どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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令和初投稿。そして40話。意外と続くものですね。
令和でも、よろしくお願いします。

5/6 改稿


40

「っ!」

 

不意に襲ってきた感覚。滑らかに、鋭く。心の臓に突き刺された刃。人の胸をたやすく突き刺すなんて…と思ったけれど、あの眼をみているとそれも当然かと思った。

それに、あの刃は不思議な感じがした。殺そうとする意志があった。だけど、それを恐ろしいとは感じなかった。狂暴な力じゃなかった。きっとそれは、純粋な殺意しかなかったから。己のためであれ、他人のためであれ、なにかの為だけに一本化された想念は、綺麗なものだから。

貫いたのは、寸分の狂いもなく私の心臓。無駄がなく、骨の間隙を、肉の間隙を。身体の間隙を当たり前のように貫通した。恐ろしいまでの一体感を感じさせるあの人。男とも女ともとれる顔立ち体つき。だけど口だけはどうしようもなく悪くて。

 

「…………」

 

思わず押さえた胸元を見る。全身を死に舐めまわされていく感覚は、ゾッとする感覚よりも痛みが勝っていて。でもそれでいて、感じたことのない悦楽すらも押し寄せる。気が狂うほどの悪寒に震えて。

生への執着。長い時間の孤独と不安。それらは私にとって泣き出したいほどで。

一度死んだはずの身なのに、死の感覚を覚えていなくて。だから私は恍惚となったのだ。初めて感じた死と、初めて目にした死の深淵。

きっと永久に追い立てられるだろう。逃げられはしないだろう。たとえ私が、この世界から逃れられたとしても。

 

「ああ…。私は…」

 

 

 

 

 

 

 

その身体に視えていたのは、線ではなく点。刀の幅程しかないような、そんな点。或いは渦巻く線でもあるかもしれない。感じたことは至極単純。絶対でありながら、どこか儚い。所詮は俺の所感ではあるけども、それは間違ってはいないはずだ。

 

()っ…、こっ酷くやられたなチクショウ。暫くは動けないかも、しれないな…。……おい、全部終わったぞ」

 

何とか屋上に戻った俺は、隠れているだろう巫条霧絵を呼んだ。

 

「……………」

「おい、しっかりしろよ。ったく、胸を押さえてどうした?」

「いえ…、何か、雷に打たれたような衝撃が…」

 

巫条はどこか恍惚とした表情でそう言った。ふと視てみると、存在が希薄になりつつあるのとは反対に、死の線がより濃くなっていきつつあった。終わりが近づいている。

 

「オマエも繋がってたんだ。切り離されたとされても、な。元々同じ存在として世界の枠内にいたんだ。片方が消えて、2分の1で1人分を埋めるなんて不可能だ。釣り合いを取るには、消えてもらうのが一番早い」

「そう…。やっと、死ねるのね……」

「まぁなんだ、俺がこういう事を言うのは変だけど…」

 

コホンと咳払いして、自分の中の僅かな緊張を取っ払って、僅かな死神としての義務感を。重箱の隅をつつくようにして引っ張りだした。

 

「遅れて悪かったな。死神はオマエらみたいなのを早く見つけて、成仏させてやらなきゃ行けないんだけどな」

「ふふ、似合わないですよ。そんな言葉」

「うるさい。なけなしの義務感を口に出したんだから、魂らしくしてろ」

「魂らしくって、私分かりません」

「はぁ…。ま、そりゃそうだよな」

 

らしくない事をしたと自分でも思っている。なぜかこういう行動をとったのだ。多分、コイツ以外の奴ならやっていない事を。

それは多分、心の空だ。未だ佇む虚無。それを抱えているのだと直感で感じたからだろう。それの正体は人それぞれであり、俺とコイツでは欠けたものが違う。故に、埋まる条件もまた千差万別だ。思うことがあるとすれば、さっき俺の意識に刷り込まれようとしていたモノ。仮に、コイツの下にやって来た男が、その願いに即した器を用意したのだとしたら。魂は巫条霧絵そのものなのだから、同じ霊圧を発するだろう。

