どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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エピローグです。
そういえば、日間一位になってました(3〜4日前)。

今年も色々ありましたが、終わろうとしていますね。
来年も、作者と拙作共々よろしくお願いします。
皆さん、良いお年を。


26

 閉じた穴は、その後何の異常も見せなかった。いつもと変わらない空が、底なしの蒼をこっちに向けて、真顔で居座っていた。

 結局、残された爪痕は大きいけども、俺にとってどうでもいいものだった。四十六室なんかは、正直無くてもいい。隊長の空席も、しばらくそのままだろう。

 だからと言って、隊長に推薦しようとするのはやめて欲しいのだが。

 

「浮竹隊長。俺は隊長になんてならないと言ったはずなんだけど」

「いやいや、そう言うな。気が変わるかもしれないだろう?」

「…はぁ」

 

 三、五、九の隊長の席は空白のまま。にも関わらず、隊首会というものは普通に開かれるらしい。そんなわけで、俺は浮竹隊長に連れられて、それが開かれる一番隊隊舎に足を運ばせられた。

 木の板が張られた、普通の廊下。ただ、「一」を冠するだけで、その意味は重くのしかかる。それを示すように、空気までもが重い。形を成さない以上、殺すことは出来ないが。

 腰の後ろは、まだ空っぽなまま。かつて抱えていたものは、虚無の中に落ちた。あの時は色々と極限状態であったからか、今になってふと、思い返すことが多くなった。大切だったわけでもないのに。

 それとも、そう思っているのは俺だけなのか。

 そうしているうちに、一際重厚で、重い扉の前に来た。

 

「さ、みんなが待っている」

 

 浮竹隊長が、何でもないように扉を開く。

 見慣れた顔と、見慣れない顔。明文化されているはずの規律が、普段はまるで暗黙の了解のように振る舞う護廷十三隊の中でここだけは。それが、本来の意味を成していたように見えた。

 所々、包帯をしていたり、怪我の跡を残す奴もいたが、そこにはきちんと十人が並んでいた。よく見れば、白哉の陰には阿散井がいた。

 更木や涅は興味がないように。砕蜂は不思議そうな目で。日番谷は複雑そうな目を。他はどうでも良さそうに。同じ組織でありながら、既に分離していた。

 

「総隊長、十三番隊副隊長穂積織を連れてきました」

「うむ。では、隊首会を始めるかの」

 

 たった十人の会。人数がどうなろうと、各隊がほとんど独立したようなものだから、互いのことは無関係を決め込む。どちらにしろ、厄介ごとには巻き込まれたくない。そしてそれは、コイツらだけじゃ無く、俺だって同じだ。

 

「さて、まずは、穂積副隊長」

「……」

 

 老成の翁などと、そんな可愛いものではない。老いてますます健在、いやそれ以上の存在感を放つ男に、名を呼ばれる。無意識で、その存在感を威圧と認識する。腰のナイフが無いことに、手を伸ばしてから気づいた。

 

「ほう、儂の前で構えるか」

「……チッ」

「ホッホッ、よい。お主にはやってもらいたい事があるでな」

 

 好々爺然とした笑いで、場を和ませる。しかし、歴戦の中で研ぎ澄まされた殺気が、俺にだけ向けられていた。首筋に突きつけられた刃を、俺の()は捉えていた。

 

「新たな五番隊隊長に、お主を任ずる。受けてくれぬか」

「イヤだね」

「穂積…!」

 

 案の定、言い渡された就任命令。四十六室の権限をその身に背負うならば、命令する事など容易なはずなのに、態々こういう形で言うならば、拒否権はあるはずだ。

 

「ほう、何故か」

「…向かねーよ。俺にはな」

「ならば、これが命令であるならば。お主はどうする気じゃ」

「…アンタを殺してでも、その席を蹴り飛ばす」

 

 殺気には、殺気で応える。ぶつけ合った殺気は、常人のものではない。一方は歴戦の殺気を。一方は真に死を含む殺気を。互いが、互いに規格外。

 まわりは、それに気付かない。俺と爺さんの間でだけ、交わされたのだから。コイツらなら、精々が言葉だけのやり取りでは起こり得ない剣呑な雰囲気に、少し首をかしげるくらいだろう。

 

「どうあっても、拒否するか」

「ああ。アイツの後釜なんて、死んでも御免だ。そうでなくても、人の心が分からない人間が、人の上に立ったところで、崩れ落ちるのは目に見えてる。組織ってのはそんなもんだろ。何よりも厚く、何よりも脆い。責任なんて真っ平だ。副隊長も渋々だったんだぜ?」

