どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
健康には気をつけましょう。
「志波海燕…か」
「穂積副隊長!?」
「ん…?よお穂積、久しぶりだな」
目の前に現れたのは、かつての俺とそれなりに付き合いのあった男。海燕は、まるで当たり前のように立っている。
手にしている槍は、まさしく『捩花』。記録のままだ。
「朽木。これは…」
「恐らく敵…です。海燕殿が虚の側につくはずがない」
「…そうか。そう思うなら、その手が震えるはずないと思うけど」
「っ……」
救われたように見えて、やっぱり引き摺る。俺も同じだ。過去の亡霊に取り憑かれ、未だに自分を定義できない。
それこそが、式に告げられたこと。
『自分を定義する方法を、再定義する』
自身の過去を以って定義するのでなく、俺自身の意志を以って定義する。虚無に浸る俺の意思とは、即ち『生死との接触』。
命ある何かを殺して。殺して。殺して殺して。そして初めて生を知る。自分が生きていると知る。自分が何なのかを理解する。
「なんだ穂積。お前も俺を敵だっていうのか?」
「俺はオマエが死んだことを知ってはいる。だけどそれを確認したわけじゃない。まあ、でも───」
不自然な死が走る海燕の身体。それを視て、やはりと思った。
「オマエが皮被ってるのは分かるさ。いい加減、三文芝居はやめとけ。
「……そりゃ当然だわな。こんな場所で、生き返っただなんて信じるわけねえか」
「穂積副隊長…。あの海燕殿はやはり……」
「アレは志波海燕じゃない。それはオマエ自身がなにより分かってるんじゃないのか。そうでなくても、俺はアイツのことを知らない。そういう意味でも、アレは志波海燕じゃない」
あっちは俺のことを知っていた。
俺はただ知識として。
「俺とオマエは赤の他人だ。なら、さっさと終わらせるぞ」
「穂積副隊長…、しかし…」
「まだ、躊躇うか?」
簡単に踏ん切りがつかないのも、仕方のない事かもしれない。そういう面では、俺の方が異常なのかもしれないのだから。
それでも、俺にとって他人で。虚で。生きているのなら。
それは俺にとっての殺戮対象だ。
「朽木。先に進め。オマエには悪いが、ここは俺が決着をつける。正直オマエには荷が重い」
「ですが…!」
「別にオマエが弱いってわけじゃない。『袖白雪』とオマエの鬼道なら、十二分に渡り合えるかも知れない。けど、これは心情的な問題だ。その手の震えを見て、確実に倒せるって言えるか?」
「…………、」
朽木は、何も答えなかった。
「それに、予想外の事が起きても俺の方が対処できる。───まぁ、本音は少し違うがな」
「………分かりました。穂積副隊長…、ご武運を」
軽い足音を立てて、闇の奥へと駆けて行った。それを見送って、俺は目の前の破面に向き直った。
「……で、お前の本音は何なんだ?」
訝しげにそう問いかけられた。隠すほどのことでもない。実際に受けてもらうのだから、バレるのは遅いか早いかというだけだ。
「俺の『卍解』の実験だよ。暇だろ?付き合えよ」
「…ほう。お前が『卍解』を…ねぇ?くく、面白いじゃねえか。お前の『卍解』と俺の『捩花』のどっちが強いか、試してみようじゃねえか」
「……はぁ。そういうんなら、
まずは、殺す。するりと抜いたのはナイフ。死神としてでなく、純粋な殺人鬼としての殺戮。
「舐めてんのか…」
「いーや。オマエには十分だよ」
闇の中、よく目立つ白の服。そのままに、飛び出してきた。
「死にやがれぇぇ!!」
「…………」
ギィン!と甲高い音が反響する。ナイフと槍の穂先がぶつかり、衝撃が刃を通って伝播した。
バックステップで一旦離れるが、斜に構えた槍が目に入る。
それを認識した瞬間、視界を切り替えて世界を視る。
縮地で離れた距離を潰す。破面の表情に、笑えるくらいに驚愕が浮かんでいたのが見えた。
それを無視して、槍に走る真一文字の深青の線に、刃を通した。