それは飛行願望。巫条霧絵の根底に根を張っていたのは、ソレだ。俯瞰し、空を見ていただろう時からずっと眠っていたソレは、もはや本人にも、無意識ながら抑えようがないものに成り果てていた。

そして、ソレを利用して俺とぶつけた奴がいる。

だが今は、目の前のコイツに、僅かに気になったことがあった。

 

「それで」

「何でしょうか?」

「埋まるのか?オマエの欠けたモノは」

「……………」

 

巫条は少し、考え込むような素振りを見せた。でも、そんな小難しい事を聞いた覚えはない。この問いには、ただ本心から答えてくれればいい。それが俺やコイツの奥底の回答になるから。

 

「多分、これでは埋まりません。彼女が置いていった虚しさと、私が抱え込む虚無は別物。彼女が虚ろみたいになったのは多分、私の虚無を少しだけ抱えてたから。でも、もう既に私と彼女は別存在です。だから、私は私の答えを探します。現世だけでなく、あの世にだって足を運びます。……今から行くのですけどね」

「そうだな。…ほら、今から送ってやるよ」

 

そう言って、刀の柄の方を向ける。これからやるのは、『魂葬』と呼ばれるものだ。(プラス)にしか効果がないが、これをすると何故か尸魂界に行けるらしい。仕組みはよく分からないけど。

 

「じゃあな。巫条霧絵」

「ええ。死神様」

 

額に柄を押し付ける。幻想的な青い光に包まれて、まるで地面に落ちるように。今度こそ本当に、巫条霧絵はこの世を去った。

 

「……さて」

 

身体の傷は粗方治ってしまっていた。僅か十数分の出来事にもかかわらず、その程度の時間では治りそうもない傷は塞がってしまった。

まあ、これについて考察したところで無駄だというのは明らかだ。

 

「なんだよ、まだ終わってないのか向こうは」

 

未だ激しく飛び交い続ける霊圧が、戦闘中である事を物語っている。だが、はっきり言ってその中に飛び込みたいとは思わなかった。今日はもう、何も殺せない。その気が無くなってしまった。なら、朽木たちのところに飛んだところで無駄で、足手まといにすらなりうる。単純な膂力では、細身の朽木と同じくらいでしかないのだから。

 

「ま、行かなかったら行かなかったらで、日番谷隊長(あのチビ)に怒られるんだろうけどな」

 

そういうところは真面目なヤツだ。アイツは。ちっこい体に無駄に厳格な性格を宿してる天才。嫌いじゃないが、好きでもない。もう少し冷静になれるようになってほしい。面倒みるのも楽じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……、はぁ……」

「成る程……」

 

互いに奥の手を晒した姿。具体的には、俺は卍解を使い、相手は帰刃(レスレクシオン)を使っている。そのシルエットは大きく変わってはいるが、さりとてそれが意思疎通に影響があるわけではない。

この劣勢は、単純に俺が『氷輪丸』の力を完全に使いこなせていないというだけの事だ。

 

「その背中…」

「あ?」

 

零れたような言霊を俺の耳が拾い上げた。今のところ戦況はかなり拮抗していて、というよりも、情けない話ではあるが劣勢を強いられているところだった。

 

「3つあったはずの氷の華が、今は1つに減っていますね」

「…それがどうした」

「いえ。ただ、時間とともに散っていくその華と、貴方の戦い方を見ていると、こう思ったんですよ」

 

いやに余裕ぶった言い方をしやがって。おそらくコイツが言おうとしていることは正しいだろう。そしてそれはズバリ俺の弱点だ。どうせいつかはバレることではあったが、思った以上に早い。

 