「……仕方なかろうて。ならば、代わりに命令を下す。…阿散井副隊長。お主に、現世への先遣隊の人選を任せる。誰を連れて行こうと構わん。此奴を除いて六人、選んでおけ」

 

 阿散井は、唐突な指名に驚いていた。だが、現世で一番馴染めるとしたら、たしかにコイツなのは間違いない。

 しかし。

 

「俺が行く理由は?」

「儂の命令を払いのけたのなら、せめてこれくらいはやってもらわんとの」

「チッ、初めからこのつもりだったんじゃないか。狸じじいが」

「貴様…!総隊長に向けて不敬な……!」

 

 砕蜂が怒りを露わにして、顔を向ける。端正な顔は、大きく歪んでいた。

 不敬だと?上からの命令に従うだけの奴らに、そんなものを払えというのか?コイツは。かろうじて払えるとしたら、浮竹隊長と京楽隊長、卯ノ花隊長くらいだ。

 

「…俺が本気で敬意を表する相手が、この場にいないだけだよ」

「貴様…、死にたいのか!」

「なら、殺してみろよ。何も分かってないヤツが、一丁前に口を利くな。鬱陶しいんだよ、オマエ」

「なっ…!!」

「やめんか!砕蜂隊長。穂積副隊長、お主もじゃ。貴様の実力が飛び抜けて異質なのは承知しておる。だからこそ、貴様を先遣隊に加えたのじゃ。藍染惣右介は必ず現世を狙う」

「現世を?なんでまた」

 

 藍染の狙いというものには一切合切興味が無いが、何となく聞き返した。

 曰く、藍染の目的は『王鍵』の創成。それには、重霊地と呼ばれる土地と多くの魂魄が必要らしい。今現在、その重霊地とやらは空座町らしく、藍染はいずれそこへ赴くのだと言う。

 それは俺にとって、期せずとも向こうから殺したい相手がやってくるのと同じで。そう理解した途端、口角が上がったのが分かった。

 

「まあいい。その先遣隊とやらに加わればいいんだな?」

 

 返り事は聞かず。俺はそう言いながら隊舎を勝手に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ…。浮竹よ、彼奴はあのような性格じゃったかの」

「それは…、俺にも分かりません。 ですが、少なくともあいつが『穂積織』である事は確かです」

 

 儂は、長く伸びた自慢の白髭を撫でながら、ある男について思案を巡らせた。

 穂積織。十三番隊副隊長。その地位に就いて少なくとも50年は経っておろう。じゃが、儂から見ればまだ小僧であると。数刻前に言葉を交わすまでは、そう思っておった。

 言葉と共に交わした殺気は、儂のと比べても何ら遜色がなかった。たかが50年足らずの経験で得られるものでは無い。もっと濃い、或いは死そのものを経験したとでも言うのか。どちらにしろ、計り知れん童であることよ。

 ああいった死神がおるのは、なかなか愉快なことじゃ。生真面目で、規律正しく。見ていて気持ちがいいのも良いが、自分から枠を外れ、己が道を歩む者が、時代を引っ張る事になるのは多々あることじゃ。

 尤も、彼奴の場合は、背負った者すべてを殺す勢いではあるがの。

 

「ホッホッ、中々面白い童がおるでな。浮竹よ、手綱はしっかり握っておく事じゃ。アレは何れ、全てを超越しかねん男じゃ。情けない話じゃが、この尸魂界が危機に晒された時、儂でなく、彼奴が光になるじゃろうて」

「先生…」

 

 藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』。五感を支配する能力からは、この儂すらも逃れることが叶わず。五感を封じられた以上、儂は彼奴(藍染)に手も足も出せん。強者となると、戦闘の比重が視覚に依る故。かつての平子真子の斬魄刀がそれじゃったかの。

 じゃが、数日前に儂の目の前で繰り広げられた戦闘は、仮にそうでなくても凄まじい。

 並みの死神では目が追いつかないじゃろう。しかも、彼奴(穂積)が使っておった歩法は、紛れも無い『縮地』じゃった。まさか、命あるうちにそれの使い手に出会えるとは、露ほども思わなんだ。

 五感を支配された恐怖を背に、時間が止まったようにすら感じる高速戦闘。

 

「果たして、彼奴の存在が、吉と出るか凶と出るか…」

 

