どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
虎徹副隊長のヒロイン回(?)
瞬歩で四番隊の隊舎へ出向き、出てきた隊士に抱えていたハゲを引き渡した。その隊士は俺の顔を見て、何故か名前を確認してきた。
偽名なんて当然、持ち合わせているはずもなく。未来予知なんて事も出来ないから、この後何が起こるかは誰にも分からない。
だが、俺個人に備わった第六感という奴が反応しないあたり、どうとでもなる事なのだろうと、なんとなくアタリをつけた。
遠回しに婉曲した考えが頭をよぎったが、それも数瞬の間。結局俺は名前を名乗った。ただ淡々と。格好つける意味などないわけだから。
「え!?あなたが
「ああ。少なくとも、今の瀞霊廷に穂積なんて名乗る奴は、俺しかいないと思うぜ」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
「は?おい、ちょっと待てよ」
なぜか噂になっているらしい。俺は全く存在しない心当たりを、無駄と分かっていながらも探してしまった。
その隊士はパタパタと、まるでスリッパのような音を立てて、建物の奥に消えた。よく分からないが、このまま待ってればいいのか?ハゲも引き渡したし、俺はやる事もないので、白い壁に寄りかかって空を見る事にした。
「………空は平和だなぁ…」
流れる雲、飛び回る雀。そして、あらゆる物に光を与える太陽。
それらは、この大騒ぎにあって、何も変わっていない。あちらこちらから聞こえる悲鳴やら怒声やらが目の前の空を覆っていても、それらはやはりその在り方を損なわない。
果たして俺も、そんな風に居られるのだろうか。どこかの剣豪風に言うならば。
───今という時間を全力で、他ならぬ俺として生きているのか。
所詮俺の観点であるから、誰からの理解も望まない。だけど、この問いを投げかけて、肯定されたら。あるいは、否定されたら。
「織さん」
「ん、虎徹さんか」
そういう風に深く考えていたら、横合いから声を掛けられた。そこまで近づかれても気づかないほど、考え込んでしまっていたらしい。我ながら、らしくないと思う。
しかし。このらしくないとは、どっちの俺のことを指して言っているのか。
「で、何か用か?」
「あ、いや…。少し話でも、と思いまして…」
「いいぜ。別に。暇してたしな」
そうして、なぜか俺と話をしたいらしい虎徹さんと共に、少し歩く事にした。思いつめ過ぎていて、すこし気分転換でもと思ったから。そういう訳で、のらりくらりと、どこへとなく歩きながら会話していて、ふと、呼び方の話になった。
「織さん、私のこと、まださん付けで呼んでるんですか?」
「なんだよ、じゃあどう呼べばいいんだ?」
「う…。ほ、ほら、名前……とか」
「ふーん、名前……ねぇ」
虎徹さんの下の名前…。確か虎徹清音の姉な訳だし、………ってあれ?
「俺、虎徹さんの名前知らないな」
「そ、そんなぁ。私の名前は『虎徹勇音』です!い・さ・ねですよ!」
「分かったから、押し付けてくるな」
妙なところを強調されて、そして迫ってくるものだから、若干暑苦しい。虎徹さんの身長は何故か俺よりも高いから、上から迫られているわけで。妙な必死さというか、そういうのが感じられた。
「で、俺は結局、なんて呼べばいいんだ?」
「もう…、察してください!」
「さっきからよく叫ぶな…。ま、下の名前で呼べってことだろ」
そう言った瞬間、俯いていた虎徹さんの顔が、ガバッと上がり、まっすぐこっちを向いた。その瞳は、真っ直ぐ俺を射抜いていて。俺は、何か奥底まで見られたような嫌な感じがした。
「さて、と。どうする勇音。戻るか、戻らないか」
「っ、そんなサラッと…。呼び捨てだなんて……。もうちょっと照れて欲しいというか」
「なんだよ、オマエは俺に何をさせたいんだよ」
迫られたと思ったら、急にしおらしくなって。なんというか、忙しい人というのが印象的な態度だ。四番隊の副隊長という、それなりの肩書と責任を背負っているわけだから、やっぱり重たく感じることがあるのだろうか。人は、殺すより救う方が難しい。だから四番隊というのは一番の下っ端のようで、実は一番大変なところだ。
「つまるところ、もう話すこと無いんだろ」
「………」
「図星か…。なら、今度は俺の話に付き合ってもらおうかな」
「織さんの話…ですか」
俺は、俺が内心でずっと考えてきた事を、今打ち明けた。
彼──織さんが話し始めた事は、私にとってはちんぷんかんぷんだった。だけど、織さんがその事について、本気で悩んでいるのが分かったから、簡単に頷くことも、首を振ることも出来なくて。彼が話している間、私はただ相槌を打つだけの人形のようだった。
「俺は、2年の眠りを経て、目を覚ました時には、自分に違和感を覚えたんだ」
「違和感を…ですか?」
「ああ。自己の二重性とでも言うのか、兎に角、自分が2人いるらしいんだ」
こう、織さんにしては珍しい、確信を持っていないような曖昧な言い方は、私の興味を引いた。
「俺は、欠けてるんだよ」
眼に諦観を滲ませて、織さんはそう言った。多分それは、私たち四番隊に治せるような、所謂『欠損』ではないはずだ。自分が2人いて、その内側は欠けている。言うまでもなくそれは、精神的な問題である故に、回道ではどうすることもできない。
もし私が、それを埋めるための支えになれたらと、ふと、そんな事を思った。
「俺は、生きてていいのか?過去の俺を見捨てて、今を謳歌しても。それで、みんなは良いのか?俺の事を慕ってくれたり、尊敬したり。でもその対象は、俺であって、俺じゃない。だから、分からないんだよ。俺は、そう振る舞えばいいのか、我を通すのがいいのか。いい加減、騙すのに疲れたのか知らないけど、そう思ったんだよ」
「……」
口を突いて、流れる水のように飛び出してくる言葉は、軽々しく答えられるような内容ではなかった。これは、彼の根底にあるものだ。本来なら誰にも見せられないものだろうに、何がきっかけになったのか、その鍵が、今は開いている。
だけど、私は答えなくちゃいけない。肯定するも、否定するも、私の一存。
言葉を選ぶなんてしなくていい。私は、私の思った事を、徒然に伝えればいいだけだから。
そうして私は、自分の答えを、自分の言葉で、口にした。