どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
令和でもボチボチやっていきますので、よろしくお願い申し上げます。
さあ、決着です。
「久しぶりっスね、黒桐サン」
「お久しぶりです、浦原さん。で、今日はどうしたんですか?」
コトリと音を立てて置かれた湯呑みからは、もくもくと湯気が上がっていた。いやぁ、今日びの流魂街は冷え込んでますから丁度いいっスね。
「ありがとう鮮花」
「どういたしまして。じゃあ、ごゆっくり」
確か黒桐サンには妹がいたらしいんスけど、似てるのか似てないのか分からないっスね。その振る舞いはまさに良妻賢母とも言えますが……、妹っスよね?
「妹ですよ。鮮花は紛れもなく、ね」
「その様子じゃ、何度も同じことを言われたんスかね?」
「ははは、まあそんな所です。で、用件はなんですか?」
後ろの方で大袈裟にため息を吐く妹サンの事は……、うん、考えないようにしましょう。他人の恋路(?)を邪魔する人は犬とか何とかに蹴られるって言うっスからね!
…ある程度緩くなった空気を締めるように、黒桐サンは話を促しました。このくらいの緊張感が丁度いいっスね。コホンと咳払いして話を切り出すとしましょう。
「アタシの用件は1つ。この人物についての情報を可能な限り集めてほしいんスよ」
そう言って、穂積サンのことを記した紙を手渡す。
「穂積……ですか。この辺りじゃ少々名の知れた商家ですね。彼について、何か?」
「見ての通り、その人は死神っス。ですが、余りにも異端。普通は四大貴族とかその辺りが強いんスけど、彼はそんな人たちを差し置いて、現状最強クラスの力を持っています」
「へぇ。で、そのことがおかしいんですか?凄まじい才能が開花した、というのでもなく?見れば、瀕死の重傷、昏睡から回復してからすごい力を得たように感じますが…」
「それにしたって、元から持っていなければ開花しませんよ。黒桐サンには、彼の
「ルーツ……ですか」
顎に手を当ててしばらく考え込んでから、黒桐サンは言った。
「分かりました。できる限りの事はしましょう。とは言え、流魂街は基本的に無法地帯ですからね。書類上のデータなんて無いでしょうから、少し時間がかかりますが、それでも?」
「構いません。早いに越した事はないっスけど、1ヶ月くらいで終わりますかね?」
「十分ですよ。ああ、報酬は情報を渡す時にお願いします。無償で、というのはその情報に責任がないのと同じですからね」
「分かってますよ」
湯呑みのお茶を飲み干して、彼の家を出た。寒空が広がる割に、一切仕事をしない太陽に見下ろされている。これっぽっちも上がらない気温に身体を震わせながら、黒桐サンの家を離れて行く。
「穂積サン…。アナタは一体、何者なんスか…」
口からこぼれた問に答えられるような人は、誰もいなかった。
あの瞬間、確かに俺は落ちた。天から地へ、不可逆の現象へと足を踏み入れた。強かに打ち付けたのだと知覚したのに、堕ち続けていた。
(……また、か)
記憶に無いが、記録に残る混沌。鬩ぎ合い、奪い合い。混沌ゆえに秩序が無い。境界が存在しない何処かに、俺は堕ちている。
掛かっていたはずの重力はとうに消え失せ、堕ちているという感覚にさえも疑念を催すほどに長い時間。そう感じるのは、ここが曖昧だから。飛行と墜落が連結である秩序は、ここには無い。そんな概念も無い。
在るのは、絶対的な1つの概念のみ。それは、俺の眼に映るものと同じもの。
(見えないほどの死が…、ひしめき合ってるのか…)
ありふれ過ぎた結果、死が見えない。そう断じた。そしてそれは逆説的に、俺の死を決定づけるものであることを理解した。
全てが終わる。俺は何も残さないままに。意志さえ希薄で、虚無を埋めることさえ叶わぬままに。そしてなにより、式に何も見せないままに。
(ふざ、けるな…っ!)
認めない。認めない。そんなもの、俺が認めない。俺が赦さない。ああ、常日頃から死を見続けて、それが絶対だと識る俺が。それを否定する!
感覚さえない拳を握りしめて、あらん限りに叫ぶ。
(俺は、死ねないっ!なんとしてでも、生きてみせる!)
