どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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 駆け付けてみれば、そこは氷で覆われていた。当然、自然に発生することは無いから、それが日番谷冬獅郎の斬魄刀『氷輪丸』の力である事に気付くまでは、一瞬だった。

 氷に覆われた小さな体躯。まさしく、龍と呼ぶべきその姿は、紛れも無く、卍解のソレだった。

 沸点が低すぎる。まあ、ここが清浄塔居林だからと言っても、ここに住む阿呆共はもうとっくに息絶えてしまっているわけで。咎められる筈もなかった。

 それでも、藍染惣右介相手には、荷が重すぎる。その実力云々より、斬魄刀自体の相性故に。考えて動いてくれ。これだから子供のお守りは嫌いだ。

 俺は目の前にいた二人を飛び越え、再び斬魄刀を手に取る。

 

「開境しろ、『唯式』」

 

 刹那の間。三メートルにまで縮まった藍染と日番谷の間合いに割り込み、ボウと鈍く微かに光る刀を振り下ろした。

 藍染は兎も角、日番谷には認識出来なかったはずだ。

 なにせコイツは、怒りで我を忘れているから。

 藍染に到達しようとした氷点の刃は、その目前で何かに触れた。

 端から見れば、何も無いのに遮られているように見えるはずだった。そこに壁があるような感覚だろう。そしてそれは、文字通り正しい。

 俺はそこに、斬魄刀を手に持ったまま降り立った。

 

「だからさ、落ち着けって言ってるだろ?日番谷冬獅郎」

「穂積…、てめぇ」

「何だよソレ、殺気向けてるつもりか?脅してるつもりか?…まあ、とりあえず落ち着けよ。怪我したくないだろ?ああ、あと藍染、オマエもそこを動くなよ」

「ほう…」

 

 やはり拙い殺気を向けてくる日番谷は無視し、幸運にもそこに存在している藍染惣右介に対して、そう忠告した。

 

「どけ、穂積。俺はコイツを殺さなきゃならねえ」

「何言ってるかサッパリだけど、とりあえずオマエじゃ勝てないよ。藍染にはな」

 

 俺はそう言って、唐突な回し蹴りで日番谷を蹴っ飛ばした。さっきも言ったが、斬られて怪我するよりは、万倍もマシだろう。そのままの勢いで、反対側の凍った壁に激突した。そして、近づいてくる誰かに、俺は言った。

 

「そう思うだろ?卯ノ花隊長」

「…そうですね。今の彼では負けるでしょう」

 

 すると、虎徹勇音を連れて、四番隊隊長の卯ノ花烈が現れた。随分と落ち着いている風だが、果たしてその内心はどうなのか。これもまた直感だが、少なくともコイツはマトモじゃない筈だ。

 

「ふむ、これが君の斬魄刀の能力かい?」

「まあ、そんなとこだ。答えは言わないぜ?自己採点しといてくれ」

「これは手厳しいな」

 

 やはり、その人当たりは温和で。もし俺が普通だったなら、いい人だと思っただろう。だけど、普通じゃない故に、俺はコイツが嫌いなんだ。眼鏡を外したって、それは変わらない。

 

 

「だが、そろそろ来る頃だとは思っていたよ。卯ノ花隊長、それに、穂積副隊長。すぐにここだと分かったのかな?」

「…誰も立ち入ることを許されない禁踏区域は、瀞霊廷内にはここ、清浄塔居林を置いて他にありません。あれほどまでに精巧な死体の人形を用意したあなたが身を隠すなら、ここしかありません」

「惜しいな。読みは当たっているが、間違いが2つある。…穂積副隊長。キミは、どう思うかな」

「知るかよ。ただ、その死体の人形ってやつは多分、人形じゃないんだろ」

「素晴らしい。その通りだ。卯ノ花隊長の2つの間違いは、僕が身を隠そうとしてここに居たこと。そして…」

 

 藍染は徐に手を虚空に伸ばした。そして。

 

