どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
受験生なのでかなり更新は遅れるでしょう。
それでもよければ、どうぞ。
1
ここはどこだ。オレは誰だ。
最早どうでもいい疑問だった。
オレには、地に足もついていなければ、浮いているという感覚さえない。
何も分からない。
何も無い。
意識も。時の流れも。全てが、消えゆく蝋燭のようで。
靄がかった頭の中、感覚も何も無いというのに、堕ちているという事だけが、分かった。
目を開けて最初に飛び込んだのは、白い天井だった。それは何処にでもありそうで、ここが何処だか分からない。
…まとまらない。自分が何なのか。
ふと手を伸ばした時、何かが視えた。
屍人のように細く、青白い手の中に、不規則に、気持ち悪い線があった。その手が、ひどく脆い気がした。
俺は身体を起こした。
目を覚ましてからどのくらい経ったのか、少しずつ意識がはっきりしてきた。それと同時に、自分が何なのかを思い出してきた。まるで、久しく使っていなかった機能を稼働させたようだ。
そうしていると、誰かが近くに来たのに気付いた。
俺は思い出すことに没頭していたから分からなかったが、ひどく狼狽していたような気がする。
持っていた荷物を落として、まるで幽霊でも見たような驚き方だったと思う。
恐らくは長らく動作していなかっただろう鼓膜が、音を拾った。
「た、隊長!!織さんが、目を覚ましました!!」
拾った音が脳内に出力された。だけど俺は、それを聞く事は無かった。
だんだんと理解して来た。何処となく他人事のように感じるが、どうやら俺は、眠っていたようだ。
それも、約2年。
身体に僅かに残っている違和感と、記録のような記憶から察するに、何かと戦った事で、致命傷を負い、ギリギリで一命をとりとめたものの、今日この日まで昏睡していたようだ。
シャッ、という小気味良い音と共に、目の前のカーテンが開いた。
「本当に目が覚めたようですね。───
現れたのは、お淑やかという言葉を体現したかのような女性。長い髪を三つ編みにして前に垂らしていた。その姿は、俺が最後に見たその人と思われる記憶と変わらない。
卯ノ花烈。護廷十三隊四番隊隊長。
うっすらと細められたその眼は、傍目に見れば微笑みを浮かべているようだが、真正面から見れば何故か本能的な恐怖が浮かび上がる。
「……」
言葉が出てこない。舌が鉛になったかのように動かせない。
いや、違う。声が出ないのは、もっと根源的な恐怖が、俺の中を蛇のように這いずり回っているからか。
「声が、出ませんか?」
「……」
俺は卯ノ花隊長から眼を逸らす。
これも、正確には、卯ノ花隊長に視えてしまった線から眼を逸らしたと言うべきか。
なんだ、これは。自分にも相手にも、眼に見える全ての物に線がある。酷く恐ろしく、弱い線。
それが、俺の奥底にある恐怖を引っ張り出す。眼前の人物の圧力などそよ風にも同じだ。何故ならこの恐怖は、もっと本能的で、原初の記憶が始まりだから。
それはまさしく。言いようもない「死」。
「死」とはなんなのだろうか。「死にそうになった」と嘯く奴はたまにいるが、そんなものの比ではない。
仮に、俺がぼんやり覚えている
先程から視界にチラつく「線」は、まさしくあの時の感覚を、見たくもないのに克明に魅せてくる。
───この眼がいけないのか。
筋力の衰えた腕を持ち上げて、指先を目ん玉のど真ん中に向ける。
伸び放題の爪はさぞかし悍ましく、俺の眼を抉り取ることだろう。だがそれでいい。この恐怖が視えてしまうのならば、光など無い方がマシなのだから。
「!何をしているのです!?」
あと薄皮一枚、と言うところで、強引に腕を引き剥がされた。多分、卯ノ花隊長だろう。…人前でやるのは無理か。
しかし…それもそうか。目の前で自分で自分の眼を潰そうとした訳だからな。混乱してたのか…。
卯ノ花隊長に止められて、幾分か冷静になった。それでも、眼前に走る線には吐き気がする。
「…すいません」
「何があったか、教えてくれますか?」
何があったか、か。正直、口に出すのもイヤだ。だがそれ以上に、この事を理解できる者は恐らく居ないという、根拠の無い確信めいた何か──敢えて言うなら直感──があった。理解出来ないとわかっていながら話すなんて事は、意味が無い。
「………」
「話せないのですか。…分かりました。無理に聞き出したりはしません。しかし、今後あのような事は絶対にしないで下さい」
「分かりました…」
身体の違和感はもう無い。目が覚めてからの数分で適応したのか。
だけど、眼だけは。どうやっても馴染めそうに無い。…しかし。
どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい───。
文章は空の境界っぽい構成にしてみたけど、難しい。
これ再現できる人って、ホントに凄いです。