どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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平成最後の投稿。こんな作品を読んでくださりありがとうございます。
令和でもボチボチやっていきますので、よろしくお願い申し上げます。

さあ、決着です。


39

「久しぶりっスね、黒桐サン」

「お久しぶりです、浦原さん。で、今日はどうしたんですか?」

 

 コトリと音を立てて置かれた湯呑みからは、もくもくと湯気が上がっていた。いやぁ、今日びの流魂街は冷え込んでますから丁度いいっスね。

 

「ありがとう鮮花」

「どういたしまして。じゃあ、ごゆっくり」

 

 確か黒桐サンには妹がいたらしいんスけど、似てるのか似てないのか分からないっスね。その振る舞いはまさに良妻賢母とも言えますが……、妹っスよね?

 

「妹ですよ。鮮花は紛れもなく、ね」

「その様子じゃ、何度も同じことを言われたんスかね?」

「ははは、まあそんな所です。で、用件はなんですか?」

 

 後ろの方で大袈裟にため息を吐く妹サンの事は……、うん、考えないようにしましょう。他人の恋路(?)を邪魔する人は犬とか何とかに蹴られるって言うっスからね!

 …ある程度緩くなった空気を締めるように、黒桐サンは話を促しました。このくらいの緊張感が丁度いいっスね。コホンと咳払いして話を切り出すとしましょう。

 

「アタシの用件は1つ。この人物についての情報を可能な限り集めてほしいんスよ」

 

 そう言って、穂積サンのことを記した紙を手渡す。

 

「穂積……ですか。この辺りじゃ少々名の知れた商家ですね。彼について、何か?」

「見ての通り、その人は死神っス。ですが、余りにも異端。普通は四大貴族とかその辺りが強いんスけど、彼はそんな人たちを差し置いて、現状最強クラスの力を持っています」

「へぇ。で、そのことがおかしいんですか?凄まじい才能が開花した、というのでもなく?見れば、瀕死の重傷、昏睡から回復してからすごい力を得たように感じますが…」

「それにしたって、元から持っていなければ開花しませんよ。黒桐サンには、彼の根源(ルーツ)を調べて欲しいんス」

「ルーツ……ですか」

 

 顎に手を当ててしばらく考え込んでから、黒桐サンは言った。

 

「分かりました。できる限りの事はしましょう。とは言え、流魂街は基本的に無法地帯ですからね。書類上のデータなんて無いでしょうから、少し時間がかかりますが、それでも?」

「構いません。早いに越した事はないっスけど、1ヶ月くらいで終わりますかね?」

「十分ですよ。ああ、報酬は情報を渡す時にお願いします。無償で、というのはその情報に責任がないのと同じですからね」

「分かってますよ」

 

 湯呑みのお茶を飲み干して、彼の家を出た。寒空が広がる割に、一切仕事をしない太陽に見下ろされている。これっぽっちも上がらない気温に身体を震わせながら、黒桐サンの家を離れて行く。

 

「穂積サン…。アナタは一体、何者なんスか…」

 

 口からこぼれた問に答えられるような人は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの瞬間、確かに俺は落ちた。天から地へ、不可逆の現象へと足を踏み入れた。強かに打ち付けたのだと知覚したのに、堕ち続けていた。

 

(……また、か)

 

 記憶に無いが、記録に残る混沌。鬩ぎ合い、奪い合い。混沌ゆえに秩序が無い。境界が存在しない何処かに、俺は堕ちている。

 掛かっていたはずの重力はとうに消え失せ、堕ちているという感覚にさえも疑念を催すほどに長い時間。そう感じるのは、ここが曖昧だから。飛行と墜落が連結である秩序は、ここには無い。そんな概念も無い。

 在るのは、絶対的な1つの概念のみ。それは、俺の眼に映るものと同じもの。

 

(見えないほどの死が…、ひしめき合ってるのか…)

 

 ありふれ過ぎた結果、死が見えない。そう断じた。そしてそれは逆説的に、俺の死を決定づけるものであることを理解した。

 全てが終わる。俺は何も残さないままに。意志さえ希薄で、虚無を埋めることさえ叶わぬままに。そしてなにより、式に何も見せないままに。

 

(ふざ、けるな…っ!)

 

 認めない。認めない。そんなもの、俺が認めない。俺が赦さない。ああ、常日頃から死を見続けて、それが絶対だと識る俺が。それを否定する!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 感覚さえない拳を握りしめて、あらん限りに叫ぶ。

 

(俺は、死ねないっ!なんとしてでも、生きてみせる!)

 

 そうして、形さえない俺の意志が形を成し。虚無の中にて何かが産まれた。

 

『やっと見つけたのね。ええ、やっぱり貴方はそうでなくちゃ。いいわ、今回は特別よ。私の力を貸してあげるわ』

 

 誰とも知らぬ声が、俺を引っ張り上げた。

 

『その意志で、世界を塗り替えてみせて?式も、織も。どちらとも隔たりなく私。なら、私の力は使えるはずよ?ふふっ、楽しみね』

 

 ひどく楽しげで、夢のような儚さを携えた声が。身体の内に響きわたる。

 だけど俺は、それについて考える事は無かった。生きようとする意志が、混沌を呑み込んで秩序を拡げる。織物の上にさらに織物を重ねるような、そんなイメージ。糸で縫ってしまえば1つの織物(テクスチャ)だが、そのままならば2枚の織物。しかし、縫い付けるようなその力を持たない今の俺にはそんな事が出来ようはずがなかった。

 そして、ついぞ俺は知ることはなかった。

 その瞬間こそ、初めて俺が()の本当の力を使った時だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な……んで…!?』

