どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
尤も、この小説読んでる人はブリーチ派か空の境界派なのかは分かりませんが。
間隙に飛来する厄介な攻撃。俺はそれを躱し、殺し、いなす。
ただひたすらに数が多く、物理的攻撃力しかもたないために余計に厄介だった。
『ホラホラ、逃ゲルダケカイ?』
「ちっ、【縛道の八十一・断空】」
霊圧を高め、高い物理耐性を持たせた断空は、触手による攻勢を耐え凌ぐ壁となる。微かな黄色を持つ薄壁。見た目には、変な光景に見えるのだろうか。
「硬すぎるだろ、その腕」
『君ガ言ウ通り、喰ベルコトニ使ウモノダカラネ』
さも当たり前のようにそう宣う破面。片言なのは生まれつきか、それともまた別の要因があるのか。
俺の言葉もだが、コイツの言葉は先程から『喰べる』ことを強調しているような気がしてならない。
口数が多いのは、呑まれないように必死だからなのかもしれない。
少し前に橙子が語った、『起源』という考え。それはその者の在り方を示すものだが、決して表に現れる事はない。数少ない例外もいるそうだが。
そしてコイツはどうやら、無理矢理表に出された形だ。
「──『起源覚醒の術』…か」
かつて橙子から聞き及んだ術。鬼道に通じるものがあるようで、知っていれば死神にも使えるやも知れないという。だが、これは被術者の起源を丸裸にするわけで。
──つまり、この施術者はこの破面が心を許している存在だと。
はは、そんなやつ、ここには1人くらいしかいないだろうに。
そしてこの破面──『
もう背中に挿したナイフでは話にならない。
もう一度、斬魄刀を握った手に力を込めた。
「くくっ、簡単に死んでくれるなよ?」
『此方ノ台詞ダヨ』
『簡単ニ捕マラナイヨウニシテクレ』
刹那、先程と比にならない大量の触手が、視界いっぱいに襲ってきた。簡単に断空は破壊され、頬を、脇腹を、触手の刃が掠って傷を作った。視える世界に映る、数多くの死。情報量の多さに顔をしかめ、払い落とすように刃が煌く。死の線に沿ってなぞるにも、攻撃が速いわ強いわで、いちいちそれを出来ることもなく。たまたまなぞれたのならそれでよし、そうでなければひたすらに打ち払っていく。
だが、数十にも及ぶ腕と、ニ本の人の腕──刀は一本なので実質一本だが──では、到底数で勝てるはずもない。
殺し損ねたいくつかの腕が俺を打ち据えた。
「っ!ぐっ、」
『モウ終ワリカ?』
ただでさえ貧弱惰弱な肉体があげそうになる悲鳴を無視して、再び刀を振り回す。しかしそれは明らかに、さっきよりもブレていて。
痺れるように奔る痛みを噛み締めて。
故に、僅かずつ狂いが生まれる。一つ一つは微小で、目もくれないようなものでも。気付けば見上げるほどに大きくなっていた。
「はっ、はっ、…くそ…っ」
幾重も打ち付けられた傷は生々しく、ドロリと血が滴り落ちる様すらも、破面からしてみれば美しいものだった。
ドン、ドンと。大きく太く打ち込まれる攻撃は、まさしく紙装甲の俺には痛手以上のものだ。
「がふ…っ!?」
どさりと倒れこみ、掠れるような息が溢れる。
志波海燕の残滓を取り込んだ影響からか、アーロニーロ・アルルエリという存在は、穂積織という男に対する妙な執着があったのだと、後に藍染が口にした。
手足を押さえつけられ、身動きが取れない。人が獣に圧倒され、組み敷かれたようだった。
元々女顔で、身長体格声音と、その全てが女性寄りだと言われているのもあって、その様はどこか妖艶で。何故執着したのかも分からない破面は、ただただその姿に手を伸ばす。
膂力はまるで幼子のような、そんな俺に、その手に抗う術はない。
「……………」
『モウ動ケナイカイ?』
『喰ベテモ…イイ?』
手足は動かすことを許されず、言葉を紡ぐ程度の力が残る。
目を、眼を向け、見つめ続ける。
「………ああ、」
『…アレアレ、オカシイナ?ソコマデ弱カッタノカイ?』
『イイヨ、モウ。名前シカ無カッタ僕ラニ、藍染様ガ
『…ソウダネ。ダカラ喰ベル。サア、穂積織。君ガ本気ヲ出サナイデモイイ。邪魔者ハイナイ』
大きな。大きな口が広がる。唾液に塗れた舌が、気持ち悪い感触を持って頬を這う。
「──『三十の四空 七十五の煌雷』」
『ナニ?』
不意に、言の葉が紡がれた。
「『万雷は傾幕の面に注ぐ 節度に学び 高潔を抱き 雅を舞って 無心に抱く 四色の君子は伏して踊る』」
掠れるようで、重く響く。ただ、紡ぐだけの葉。
「『
『今更ノアガキカ?無駄ダヨ』
嘲笑い、その口を拡げる。
「『界に動無し
気づけば、俺の息は平坦になっていた。世界に視えるのは変わらず死だ。それでも、まるで深く沈むような冷たい思考が回っていた。
「──『時は
その瞬間、破面の口は止まった。見られれば負け。目を合わせる間は動けない遊戯。
「【縛道の九十二・
