どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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完全虚化はこうして止まりました。無茶苦茶だと思いますがね(苦笑)



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 縮地は寸分の狂いなく俺をそこに運んだ。

 馬鹿げた霊圧同士の激突の余波は、無惨な破壊痕を残す形で目に映る。

 

「はっ、はっ…。何をやっている。鬼道による援護をしろと言ったはずだが?」

「それ、オマエの台詞じゃ無かっただろ。というかオマエらの戦闘が迅すぎて狙えるか」

 

 そんなやり取りの合間に、横目で虚を観察する。

 虚空に立って動かない。切っ先を下に向けたまま、獣の目だけが、こちらを射抜く。

 何の意思も感じさせない、がらんどうに見える殺気。心がないというのは、果たして本当なのだろうか。

 

「そこそこ回復したから、俺も混じるぞ。囮役にしか使えないけどな。オマエは何とかして仮面を壊せ」

「ふっ、言われなくとも」

 

 2人揃って身体ごと白い虚に向き直る。

 大きく欠けた月は、まるで穴のよう。

 伽藍を抱えた3つの存在。虚でない俺は、心はあれど空っぽであることが在り方だ。

 

「手を抜いたら死ぬ…な。だけどこの場じゃ卍解は役に立たないし意味がない。なら、()()()()()()()しかない」

「なんだと?」

 

 もう一度、刀の柄を握り直す。慣れ親しんだ重みが食い込む。それと同時に、自身を作り替えていく。

 使えるものはなんでも使う。捨てられるものは捨てる。

 合理的に、1つの意志が柱のように俺を支える。

 それは目的ではない。しかし、それしか無いから縋る。

 ──殺すという意志だ。

 何も無いことが自分であるから、俺は全てを殺す。

 視界が広がる。線が奔る。まるで子供の落書きだ。この景色を見るたびに同じことを思っている。それでも、血のような赤みを帯びた直死の風景は、気付けば深海のような蒼みを帯びている。

 殺すという意志が、殺したいという欲望を超えないように抑え込む。

 敵は自分じゃないか。目の前の虚よりよっぽど恐ろしい。

 

「さて、とりあえず──」

 

 縮地。本来一直線にしか進めず、しかしその方向であるなら音すら越える速さでの移動が可能となる。

 されど今なら、自在にそれを使いこなせる。あらゆる方向に行ける。

 目にとまることすら許さない。

 

「──寝てろ」

 

 頭上からの振り下ろし。衝撃と余波で、天蓋の床に激突し煙をあげる。

 こんなもので寝てくれるなら、誰も苦労はしないのだが。

 

『アァ、ガァァァァァァ!!!』

「うるさいよ、オマエ」

 

 予備動作を省略して駆る。縮地の連発も、今だから出来ること。膂力も今ならあてにできる。

 

「『九戀雲耀(くれんうんよう)』」

 

 あの日別の破面に使った技。バカみたいな図体の破面には通じなかったが、この膂力で放てば少しは喰らうだろう。

 捲き上る塵と煙が、視覚から互いを消す。

 数瞬後、赤に縁取られた黒が、煙を振り払うようにして空へ駆けた。

 

「ちっ、虚閃(セロ)か」

 

 だが腕一本分の間合いにまで迫った黒は、横合いから似たような黒い光に喰らい潰された。

 

「…フン」

 

 はるか遠くで打ち上がる爆炎。天変地異といっても信じられるだろう。

 そして空を見上げる虚から、微かな声が聞こえた気がした。

 

『助ケ、ル、俺ガ、助ケル、ァァ、ガァァッ!!!』

 

 突き動かされる由縁。あの虚の全ての原動力。

 伽藍に満たされていたのは、己の願望。

 自分の仲間を守りたいという、たったそれだけ。

 なんだ、空っぽじゃないのか。

 …だったらもう、視れるものもない。

 

「オイ、破面(アランカル)

「なんだ」

 

 切っ先を虚に向けたまま、足止めの策を口にする。

 

「五感を一旦殺せば、隙はできるだろ?」

「具体的にはどのくらいだ」

「時間にして2〜3秒…か」

「…いいだろう」

 

 霊圧の量が圧倒的に上すぎて、一時的に五感を殺していられる時間が極端に短い。完全に殺していいのなら楽なのに。

 それも、「助ける」なんてことをしようとするから。

 

「それじゃ、やるぞ」

「好きにしろ」

 

 そう言って、破面は上空に飛び上がる。

 俺は居合に構えて、改めて眼を開いた。

 

「直死──」

 

 無限の線から、殺すべき生を定める。

 

「『潰式四相(ついしきよんそう)現行(げんぎょう)』」

 