 浸っておった思考から、意識を起こす。飽きやすい此奴らが文句を言わずここにいる辺り、儂が逡巡しておった時間は長くはなかったようじゃの。

 

「…さて、では。今後とも藍染惣右介、及びその一派には万全の警戒を払いつつ。いずれ奴とは決着をつけねばなるまいて」

 

 その一言で、目に力が入る者がおる。笑みを溢す者もおる。さも興味ないというような奴もおる。

 儂は、喝を入れんと、斬魄刀でもある杖を叩きつける。重く、荘厳に。余計な空間が重たさを与える、僅か十人の空間に、その音が響く。

 

「各自、決戦の日まで、力を蓄えよ!!」

 

 それを以って、隊首会は終わりを迎えた。

 その後、儂は誰もいない空間で、これからの事を考えておった。

 

「穂積織…。穂積の名は確か、東流魂街の……」

 

 無意識の思考で放たれた声は、誰かに聞かれるはずもなく。

 一人でいるには広辺無大な空間に、僅かな響きを残して消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「織さんっ!」

「ん?ああ、勇音か」

 

 私は、見知った姿を見かけて、子どものように弾んだ声を掛けた。少し恥ずかしくなったけど、今は心配の方が上回っていた。

 見れば、その出で立ちは。いくつか傷跡は残るものの、外傷は殆ど負っていないようで。左腕を骨折していたらしいが、卯ノ花隊長が数日でくっつけたらしい。なんでも、綺麗に折れていたのが功を奏したとか。

 

「で、どうしたんだ?」

「…織さん、あの後藍染とは、どうなったんですか」

 

 みんなの前で藍染が何をしたのかは、既に聞いていた。四番隊には、これといった余波が訪れるわけではなかったが、三、五、九の各隊では、信頼していた隊長が突如裏切り、あまつさえ虚の側についたのだ。その傷跡は、どうしようもなく深く、大きい。

 心の傷は、回道で治せるものではない。それは、時間が治すことを信じるほかない。割と仲が良かった雛森さんも、気丈に振る舞ってはいるけど、その()()は、私の想像をはるかに超えるもののはずだ。

 そして、あの場にいた人たちが言うには。

 織さんは、あの藍染隊長と互角に渡り合い。その上、互いに刃を突きつけあったのだという。地力で向こうが上回るために、最終的には敗れる形になったというが。織さんと藍染隊長に、どんな繋がりがあったのかは、少し気になるところだった。

 この、内に燻るモヤモヤが何なのか。私には計りかねる。嫉妬か、好奇心か、怒りか。どちらにしても、プラスの感情では無いはずだった。

 

「…アイツはもう隊長じゃないぞ?…まぁ、何があったのかって言われてもな」

「さり気無く心を読まないでください!」

「ははは、まあ怒るなって。そうだな…。…ただ俺が、アイツを殺そうとしただけかもな」

 

 織さんは、笑ってそう言った。その笑みはいつものように、空虚さを湛えていた。そのはずなのに、私にはもう、何も無いように見えて。

 だからなのか、ふと、口をついたのは。

 

「私には、回道しか取り柄がありません」

「は?何だよいきなり」

「治せるものは何でも治します。だけど、あなたの()だけは、私には()せない」

「……」

 

 言外の意味は、あっさりと伝わったらしく。気恥ずかしくもあるけど、その言の葉は、成長をやめなかった。きっと、今の私の顔は熟れた林檎のように赤いのだろう。

 

「もうあなたには、傷ついてほしくないんです」

「…傷なんか無いさ。オマエに治せないものはな。空っぽの心に、傷なんかつかない。だってそうだろ?中身が無いんだから。伽藍の心を抱える虚しさは、誰だって分かるはずがない。そう分かってて、俺を止めたいなら、俺の隣か、俺の前に立ってから言え」

 

 手に力が入る。自分の袖を、自分の手でぎゅっと握りしめる。シワができるくらいに。

 私の心に、種火のようだけど、たしかに火が灯った。

 焚べるような薪は幾らでもある。切欠が無かっただけで。

 私には、人を殺せるような強さはない。むしろ、それを思うだけで発狂するかも知れない。だけど織さんは、そんな道を歩く人だ。

 ならば私は。あなたの隣に、あなたの前に立つくらいに、強くなろう。灯ったのは、そんな覚悟の炎だった。

 そう思った時、腰に挿した斬魄刀が、少し震えた気がした。

 

 


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