どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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大学って忙しいのね。きっついわー。


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「っ…、クソ……っ」

 

腹部を貫通する純白の刃に、真っ赤な生命が垂れ流される。肩越しに、俺を止めやがった声の主を見れば。

 

「おいおい、っ、コイツはなんだよ…。…全く、同じ顔に、同じ霊圧って…」

 

目の前の破面と、全く同じ顔の地縛霊。(プラス)ではあるし、破面と違い意思疎通も可能みたいだが。それでもおかしい。

 

「魂が、2つに、別れた…?それはおかしいだろ。片方が虚で、片方が整、って…、コフッ、ああくそ、離れろ、よっ!」

 

舐め回すようにジロジロと俺を見続けていた破面を蹴り飛ばし、深く刺さった斬魄刀を乱雑に抜いた。激痛が走るが、無視した。とは言え、意識では無視できても身体は正直なもので。激痛故か、或いは血を流しすぎたのか。意思の制御を離れて覚束ない足が、酔っ払いの千鳥足にも似た軌跡を描く。

 

「オマエ、誰だよ」

「……」

「私…ですか?」

「このコミュ障に話しかけたって無駄なことくらいわかるだろ。知ってるなら、コイツのことを話せ」

 

痛みの周期が一定になり慣れたからか、途切れ途切れだった俺の口調が元の調子を取り戻し出した。そうなると、今起こった訳のわからないなにかについて考え出すのは当然だろう。直感で察するにも突拍子が無さすぎて、推理するにも情報が足りない。案外脆弱だった破面がダウンしている今のうちにはっきりさせておきたい。

 

「私は、巫条。巫条霧絵」

「巫条って、このビルの持ち主か?」

「昔の、です。父も兄も死に、そして私が死んだことで、巫条の血は途絶えました。元々固執してもいないのですけど」

「そんなのはどうでもいい。さっさと話せ」

 

興味のない身の上話をばっさりと切り、その先を促した。巫条とやらは、一瞬言葉につまりながらも、思い出すようにして口を開いた。

 

「あれは…私です。数年前に、余命数日の日々を送っていました。そこに、誰とも分からない、男の人が現れました」

 

曰く。表情のない、黒衣の男性。闇の底から響くような、心を震わせる声はよく覚えているらしい。そうして、あれよあれよと流され、気づけばこうなっていた。

……分かってないのかよ。

 

「でも、あれが私なのだという事は分かります。そしてあの日以来、何かが欠け落ちたような感覚があった事も覚えています。

「欠けた感覚…か。オマエはオマエで、アイツはアイツってなら、どういうことなんだよ」

「…………」

「見た目が同じなら、双子なのかってことでかたがつく。だけど、感じる霊圧までほとんど同じなのはおかしいだろ。別人格とも違う。同一の別人だよアレは。だったら俺みたいに……」

 

俺みたいに…。俺、みたいに………?

 

「オマエ、まさか…」

『フフフ…。まだ、まだまだまだ…。(ソラ)へ連れ出してあげて…』

 

1つ、思い当たることがあった。だが、それについて思考を走らせる前に襲いかかる7人の亡霊。カタチある死人。

なんだ。殺せるじゃないか。

 

「死神的には、今度こそ成仏させてやらなきゃな」

 

尤も、俺に出来るのは救うことではなく殺すことのみではあるが。それでも、死ねば輪廻の枠に組み込まれる。くだらないものに縛られて、喘ぎ苦しむよりもマシだ。そういう意味では、文字通り死神とも言える訳だ。笑えるなこりゃ。

 

「さ、こっちもキツいからな。その他大勢にはさっさといなくなってもらおうか」

 

眼を、開いた。

死を視る蒼眼。直死。終末の風景が、レンズ越しに重なる。歪むことすら許されない真実。本来、死から逃避するために生きる人間にとって、死が視えることほど苦痛に感じることはないだろう。

それでも、俺は慣れてしまった。

浮遊して向かってくる亡霊どもを斬って、突いて、捻り切る。驚くほどに感覚が無く、亡霊は霧散するように消える。その顔はよく見れば、さっき無造作に斬った亡霊だった。斬魄刀でもない刃で殺せるはずもないからか、元に戻っていたらしい。

それでも終末の風景の中ならば。そう思っていたのだが。

 

「…どうなってやがる。たしかに殺したはずだぞ」

 

霧散した霊子が再び収束し、人の形を成していく。そうして7人の姫はまた虚空に現れた。

些か視え難いけども、その身体に死は走っている。

死ねるけど、死ににくいのか?死の線なぞっても確率死ってことなのか?それとも、そもそも死の線自体、なぞれば死ぬなんて代物じゃなかったのか?疑問は尽きないが、考えたところでどうしようもないだろう。俺の眼は、死を捉える。ただそれだけがあればいい。

