どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
8代目剣八との出会いからまた数日。俺の知らないところでかなり事態は進行している様だった。浮竹隊長は京楽隊長と組んで何やらやってるみたいだし、黒崎一護を助けに、あの四楓院夜一がやって来たとか、そういう事件ばっかりで、瀞霊廷は混沌としていた。
そんな中、俺はかねてから浮竹隊長や京楽隊長らに、中央四十六室の判断について、相談を持ちかけていた。俺は兎も角、浮竹隊長や、ましてや白哉に言うと、必ず朽木への情が鎌首もたげてくるから、あくまで参考程度にし、京楽隊長や、メガネをかけたその副官──少し頭が固かった──の意見などを聞いて、俺は俺なりに動くことにした。
浮竹隊長が前に言っていた通り、現在五番隊は、陰鬱な雰囲気に覆われていた。あらゆる言動、行動に、「理想の」などという、下らない枕詞がつくような隊長。藍染惣右介の死亡は、それほどまでにも重くのしかかっていた。副隊長も使い物にならず、席官クラスのものも殆どが生気を失ったような、殺し甲斐のない目をしていた。───仮に殺すのなら、だが。
この藍染惣右介の死亡が偽装だった場合、ヤツは何の目的でそれをしたのか。または、自分が死んだと思わせる事で、何が出来るのか。仮に俺がそういう立場だった場合どうするか。
第一に、行動制限の解除。隊長、あるいは死神という肩書から開放される事で、バレるまでは何やっても見つからない。好き放題だ。
というか、これに全てが収束する筈だ。今の事態が全て藍染の壮大な計画の一部でしか無いのならば、ヤツはどこへ隠れるだろうか。
「ん───?」
現状に少なくない違和感を覚えているらしい浮竹・京楽両隊長は、色々と入り用らしく、最近かなり忙しいようだ。今の隊舎にいたところで何もやる事がないから、俺は、夜はこうしてあちこち出歩いているのだが。
さて、そんな中、今日は目的地を決めて足を運んだ。
「…見張りがいないって。どういう事だよコレ」
誰かが入って行った跡がある。
中央四十六室・中央地下議事堂。
いわゆる立ち入り禁止。現世で言うところの裁判所。もちろん、三権分立なんて立派なものはない訳だから、ここが一番権力を持ってる。ただ、あのメガネをかけた副官を10乗したくらいにお固い頭をお持ちの野郎どもで構成されているから、俺としては全員殺したい。意味のない殺戮は嫌いだが、人じゃないと思えば、その限りではないだろう。
俺は門をくぐった。階段を降り、見渡す。鼻に付くのは、わずかな腐臭。そして、ここに沈着した、血の匂いだった。
「あんた、穂積じゃない!?」
「ん?ああ、松本副隊長ですか。何してるんです?」
「『何してる?』じゃないわよ。ここ立ち入り禁止よ?」
「それ、今の自分見て言えるのか?」
特大のブーメランを見事に弾いた。まあ、今この場においては特に関係などない訳で。
「で、コレはもしかしなくても皆殺しってパターンか?」
「ああ。死んでかなり経ってやがる」
「!…日番谷隊長ですか」
現れたのは、背中に剣と、「十」を背負った子供。だが、その実力は紛れもなく本物。稀代の天才とまで呼ばれる少年。そいつは氷雪系最強と謳われる斬魄刀『氷輪丸』を背負い、引き締まった口調でそう言った。
「と言うことは、朽木の処刑に関する命令全ては、この伽藍の四十六室から出てたってことか…」
笑えない。
下された命令に従うだけなら、猿でもできる。ならば、いまの護廷は、全員猿か、それ以下か。どっちにしろ、俺の中では、殺す価値すらないって事なのか。
「───!」
その時、入り口に誰かが来た。丁度月の差す方に入口が有ったから、他の奴には影という形で、存在が認識された。
その男は、やはり見覚えがある顔で。
「吉良…」
日番谷隊長が溢した。俺はそれを聞いて、彼の名を思い出した。地味で真面目で、影の薄い、まさしく陰キャラの代表みたいな奴だった記憶がある。
吉良は何も言わずに、俺たちを見下ろして。まるでついて来いと言うような目線を残して去った。
「待ちやがれ吉良!」
「待ってください。落ち着いて下さい日番谷隊長」
「っ!なんだ!」
苛立たしげにこっちを向いた。拙くて、か弱い殺気。ハエも殺せないようなそれで、俺を威圧しているつもりなのか。吉良にしても同じ事だが、まだコイツらは「死」を理解していない。虚を殺すのと人を殺すのとでは、その重みが圧倒的に違う。まあ、俺がそう考えているだけでもあるが。
「アイツは俺が追います」
「何だと?どういうつもりだ?」
「多分、勘だけど、ここに誰かが来ます。その相手を任せようかと。ま、オマエなら大丈夫だろ。隊長」
「っ、…分かった。なら任せた。後、口の利き方には気をつけろよ」
最後の台詞には何も答えず、俺は瞬歩で吉良を追った。そろそろ何かが瓦解する。そんな直感。別にそうなって欲しい訳じゃない。俺は戦闘狂とは違う。俺が望むのは、俺が本気で殺したいと思った人間を、本気で殺すこと。殺戮では無く、殺人。人は1人しか背負えない。物理的にでなく、その精神的に。大量虐殺なんかは、文字通り虐殺であり、あんなのは殺人じゃない。まともな死に方が出来なければ、人は人として終われないから。殺人を哲学的に捉える訳でもない。そこに快楽が存在する余地はない。
ああ、俺がそれを望むのは。それが虚無を埋めるからか。人としての「生」を、感じさせてくれるからか。
前を行く吉良は、どこかの屋根の上で立ち止まった。俺も同時に立ち止まる。その間合いは8メートル程度。刀の間合いには遠いくらい。それは、俺のナイフならば尚更。しかし、豹の様な俊敏さでもあれば、俺にとってゼロコンマ以下の世界で潰される距離。
「驚いた。てっきり日番谷隊長達がついてくると思ったんだけどね」
「なんだ。がっかりしたか?安心しろよ。さっさと捕まえて、終わらせてやる。洗いざらい吐かせてやるからな」
「面白い冗談だ。何なら、今ここで教えてもいい」
吉良はそう言うと、これまた拙い殺気を向けた。斬魄刀を抜く。月光が刀身に映り込み、刃紋が煌く。
「でも、これから死ぬ人に、何も答える必要はないんですよ」
月の夜、どことも知れない場所で密かに。俺は、背中からナイフを抜いた。