どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
なんつーか、乗らなかったので。そろそろ描写が辛くなりつつあるぞこれ。(なお既に手遅れの模様)
「何をしておる、喜助」
「夜一サン。ああ、これはちょっとした資料っスよ」
「資料?何の資料じゃ?」
艶やかな肢体を持つ旧来の友人の声が、張り詰めた糸を切った。そろそろ限界も来かけていたので、ちょうどよかった。
手元の紙を覗き込もうとする夜一サンへ、アタシはその束を手渡した。
「ふむ……、これは穂積の身の上の調査書か?」
「その通りっス。穂積サンの力の由来について調べてたんスよ。元々穂積というのは、東流魂街に居を構える中流貴族で、商いで財を成した特異な一族なんスけど、精神性は普通、多少の霊力を持ちこそすれ、その先祖まで遡っても織サンほどの力を持つ人が生まれるような要素がない。突然変異というしかないかもしれないっスけど、そう言うにもかなり異質です」
夜一サンはうんうんと頷いていた。藍染と戦ったというその戦闘能力だけならばまだしも、鬼道を手刀で真っ二つにするような力やその精神性は到底常人とは思えず。故にアタシはこうした調査をしているわけなんスけど。
「なるほどのぉ…。『
「斬魄刀の能力という訳でもないみたいっスから、彼自身に備わった、というよりも備わってしまった力みたいっスね」
「…備わって
「ええ。本質は分かりませんが、ああいう能力は意図して身につくようなものではないはずっス。鬼道を斬るならともかく、反膜を斬るとなると、それはもう常識の外にあります。もしかしたら彼は、ある意味崩玉と似た存在かもしれません」
「そこまで言うかの…」
「言いますとも。だから彼は、この戦いにおいて黒崎サン以上の切り札足り得るんス。これで卍解を会得したら、最強なんて言われるかもしれないっスね。アハハ」
「ふぅむ……、儂瞬神とか言われとるんじゃが、穂積と比べると大差なくない?むしろコイツの方が早くないかの?いや、負ける気は毛頭ないけども!」
「否定はしないっスけど、上手いのは夜一サンっすよ。彼の場合、
「あー、なんかそこで勝っても嬉しくないんじゃが…」
「負けず嫌いっスねぇ、夜一サンも。…っと、じゃあそろそろ行ってくるっス」
「ああ。どこに行くんじゃ?喜助」
そう聞かれたアタシは、頭の中にある人物の顔と住所を思い描きながら、あの『勉強部屋』に降りる道を開いた。
「ちょっとした依頼を、と思いましてね」
「尸魂界にか?お主が行くのも珍しいの。誰に会うんじゃ?」
「こういう探し物や調べ物の依頼なら、少なくともアタシは、この人以上の人材は知りませんよ。ちょうど彼も、東流魂街に住んでますしね」
「おったかの…、そんな奴」
「知らないのも無理はないっス。彼、自分からそんな事言いませんし、看板も何も掲げてないんスから」
荒れた大地に足をつけ、ある場所につけてある穿界門発生装置に近づき、そのスイッチを入れた。ヴゥゥンという機械音を立てて、見慣れた景色が作り出される。
「東流魂街第5地区『
蒼い満月が、真っ黒な空に病的なまでに映えている。月以外の光源は無く、無機的な白い床が、優しく包まれるように光を受けていた。
いくつも床に走る罅が、使われなくなった廃ビルであるこの巫条ビルの年季を感じさせるが、ことこの場においては何の意味もないもの。黒い空にも白い床にも、等しく死は奔っていた。
ふと、俺の霊圧知覚に遠く離れた霊圧が引っかかった。
「ひい、ふう、みい……、なるほど、一人一体なわけか。偶々だろうけど」
未だ空虚に感じられる腰の後ろには、飾り気の無い刃が収まっていた。別に見つけたわけでは無く。別に橙子からだとか、浦原からだとかいうわけじゃない。アイツ──式からの貰い物だった。
浦原のひみつ道具──もとい転心体は、無事に俺の斬魄刀本体を具現させた。初めは反応しなかったが、後から式に聞いたら『つい殺してしまった』と言うから苦笑したものだ。ストロベリー味の高級アイスを目の前にぶら下げたら、まるで猫のように気が変わって──顔をしかめてはいたが──その姿を現した。
