どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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ジメジメしてきて、梅雨のような夏のような季節になりました。
健康には気をつけましょう。



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「志波海燕…か」

「穂積副隊長!?」

「ん…?よお穂積、久しぶりだな」

 

 目の前に現れたのは、かつての俺とそれなりに付き合いのあった男。海燕は、まるで当たり前のように立っている。

 手にしている槍は、まさしく『捩花』。記録のままだ。

 

「朽木。これは…」

「恐らく敵…です。海燕殿が虚の側につくはずがない」

「…そうか。そう思うなら、その手が震えるはずないと思うけど」

「っ……」

 

 救われたように見えて、やっぱり引き摺る。俺も同じだ。過去の亡霊に取り憑かれ、未だに自分を定義できない。

 それこそが、式に告げられたこと。

 

『自分を定義する方法を、再定義する』

 

 自身の過去を以って定義するのでなく、俺自身の意志を以って定義する。虚無に浸る俺の意思とは、即ち『生死との接触』。

 命ある何かを殺して。殺して。殺して殺して。そして初めて生を知る。自分が生きていると知る。自分が何なのかを理解する。

 

「なんだ穂積。お前も俺を敵だっていうのか?」

「俺はオマエが死んだことを知ってはいる。だけどそれを確認したわけじゃない。まあ、でも───」

 

 不自然な死が走る海燕の身体。それを視て、やはりと思った。

 

「オマエが皮被ってるのは分かるさ。いい加減、三文芝居はやめとけ。破面(アランカル)

「……そりゃ当然だわな。こんな場所で、生き返っただなんて信じるわけねえか」

「穂積副隊長…。あの海燕殿はやはり……」

「アレは志波海燕じゃない。それはオマエ自身がなにより分かってるんじゃないのか。そうでなくても、俺はアイツのことを知らない。そういう意味でも、アレは志波海燕じゃない」

 

()()()()()()()()前に、志波海燕という男は死んでいる。俺と志波海燕(あの破面)は初対面ともいえる。

 あっちは俺のことを知っていた。穂積織(かつての俺)のことを、寝食を共にした仲間として知っていた。

 俺はただ知識として。穂積織(かつての俺)とそういう関係にあったのかと。

 

「俺とオマエは赤の他人だ。なら、さっさと終わらせるぞ」

「穂積副隊長…、しかし…」

「まだ、躊躇うか?」

 

 簡単に踏ん切りがつかないのも、仕方のない事かもしれない。そういう面では、俺の方が異常なのかもしれないのだから。

 それでも、俺にとって他人で。虚で。生きているのなら。

 それは俺にとっての殺戮対象だ。

 

「朽木。先に進め。オマエには悪いが、ここは俺が決着をつける。正直オマエには荷が重い」

「ですが…!」

「別にオマエが弱いってわけじゃない。『袖白雪』とオマエの鬼道なら、十二分に渡り合えるかも知れない。けど、これは心情的な問題だ。その手の震えを見て、確実に倒せるって言えるか?」

「…………、」

 

 朽木は、何も答えなかった。

 

「それに、予想外の事が起きても俺の方が対処できる。───まぁ、本音は少し違うがな」

「………分かりました。穂積副隊長…、ご武運を」

 

 軽い足音を立てて、闇の奥へと駆けて行った。それを見送って、俺は目の前の破面に向き直った。

 

「……で、お前の本音は何なんだ?」

 

 訝しげにそう問いかけられた。隠すほどのことでもない。実際に受けてもらうのだから、バレるのは遅いか早いかというだけだ。

 

「俺の『卍解』の実験だよ。暇だろ?付き合えよ」

「…ほう。お前が『卍解』を…ねぇ?くく、面白いじゃねえか。お前の『卍解』と俺の『捩花』のどっちが強いか、試してみようじゃねえか」

「……はぁ。そういうんなら、オマエ(破面)の本気をサクッと引き出してやるよ」

 

 まずは、殺す。するりと抜いたのはナイフ。死神としてでなく、純粋な殺人鬼としての殺戮。赤の他人(志波海燕)は、そうやって殺す。

 

「舐めてんのか…」

「いーや。オマエには十分だよ」

 

 闇の中、よく目立つ白の服。そのままに、飛び出してきた。

 

「死にやがれぇぇ!!」

「…………」

 

 ギィン!と甲高い音が反響する。ナイフと槍の穂先がぶつかり、衝撃が刃を通って伝播した。

 バックステップで一旦離れるが、斜に構えた槍が目に入る。

 それを認識した瞬間、視界を切り替えて世界を視る。

 縮地で離れた距離を潰す。破面の表情に、笑えるくらいに驚愕が浮かんでいたのが見えた。

 それを無視して、槍に走る真一文字の深青の線に、刃を通した。

 手応えは、思った以上に軽かった。

 

「なっ……!?」

「思ったより脆かったな。でもまあ、オマエなんてそんなもんだろ。死んでるわけだしな」

 

 本来斬魄刀は、俺が殺せる対象ではない。魂そのものの具現である斬魄刀は、存在次元が遥かに高位だ。強固な存在である斬魄刀本体が、殺されることを拒否するのだ。()()()よりもその存在が強い以上、殺せないはずなのだ。

