どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
穂積織という男は、非常に不可思議だった。
今でこそ十三番隊の副隊長という地位に就き、それなりの実力があることは皆が知っている。だが、私が知る限りでは、決して副隊長などの器でも、実力でもないはずだった。
彼が今の地位に至ったのは、およそ50年前。志波海燕が私の作った虚に喰われ、絶命して数年後の事だ。その頃、彼もまた私が実験として放し飼いにしていた虚に襲われ、昏睡していたという。二桁とは言え席官であった彼は、その虚に対抗したものの倒された…という訳だ。
そのまま2年。彼は2年間も眠っていた。私にとってはどうでも良い事だったが、彼が目覚めた時は浮竹隊長が嬉しそうだったのを覚えている。
私は、彼のことを名前しか知らない。だから、見に行こうと思い立った。
席官ならば、私の『鏡花水月』の支配下だ。草の根、というほどではないが、丁寧かつ確実な下準備は、計画の遂行にあたって必ず必要になる。
そこで私は、彼の姿を初めて見た。そして、初めて心からの畏怖を覚えた。
虚ろでもなく、かと言って真を写すわけでもない。なのにどこか別のナニカを見ている。深蒼の眼は、本能からそれを呼び起こした。私はまるで罪人のように、雁字搦めにされた。
しかし私は、意志を以って、それを押し潰した。より細心の注意を払って行動した。『鏡花水月』があるならば、これ程までに気を張る必要は無かった。なのに私は、いや私の魂は、緩めることを許さなかった。
私が何を彼から感じたのかは分からない。私が脅威に感じたわけでもないはずだ。
山本元流斎重國。
更木剣八。
浦原喜助。
いずれも、何らかの分野で私を上回る強者。
穂積織は、彼らと同格なのだろうか。私より、どこが上回っているのか。
こちら側で、もう私に残された時間は少ない。双極で朽木ルキアを処刑し、その後、浦原喜助によってその魂魄内に埋め込まれた崩玉を回収する。仮に上手くいかなくとも、その時は直接手を下せばいい。
それでも、底知れず、計り知れないなにかを秘める彼の事は、念頭に置かねばならないだろう。
ああ。愉快だ。気づいているのだろう?穂積織。
この世界は、あんな下らないものの下にあって。ただ足掻く様に生きているのだと。
ああ。君に、私と同じ景色が見えているのなら。
私のこの気持ちは、分かってもらえるのだろうか。
散々俺を打ち据えた藍染は、満足したのか、市丸とともに何処かへ消えた。大体行く所は分かるが、今は動けない。頭が熱を持っているからか、思考がまとまらない。動くにしてももう数分必要だろう。
「織さんっ!」
「…、なんだよ」
勇音が、大層心配した様な顔で走り寄ってくる。その後ろから、ゆったりと卯ノ花隊長も歩み寄る。
「大丈夫なんですか!?」
「傷は受けてない…はずだから、まあ、問題はないだろ。でも、俺はあんたらの質問には答えられないぜ?」
「どうしてですか、穂積副隊長」
卯ノ花隊長は、その笑顔に、余す事なく「全て吐け」と貼り付けて迫ってきた。
いや、別に言えないわけじゃない。
「簡単だ。理由がないからだ。言っただろ?『気まぐれだ』ってさ。強いて言うなら、理由はそれだ」
「藍染惣右介の斬魄刀の能力については、説明してくれますか?」
「言ったまんまだぞ。五感の支配。霊圧知覚まで含めると六感になるのか?どうでも良いけど、つまりは、人の感覚すべてを支配し、誤認させるんだよ、アイツ」
「ならば、あなたには先程、なにが見えていたのですか」
俺は、口ごもった。それは、答えられないのでは無く、言ったところで、信じる様な奴は居ないだろうから。
───『死の線』を人型に認識して戦闘をしていた。どう取り繕ったって、これだけは変わらない。
俺だけに見える、光以外の視覚情報。それは、『鏡花水月』の手も届かない、唯一の事実。変えようの無い、終末の風景。
一体、誰が信じると言うのだろうか。こんな突飛な話を。
「さあな。少なくとも、俺には見えてたってだけの話だ」
「…そうですか。少なくとも、私たちには見えないということですね?」
「まあ、そういうことだよ。…さて、そろそろかな」
「織さん?」
脳の熱は粗方引いた。先の問答で冷静さも取り戻した。
───ふと、そんな頭で、俺と藍染を比べてみた。
人は社会的な生き物だと言われる。人間は、何かのグループに属していなければ、生きてはいられない。爪弾きにされた人間がどうなるかは、容易に想像がつく。孤独というのは、人が抱えるには重すぎる。
現に、俺も藍染も、『護廷十三隊』という、一個の社会に属している。
そんな中にあって、やはり俺らは、一歩引いていた。
規格外の力を持ち、その才覚は並ぶものなく。故に、自らを孤独に落とし込んだ藍染惣右介と、理解の及ばぬ力を持ち、誰も見ることの叶わない景色を見るが故に、必然と孤立した
こうして並べると、どこか似ている気がした。だからか、この嫌悪感を、同族嫌悪の1つなのかと俺は思った。
だけど、どうやらそれは違うらしい。
式曰く。
『は?お前と藍染?決定的に違ってるぞ。アイツのは先を行く故の孤独だ。その「鏡花水月」とかなんとかの力も、頭も霊圧も規格外。まるで全く別の存在。言ってみれば、他人よりも強烈に先んじた力を持ってる。だけどお前は違うだろ。藍染の存在を「進化」というなら、お前は「退化」だ。もっと言えば、「原点回帰」ってところだ。だから、結果的にお前らは孤立してる様に見えるんだよ』
何気にグサッと来たが、ストンと腑に落ちた気がした。
人の進化とは、余計な機能の排除に他ならない。現代で異能として扱われる力は、もしかしたら太古の昔ではよくみられていたのかもしれない。
ただ、式の言葉を信じるならば、昔の人間は『直死の魔眼』を持ってる奴がそこら中にいたことになるが。
つまるところ、俺の『直死の魔眼』は、人が生きる上で必要ないために排除されたものであり。それを手にした俺は、たしかに退化したことになるわけだ。
式の言葉には、言外の意味があるようにも聞こえたが。
───原点回帰。
今の俺には、その言葉の意味を理解できるはずも無かった。