なんて、聞いても退屈なだけだよ」

 

 彼女の言葉に被せるような形で僕は呟くように言い、視線を下へと落とす。その先にあるのは無意識に掛け布団を握りしめていた両手と、その間にこちらを見上げるパスコアの姿があった。

 不安そうな、それでいて慰めるような、そんな何とも言えない表情をしているパスコアを前に、僕は唇を歪ませながら本当に小さく乾いた笑い声を挙げるしかなかった。

 憧れの花騎士なのに。大好きな世界を救うために戦ってくれる人なのに。どうしてこんな態度をしてしまうのだろう。

 疲れてしまって何も感じなくなったはずなのに。どうしてここまで心が揺れてしまうのだろう。

 

「うん。そうかもしれないね」

「……え?」

 

 そんな僕の耳に、それこそ耳を疑うような言葉が聞こえてきた。

 本当に軽い挨拶でも交わすような気軽さでそう言い切った彼女の言葉が信じられず、僕は顔を上げる。その視線の先にあったのは、先ほどと変わらない笑顔の花騎士がいた。

 

「でも、それを決めるのは君じゃない。私が決めるの。そして、まだ聴いてもいない話を面白くない、と決めつけたりはしないし、できない」

「……」

「あぁ。でも、君が話したくない、っていうのなら仕方がないか。……うーん、そこは考えていなかったなぁ」

 

 呆気にとられる僕を前に、彼女は眉根を寄せて腕を組み、一人でうんうん唸り始める。

 本当に、目の前のこの人は何を言っているのだろう。

 彼女は慰問しに来てくれた花騎士で、僕は慰問される側の病人。

 話をするのはどちらかといえば色んな体験をしている彼女の役目で、この療養所からあまり出ない僕は聞き役だろうに。

 今まで多くの花騎士たちが慰問に来てくれた。その中でも彼女は今まで出会った花騎士たちとは何かが違い、何かがおかしいと思える存在だった。

 なのに、何故僕は笑ってしまうのだろう。

 

「うーん、うん? あ、人の行動を笑ったわね? ……うん。でも、愁いを帯びた顔よりも、君は笑ったほうが可愛いね。よかった、よかった」

 

 笑うこちらに気づいた彼女は一度だけ顔をわざとらしく顰めて見せたものの、やはりすぐに笑顔へと戻り、満足するように頷く。

 こういうところもやはり変わっていると思わざるを得なかった。

 そして、そんな彼女ならば、僕の退屈であろう話もちゃんと“聴いて”くれる。そう確信した。

 

「分かった。退屈させちゃうかもだけど、僕の話を最後まで聴いてね?」

「よろしい。それじゃあ、お願いします」

 

 わざと肩をすくめてみせて、小首を傾げる僕を前に、彼女は本当に嬉しそうな顔をして、近くにある簡易の椅子を持ってこちらの傍まで来て腰かける。

 その行動も、仕草も、座ってからこちらを真っすぐに見つめるその真剣な瞳も、その全てが栄光の満ちた世界を歩く人のそれのようであり、彼女は確かに、僕が尊敬して、憧れてやまず、そしてなりたいと願った花騎士だと実感させてくれた。

 

 

 

 

「それじゃあ、また来るね。それまでに次の話のタネを探しておくわ」

「うん。じゃあまた」

 

 結局その後、僕は物心ついた時から今に至るまでの話を彼女にすることとなった。

 正直、話をしている僕自身の話なのに、途中で少し嫌になるぐらいに退屈だったというのに、彼女はその素振りを一切見せなかった。

 それどころか、相槌を打ち、適度に言葉で反応し、時には僕のことを褒めてくれた。こちらを否定するような発言はおろか、病気であることに同情もせず、あくまでも一人の子どもとして、真面目に茶化すことなく話を聴いてくれた。

 だからこちらも話に熱が入り、時には脱線し、時には話を聴き返すなどして、熱くなれた。

 そして、彼女が他の花騎士たちと一緒に部屋から出ていく時、僕は久しぶりに他の子たちと同じように「寂しい」と思えた。

 同時に、疲れていて何も感じなくなったはずの心に火が灯り、全身が熱くなっていることにも気づいた。

 

「……なんて」

 

 なんて素敵な人なのだろう。

 心の底からそう思えた。見た目と話した彼女の印象は「華麗」で「おしゃれ」な女性。けれど、僕の話の後に「元気をわけてあげるよー」と、彼女が話してくれた体験談は、「頑強」で「燃える情熱」を持って戦う花騎士だった。

 その姿は僕が失いかけていた情熱を取り戻すには十分すぎるぐらい、格好良かった。

 

「うん、うん!」

 

 そう思えたからこそ、僕は自身の内にある再び燃え上がった情熱を改めて確認する。

 

「絶対に」

 

 絶対に花騎士になってやるんだー!

