どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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完全に蛇足な回。読むだけだからつまんないかも。


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 まだ日が沈むには早い時間。大きな窓から射し込む光は、電気が無くてもその部屋の様子を、ありありと映し出す。

 それは別に幻想的でも何でもなく、ただ俺に、現実を認識させるだけ。

 目の前のコーヒーは、立ち上らせていた湯気が無くなり、如何にも冷たいものだと主張するようだった。遅めの昼食を食べ終わり、そこからはただただ時間が過ぎるだけ。ここに来てむしろ、暇を持て余す事になってしまっていた。

 

「織」

「ん?」

 

 不意に、何か書類と睨めっこしていた蒼崎橙子が声をあげた。

 

「最近、ここらで飛び降り自殺が起きてるのを知っているか?もう7人目なんだが」

「飛び降り自殺?いや、知らない。てか、その話し方なんだよ」

「知らないか。ああ、この話し方は、ただ変えただけだよ。スイッチってやつだ」

「オマエの素…な訳でもないのか」

「ああ。どっちも私だ。人格じゃなく性格を切り替えてるんだよ、コレは」

 

 眼鏡を取った橙子の目つきは、それは筆舌に尽くしがたいほどに悪い。しかし、粗暴さが混じりながらも、やはりコイツは蒼崎橙子なのだと思える話し方だったし、なにより俺にとっては、こちらの話し方の方が好みだった。

 

「へえ。で、なにを言いかけたんだ?」

「最近巷でも、この自殺の件で持ちきりでね。この前、知り合いの奴から相談されたんだ」

「自殺…ねぇ。こっちじゃ、死因に関してはあまり無頓着だからな。過程じゃなくて、死んだという事実だけがクローズアップされるんだよ。なにせ死者の世界だからな。しかし、自殺ってことは未練があるんじゃないのか?そうなると、魂がそれに囚われて、いわゆる地縛霊になっちまうんだが」

「いや、遺書なんかは残されていないようだ。あったら警察が公表してるはずだからな。きっと彼らに、未練なんてないんだろう。むしろ、彼ら自身の願いで飛んだんじゃないか?まあそれはともかく、お前の世界では霊魂はそういう認識なのか。いやむしろ、そっちの方が正しい認識か。魂というのは霊感が無ければ見えないんだろう?生憎、今の私には霊感が無くてね。彼女らが死んだという事実しか分かっていない」

「なんだそりゃ。俺に見に行ってこいって言いたいのか?」

「別にそうは言っていない。ただ、もし見ることがあるなら、その感想を教えてほしくね」

「通らなきゃ、そんなもんは見えないよ」

「ここからはそう離れてはいない。全員同じところで死んでいるからな。巫条ビルと言ってな。今はもう使われていない本物の廃ビルだ」

 

 俺はそれを聞きながら、弁当の入ったコンビニの薄茶色のビニール袋をゴミ箱に投げ込んだ。

 夕方に近い。もう数日で、先遣隊が総出でやって来るだろう。阿散井が選んだ面子は、朽木ルキア、斑目一角、綾瀬川弓親、松本乱菊。一番最後の奴が心配だと、何故か日番谷冬獅郎。それに阿散井自身と、俺。隊長一人と副隊長三人、朽木も斑目達も実力は高いから、この面子はかなり豪勢だと言える。

 名付けて日番谷先遣隊。俺は人に従うのは好きではないが、これも仕方ないだろう。矢面に立つと、なにかと厄介なことが多い。

 そういうわけでもないが、この魔術師との邂逅もまた、俺にとっての厄介事かもしれない。

 俺は、狭っ苦しい部屋の扉に手をかけた。

 

「なんだ、今日は帰るのか?」

「ああ。ここにいてもやる事がないしな。ついでにその巫条ビルとやらでも見て来る」

「案外乗り気じゃないか。興味が湧いたのか?」

「そうかもな。というかその事件、嫌な予感がするんだよ。多分、オマエら(魔術師)の側の、そんなオカルトじみた事件じゃない。間違いなく俺たち(死神)の側のものだ。浦原に言えば分かるかもしれないが、アイツは別の案件で忙しそうだしな。今回は俺がやるしかないだろう」

「私から見れば、お前たちの方がオカルトじみている。だがまあうまく行けば、世間も少しは静かになるかもな」

 

