どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
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「で、藍染。どうだ?天から地へと堕ちた気分は」
『唯式』の能力で切り口を塞ぎ、反膜のそれ以上の干渉を不可能としたことにも、周りは驚いている様子だった。
だが。当の藍染惣右介は、余裕ゆえの笑みを薄く貼り付けたままにこちらを向いていた。
やっぱり、あの全てを分かっているような眼が。気に障って、腹が立って。自分でもどうしようもない。
「ああ、クソッ」
「これはまた、凄まじい殺意だ。闘気だとか、気合だとか、そんな物じゃないね。比べるのも烏滸がましいくらいだ。なるほど、日番谷隊長を子どものように見ていた理由が分かったよ」
「オマエ、いつから上に立った気でいやがる」
「いつから?決まっているだろう。私は君たちと同じだと思ってはいないよ。初めからね」
余裕を崩さず、劇を演じるように。道化のように、用意された台詞をつらつらと述べる。それは本心で。そしてそれ故に、俺の神経を逆撫でるのだ。
互いに刀を構える。とは言っても、堂に入ったような構えではなく、ただ自然体で腕を下ろしただけ。藍染の死の線は、器の中に納まっている。今の藍染は、本物。
「だが、君だけは違う。私と同じところに立てるのは、君だけだ」
「……何が言いたい」
「私と共に来ないか?私がこう思うならば、君も同じ筈だ。『理解してもらいたい』とね」
「………」
理解。なんだ、ただそれが欲しいだけか。
ならば、藍染惣右介と穂積織は。
「くくくっ、ああ、オマエと俺が一緒だって?俺がこう思うなら君も同じだろうって?」
「なら、君はどう思っているのかな?」
「俺とオマエが『同じ』だなんて、世界がどうなろうとありえないね。俺が見ているものとオマエが見ているものは違う。向いている方も違う。孤独を感じるのは同じでも、違うんだよ」
それに、と俺は最大の理由を口にする。
「俺はな藍染。───オマエの事が大嫌いなんだよ。そう、殺してやりたいくらいにな。だから、俺とオマエを、一緒にするんじゃない」
言い終わる前に突っ込む。縮地によるそれは、先と同じことの再現。だから当然、藍染の斬魄刀とかち合うことになる。
その速度に、四楓院夜一や砕蜂が目を見開き、誰もが目を剥いた。
「そうか、…残念だよ」
その顔はらしくなく、本心からの言葉のようだった。目尻を下げた、そんな表情が垣間見えた。しかし今更、そんな事に心を動かされるような可愛い性格はしていない。俺にとっての藍染は今、ただの殺害対象だ。
「あまり、君は殺したくないんだがね」
「そうかよ」
一瞬で、十数回の剣戟。目で追うことすらも叶わない、神速の領域。
「【破道の九十・黒棺】」
「っ!」
俺を囲むのは、闇の箱。黒塗りの漆器よりももっと深い、光も呑み込む黒。詠唱破棄ですら殺人的威力を持つそれを、躊躇いなく放ってきた。
横目に見えた周囲の目は、すでに終わろうとする戦いから目を逸らし、既に藍染惣右介に相対そうとしていた。
だが。
「直死───」
蒼眼を開き、終末の風景を認識する。そこにある線に沿った一振り。それだけで、箱は容易に砕け散る。光を閉ざそうとも、死は常に佇んでいる。それが視えるのなら、殺すのは簡単だ。
再び数メートルの距離を取る。これからやるのは、ただの負けん気だ。
「『雲散らす
俺は開いた手を突き出した。その射線には、俺の殺害対象。あとはただ、唱えるだけ。
「【破道の五十三・
手から放たれる光。まるで輝く杭。機関銃のように放たれたそれは、咎人を縫い止める幾多もの刃のように牙を剥く。
「【縛道の八十一・断空】」
藍染がそう口にした。すると向けられた牙は、虚しく壁に突き刺さった。だか、そんな事は分かっていた。どうであれ、この攻撃には意味がないことくらいは。
「【破道の三十三・蒼火墜】」
即座に背後を取り、急襲。スピードで勝るのなら、そこを土俵にするしかない。単純な撹乱が、俺に取りうる手段だった。
