どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて、というわけで第二章。破面編になります。かなりオリジナルな構成になる予定なので、あしからず。

1話では、早速ある人物がご登場です。


第2章 破面編 『殺人衝動』“Paradox murderers"
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 ある晴れた日。俺は、その地に降り立った。

 草履では慣れないアスファルトの感覚。昨晩降っただろう雨が、まだ小さな水たまりを残していた。

 日の光は、肉体の無い霊体にも影を与える。だから光は、俺の目にも、容赦なく突き刺さる。生の感覚が、痛い。死に慣れきった眼が、痛みを訴えるのだ。

 

「群れるとウザいから、1人先に来てはみたけどな…」

 

 やはりと言うべきか、やる事がない。

 たまに見る地縛霊以外には、俺を見る奴がいないのをいい事に、わりと自由に歩き回っていた。空座町の中心は完全に住宅街で、かなり密集していた。

 町の外れには、いくつか廃ビルがあった。中に何かがあったりするみたいだが、見ようと思うほど興味も湧かなかった。

 俺はそんなだったが、式は。どこか懐かしむ目で、それらを眺めていた。

 

「見た事があるのか?式」

『……そうだな。オレは見た事ないけど、見たことはあるのかも知れない。思い出せないというか、そこは空っぽだからな」

「ふーん…」

 

 斬魄刀は、持ち主の魂の写し身だと言う。ならば、『唯式』は俺の魂の写し身である。斬魄刀の方に見覚えがあって、その持ち主に無いというのは、かなり変なことである気がするけども、これを気にし続けるのは、多分マッドな研究者くらいだ。

 俺はそう思うことにし、流石に深くなってきた夜を見て、そろそろ知己の所へ足を運ぼうと決めた。

 俺の、ではなく、オレの。切り捨てたオレの繋がりを利用する。気に食わなくはあるが、これに関しては俺の問題だから、割り切るのにそう時間はかからなかった。

 考えながら歩いていたら、時間の経過はあまり気にならなかった。

 懐かしい空き地じみた土地に、ポツンと立っている古めかしい建物。時代がズレていると感じるのは、気のせいでは無いだろう。ただ、纏っている胡散臭さは、あの廃ビルと大差なかったように見えた。

 俺にとっては慣れた、でも現代ではそうそうお目にかかれないだろう、扉を開き、中へ足を入れる。

 

「浦原、居ないのか?」

 

 中も、外見を裏切らない古めかしい木造作り。駄菓子屋を謳う『浦原商店』は、側から見たらそうであっても、その実態はマッドサイエンティストの研究室のようなものだ。ふと、浦原が愛用している下駄以外の、茶色の革靴が目に付いた。間が悪い事に、客を迎えてたんだろうか。

 

「ハイハーイ、どちらサンでしょう?」

 

 そんな考えなど露も知らないというように、ソイツはやってきた。緑と白のストライプが入った帽子に、緑色の甚平。片時も手放さない杖。見たところは間違いなく、あの浦原喜助だ。

 

「おや、穂積サンじゃないっスか」

「久しぶり…、いや、俺としては初めましてになるのかな?浦原」

「さあ?どういうことかは知らないっスが、まあ上がってください。まさかアナタがこのタイミングで来るとは思わなかったっスから、丁度いい」

「は?丁度いいってどういう事だよ」

「まあまあ。今、アナタに会わせたい人が来てたんスよ」

 

 手を引かれるままに、奥の居間へと連れて行かれた。それは恐らく、あの靴の持ち主の事だろう。だが、俺とどのような接点があるのか。俺の記憶にも、記録にも。現世における知り合いはいなかったはずだった。

 つまりそれは、浦原の知り合いという事だろう。マトモであるなら、いいんだけどな。

 俺はそんな、浦原に抱くには筋違いとも取れる願望を胸に、妙に長く感じる廊下を歩いていた。

 

「さあ、こっちっス」

 

 襖をスーッと開く。以前現世に来た時に顔を見せた時にいた、握菱鉄裁や、黒猫の他に、この場にそぐわない、真っ赤な色が咲いていた。

 

