どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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今回、あの方が登場。


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「わ…私は、とてもそんな烏滸がましいことは言えないですけど…」

 

 弱々しい前置き。聞く人によっては、もしかしたら鬱陶しいとさえ感じてしまうこともあるかもしれない。でも、あまりに重たすぎる内容に押し潰されないためには、必要な事だった。

 

「私は、自分のために生きるべきだと思います」

 

 その一言を言うと、後に続く言葉は、案外スラスラと出てきた。

 

「織さんは織さんですよ。たとえその中に2人が内包されていたとしても、私にとっての織さんは、今目の前にいるあなた以外の、何者でもありません」

 

 本心。包み隠すことなどない。いや、そうしてはならないのだ。私は無意識下で、そう悟っていた。理性と本心。その二者が、段々と乖離していく感覚を、私はまるで他人事のような視点で感じていた。

 

「他ならぬあなたの意思で、そう振る舞うと決めたのなら、たとえ行動や言動は違っていても、その意思は織さんです。だから、なんというか…。らしくないですよ。織さん」

 

 そんなに長くないけど、これは私の、ありのままだ。言葉を紡ぐ才能があったら、もう少しうまい言葉を使えたのだろうか。でも、そんなに婉曲に伝える必要なんてない。私のこの言葉は、ただストレートに、伝わればいいのだから。

 

「俺が、俺の意思で…」

 

 そして、そんな私の言葉を噛み砕いていた織さんは。一瞬だけだけど、笑っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほとんど戯れだった。俺が尋ねたことは、到底俺以外に起こり得る事でなく。故に、答えが返ってくるとは、あまり思ってなかった。

 

「織さんは織さんですよ。私にとっての織さんは、今目の前にいるあなた以外の何者でもありません」

 

 だから、少なからず驚いた。返ってきた答えが、決して曖昧でなかった事に。そしてそれが、肯定である事に。

 俺を知る人は皆、俺の事をかつての俺のように扱い、そう接してくる。もちろん、そうでない人もいるが、ほとんど誤差の範囲だ。だから、俺は()()あるべきだと、無意識下で思い込んでいた。無意識の認識は、理解する事より重い。無意識は魂と直結しているから。

 そして、その事を理解していたから、俺はなんの疑問も抱く事はなかった。

 それが瓦解したのは、俺が本気で、斬魄刀を理解しようとした時だった。つまり、卍解の会得が切欠だ。

 卍解の会得条件は、斬魄刀本体の具象化と屈服。その手段は大抵、向こう側に委ねられているが、俺の場合は少し特別だろう。具象化は兎も角、屈服の方が。屈服とは、則ち打ち負かすこと。戦って勝てという事だ。

 俺は数年前に、屈服の条件を、自身の斬魄刀から言い渡された。大層面倒な風であったが、俺は気にしなかった。

 

『オマエ自身は、「否定」を司る存在だ。生の否定、完全の否定。あらゆる事を否定して、オマエは成り立ってる。だけど、それはやっぱり()()オマエなんだよ。薄々分かってると思うが、オマエは2人いる。それは二重人格というよりも、表裏。横で繋がるんじゃなくて、元々は一つだったものの表と裏だ。だけどそれは、今のオレみたいに、片方で代替が利いちまう。まあ、オレとオマエじゃ、結構違うんだけどな。そこら辺は』

 

 長くて、よく分からない前置き。それを噛み砕いて、理解する間も与えず。目の前の少女は、赤い革ジャンを翻して、コツコツと、俺の方に近づいてくる。

 特に緊張はしない。いや、緊張出来なかった。まるで、それが許されないかのように。その概念が、この世界から()()()()しまったかのように。

 

『だから』

 

 その距離は、およそ拳一つ分。元々低い俺の、その肩くらいの身長しかないコイツは、真っ直ぐ俺の目を見て、言った。

 

『もしオマエが、オレの力を手に入れたいというなら、オレが出す条件は一つだ』

 

 そうして、俺を見上げる瞳が、蒼眼へと、移ろった。その瞬間、俺の中全てに、驚愕と共に、「死」が走った。自分に走る線を軽く、なぞられたように。悪寒など比ではない。それは確実に、俺を蝕んでいた。舌の根も動かずに、まるで人形の様だった。

 

『訣別しろ。オマエ、言ってただろ。「過去は訣別するもの」だって。なら、今度はオマエが訣別してみせろ。──いや、オマエが、過去のオマエを、───殺せ』

 

 目の前の少女は、蒼眼──直死の魔眼を俺に向けて、そう言った。何も手に持っていないはずなのに、目の前にナイフを突きつけられた感覚。臓腑を抉るように放たれる殺気。

 しかし俺は、それらに晒されながらも、折れはしなかった。

 否定。虚無を埋めるための方法。万物を否定し、それにより生に触れて。果たして俺は満たされるのか。

 兎にも角にも、俺に明確に示された、否定(殺人)対象。全くの他人でなく、むしろそれは、もっとも親しい人で。

 でも、その時の俺は多分。

 笑ってたんだと思う。

 ───それが何を意味するのかを、全く理解することなく。

 

「なーんだ、やっぱ、良いんだな」

 

 俺は、気づかれない程度の殺意を乗せて、言葉と共に空気に乗せた。

 

「何がですか?」

「いや、何でもない。…ありがとな勇音。全くわかんなかっただろうに、本気で答えるなんてな」

「…ッ!?も、もう!そんな事を急に言わないで下さい!」

 

 勇音は、不意に顔を赤くして目を背けた。まあ、色々あるんだろうな。

 気づけば、かなり時間が経っていた。真昼間だった日は、傾き始めていて。四番隊という事でほとんど出番の無い勇音と、十三番隊という影の薄い部隊である俺は、特に焦るなんて事もなく、またのんべんだらりと、戻っていくことにした。

 

 

 

 

 


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