手応えは、思った以上に軽かった。
「なっ……!?」
「思ったより脆かったな。でもまあ、オマエなんてそんなもんだろ。死んでるわけだしな」
本来斬魄刀は、俺が殺せる対象ではない。魂そのものの具現である斬魄刀は、存在次元が遥かに高位だ。強固な存在である斬魄刀本体が、殺されることを拒否するのだ。
殺せたからには、中身が空っぽだったんだろう。残滓を振り回して、斬魄刀の体裁を繕っていた。
「……いいだろう。後悔しやがれ。俺に喰われることをなぁ!」
破面は左手の手袋を徐に外した。手を覆っていたはずのソレの内側には、青黒い触手のようなものが蠢いていた。生理的な嫌悪感を呼び出すデザインだった。
「喰い尽くせ、『
途端、破面の足下が肥大化し、人の上半身と、化け物の下半身を持つ異形へと変わり果てた。
───これだけデカいと、最早殺し放題だな。
流石にナイフでは火力不足だろう。それに、こっちの方が分かりやすい。
「開境しろ、『唯式』」
ナイフを腰に戻し、解号を唱えた斬魄刀を構えた。
「俺の
「しぶとそうだな。まあ、それくらいが丁度いい。くくっ、簡単に殺されてくれるなよ?」
霊圧を集中させる。
自己の定義に、もう悩む事はない。
俺は、俺。
───穂積織以外の、何者でもない。
死を視て、死に触れて。以って生を理解する。生きているんだと、心の底から歓喜する。
この感情と、この思いは、紛れも無く俺自身のモノ。
虚無に落ちたとしても変わらない、穂積織を構成するもの。
穂積織とは、
『そう。貴方は貴方。気づくのが随分遅かったけれど…ね。だから、
そう繋がった瞬間、俺の中で何かが変わった。
「卍解───」
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「『
それは、引き金の撃鉄を起こす文言。己が意志を刃に塗り替える。
弓に構えた矢が、赤い光を帯びていく。血の色ともいえる。噛みつき、喰らい、殺し尽くすまで止まらない。
僕の手を離れても、満たされるまで止まらない猟犬のような。
「『
引きしぼられた弦の力で飛び出す牙。弓矢での攻撃ではあり得ない変態的軌道を描いて、獰猛に的を喰い殺さんとする。
これが、僕の新たな力の1つ。名を『
弓に番える時、矢として放てる限りであるなら、その形状を自在に変化させ、追尾、爆発、貫通のどれかを付与できるようになる。
試したところ、矢だけでなく、『霊子』で構成されたものならば適用できるらしいことも分かったが、主武装がこの弓矢である以上はほとんど日の目を見ないだろう。
『
阿散井の攻撃の間隙を目敏く察知して喰らいにかかる牙。
ザエルアポロは鬱陶しそうにしながら、阿散井と僕の攻撃を受け、躱し続けている。
「石田!少し時間を稼いでくれ!」
「いいだろう。しくじるんじゃないぞ!」
自信に満ちた阿散井の表情に、何かの切り札があるのを理解した。
「『
霊圧を細かく制御し、展開した全ての矢を『
ザエルアポロに届く範囲の矢は『爆発』にセット。届かない部分は『追尾』にセットし、外れても追い続けるようにする。
ここまで1秒と少し。もっと早くできるだろうか。
「ここまでとは…。面白いじゃないか…!!」
どこまでもマッドなサイエンティストらしい。やはり、あの男に似ていて気にくわない。
追尾の半数を放つ。掠る程度の、奴からすれば蚊のように鬱陶しい。
それを盾に、阿散井の攻撃準備が完了した。
「行くぞ石田!」
そう叫んだ阿散井が、一際大きく斬魄刀を振り回す。刀としての面影は無く、骨のような生き物が唸り、大口を開ける。
その口に、膨大な赤い霊圧が収束する。
「『狒骨大砲』!」
それを尻目に、爆発の矢をザエルアポロに向けた。
「……
不意に浮かんだイタリア語と共に告げる、別離の挨拶。
同時に、全ての矢弾が放たれた。
死にも匹敵する暴威に囲まれた
所々中の人ネタ突っ込むとどうなんだろう?