どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
最近はかなり大変でして。
戦闘シーンがないって?大体そんなもんだろ?(すっとぼけ)
可能な限り急いで、四十六室へ戻る。そこには、やはり賢者の死体が転がっていた。何かある度に口うるさい奴等ではあるが、死んで何も言わなくなると、いっそ厳かにも見えるから不思議だ。
普段あったはずのものが無いというのは、かなりの違和感をもたらす。腰のナイフは鞘だけを残して消えた。───俺が、殺した。
ふと気付けば、空虚だった俺の
ああ、これが。これが、俺が今まで抱えていたモノの重さなんだ。
そう、知ってしまった。
後悔なんて無い。あれは俺の自由意志なのだから。何かを手に入れるのに、何かを捨てなければいけない。そう分かっていても。やはり、空っぽというのは、どこか御し難い虚しさがあった。
「…松本副隊長。日番谷隊長は?」
「隊長なら、雛森を追いかけていったわ」
「……そうか」
雛森が現れたという。どこかで牢に放り込まれたらしいが、どうやら抜け出したようだ。そのくらいは造作もないことなのだろう。
「───!!」
「!…隊長……!?」
「…なんつーか、隊長がこんな沸点低くていいのかよ。やっぱ、まだ子供ってことか」
「アンタねぇ…」
「で、どうする?ここからそう離れていないみたいだし、追っかけるか?」
「今の私達が行っても、足手まといよ」
「…。仕方ない。オマエが行きたくないってなら、俺が行くか」
「アンタ、私の言ったこと聞いてたの?足手まといなのよ」
「オマエはな。俺なら問題ない。人の心配なんて、するもんじゃないぜ?」
警戒体制下にしても圧倒的な霊圧の高まり。空には、煌々と輝く月。三日月のように弧を描いた姿は、どこか不気味で。
だけど俺は、そんなものに興味は無い。更なる高まりを見せる霊圧の方へと駆け出した。
背中の斬魄刀に手をかける。
三の文字が刻まれた隊長羽織。夜風に煽られ、はためいている。不気味なくらい気味が悪い。今の俺にとって、市丸ギンという男はそういう存在だ。常に細く閉じられた眼は、俺が未熟な事と相まって、考えを全く読み取れない。人は、考えが理解できなければ、そこに不気味さや恐怖を覚える。だから、現に俺は奴を嫌っている。
藍染が殺されたあの時。こいつは確実に雛森を殺そうとしやがった。あの時から、俺はこいつを警戒し続けていた。
霊圧で威嚇する。相変わらず飄々としてやがるが、内心では打算のオンパレード。狐のようにずる賢いことを考えてるはずだ。
吉良は穂積が追った。あいつも、藍染に対する雛森のように、市丸の事を尊敬していたからな。
「そんな怖い顔せんでください。みーんな寝静まっとるんやから、静かにせえへんと」
「テメェの目的は何だ、市丸」
「…はて、なんの事でっしゃろ」
「とぼけんじゃねえ。旅禍が現れてから、テメェの行動は怪しかったんだよ」
能面に、裂けたような笑みが浮かんだ。それは丁度、先ほど見た三日月のよう。
「あら、ボク、そないに怪しかったん?」
「白々しいぞ市丸。さっさと吐け」
「…もう終わったんですか?───藍染隊長」
「!」
これは…!?雛森の霊圧が、小さく!?…まさか!
「やあ、久しぶりだね。日番谷隊長」
「藍染……」
殺されたはずの男が、スッと現れた。その身体に傷の一切はなく、まるで、すべてが嘘だったかのように、何事もなく、藍染は立っていた。
だが待て。雛森を誘導した市丸の目的は、もしかしなくても雛森と藍染を引き合わせる事じゃないのか?市丸は初めから目の前にいた。なら、今霊圧が小さくなっている雛森は、誰にやられた…?
「お前、雛森はどうした」
「雛森君かい?彼女なら向こうだ。ああ、君ならすぐに見つけてしまうね。───切り刻んでおけば良かったかな」
「藍染───!」
まさか、これが奴の本性。寒空よりもはるかに荒涼とした、乾いた笑み。
ゾッとした。
いやに冷たい、気持ち悪い汗が吹き出し、粘っこい唾が口の中に張り付く。
「藍染、市丸。てめぇら、いつからグルだった」
「勿論、初めからだ。僕は今までに、彼以外を副隊長だと思った事はない」
「それじゃあ、今までてめぇは雛森も、俺も、他の死神も…。騙してやがったのか!」
「ああ、騙すつもりなんてなかったさ。ただ、君たちが誰一人として理解しようとしなかっただけさ。───僕の本当の姿をね」
「理解してない…。何でだ…。雛森は…、あいつはお前に憧れてた。だから霊術院に入り、そこでもてめぇの役に立ちたいと…。それこそ死に物狂いで努力して、やっとの思いで副隊長になったんだ…」
「ああ。知っているさ」
「!」
さも、どうでも良さそうに。その声に一切の感情はなく。不気味なくらい、平坦だった。
「自分に憧れを抱く人間ほど、御し易い物はない。だから僕が、彼女を僕の部下にと推したんだ」
「な…」
「ふっ、良い機会だ。一つ憶えておくと良い、日番谷くん」
いつものように、穏やかそうな顔で。藍染は言った。
「憧れは、理解から最も遠い感情だよ」
「──────!!」
その瞬間、俺の中で、何かがキレた。
パキィィンと、辺りに氷が張った。俺は、恐ろしいまでに冷えている。霊圧を、怒りゆえの爆発を以って開放する。ここは清浄塔居林だ。だけど、そんなもの、四十六室がいないのなら、禁止事項もクソも無い。
今の俺には、何の躊躇いも無かった。
「卍解───」
辺りが氷に覆われる。俺は、今までに抱いたことのないほどの殺意を纏う。
「『大紅蓮氷輪丸』!!」
そして纏いしは氷の龍。俺の霊圧と、空気中の水分によって形作られる。そこかしこにある水は、すべて俺の支配下だ。
故に、流水系の斬魄刀である藍染の『鏡花水月』とは、相性がいい。
「藍染…、俺はてめぇを殺す…」
藍染は、全く動じない。眼鏡の奥のその瞳には、何も映らない。
そして、すべてを見下すように、藍染は言った。
「あまり強い言葉を使うなよ。──弱く見えるぞ」
冷静さは捨てた。その言葉は、俺を更なる激情へと誘った。
全力で駆ける。その心臓に、刃を突き立てんが為に。
やはり藍染は、その薄ら笑いを、消す事はなかった。