 橙子はそんな、世捨て人のような台詞を吐いた。

 実質、俺にとってなんの益も無い話だ。気まぐれに興味が湧いただけの、死神としての日常に紛れそうな何気ない話だ。

 ただ、もしソイツが殺しがいのある相手だったら。少しは面白くなるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ガチャリと閉まった扉から、机上の書類へと目を移す。珍しい仕事の書類だったから、割とやる気を出していた。

 織が淹れてくれたコーヒーは、すっかり冷めてしまっていたが、その苦味はしっかりと私の奥へ流れ込んだ。

 

「霊魂…か」

 

 魔術師から見て霊というのは、存在次元が違う。どこぞで起こったらしい願望器を争う儀式にもあるようなサーヴァントに代表される、高位存在とも言える。

 だが、そうとは言えやはり、魔術師にとって霊は利用対象なのだ。

 降霊魔術や、死霊魔術(ネクロマンサー)がそれだ。

 故に、その存在を認知はしても、知ろうとはしなかった訳だ。私も、浦原喜助に会うまではそうだったのだから。

 霊には霊の世界がある。そう知った時の衝撃といったら、もう笑うしか出来ないくらいのものだった。

 そんな私が出会った、間違いなく我々魔術師寄りの存在。直死の魔眼は、確実に魔術の側の()()だ。

 

「さて、一体どうなるんだろうね。喜助も、織も、私も。まずまともな出来事は起きなさそうだ」

 

 くくっ、と自嘲気味に喉を鳴らす。

 再びコーヒーを飲んで、その苦味を噛み締めながら、件の事件に思考を巡らせた。

 飛び降り自殺。警察はそう断定しているし、おそらく間違いでは無い。ただ、そこに当人の意思が介在しないのが問題だ。世の中に自殺志願者が多いのは分かるが、みんながみんなこんな短期間に同じ所で自殺を図るとは思えない。

 

「自殺……では無く飛行か…。彼女らは多分、死ぬ気なんてさらさら無かったんだろう。遺書が無いのはその為だ。気分的には、買い物途中に車に撥ねられた、ぐらいなものだろう」

 

 飛び降りは、その結果そのものが遺書めいたものになる。ぐしゃりと潰れた死体は、流れ出す鮮血と、血色が引き、陶器もかくやというほどの白い肢体が描く百合のようなコントラストを残すだろう。

 それすらも意味がないのなら、やはり彼女たちに死ぬ気は無かった事になるのだ。

 彼女たちは、ただ飛んだだけ。自分は飛べると、そう思って、空に堕ちた。飛ぶ事と落ちる事は、背反しているが故に連結した事象だ。そう認識しているから、人は飛ばないし、飛べない。しかし恐らく、彼女たちにはその認識が欠落していたのだろう。

 しかし、共通して持っていた認識はある。

 ───俯瞰風景。

 高所から見た景色は、地に足付けて生きるべき人間にとって、その地との隔たりを認識させる。自分もその風景の一部だと言うのに、まるで自分以外のあらゆる存在を俯瞰しているように感じる。そういう意味で空という異界は、ある種の魔境だ。理性と実感が摩擦し、意識が混乱し、やがて正常な認識が出来なくなり、理性が麻痺する。不意に、高所から飛び降りたらどうなるのだろうかと考えてしまうのは、そのいい例だし、何よりその例に、この事件の全てが収束するのかも知れない。

 人間は出来ない事を想像内で行う。タブーを夢想し、幻想する。自殺者たちはおそらく、あの場所でしかそれが出来なかったんだろう。いや、あの場所で禁忌を幻想できてしまったのだ。

 

「おかしな話だ。人は飛びたいと度々想像しては、実験を繰り返し、そして人力では飛べないという現実を突きつけられる。なのに、それでも人は飛ぼうとする。まるで神にでもなりたがっているようにな。

 しかし、人は神にはなれないし、なってはいけない。幻視(ヒュプノス)現死(タナトス)になった時、人は人でなくなってしまう。人は人の境界の内にいなきゃいけないんだ」

 

 背後の大窓に見える景色は、ここと変わらない廃ビルだらけ。しかし、地に足付けてふと見下ろせば、小さな猫が走っていくのが見えた。

 

「死神というのも、得てして妙だな。あれは人でありながら、人を監視するものだ。死を回収しながら、自身もそれを孕んでいるのだからな」

 

 矛盾。しかし、あの眼を持つ者ならば。それすらも殺してしまうのだろうか。

 僅かに夕焼け色に染まった西空。黒い鴉が煩く喚く。ふと横目で見たその姿に、一体私は何を幻視したのだろう。

 




最近ワールドトリガーにはまった。誰か面白い小説書いてくれないかな。

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