 その瞬間、虚の世界は死んだ。

 光が消え、音が消え、匂いが消え、味が消え、痛みすら死に絶えた。

 閉じ行く世界に立つのは己一人。意志なき獣は、それでようやく自覚する。

 これが、恐怖なのだと。

 瞬間、動きが静止した。時が止まったかの如く。

 

「タイミング、ドンピシャだな」

 

 堕ちたのは黒い神鳴(かみなり)。光すら呑み込む、黒い闇が。まるで天から投げ下ろされた槍の如くに、虚の仮面を削り取る。

 二本の角は切り落とされ、仮面は無残なヒビだらけ。

 膨大な霊圧を込められた槍の一撃は、仮面の修復力を押しのけて破壊を押し広げた。

 そしてさらに、黒い神鳴は轟き響く。

 

「『終末雷霆(レル・フィナル・レランパーゴ)』」

 

 目を覆うほどの黒が、世界を飲み込んだ。神の怒りこそが神鳴である故に、それはまるで何かへの憤怒でもあるようだった。

 

「なんつー破壊力。殺したんじゃないのか?」

「そのようなミスはしない。だが、アレの仮面は壊れた」

 

 そう、光は遂に仮面をぶち壊した。

 破壊は連鎖し、虚は仮面の下に隠れた素顔を晒した。

 屍人のように真白な肌と、黄色の瞳。虚ろな表情。伽藍に鳴り響く雷鳴を意に介さず、死んだように落下する。

 そのまま大きな音を立てるかと思ったが、直前に張られていた変な壁──オレンジ色の髪の女が張った障壁が、柔らかく受け止めたらしい。

 とす、という軽い音を立てて地面にたどり着く虚──黒崎一護。

 胸の(虚無)は、塞ぎようがないようだ。

 だけどそれは、満たされた伽藍だから。

 

「一歩間違えれば、そこで死んでいたのは俺だったかもしれない」

「たらればの話をしてもしょうがないだろ。今はコイツがどうにかなるかが問題だ」

「俺が開けた穴だ。塞がるとは思えん」

「さて、それはどうかな」

 

 パァン! と、何かが弾ける音がした。

 音の方向を見ると、何やら変なものが浮かび、黒崎一護の所までやってきた。

 

「あの穴はオマエが開けた穴だが、それ以上に虚の孔、つまり心の孔だ。コイツの心には、守りたいだなんて大層純粋(ピュア)でお熱い思いが満たされてたんだぜ?」

「………」

「虚には無いはずの心が、何故か虚になったはずの黒崎一護は持ってたままだった。多分放置してたら失くしてたんだろうけど、奇跡的に戻れたんだ。コイツの思いはコイツ自身にとって何よりも重たく手放したく無いもの。抜け落ちることも認めたくない」

 

 孔の上で、肉片と思しきものが回り出す。霊圧が荒び、僅かな光を漏らす。

 そして一瞬、眩い閃光が辺りを満たした。

 

「だから──」

 

 光と煙が晴れる。

 伏していたのは、無傷で、孔の塞がった人間(死神)。オレンジ色の髪が印象的な、俺にとってイライラする(羨ましい)ほど純粋な思いを携えた死神。

 

「──死んでも失くしたりなんかしない。零れ落ちそうなら、孔塞いででも取り戻すんだろうさ。この男はな」

「……フン、そうらしいな」

 

 僅かな間で、黒崎一護は意識を取り戻したらしい。

 何も知らなかったようにガバリと起き上がり、穴が開いていたはずの胸を探る。

 

「お、俺は…。確か穴が開いて…、それで…」

「黒崎くんっ!」

「のわっ、なんだよ井上!?」

「よがっだぁぁ、よがっだよぉ"ぉ"〜」

「何泣いてんだ!? 汚ねぇから離れろって! ピンピンしてっから!」

 

 あまりの歓喜に飛びつく女。鬱陶しそうに退けようとする男。

 こんな場所でもなければ、微笑むべきなのかもしれないのにな。

 

「俺の目の前で、俺から意識を外すとはな」

「っ!? ウルキオラ…!」

「あー、もういいよオマエ。現世にでも何処にでも行ってろ。女は取り戻しただろ?」

「っ、穂積さん…。だけど、俺はコイツと決着を…」

「悪いが、それは無理だ」

「貴様はあの時殺した。今の貴様に興味などない」

 

 にべもなく拒絶されて、少しショックらしい。虚だったのが嘘のように、人間らしい。

 

「…ああ、分かった。井上、霊圧を少し治してくれ」

「うん、分かったよ」

 

 アイツと殺しあうのは少し後、か。

 まあいい。しばらくは、静かにしててもいいだろう。

 俺もアイツも、巻き添えをさせたい訳じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 






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