 殺せたからには、中身が空っぽだったんだろう。残滓を振り回して、斬魄刀の体裁を繕っていた。

 

「……いいだろう。後悔しやがれ。俺に喰われることをなぁ!」

 

 破面は左手の手袋を徐に外した。手を覆っていたはずのソレの内側には、青黒い触手のようなものが蠢いていた。生理的な嫌悪感を呼び出すデザインだった。

 

「喰い尽くせ、『喰虚(グロトネリア)』!!」

 

 途端、破面の足下が肥大化し、人の上半身と、化け物の下半身を持つ異形へと変わり果てた。

 ───これだけデカいと、最早殺し放題だな。

 流石にナイフでは火力不足だろう。それに、こっちの方が分かりやすい。

 

「開境しろ、『唯式』」

 

 ナイフを腰に戻し、解号を唱えた斬魄刀を構えた。

 

「俺の刀剣解放(レスレクシオン)、『喰虚(グロトネリア)』は喰らった虚や霊体の力を俺のモノにする。この手に捕らえられたら、もう逃げられねえぞ」

「しぶとそうだな。まあ、それくらいが丁度いい。くくっ、簡単に殺されてくれるなよ?」

 

 霊圧を集中させる。

 自己の定義に、もう悩む事はない。

 俺は、俺。

 ───穂積織以外の、何者でもない。

 死を視て、死に触れて。以って生を理解する。生きているんだと、心の底から歓喜する。

 この感情と、この思いは、紛れも無く俺自身のモノ。

 虚無に落ちたとしても変わらない、穂積織を構成するもの。

 穂積織とは、穂積織()だ。

 

『そう。貴方は貴方。気づくのが随分遅かったけれど…ね。だから、()()()()()は少しお預けよ。でも、それが貴方よ。織』

 

 そう繋がった瞬間、俺の中で何かが変わった。

 

「卍解───」

 

 

 

 

 

 

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「『我が刃は彼方にて歪む(マイネ・キリング・ファーゼルディッヒ)───』」

 

 それは、引き金の撃鉄を起こす文言。己が意志を刃に塗り替える。

 弓に構えた矢が、赤い光を帯びていく。血の色ともいえる。噛みつき、喰らい、殺し尽くすまで止まらない。

 僕の手を離れても、満たされるまで止まらない猟犬のような。

 

「『牙狼(ハウンド)』!!」

 

 引きしぼられた弦の力で飛び出す牙。弓矢での攻撃ではあり得ない変態的軌道を描いて、獰猛に的を喰い殺さんとする。

 これが、僕の新たな力の1つ。名を『自在兵装(シュヴァルクガル)』。

 弓に番える時、矢として放てる限りであるなら、その形状を自在に変化させ、追尾、爆発、貫通のどれかを付与できるようになる。

 試したところ、矢だけでなく、『霊子』で構成されたものならば適用できるらしいことも分かったが、主武装がこの弓矢である以上はほとんど日の目を見ないだろう。

牙狼(ハウンド)』は追尾弾。相手を殺しつくすか、()が壊れるまで永遠に追い続ける。まさしく猟犬。

 阿散井の攻撃の間隙を目敏く察知して喰らいにかかる牙。

 ザエルアポロは鬱陶しそうにしながら、阿散井と僕の攻撃を受け、躱し続けている。

 

「石田!少し時間を稼いでくれ!」

「いいだろう。しくじるんじゃないぞ!」

 

 自信に満ちた阿散井の表情に、何かの切り札があるのを理解した。

 

「『銀嶺弧雀・全数展開(アーレ・ベレイト)』」

 

 霊圧を細かく制御し、展開した全ての矢を『自在兵装(シュヴァルクガル)』とする。

 ザエルアポロに届く範囲の矢は『爆発』にセット。届かない部分は『追尾』にセットし、外れても追い続けるようにする。

 ここまで1秒と少し。もっと早くできるだろうか。

 

「ここまでとは…。面白いじゃないか…!!」

 

 どこまでもマッドなサイエンティストらしい。やはり、あの男に似ていて気にくわない。

 追尾の半数を放つ。掠る程度の、奴からすれば蚊のように鬱陶しい。

 それを盾に、阿散井の攻撃準備が完了した。

 

「行くぞ石田!」

 

 そう叫んだ阿散井が、一際大きく斬魄刀を振り回す。刀としての面影は無く、骨のような生き物が唸り、大口を開ける。

 その口に、膨大な赤い霊圧が収束する。

 

「『狒骨大砲』!」

 

 それを尻目に、爆発の矢をザエルアポロに向けた。

 

「……さよならだ(アリー・ヴェデルチ)

 

 不意に浮かんだイタリア語と共に告げる、別離の挨拶。

 同時に、全ての矢弾が放たれた。

 死にも匹敵する暴威に囲まれた科学者(ザエルアポロ)の顔は、どこまでも笑いに染まっていた。

 

 

 




所々中の人ネタ突っ込むとどうなんだろう?

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