どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
そのうちメッキが剥がれてくるかもですが、それでもよろしければ、どうぞ。
退院の時。
心の中は結局、伽藍のままだった。もう、埋まることはないだろう。
山田清之介四番隊副隊長から、俺の斬魄刀を受け取った。2年間見ても触れてもいないが、埃の1つも無い。抜いた刀身も、頭上の太陽を受けて、綺麗に反射している。手入れまでしてくれて、本当に言葉もない。
「…お世話に、なりました」
「怪我人の治療は私たちの役割です。お気になさらず」
「ありがとうございます、卯ノ花隊長。さて、私たちはこれで失礼するよ。ほら穂積、行くぞ」
「はぁ」
フッと、浮竹隊長の姿が消えた。…瞬歩か。使えないこともないが…、今の俺は一応、2年ぶりに外に出た病み上がりなんだが。正直、身体が動かない。かなり衰弱していたみたいだ。
「……」
「大丈夫ですか?」
相変わらずおっとりとした笑みを浮かべて、卯ノ花隊長は尋ねた。
「2年前と道が変わってなければ…、辿り着けるでしょう。多分」
もう一度頭を下げて、俺は2年ぶりに、暑苦しい太陽の下を歩き出した。
…ふらっとするぞ。ヤバい。これ、辿り着けるか…?
「すまない!久々に君が戻って来るものだから、すこしはしゃいじゃってたみたいだ!本当にすまない!」
「いや、別に、気にして、無いですよ。はぁ、はぁ」
その後、生まれたての子鹿のように覚束ない足取りで、何とか十三番隊の隊舎まで辿り着いた。日もかなり傾いている。リハビリ必須…か。
それにしても。
「やはり、重苦しいなあ」
「はは、まあそれも仕方のない事だ。あの時から副隊長が空席だからな」
思わず零した独り言に、浮竹隊長が反応した。
欲求が小さくなりすぎているのか、どうにも敬意を払う必要性を感じなくなった。敬語を使わなければと分かっているのに、無意識下で取っ払ってしまう。
「君も、随分と変わったな。2年前は海燕君への対抗心で燃えていたのにな」
「その海燕がいなくなったんですから、対抗心なんてくだらないものは搔き消えますよ」
「それに、どこか浮世離れしているようだ」
「……」
それに関しては、何も言えない。
俺自身でも、少なからず驚いている。価値観の変化が著しい。
それに、この眼のことはまだ、誰にも話していない。どうにかして折り合いをつけなければならない。
「さて、付いてきてくれ。パーティーの用意はできているんだ」
「何もそんな事まで…」
「大事な事だ。ここずっと、うちの隊は沈んでいたからね。君は十席とは言え、海燕君との付き合いから、君を慕う人も少なくないんだ」
「まさか。冗談はやめときましょう隊長」
なるほど、このパーティーを利用して、今の雰囲気を払拭してしまおうという事だろうか。利用されている、という事だが、イヤな感じではない。相手が浮竹隊長だからなのと、俺自身が、この雰囲気を嫌っているからか。
まあいい。イヤなものが無くなってくれるなら、過程はどうであれそっちの方がいい。流石の俺でも、いや、この「眼」でも、雰囲気は殺せないだろうから。
付いて行った先は、この隊舎でも一番広い部屋だった。行儀よく並べられた机には、これでもかと言うほど大量の料理が、待ちわびたかのように俺たちを誘っている。
そしてここにいる面子も、ほとんどが俺の顔見知りだ。朽木のやつもいる。…無理してるのがわかる。海燕はお前のそんな顔を望んでなどいないだろうに。
それはそれとして、京楽隊長。なんでアンタまでいるんだよ。
「ん〜。暇だったからねぇ。浮竹も誘って来たし、何より折角の宴でしょ。楽しまなきゃあ」
「まあ、誘ったのは俺だ。気にしないでくれ」
「そう言うのなら」
俺は適当な席に座った。オードブル形式に置かれた目の前の料理をつまみ、酒をちびちびと飲んでいく。
周りを見ると、既にできあがっているヤツもチラホラと見える。浮竹隊長たちも、昔話に花を咲かせている。
俺は、ふと目に付いた朽木のとなりに移動した。
…苦痛だろうが、話さなければ、溜め込むだけだ。そしてそれは、何よりの毒であり、心を裂くような痛みだろう。
「まだ、引き摺ってるのか」
「穂積殿…。はい、私は、まだあの瞬間が忘れられない」
浮竹隊長から話を聞いた。虚に取り憑かれた海燕は、朽木に殺される事を選んだのだと。ならば、朽木が悔やむことなどないはずなのに。
……いや、これも価値観の違いか。海燕を「殺した」という事そのものが、朽木を縛っている。なにせアイツ、慕われてたからな。自責の念を感じるのもまあ、仕方のないことか。
正直な話、俺からアドバイスできることは無い。価値観は人によって千差万別。講釈たれるのは、押し付けと同じ。
そうでなくても、今の俺は、2年前とは別人みたいなものだ。態度や雰囲気はともかく、「死」に対する考えはまるで違う。
ここで何もしないのは、人でなし、とでも言うのだろうか。
慰めの言葉は口に出来ない。
でも、親友だった俺よりも悲しんでくれてるのなら。
「なあ朽木」
「なんでしょう」
「海燕のヤツ、何か言ってたか?死ぬ間際にさ」
「………『ありがとう』と。たった一言だけ」
「アイツらしいな。でも、それは紛れも無い本心だ。他ならないアイツのな。だから、お前が責められる謂れは無いし、自分で責める事もないんだ」
「…どう言う事でしょうか」
「アイツ、満足したんだよ。虚に喰われて、そりゃ悔しかったかもしれないけど、自分が自分である内に終われたことに。だから、その言葉は純粋な感謝だ」
「ですが、やはり私がしっかりしていればと…、そう、思ってしまうのです」
「たらればの話はしても無駄だ。終わったことを悔やんでも、何も始まらない。なら、進め。過去は過去。それは己が糧として受け入れ、訣別するものだ。なに、輪廻転生が当たり前の世界だ。いずれ似たようなヤツが産まれてくる。そういう意味でも、アイツはお前を見てるんだ。情けない姿、見せられないだろ?」
「己が糧……。なるほど。──決めました。私は立ち止まらない。海燕殿に胸を張って、『強くなった』と、言えるまでは」
「ああ、いい顔だ──」
眩しかった。思わず目を細めてしまった。この子の伽藍は埋まったのだろうか。現在進行形でがらんどうの俺が、埋める手助けなんて笑えないが。俺のは埋まらない。ピースは既に、どこかへ消えた。
気にしないようにしていた「線」が、妙にくっきり見えた。