「『その華が全て散った時、貴方の卍解は消える』と、そう思ったのです」

「………」

「見たところ、貴方はまだ幼い。特に大量の霊力を必要とする卍解を維持しようとするなら、まだ貴方のそれは未完成。故にそう考えました」

「…だからどうした」

「私も例に漏れず戦いを好みます。特に貴方のような強者ならば尚更です。見れば花弁の残りは3枚。全力の貴方と戦えるのも残り少しとなると、少々残念に思います」

「ふん、好きなものは後回しに食べる、っていうタイプだなお前」

「さぁ。我々は食事を必要としないので。戦う相手、という意味ならばその通りなのですが」

 

たしかに、元々俺は短期決戦でなければ勝ち目はない。ここまでもつれ込むのは予想してなかった。残り3枚……。刺し違える覚悟で行かねえと、こっちがやられちまう。

ふう、と息を吐いた。変な考えを吐き出すように。そんな息は、氷輪丸が発する冷気に中てられて白く曇る。斬魄刀の柄を握りしめ、全身に力を入れた。

 

「確かに、もう俺には時間が無え。悪いが、さっさと終わらせちまうぜ」

「強がり…というわけではなさそうですね。いいでしょう、貴方の奥の手とやらを見せてもらいましょう」

 

全く…、これでも全力なんだがな。藍染の野郎、とんでもない手駒を揃えやがって。俺は張りつめていた力を解き放った。

 

「なんだよ、まだ続けてたのか」

 

聞き覚えのある声が降ってきた。それは降ってきたというよりも、深海から湧き上がってきたかのような。そんな響きを内包していて。

 

「オマエら、ずいぶんとこっ酷くやられたな。まあ、俺も他人のことは言えないけど。卍解まで出して勝てないとかマズいだろ」

「テメェ、今まで何してやがった!」

「悪かったって。こっちもいろいろあったんだ」

「っ、穂積。その傷…」

「…ま、そういうことだよ」

 

腹部の傷と、わずかに青ざめていた肌を見て、穂積もまた戦っていたことを悟る。しかし一体、何と戦っていたのか。こいつほどの死神がこんな手傷を負うなんて、想像ができない。副隊長ながら、その実力は確実に隊長クラス。………いや、そんなことを考えても仕方ない。終わったら問い詰める。

 

「……分かった。後でキリキリ吐いてもらうぜ」

「はあ。オマエもしつこいな」

 

穂積がため息をつくが、ため息つきたいのはこっちだこの野郎。だがコイツの参戦はありがたい。一気にこっちが有利になる。

 

「貴方が、穂積織ですね」

 

突然、破面が口を開いた。なるほど確かに。さっき興味あるとか言ってやがったからな。ぶっちゃけこの破面より穂積の方が強い。こいつほどの者なら、死ぬことが分からないはずがない。なのに挑む…。更木あたりと相性が良さげだが…。考えるのが怖いなコレ……。

 

「…なんだよ」

「私は貴方と戦ってみたい」

「パス」

「…ほう。なぜです?」

 

鉄面皮をヒクつかせて、破面は問いかけた。

 

「オマエ、仮にも一度戦いだした相手が目の前にいるのにソレを放棄するのか?俺は別に戦闘狂ってわけじゃないけど、斑目あたりと喋ってるとイヤでも分かるさ。その手の輩は自分ルールに従うし、自分の矜持に誇りがある。ソレが無いオマエはただの獣だよ」

「…それは申し訳ないことをしました。いいでしょう。貴方に勝利して、穂積織。貴方に挑みましょう」

「まあ、オマエのそれはどうだっていい。本音はただ、俺にオマエを殺す気が起きないだけだよ」

 

思わずゾッとしてしまった。コイツの殺気は最早比較できる次元にない。目の前で中てられれば戦意喪失は免れない。味方だと分かっていながらも横で感じるだけでこのザマなのだから。

ああ。やっぱりコイツとは。徹底的に相いれない。藍染以上に悪いかもしれない。俺にとって穂積織とは多分。致命的なまでに天敵であるが故に。

 

 

 

 

 




日番谷隊長は穂積様のことをかなり苦手にしています。

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