腹立たしいけども、地力で圧倒されている。今の俺には、正面きって戦えるほど、拮抗した戦力はない。
「やはり君は面白い。いやはや、興味が尽きないよ」
「もうちょっとダメージ受けた素振り見せろよ。ホント、化け物かよ」
「君に言われたくないね。完全催眠を潜り抜ける君の方も、充分化け物だ」
「だからさ…一緒にするなって言ってるだろ」
再び拮抗。同じように見えて、俺が押されているのは明白だ。それでも、今はまだ藍染が本気を出していないだけなのだから、つくづく化け物であると思う。
直死の魔眼を併用しながらだと、それなりの負担がかかる。一々認識して判別するにも大変で。仮に俺が卍解出来たならば、ひっくり返ったりしないだろうか。
死は隣に。死は背後に。されど、その境界は一歩ずつ近づき、遠退く。手を伸ばしても、わずかに届かない。もどかしい。その境界が、近ければ。
幻想しながら、腕を動かす。空の大虚は、俺たちを見下ろして止まったまま。同じく黒衣の死神たちも、眼前の戦いを見て静止したまま。
時間が止まったように、永遠に。
忙しなく足を動かし、互いに動き回る。切り結び、飛びのき、鬼道を放ち、ふたたびかち合う。熱機関のように回るサイクルは、脳を過熱に追い込み。そして、不意に途絶の時を迎える。
「存外楽しめたよ。だが私も忙しい。悪いが、時間だ」
突然の激動。完全に不意だった。俺は構えるだけで精一杯で、かろうじて受けきったものの、左腕に激痛が走った。千切れてはいないが、完全に折れた。この程度では死なないが、この脆弱な身体には、充分過ぎるダメージではある。
「ぐう、ッ」
その轟音で、目が覚めたように皆が顔を見合わせる。
再び、御柱の光が、後光のように差し込む。差し詰め、雲間から差し込む光といったところか。身体を起こして過熱した頭を振り、その足を引きずって藍染を呑む光の下へと歩み進める。
「遂に…
藍染に対し、憤りと落胆を隠すことなくぶつけるのは、意外にも浮竹隊長だった。しかし、藍染の口は開かない。声が届くのかも分からない。
「何のために」
「…高みを目指して」
「…地に堕ちたか、藍染」
全てを見下ろす、神のような振る舞いが、いつにも増して感に障る。
「驕りが過ぎるぞ、浮竹」
そして、まるで教えを授けるように言う。
「最初から誰も天に立ってなどいない。君も、私も。穂積君も。神すらも」
「………」
「だが、その耐え難い天の座の空白も、今日で終わる。これからは───」
メガネを外し、それを潰した。髪をかきあげて見えたその目は、最早その面影を残しはしなかった。
「これからは、私が天に立つ」
それは言うなれば、神すらも超越するという宣言。
だけど、それでも奴は
大虚の手に乗り、闇の奥へと消えていく藍染惣右介へ、俺は最後に言葉を手向けた。
「───やっぱりオマエ、何にも分かってないよ」
「………」
くくく、と喉の奥で笑いを転がした。たとえ聞いていなくとも、俺はその台詞の先を続ける。
「神を超越し、天に立って。…だからどうした」
「なに?」
藍染は問い返した。しかし、それを聞く耳など、俺は持たない。
「死んで天に立つわけでもなし、なんにしろ神を超えたところで、『オマエが生きている』というその事実だけは変わらないんだろ?」
その事実1つさえあれば、俺は───。
「だったら、俺はオマエを殺してみせる」
背を向け、藍染のその姿は遥か彼方。しかし俺は声を大にすることなく、ただこの「直死の魔眼」を開いて。
やがて藍染は、迎えられるように闇に消えた。その口に、わずかな笑みを浮かべて。
俺はそれを、太陽、或いは月を見るように目を細めて見た。口にした言葉は、残響も無く、溶けるように消えた。
ぽっかり空いた孔は、何事もなかったように閉じた。
底抜けの青空は、やっぱり脆くて。どうしようもなくいつも通りだった。それが俺には、不快で仕方なかった。それは春を抜け、夏を思わせるような、ある晴れた日の事だった。
恐らく年内の投稿は多くても後一回になります。拙い面がありますが、お読み頂きありがとうございます。来年も、拙作をよろしくお願いします。
アイデアもね!