そのまま戦闘に突入する────かと思ったが、式は戦闘に興味がないらしかった。そもそも、卍解の条件とやらは以前に突きつけられていた。だというなら俺はまだ訣別出来ていないのだろう。だから、まだ未練を抱くように、そこに虚しさを感じているのだ。無い物を感じることは出来ない。有ることを知っているからこそ、無いことの虚無が生まれるのだから。故に、俺は忘れられないのだろう。
そんな中、無為に過ぎていく時間にほうとため息を零した式は、赤い革のジャンパーを翻して、ブーツの音をカツカツと鳴らしながら歩み寄ってきた。まるであの日の再現のようだと、どこか心の中で思ったが、その距離は縮まらず、手を伸ばしても届かない空間が残った。
『卍解のために、とか言って断ち切るのは面白くないし、見たくもない。お前が言い出したことだろう。だから、お前自身の手で、意志で。それを成し遂げるんだよ。尤も、価値判断の基準は全部俺の主観だけどな。でも、関係ない。俺の主観はお前の主観だ。視える世界が同じなんだから。──視せてみろよ。虚無の中の、お前の意志を』
そう言って、式はあるものを放ってきた。鞘に包まれたナイフと、式と同じような赤い革ジャン。まるで
『やるよ、ソレ。刃物ならいくらでも有るし、その革ジャンだって、拘ってるわけじゃない。なんとなく、気にくわないけど着てるだけだしな』
『はっ、なんだよそりゃ。でも、有り難く受け取っとくさ』
式の言葉に笑いをこぼしながら、そのナイフをいつもの場所に突っ込んだ。既視感を感じさせる重みが、視界を広げた。
転心体自体に効果期限があるということは無く、ただ斬魄刀の意思によってのみそいつが顕現できるらしく、それからしばらく式は飽きるまで夜道を散歩していたらしい。なるほど確かに、猫みたいなやつだった。
『……あなたは』
「なんだ、喋れたのか?まあ喋れたところで何かあるわけでもないが。物言わぬ亡霊を殺すよりは楽しめそうだ」
目の前に浮かんでいるのは、白よりも真っ白な肌と絹のように艶やかで、長い黒髪の幽霊。ぱっと見ただけでは、それが破面なのか、地縛霊なのかは分からない。だけど、
高いビル特有の、冷たい風が身体を打つ。廃ビルだからか、より強く、より冷たかった。
するりと、滑るようにナイフを抜いた。貰ったはずのそれは、まるで俺のために誂えたかのように手に馴染んだ。月光が、ナイフの刃に沿って反射する。
『──フフッ』
亡霊の顔に、欠けた月のような笑みが刻まれた。そして同時に、一際強い風が吹いた。その方向に持って行かれた亡霊の女の髪が、ふわりと弧を描いた。そして見えたのは、明らかにソレとわかる刀の柄。
「ああ──、やっぱり、そういうことなんだな」
風に吹かれ、カーテンのドレープのような軌跡を描く真白な服の裾は、病院着をイメージさせた。そんな清潔さと連結した目の前の破面からは、強いとか弱いとか、そんな戦いと結びつく要素が感じられなかった。
はるか向こうから感じる霊圧は、すでに大きな波となって知覚を揺らしていた。
一つも欠けていない満月が、破面の後ろに回り込んだ。それと同時に、俺は駆け出した。着ていた赤い革ジャンは前を留めていないから、簡単に翻る。そのまま、重たそうに振り抜いた敵の斬魄刀と俺のナイフは、キィンという金属らしい音を立ててぶつかった。相変わらず貧弱な俺の膂力では、こんな細腕の破面の刀さえも押し返せないらしい。
『あなたも、堕ちてみる?』
「悪いが、もう堕ちる奴はいないぜ。オマエの墜落劇は、これで閉幕だ」
重たい腰を上げて、月にもたれかかっていた亡霊は動き出した。あの日の三日月は、今宵の満月。すでに、座る席はない。ならば、今日この日に、全ての幕は下りる。──大した事はない。ただ、どちらかが死ぬだけ。そんな戦いを、ビルとしての生を終えた廃ビルと、素知らぬ顔で俯瞰している月だけが見ていた。