 

「仕方ない。俺は貧弱だけど、このくらいで音をあげちゃいられないしな。本気で殺すか」

 

腰にナイフを戻し、抜刀の構えを取る。腰を落とし、背中を見せるほどに半身の体勢。鯉口を切った刀の柄に手を添える。

───その瞬間に、自己が作り変えられる。

思考が、身体が。なにもかもが、1つの目的に収束して、統合される。それは、『殺す』というただそれだけ。唱えることも必要ない。

 

「直死───」

『ひっ───』

 

一瞬怯えたような素振りを見せた破面を他所に、全身の筋肉を制御して、最低限の膂力で最高の速度を叩き出す。身体に感じる違和感を堪えて。

この居合で驚くべきは、それが無意識で行われること。

これこそが、橙子が俺に教えてきた魔術『自己暗示』。スイッチを入れると同時に思考と肉体を作り変え、その目的のためだけに動かす。ヒトの世界において、殊更魂魄の世界ならば、思い込みの力は凄まじいものがある。それの延長線上にある魔術らしいが、詳しいことはどうでもいいから聞き流した。

身体に走る違和感。それは、傷からくる痛み故ではない。魔術回路を起動したために感じるものだ。イメージはやはり死。線をなぞるようなイメージで、回路の撃鉄を起こす。

視界はただ一つに焦点を合わせながらも、視野は広く見えている。背後からアイツが来ても問題はない。

自己暗示は身体能力だけでなく治癒能力にも影響があるらしく、先ほどまで熱を持っていた腹部の傷から、潮が引くようにして痛みが失せた。

 

「雲耀──」

 

瞬間、手がブレる。

7人の姫のうち、5人が腰から両断されていた。

しかしやはり、下半身と上半身はまるで逆再生のように繋がった。死は不可逆的現象のはずなのに、それが元に戻るということは、斬られたはずのコイツらは死んでないということなのか?

…理由を考えても、キリがないか。そういうのは終わってから考える。斬っただけで死なないのなら、もっと深くまで視るだけ。ただ視るだけじゃ足りない。蒼が、深海に降りたような深みを帯びる。脳が過熱する感覚が、なぜか遠ざかる。感じることができないほどになったのか、それとも…。

さて、まずは一体。

縮地で飛び出して、肩から腰にかけて袈裟のように走る線をなぞる。赤かった線は黒みがかっていたが、大して気にならない。両断された亡霊は、やはり霧散した。そして。

 

「戻らない…か。上手くいったらしいな」

『なんで…!?なんでなんでなんで!?』

「うるさい。喚くんじゃない。殺したんだから、死ぬのは当たり前だ。いい加減に現実に目を向けてみろ。……つっても、それが出来ないからそうなってんだろうけどな」

『なんで……………!?なんで!?』

「…ま、そうなるわな」

 

狂ったように。壊れたラジオのように。破面は同じ言葉を繰り返す。耳障りではあるが、そこに憐れみも含んでしまう。謂れのない憐憫は大罪なのに。

 

『もう、いい。貴方は堕とす。堕ちて。堕ちて…』

「さっきから同じことしか言ってないぞオマエ…。まあいい、とりあえず殺してやるよ」

 

内面が変質する。深く深く落ちる自己に、未だ幽谷を覗き見るにとどまる魔眼。相贖いて沈みゆく俺は、刀の柄に再び手をかける。その時、目の前の破面と目があった。

 

『……堕ちて!!』

「っ……!?」

 

怪しく破面の目が光る。深淵の蒼に対比するように紅く染まった眼が、俺の網膜に墜落を投影した。身体が、揺れる。

 

『ふふっ、さあ、堕ちなさい…』

「くそ…っ」

 

制御の手綱を手放された身体は、そのイメージを現実にするために動き出す。…こいつは…、墜落…か?

気付いた時には、自分で自分を俯瞰していた。幽鬼のように足取りが覚束ない身体が、ビルの縁へと歩みを進める。正直、このまま落ちたところで、死ぬことはない。死神の身体は頑丈だ。叩きつけられたくらいじゃ、せいぜい意識が吹っ飛ぶ程度のものだろう。

だけど、直感が『落ちてはならない』と囁く。破面の能力によるものか、あの眼によるものか。俺は何らかの力に支配されている。まずはこれを殺さなければならない。ならないのに。

 

(見えない…か。俺が魂で、実体でないからか?となると困ったなぁ……)

 

俺を構成する要素の大半が、あっち側にある。ああ、つくづく俺は無力だな。

浮遊し、曖昧になりつつある思考が行き着いた時、俺は反転して、墜落した。

 

 

 

 

 

 

 





今回、穂積様が落ちました。

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