「これは人形などでは無い」

 

 何も持っていなかった筈のその手には、いつのまにか、藍染自身の人形があった。正確には恐らく、人形という幻影。俺たちからしてみれば、人形とすら思えない、実体を持ったナニカだ。

 

「!?……いつの間に…」

「最初から持っていたさ。ただ、僕が見せようとしなかっただけの事」

 

「線」の入っていない人形(幻覚)。俺は、階段の途中に立つ藍染から少し離れたところで、それを見ていた。

 

「そら、解くよ。──砕けろ、『鏡花水月』」

 

 ガラスが砕けるような、軽い音。それと同時に、藍染の手には、人形では無く、斬魄刀が握られていた。空に伸ばされた藍染の手から、滑るように落ちた刀は、その鋭さを示すようにサックリと、地面に突き刺さった。緑色の柄が、妙に目に焼き付いた。

 

「僕の斬魄刀『鏡花水月』。有する能力は『完全催眠』だ」

「そ、そんな…。だって藍染隊長、仰ってたじゃないですか…!『鏡花水月』は流水系の斬魄刀で、水の乱反射で敵を同士討ちさせるって…」

「完全催眠ねぇ…。なるほど、そういうことか」

「やはり、君は気づいていたようだね。穂積副隊長」

 

 そう言って、興味の対象…いや、実験対象を見るような目でこっちを見てくる藍染に対し、俺は殺したい衝動を抑え込んだ。俺自身でも、まともにやりあって勝てる筈がないから。少なくとも今の俺では、返り討ちにされるのがオチだろう。直感が無くたって、力の差くらいはわかる。

 卯ノ花隊長も勇音も、たいそう驚いたようにしているが、何より最も驚いているのは、隣の市丸だったように思えた。細い目がわずかに開き、浮かべていた薄ら笑いが消えている。

 

「まあ、な。つっても、そんな大したことじゃないだろ。完全催眠。即ち、──五感の支配。それに気づいたのは俺の場合、ほとんど気まぐれみたいなものだからな」

「穂積副隊長、それは一体どういうことです。あなたもそちら側だったのですか」

「馬鹿言うなよ卯ノ花隊長。俺が死ぬほど嫌いなコイツについて行くかよ。目の前に在るだけでも、思わず殺したくなっちまうのにさ」

「ならば何故」

「焦るなよ。そういうのはここで明かすようなものじゃ無いだろ」

「ならば、無理やりにでも見せてもらうしか無いようだね」

「っ!」

 

 途端、ほとんど無意識に刀を横に構えた。魔眼も、そのスイッチが入る。俺の目に映る藍染は動いてない。なのに、その線だけが、ゆっくりと向かってくる。

 音も、光も、感覚も。五感はアイツの掌の上。全くもって腹立たしい。頼りになるのは、俺自身の直感と、この『直死の魔眼』のみ。

 

「織…さん?一体なにを…。卯ノ花隊長、織さんは一体…」

「黙って見ていなさい。彼の言葉が正しければ、アレが、現実です」

 

 そう。俺たちが立っているのは、現実に張り巡らされた織物(テクスチャ)の上。現実を覆う虚構。あまりにも精巧で、ただ過ごす分には全く違和感が無い。故に、アイツらは気づいたんだろう。

 あまりにも現実に似せ過ぎると、そこに現実との乖離が生まれるから。

 線が象る人の像。腕と思われるモノから伸びる細いナニカが、振り下ろされる。それを受けて、俺は後ろへ飛ばされた。足元が凍っていたから、踏ん張ることも叶わない。そのまま吹っ飛ばされて、壁に激突した。

 

「ぐあ…っ!」

「さて、悪いが僕も忙しくてね。もう会うことはないだろう。さようならだ」

 

 人の姿に収まった藍染は、勇音の制止の声など無かったかのように無視し、市丸が広げたなんらかの道具で、ここから立ち去った。

 




多分藍染と戦ったら、直死持ちの場合こういう図になるはず。

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