そうして、形さえない俺の意志が形を成し。虚無の中にて何かが産まれた。
『やっと見つけたのね。ええ、やっぱり貴方はそうでなくちゃ。いいわ、今回は特別よ。私の力を貸してあげるわ』
誰とも知らぬ声が、俺を引っ張り上げた。
『その意志で、世界を塗り替えてみせて?式も、織も。どちらとも隔たりなく私。なら、私の力は使えるはずよ?ふふっ、楽しみね』
ひどく楽しげで、夢のような儚さを携えた声が。身体の内に響きわたる。
だけど俺は、それについて考える事は無かった。生きようとする意志が、混沌を呑み込んで秩序を拡げる。織物の上にさらに織物を重ねるような、そんなイメージ。糸で縫ってしまえば1つの
そして、ついぞ俺は知ることはなかった。
その瞬間こそ、初めて俺が
『な……んで…!?』
戻ってきた俺が最初に知覚したのは、
「生き、てるよ…。複雑骨折かよ、痛い訳だ…」
実際激痛な訳だが。骨折程度で済むのかは分からないが。即死クラスのダメージだったかも知れない。だけど、少しずつ痛みは引いている。慣れているのか治っているのかは知らないけれども。
「だけど、お陰で分かったぞ。オマエ、文字通り落とすんだろ。死神はよっぽどの馬鹿じゃない限り、空中じゃ霊子の足場を作って移動する。で、仮に足場が作れなくて落ちたとしても、この高さからの自由落下じゃ死神はそうそうダメージを受けない」
つらつらと口にするのは、俺の所感を含めたアイツの能力。
「けど、実際落ちたらこのザマだ。まるで
『…………』
「はっ、図星か?いや、分からねえか。オマエに普通な感性なんて無いもんな」
自分を棚に上げて言う。破面は目を見開いて猛スピードで突撃してきた。煽りが効くのか。それとも、恐怖から突っかかってくるのか。どっちにしろ、向こうから飛び込んでくれるのなら歓迎だった。
慣れてきたとは言え、身体が思うように動かない。刀を動かすのさえ面倒な。そんな
『足りないのね。もっと堕ちたいんでしょ!?だから、堕としてあげるわ!』
狂乱に落ちたような喚きを伴って、うるさく落ちてくる。もう俺は落ちたのに、まだ落ちれる場所があるのか?
なんにせよもう俺は動けない。…殺すしか無い。元々それ以外の選択肢は無いのに。まるで有るかのような考えに、自嘲の笑いがせりあがった。
「直死───」
眼を開けた。赤黒い、血を体現したような線は。僅かに青みがかって神秘性を纏っていた。それが何を意味するのかは知らないし、興味ないけども。まるで深いところに来たような感覚を覚えた。
ふと、心の端に引っかかるような何かが見えた。
(まだいたのか…。…いや、俺が抱え込んでただけか)
必死にしがみつくようにぶら下がるそれには、微塵の興味も抱かなかった。意識を割く余裕がないのも有るが、純粋にどうでもよかったのだ。
見上げれば、いつのまにか大の字で落下してくる破面。自分も堕ちながら、堕ちろ、堕ちろと連呼して、迷惑な響きが鼓膜を叩く。切り裂こうとして構えていた斬魄刀を持ちかえた。斬って死ににくいのなら、確実に殺す方法をとる。湧き出る殺意がそう訴えたから。
屋上にいるだろう女はどうなるだろうか。引き伸ばされた意識の中でふと思った。あれこれ考えて、結局どうでもいいに落ち着いた。殺してしまえば、尸魂界に招かれるだろう。最早目の前の破面と女は別存在だ。片方を殺せば、つながりは断ち切られるはずだ。
そう考えた時、俺の中に刷り込まれた衝動が立ち上がった。
……飛べる。自分は飛べる。昨日より高く。昨日より自由に。昨日より安らかに。昨日より笑うように。早く、早く。空へ。自由へ。
───だけどそれは。
現実からの逃避。大空への憧憬。重力の逆作用。無意識的な飛行。
行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、───────行け!
「冗談」
繰り返される怨嗟。呪わんとするかの如く、俺の耳を叩き続ける。ナイフを右手に、素のままの左手を払うように持ち上げた。もう俺は堕ちない。誘惑は怨嗟とともに殺し尽くし。もう目眩さえもしない。
「何度も言うが、墜落劇は終幕だ。生憎、伽藍洞の俺には誘惑を受けるような情緒も無くてな。オマエが空っぽじゃなければ、本当はオマエなんてどうでも良かったんだ。だから───」
唄うように。俺は呟いた。生については最早、俺には何の束縛も無い。堕ちることで何を得るのかは知らないが、虚無に響かない欲望は俺にとって何の魅力も感じなくなっていた。
それを悟ったのか何なのか。破面はさらに険しい形相を呈し、さらに強い怨嗟を叩きつけてくる。
だけど、俺はソレを完全に無視し───。
「────オマエが堕ちろ」
途端、命が消え、怨嗟の声が止まった。落ちてくる破面に、槍のように突き刺された斬魄刀。くの字に折り曲がった体から、零れるように恍惚とした声が漏れる。終幕は墜落死。全ての墜落が回り回って帰ってきた形なのか。
屋上には何も残らない。亡霊は残らず殺し尽くされ、破面の女も溶けるように消えた。白い花が散るような有様を残して。
死をもって鳴り響く閉幕の鐘の音。裂けたような笑みを浮かべる月は、満足そうにして見続けていた。
原作と似たような決着ですが、いかがでしたか?
指摘やら何やらがあればよろしくお願いします。