 既に窓の外は夕暮れに染まっており、療養所故に大きな声を出すことは憚られたために、僕は心の中でそう叫び、目の前に持ってきた右手で決意を表明するように握りこぶしを作る。

 そんな僕の姿を見たのか、傍にいるパスコアがその小さな見た目に似合わない力強い鳴き声を上げた。

 

 

 

 

 それから、彼女は最初に言った通り、何度も療養所を訪ねてくれた。

 クリスマスの時期も。年末の忙しい時期も。新年あけてからも。陽気な春の時期も。僕が嫌いな夏でさえも、彼女はいつもと変わらない調子で、こちらがワクワクするような話を色々と聴かせてくれた。

 そして、夏が終わり、秋になり、彼女と知り合ってから一年近く経った頃だった。

 

「今日のお姉さん、少し様子が違うね」

 

 いつものように僕たちの病室に他の花騎士たちと来て、この間の大討伐についての話をしてくれた後、彼女がどこか上の空なことに気づき、そのことを指摘する。

 

「ん~、やっぱり? 君にもそう見えちゃうかー」

 

 すると彼女はバツが悪そうに笑って見せたものの、それを隠そうとせずに肩を竦める。

 話したいような、でもやっぱり恥ずかしいような。そんな普段の彼女とは違う様子がこちらの興味を惹き、僕は身を乗り出した。

 

「良かったら、話してみてよ」

「あー、あー、うん。そうだね。聴いてもらおうかな」

 

 そう切り出すと、彼女は歯切れの悪い返答をしながらも、やがて決心をしたように一人頷き、僕のほうへと向き直る。

 

「笑わないでね? 今の騎士団の団長に恋を、したの」

 

 そして、いつもの快活な彼女は頬を紅潮させ、視線を泳がせた後、小さくもはっきりとそのことを口にし、「きゃー!」とすぐに恥ずかしそうに僕の膝元に顔を隠す様にうつ伏せてみせた。

 

 

 

 

 花騎士の彼女曰く、所属している騎士団の団長さんは、傍から見ても特徴のない人だそうだ。

 武芸に秀でたわけでもなく、かといって事務作業が得意なわけでもない。執務室は綺麗な時もあれば忙しい時はそれなりに汚くなっているし、上司や他の騎士団長との折り合いも悪くはないけれど良いとも言えない。

 討伐時の指揮も優れているとは言えず、討伐に出かけた際は、死人こそ出さない者の誰かしらが怪我を負い、彼はその度に花騎士たちに謝り、そして落ち込むのだという。

 また、その討伐結果も失敗や成功の繰り返しなため、昇進が見込めず、最近では引退すら考えている、と落ち込んだ様子で相談に来る始末だとのこと。

 それでも彼は死者を出さないことを決意して戦い、時には孤立した花騎士たちを助けに、害虫とほとんど戦えないくせに自らが戦陣に切り込み、囮となる。その後結局、全身のいたるところから体液を流しながら逃げるという姿を見せているというのに、彼はそれを止めることなく、常に戦い続けた。

 そんな花騎士たちのことを第一に思って戦うそんな騎士団長の姿に、彼女はいつしか恋慕の感情を抱いたのだという。

 

「それでね! それでね!」

 

 と、興奮した様子で話す彼女の姿は、子どもの僕から見ても子どものようであり、確かな情熱を持っているように見えた。

 それと同時に、恋をする彼女の姿がいつにもまして綺麗に見えた。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「うん、よし。僕は準備が出来たよ。パスコアはどう?」

 

 そんな彼女が花騎士を辞め、同じく騎士団長を辞めた恋をした相手と結婚すると聴いてから、数年の月日が流れた。

 あの日、彼女から恋の話を聴いた後、僕にはもう一つの目標が出来た。

 元気になりたい。

 花騎士になりたい。

 大好きな世界を守りたい。

 そして――。

 

「大丈夫そうだね。配属先の団長さんは、いつかの古本市で出会った人だけど、やっぱり最初は『はじめまして』がいいかなぁ?」

 

 彼女と出会い、無くそうとしていた情熱に火が付き、諦めることなく願い続け、僕はこうして「元気」になり、「花騎士」となって、「大好きな世界を守る」ために戦うことが出来る。

 花騎士になってからは、特定の騎士団に所属せず、フリーの花騎士として任務をこなしていたのだけれど、この度とある騎士団に所属することとなった。

 

「よぉし。それじゃあ、挨拶に行こうか。始めが肝心だから、僕の、僕たちの熱い想いを団長さんに聴いてもらおう」

 

 パスコアの気合が入った鳴き声を聴き、僕たちはその団長さんがいる執務室の扉をノックし、中へと入る。

 まだ僕は恋を知らない。

 けれど、古本市で出会った団長さんには何か感じるところがあった。

 その感じたのが恋なのかそうでないのかはまだ分からない。

 だから僕は、子どもの頃に思い描き、叶えた願いたちと同じように。

 

「はじめまして、ホシクジャクだよ。大好きなこの世界を守る……そんな想いを胸に、僕は花騎士になったんだ」

 

 ――彼女がそうであったように、いつか、「燃えるような恋」がしてみたい。

 

「団長さんは、僕のハートを……熱く燃えさせてくれる?」

 

 

 

始まり、始まり。

 




花騎士のホシクジャクをすこれ……すこれ!!!!

これを見て好きになった人が増えたら嬉しいですわ


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