「あら、君がそうなの?可愛い顔してるわね。本当に男の子?」

「……」

 

 眼鏡をかけた、赤髪赤目の女。といっても、阿散井のような真紅では無い。その色は、少し霞んだ、赤。こげ茶のコートを側において、座布団の上にラフに座り込んでいた。

 女は、蒼崎橙子と名乗った。

 

「初めまして。私は蒼崎橙子。好きに呼んでいいわよ。この人たちとは少々長い付き合いになるわ。よろしくね、織くん」

「…ああ」

「素っ気ないわね。私のこと嫌い?」

「いや。ただ、オマエとは、初めて会った気がしないってだけだ」

「へえ。喜助から聞いていた通り、面白い子ね」

 

 随分と馴れ馴れしい。まるで、俺を知っていたかのように。元々はオレの知己であった浦原たちとは違う。これは、今の俺を知っているのだ。

 

「で、アンタらは何者なんだよ」

「んー、普通は言わないんだけどねえ。喜助たちも知ってるし、何より貴方、死神というより()()()寄りみたいだし」

 

 常人とはまた別の人種であることは見て取れる。それが何であるかは分からないが、少なくともコイツには、常識が通用しない。

 死神や、人間、虚とも、その境界を異と為す存在。今の世界における第四勢力と言えるのだろう。そう言えるのかは定かでは無いが。

 

「私たちはね、『魔術師』と呼ばれる存在よ。ウィザード、キャスターなんて呼ばれてもいるわ。貴方たちで言えば、『鬼道』を使う人に近いのかしらね」

 

 魔術師と。女はこう言った。女──橙子は、死神の存在も知っているようだった。

 

「私は、喜助に見せてもらうまでは、死神の存在は知らなかったのだけどね。彼とは、この建物を建てた時からの付き合いよ。現世の建築を見てみたいとか言って。いくつかの魔術的要素を含んだ構造にしちゃったわ。だって喜助なら、私の手なんて借りなくても、一人で建てられたはずだもの。なら、彼に出来ないことをやってやろうってね」

「ホント、最初に言われた時はびっくりしたんスよ。いくら調べてもそんな跡は見つからないんスから」

「当たり前じゃない。存在を悟らせないのが上手い使い方なのよ。それに、私が仕込んだのは条件発動式のルーンだから、別に心配は要らないわ」

「まあ、橙子サンがそう言うならいいんスけど…」

 

 かなり気の置けない関係らしい。嫉妬も何も無いが、あの浦原とこういう関係にある人間というのに、少々驚きを隠せないのだ。

 

「穂積サン、もしかしたら寝床を探してるんスか?」

「ん?ああ。野宿じゃないならどこでもいいぜ?」

「なら、橙子サンのところはどうです?スペースなら幾らでもあるでしょう」

「あそこは人が住むにはキツいわよ。でもそうね…。ああ、私が前使っていたアパートの部屋があるわ。完全に引き払っちゃってるから何もないけど、多分冷蔵庫くらいならあると思うわよ」

「いいのか?」

「構わないわよ。鍵はここにあるし、部屋の契約は私名義のままだから、好きに使ってもらっていいわ」

 

 本題に入ったかと思えば、あれよあれよと流されるように住処が決まった。まあ、折角だから乗っかろうか。

 俺は、投げ渡された鍵を受け取った。

 

「浦原、服、あるか?」

「服ですか?ワタシと同じのでいいなら…」

「馬鹿、そんなんじゃない。普通のだよ」

「そんなんって…。割と傷つくんスけど」

「そんな可愛い玉じゃないだろ、オマエ。じゃあ義骸よこせ」

「ハイハイ。少し待ってて下さい」

 

 軽く浦原を揶揄って義骸を貰った後、俺は早速橙子に教えてもらった場所へ、足を運んだのだ。

 闇は深い。炎よりも無機的な光が照らす夜は、明るい代わりに、その境界は明確だ。器子が形作る肉体は、霊体よりも明確に世界と結びつく。その分、()は多く走るが、俺はその事実で、俺が世界に在ることを実感できる気がして。闇に紛れる低い雲に蓋をされても、俺は陽気に鼻唄を歌ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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