 

 戻ってきた俺が最初に知覚したのは、破面(アランカル)の声だった。死人でも見たような青ざめた顔で、恐ろしげに漏れ出た声はしっかり聞こえた。失礼な奴だ。光をやっと知覚した目で周りを見れば、はるか真上で見下ろす破面の姿。

 

「生き、てるよ…。複雑骨折かよ、痛い訳だ…」

 

 実際激痛な訳だが。骨折程度で済むのかは分からないが。即死クラスのダメージだったかも知れない。だけど、少しずつ痛みは引いている。慣れているのか治っているのかは知らないけれども。

 

「だけど、お陰で分かったぞ。オマエ、文字通り落とすんだろ。死神はよっぽどの馬鹿じゃない限り、空中じゃ霊子の足場を作って移動する。で、仮に足場が作れなくて落ちたとしても、この高さからの自由落下じゃ死神はそうそうダメージを受けない」

 

 つらつらと口にするのは、俺の所感を含めたアイツの能力。

 

「けど、実際落ちたらこのザマだ。まるで()()()()()()()()()みたいじゃないか。…つまり、これがオマエの能力。発動条件は知らないけど、少なくとも俺はオマエの眼を見たな。オマエは、そんな奴らの肉体を現世の人間と同じくらいの強度に落とし込んで、魂までまるっと落とす。飛びたいなんていう欲求を意識の底に刷り込んでな」

『…………』

「はっ、図星か?いや、分からねえか。オマエに普通な感性なんて無いもんな」

 

 自分を棚に上げて言う。破面は目を見開いて猛スピードで突撃してきた。煽りが効くのか。それとも、恐怖から突っかかってくるのか。どっちにしろ、向こうから飛び込んでくれるのなら歓迎だった。

 慣れてきたとは言え、身体が思うように動かない。刀を動かすのさえ面倒な。そんな塩梅(あんばい)だ。

 

『足りないのね。もっと堕ちたいんでしょ!?だから、堕としてあげるわ!』

 

 狂乱に落ちたような喚きを伴って、うるさく落ちてくる。もう俺は落ちたのに、まだ落ちれる場所があるのか?

 なんにせよもう俺は動けない。…殺すしか無い。元々それ以外の選択肢は無いのに。まるで有るかのような考えに、自嘲の笑いがせりあがった。

 

「直死───」

 

 眼を開けた。赤黒い、血を体現したような線は。僅かに青みがかって神秘性を纏っていた。それが何を意味するのかは知らないし、興味ないけども。まるで深いところに来たような感覚を覚えた。

 ふと、心の端に引っかかるような何かが見えた。

 

(まだいたのか…。…いや、俺が抱え込んでただけか)

 

 必死にしがみつくようにぶら下がるそれには、微塵の興味も抱かなかった。意識を割く余裕がないのも有るが、純粋にどうでもよかったのだ。

 見上げれば、いつのまにか大の字で落下してくる破面。自分も堕ちながら、堕ちろ、堕ちろと連呼して、迷惑な響きが鼓膜を叩く。切り裂こうとして構えていた斬魄刀を持ちかえた。斬って死ににくいのなら、確実に殺す方法をとる。湧き出る殺意がそう訴えたから。

 屋上にいるだろう女はどうなるだろうか。引き伸ばされた意識の中でふと思った。あれこれ考えて、結局どうでもいいに落ち着いた。殺してしまえば、尸魂界に招かれるだろう。最早目の前の破面と女は別存在だ。片方を殺せば、つながりは断ち切られるはずだ。

 そう考えた時、俺の中に刷り込まれた衝動が立ち上がった。

 ……飛べる。自分は飛べる。昨日より高く。昨日より自由に。昨日より安らかに。昨日より笑うように。早く、早く。空へ。自由へ。

 ───だけどそれは。

 現実からの逃避。大空への憧憬。重力の逆作用。無意識的な飛行。

 行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、───────行け!

 

「冗談」

 

 繰り返される怨嗟。呪わんとするかの如く、俺の耳を叩き続ける。ナイフを右手に、素のままの左手を払うように持ち上げた。もう俺は堕ちない。誘惑は怨嗟とともに殺し尽くし。もう目眩さえもしない。

 

「何度も言うが、墜落劇は終幕だ。生憎、伽藍洞の俺には誘惑を受けるような情緒も無くてな。オマエが空っぽじゃなければ、本当はオマエなんてどうでも良かったんだ。だから───」

 

 唄うように。俺は呟いた。生については最早、俺には何の束縛も無い。堕ちることで何を得るのかは知らないが、虚無に響かない欲望は俺にとって何の魅力も感じなくなっていた。

 それを悟ったのか何なのか。破面はさらに険しい形相を呈し、さらに強い怨嗟を叩きつけてくる。

 だけど、俺はソレを完全に無視し───。

 

「────オマエが堕ちろ」

 

 途端、命が消え、怨嗟の声が止まった。落ちてくる破面に、槍のように突き刺された斬魄刀。くの字に折り曲がった体から、零れるように恍惚とした声が漏れる。終幕は墜落死。全ての墜落が回り回って帰ってきた形なのか。

 屋上には何も残らない。亡霊は残らず殺し尽くされ、破面の女も溶けるように消えた。白い花が散るような有様を残して。

 死をもって鳴り響く閉幕の鐘の音。裂けたような笑みを浮かべる月は、満足そうにして見続けていた。

 





原作と似たような決着ですが、いかがでしたか?
指摘やら何やらがあればよろしくお願いします。

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