どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
それから宴は夜通し続いた。十三番隊はここまで宴好きという訳ではなかったのだろうが、恐らく、今までの雰囲気を忘れたいという、無意識の考えで、必要以上に盛り上がったのだろう。
海燕と一番親しかった俺が、ここまで冷めてるのに、周りだけ盛り上がっていて。
「ふぅ……」
一歩歩き出すのも億劫な足を引きずって、1人部屋を出て、縁側に座り込んだ。
見上げれば、太陽はとっくに沈みきり、霞みがかった月が、辺りを優しく包んでいた。
このまま消えることができたら、どれほど楽だろうか。そんな事ばかりが頭を過る。
俺という存在が、どこかズレたせいなのか。第三者から見たら分からないが、主観的に見て、あの時俺は、文字通り「異物」だった。
全知でも全能でもない。一般的な人間のはずなのに。あの場では何よりの異物。理由は、分かりきっていた。
「涼しいなぁ……」
夜風が撫でて行く。酒が回って、少し火照った頬を冷やしてくれる。
結局当事者を放ったらかして、なし崩し的にお開きになったパーティー。やっぱり皆、はしゃいで忘れたかったんだなと、俯瞰した眼で思った。最後まで蚊帳の外だった訳だが、料理だけは頂いた。
とりあえず今は、以前の勘を取り戻すのが先だ。
あるいは、新しい感覚に慣れるべきか。
以前も思ったが、2年前の俺と今の俺は、別人のように様変わりしているらしい。見た目は変わらずに、雰囲気や性格が。けれど俺としては、何より変わったのは記憶。
2年前の記憶が、記憶としてではなく、「記録」として残されているかのように感じている。
だから、今の俺は再現だ。記録という情報を基に今の俺が再現した、かつての俺。しかしそれは、かつての俺とは乖離した、俺。それは生まれて間もないし、何も知らない。あるのは、人と隔絶した思考と価値観。そして、この「眼」のみ。
「2年……か。大分変わったよなぁ」
誰もいない空へ、そう語った。
◇ ◇ ◇
彼は、あそこまで冷めた人間だっただろうか。
俺が2年ぶりに目を覚ました穂積を見て、最初に思ったのはそれだった。
その日の正午過ぎ、たまたま身体の調子も良く、少し外を出歩こうと思っていた時分に、穂積が目を覚ましたという報告を受けた。虎徹四番隊第三席が、わざわざ来てくれた。
海燕副隊長が亡くなってから1年以上経つが、未だ隊の雰囲気は重苦しい。だからだろうか。普段外に出ない俺がこの時ばかりは、丁度いい口実を得て、逃げ出す様にその場を離れたのだった。
何を話そうかと考えているうちに、四番隊の隊舎に辿り着いてしまった。隊の番号上、そこそこ離れた所にあるはずだが、考え事をしていたせいか、そこまで歩いた気はしなかった。
「やあ、失礼するよ」
「浮竹隊長…」
2年ぶりに見た彼は、一目でわかるほどやつれていた。いやまあ、それは当然のこととして。何より変わったのは、その眼だろうか。
虚無とでも例えるしかないほどの、
眼はこちらを捉えているのに、どこか焦点がズレているような、そんな感じだ。
今すぐにでもここから消え去ってしまいそうな、そんな儚さを内包した雰囲気を纏っていた。
俺は穂積に、心配していたなど、他愛もないことを伝えた。だが彼が聞き返したのは、やはりというか。
「海燕や、他のやつらは、どう、なってますか…」
思わず眉を寄せた。それは今の俺や、十三番隊の人間にとって、一番触れてほしくないところだったから。
しかし、彼は俺たちと同じ十三番隊の人間なわけだし、何より海燕副隊長の親友だ。生憎、伝えないという選択肢は無かった。
「海燕は、死んだよ…。奥さんも。君が昏睡に陥ってから3ヵ月後の事だ」
その瞬間の穂積の顔は、確かに驚きを表すものだった。だけど奇妙だったのは、その感情が一瞬で消えてなくなった事だった。海燕に対する対抗心を密かに燃やしていた彼なら、動揺したり、食って掛かったりするだろうとは思っていた。
何より、「海燕が死んだ」という事実を、当たり前のように受け入れたことが、俺には異常に感じられた。
親友だった。好敵手だった。それでいて、この反応。
「浮竹隊長、多分、明日明後日には退院できるらしいので」
「おお!それは良かった!祝いの準備をしておこう!」
彼との間に降りた沈黙を振り払いたくて、俺はかなり大げさにそう言って、足早にこの場を去っていった。
「海燕君…。君の親友はどうやら、俺にも分からない何かが、変わってしまっているようだ……」
周りに誰もいない、夕闇のような帳が降りる中、何処へとなく、ボソリと、口から溢れた。
◇ ◇ ◇
翌日は案の定、全員二日酔い。
辛うじて生き残っているのは、俺と浮竹隊長くらいなものだった。京楽隊長は、朝から伊勢副隊長に襟を引きずられて連れてかれた。自業自得だな、うん。朽木はどうやら、場の雰囲気に酔ってしまったらしく、酒はコップになみなみ残ったままだった。
とは言え、俺もギリギリだから、辛くないわけじゃない。
さて、この辛さ。「殺す」ことは出来ないだろうか。
見れば、胃と、肝臓に線が入っていた。殺せば一体、どうなるのか。僅かに好奇心が湧いた。
ふと、机の引き出しに、かつて流魂街の刃物屋で買った、そこそこ値の張るナイフがあるのを思い出した。革の鞘までついた、わりかし立派なもの。だけど、今の俺は動くのも億劫で、結局その試みがなされることは無かった。
昨日は帰ってくるなり、パーティーに巻き込まれた為に戻れなかったが、ここは2年前まで過ごしていた、俺の自室だ。
流石に埃被ってる。仕方がない。畳を綺麗にしてくれているだけでも感謝だ。
ふうと、息を吐いて、寝転んだ。そういう風に俺が動いて、舞い上がった埃が、立て付けの悪い襖から漏れる光に照らされ、道を作り上げた。
それと同時に、走馬燈じみた記録が流れる。第三者の眼で俯瞰するような感覚に、雁字搦めにされた。元々の気持ち悪さも相まって、一寸たりとも動けない。
それなのに、差し込む光は、俺に起き上がれと急かしてくる。光の角度を見るに、もう正午近い時間だろうか。
勘弁してくれ。お天道様には、思わずそう言わずにはいられなかった。
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