どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
目が覚めてから数日経った。その間、何もせずに惰性で生きていた。生きているようで、死んでいた。現実を俯瞰しているみたいだった。そう、他人事とも取れるような感じだ。
そして、この眼が何かが分かってきた。
ある日、枕元の花瓶に花が添えられていた。綺麗な百合だったが、やはりそれにも黒い線は走っていた。すこし残念ではあったが、いくらか慣れてしまったせいか、気持ち悪さは軽かった。
ふと、手を伸ばして、その花に触れた。
一瞬、花がバラバラになる幻影が視えた。しかし、それと同時に、本当に花は崩れた。
花が崩れた。…違う。
花が死んだ。…少し違う。
花が殺された。…少し近い。
花を殺した。…これだ。
これは、俺が起こしたことだ。殺すという、ただそれだけ。あの線に触れれば、あらゆるモノを殺せる。命を持たないモノでさえそうだったのだから、恐らくは生きているなら、全てを殺せる眼だ。もし仮に名付けるなら…、「直死の魔眼」とでも呼んでやろう。
これは少なくとも2年前は無かったはずだ。ならばキッカケは、この2年間にあることになる。
勿論、思い当たる事は1つしか無い。
口にするのさえ憚られるソレが俺を変えた。この事は確かだ。
「穂積さん、診察の時間ですよ」
俺の名前を呼んだのは、その手に俺のカルテと思しき書類を携えた女性。顔立ちは端正で中性的で、身長が高く、気弱そうな雰囲気とは裏腹に、強い意志を持った瞳だった。
俺の記憶が正しければ、彼女は四番隊第三席の虎徹勇音だ。高位席官が直々に診察するとは、なんとも変な気分だった。
…身長が高い。随分と体格もいい。別にそういう意味じゃない。どうやら俺は目が覚めて以来、欲求というものが死にかけているらしい。それは決して三大欲求に留まらず、眼を潰しかけたことに現れる「生」への欲求も薄くなっている。俺は殺したつもりは無いのだが。
ぼんやりと診察の様子を見ていた。焦点を合わせなければあの線は現れないらしい。だが、いつもこんな視界だったら、顔の判別がつかなくなってしまう。誰かこの眼を抑えこめるアイテムを使ってくれないだろうか。
…今度技術開発局に足を運んでみよう。確か、涅マユリだったか。あそこの隊長は。……やっぱやめとこう。
とは言え……当然、しばらくはこんな感じで俯瞰して過ごすのだろう。
「はい、お疲れ様です。明日明後日には退院出来そうですね」
「そうですか。ありがとうございます」
「どういたしまして。では、お大事にして下さい」
失礼しました、と一礼して去っていく虎徹三席。
1人になった俺は、相変わらず、心の中はがらんどう。虚無が、俺を操っていた。
しばらく経たないうちに、また別の人が訪ねてきた。
「やあ、失礼するよ」
いかにも優男らしい顔と雰囲気。間違えようがない。
「…浮竹隊長」
「本当に目が覚めたのか。良かった」
俺は第十席という肩書きを持っているが、それは各隊で1人ずついるわけで。当の俺は、十三番隊の第十席だ。それで、目の前のこの人はその十三番隊の隊長である浮竹十四郎。つまり、俺の上司にあたる。病弱で、隊首会の時以外ではあまり外に出ないはずなんだが…。
もしかしなくても、俺を見に来たって事だろう。十席などという、末席も末席の奴に見舞いとは、なんとも優しい隊長だ。
「2年も眼を覚まさなかったんだ。結構心配したぞ、穂積」
「そうですか…」
俺は、どちらかと言えば古参と言われるほどには死神をやっているつもりだ。流石に隊長程ではないが、同期に海燕がいるくらいだ。年数にして100年と言ったところか。もっとも、海燕はそこから6年で十三番隊の副隊長になり、対する俺は変わらず下っ端だ。
そんな俺の事も覚えていてくれたのだから、やはりいい隊長なのだろう。
「浮、竹隊長…」
「ん?どうした、何か欲しいものでもあるのか?何でも言ってくれ!」
「海燕や、他のやつらは、どう、なってますか……」
その瞬間、浮竹隊長の顔が曇った。俺にとって、良い知らせではないのは確かだ。
「…海燕は、死んだよ。奥さんも。君が昏睡に陥ってから3ヶ月後の事だ」
思わず絶句した。あれだけ生き生きとしていた奴が。妻の都さんまでもが。十三番隊で、まるで太陽みたいなやつだったはずだ。
俺が昏睡してそう時間が経っていない。思い込みかも知れないが、悪意というか、誰かが裏で糸を引いているようにも感じた。
まあ所詮、直感の域を出ないのだが。
「虚に殺された。俺も信じられないが、朽木がそう言っていた。真面目なやつだ。信憑性は高い」
「…………そう、ですか」
別段ショックかと言われれば、それは最初だけだ。
この眼を手に入れてしまったからだろうか。「死」に対する価値観が、大きくズレた気がする。人にしろ何にしろ、形あるものはいずれ終わりが来る。多分、海燕にとってその時だったというだけの話。
そうでなくても、俺たちは死神などと言う、死と隣り合わせの仕事をやっているのだ。死んで行く奴などごまんといる。そいつらに一々悲しんでいたらキリがない。言い方は悪いかも知れないが、死ぬ時は死ぬ。無理矢理生き永らえようとしても、無駄なんだ。
「浮竹隊長、多分、明日明後日には退院出来るらしいので」
「おお!それは良かった!祝いの準備をしておこう!」
随分と楽しそうだ。だが、何か言ってないことがあるのは、何故だかわかった。
それが一体何なのか、今の俺には理解しようがない。
別段、知りたいとも思わなかったから。