何にも縛られず、しかし互いを見るが故に全てが束縛される空間。
「──ああ、そういう捕縛だったな、コレ」
『ナ、ナンダ…コレハ…!?』
『何モ、何処モ…、動カセナイ…………!?』
目が合うでもなく、ただ見ているだけ。それでも、束縛が緩む事はない。
俺は抑え付けられたままに、それを語った。
「『だるまさんがころんだ』って、知ってるか?鬼に動いているところを見られたら負けっていうゲームだよ。プレイヤーは鬼に見られている間は身動き一つ出来ない。そんなありふれた遊びさ」
【縛道の九十二・静天達磨】は、そんな遊戯を概念化し、特定空間に適用する縛道。発動者を鬼、それ以外をプレイヤーと見做し、その遊びに沿う形でプレイヤーの動きを縛る。
つまり、『術者が目を向けている相手は一切動けない』のだ。
相手が目を逸らそうとも、術者が見ているのならば効力を発揮する、
そして俺は、もう一言。
「【破道の二十五・断天】」
手足を抑えつけていた触手が切り取られ、漸く自由になった。
「さあ、もう良いだろう。俺もかなりキツイんだ。
卍解したままの斬魄刀は、その姿形に何の変化も見せてはくれない。
『唯式』の卍解は、俺からしてみれば単純なものだ。
──ただ、あの日覚えたもどかしさを埋めてくれる。
「『雲耀』」
二の太刀要らずの一撃。ただの一太刀で断ち切る。
だが、その触手は切れてはくれない。弾力と頑丈さが両立されたものらしい。
日本刀は自重を以って叩き斬る刃。勇音より小さく、日番谷冬獅郎より大きいくらいでしかない俺では、いくら素早くとも膂力すら無いのだから、物理的に斬ることは難しいのかもしれない。
ならば、もう殺し尽くすしか無い。物理的強度が意味を成さない世界で、この刃を振るうほかない。
直視する死の世界。見慣れて、侵してくる。死ぬことのみが理として鎮座する。
奔る深青の線はてんでバラバラに。まさしく落書きのように。
奔る。奔る。交わる。曲がる。並ぶ。歪む。線に関するおよそあらゆる形が、その身を覆い尽くす。
そしてそれを、俺がこの眼この刀で、殺し尽くす。
そしてそれが、俺の卍解。
「『
世界というものは、人の無意識が形作るもの。千差万別の無意識思考が、万象の形を定め、歪める。そしてその全てが。あらゆる物が一点で繋がる。始まりの渦。赤と青。陰陽のさらに奥。両儀すら超えた先の世界。
「『────
それが式。男性口調の麗人であり、
それが
『コ、コレハ……!?』
全身に、空間に、視界全てに奔る死の線が一つの直線を成し、その上を刃が走る。
ああ。こんなにも簡単に死んでしまう。殺せてしまう。
強さも、大きさも。俺の視える世界には立ち入れない。
世界すら殺され、背後の壁も殺され、全てが滅多打ちにされた。殺し尽くした。実世界が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
破面の命はここで途切れる。末端にまで奔るものすら、一つ残らず殺しきる。
「察しの通り…かもな。ああ、これが俺の卍解、『唯識』だよ」
そう、これが卍解。式がいうには『無意識世界の操作による境界干渉』を能力に持つ、鬼道系・直接攻撃系の卍解。
元来、『唯式』の持つ能力は見えない壁──すなわち境界を作る能力。そしてその卍解は、あの日感じたもどかしさを埋めてくれる力。
『ソンナ……莫迦…ナ…』
「いくら在り方に忠実でも、オマエはただの獣なんだ。殺すのは容易いさ」
殺すのは、
式に曖昧にされた、斬魄刀の名。いつかそれが聞けることを思って、刀を振るった。
その刹那、破面は一体何を見たのだろう。
『『──アァ、君ハイイ…。最高ダ…。僕ラヲ殺スニ足ル…、最高ノ…、完璧ナ殺人鬼ダ…』』
届かないその言葉は、何を込めて紡がれたのだろう。
起源に呑まれ、それでもなお執着し、そしてそれに終着したもの。
起源を自覚し、それを受け入れ、そしてそれを認められたもの。
がらんどうなら、いくらでも喰べられただろうに。その中はもう、ナニカで一杯になってたんだ。
いつか。──いつか、そんな風に。
──いつか、そんな風に満たされる時が来るのだろうか。
俺は、掻き懐くように、狂おしいまでの伽藍を抱き締めた。
こう、『殺人考察(後)』がうろ覚えなせいでガバガバな気がするんだ。
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【縛道の九十二・
本文ママ。ずっと振り向き続けるというのは出来ず、一定時間は相手の方から目を逸らさなければ効果が持続しない。といっても、死神の戦闘はコンマ以下の時間で色々動くだろうからそんなにデメリットでも無い気が。
【破道の二十五・断天】
やってるのはイメージとしてはとあるのオセロ的な。オセロの能力は、転移させた物体は、転移先にある物体を押し退けて出現するが、それと同じようなことを起こす。
断空のようなうっすい立体で、ものを断ち切る鬼道。