どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい 作:けし
とりあえず次回で決着します(予告)
年内に破面編を終わらせることを目標にします。
繰り広げられる剣戟。交わされる言の葉。激しくぶつかり合う霊圧。
黄土色の荒野は、もはや目も当てられない惨状を呈していた。
それでもなお、二つの影は戦い続けている。一際大きく、刃が交わされた。
「ハァッ、ったく。まだ本気じゃないなオマエ」
「それはこちらの台詞だ。まだ殺す気にはなれないのかな」
そんな事はない。織は心の中でそうごちた。
純粋な自分だけの殺人衝動でない。だから、100%で解放した「直死の魔眼」を制御できるかが分からないのだ。
今までは無意識でやっていたことが、意識下に引っ張り出された。織は心の内で悪態をついた。
だが今の状態では千日手。いい加減に覚悟が必要になることは分かっていた。だから、織は腹を括った。
「チッ。──ああ、分かったよ。あの時は遠目だったが、今回はこの距離だ。目をかっぽじって見やがれ」
そうして、織の世界は一変する。視界一杯に自己主張する死、死、死。触れれば崩れ、突けば死ぬ。あまりにも脆く儚い。常人の心など軽く壊してしまうだろう風景。
俯瞰が主観に。見方を変えるだけで、生は死へと突き落とされる。それが直死の魔眼。
蒼い両眼。燦然と在るソレを目の当たりにして、藍染惣右介は恐怖を抱いた。
──そうだ。その眼だ。その眼が見たかった。私に恐れを抱かせた眼。絶望に心を折る諸人の中に、唯一死を覗かせた魔眼。
きっと、世界すら殺してみせるのだろう。だが、そうでなくては面白くない。
崩玉の意思が先か。それとも私の能力が先か。いや、もう迷う必要などない。あちらが見せたのなら、こちらもまた晒してみせよう。
「穂積織。君のその眼に対して、私の力を見せよう」
そう言って、藍染惣右介は右手の刀を虚空に翳した。完全催眠を手放し、荒耶識を名乗った斬魄刀。織は己の眼を、決して藍染から離さぬままに佇んだ。
「──
言の葉が空間に溶けていく。藍染の顔に浮かぶのは、何が由来かも分からない不気味な笑み。
織は訝しんだ。もともと視えている範囲なら世界の異常には敏感な
「……オマエ、何をした」
「さて、私が何かしたのかな?」
「惚けるな。解号唱えておいて『何もしてない』だなんてあるものかよ」
特に目の前のコイツについては。織は内心でそう付け加える。
「それは君も同じだろう。卍解しても変化がないのは」
「俺は変わってるからいいんだよ」
「見た目のことかい? それは関係ないと思うが」
無駄なやり取りだ。だが情報を引き出すことはできる。断片どころかミクロン以下の微生物みたいな情報かもしれないが。
少なくとも、変わっていることだけは確信できた。
「ない」ということは「ある」という事。コイツについては、という枕詞を織はひっそりと付け足した。
「こんな話をしていても時間が無駄になる。最後の闘いだ、華々しく飾ろうじゃないか」
「闘いを華々しく飾ろうだなんて、そんなこと考えた事ないね。命のやりとりを美しく見せるのは
織はそう淡々と吐き捨てる。織にとって、殺し合いが華々しくあることなどあり得ない。命のやりとりが美化されることなど、考えただけでもゾッとする。
そもそもこれを見る客がいないのだから、エンタメになることなどあり得ないのだが。
「
不意をつく形で飛び出す真空の斬撃。その数は九つ。一瞬の間に重ねられた斬撃は、迷うことなく藍染惣右介へと殺到した。
「ウルキオラから聞いているよ。その技は知っている」
「だからどうした」
聞く耳など持たない。貸す必要すらない。織の意識はたった一つの殺人対象に収束している故に。
「だから、無駄だということだよ」
手に持ったままの刀を薙ぎ払う。真空の斬撃は巨大な霊圧に押しつぶされて消えた。しかし織に動揺はなかった。
「だったら手数を増やす。膂力じゃ勝負つかないからな。──【破道の五十九・
切っ先を前へ。刃が光り出し、その光が無数に分裂した。この鬼道は単純に、霊力で出来た鋭いナイフを無数に生み出すもの。手にとって武器としても、そのまま撃ち放ってしまうこともできる。
織はその刃を、死へと向かって擲った。死が描く図形は、知覚されていなければ現れない。視えない者には、何ももたらさない。死は平等なれども、関わらなければ知らんぷりだ。
「勿体ぶるのは、もうやめようか」
微かな笑み。嘲るでもなく、喜ぶでもなく。別の何かを持った、薄ら笑い。
すると。
「……、何をした」
見上げる藍染惣右介の両腕は完全フリー。──斬魄刀が消えたのだ。その様はまるで空気に溶けるような、織にとってはどこかで見たことのある絵面。そして空間に僅かに現れた、不自然な死。
だからこそ、織は思い至る。直感が、まるで雷のように。
「…オマエ、世界の方に触れたのか」
「ほう…。そこまで分かったのか」
織が思い出したのは、随分前にであった八代目剣八を名乗る男。空間に溶けるような消失は、その時に見た。
その力に思考を走らせる織。一方の藍染は、改めて自身の力を確認していた。
(やはり、これでも彼には触れられない。ああ、そうでなくては…!)
鏡花水月荒耶識。その力はシンプルで、世界を改変する能力だ。五感を支配することで実体のない幻覚を以って他人を支配するのではなく、そこに実際に存在を創り出し他人を操る。
さらにこれには世界からの修正力が生じないのが最大の特徴だ。世界を騙すのではなく、世界をかくあるべしと定義して正すのだ。
かつて織は、鏡花水月の能力を『現実に張り巡らされた
だから視えにくい。現実を改変するのではなく、これは現実にすり替わるとでも表現されるから。されど虚数にあらず。それは事実である。
「似たようなのを視たことがあるからな。あれは世界に同化する
それを確認するように織は飛び出して攻撃を繰り出す。斬魄刀を失った藍染はそれを直接受けるわけにはいかない。的確に死をなぞる刃。死は見えなくとも、刃の斬撃軌道は把握できる。辛うじてといったところではあるが、藍染は織の攻撃を捌いていた。
一方の織も、ただ避けられてばかりではない。この状態で、さらにかなり深度が深まった自己暗示の恩恵を得て。織の斬撃は攻撃中もその軌道が曲がるようになった。直線ではなく曲線。そのうえ己が剣術が
藍染の体に傷が増えていく。趨勢は明らかに織に傾いていた。それでも織は違和感を感じ続けていた。
(まだコイツは何もしていない…。集中しろ、いつ仕掛けてこようが、すべて殺すために)
突き、薙ぎ払い、袈裟斬り。人外に至った攻撃を紙一重で躱し続ける。間に合わなくとも致命傷ではない。治らない傷ではあるが、この程度の痛みなど意にも介さない。
藍染が、大きく後ろへ飛んだ。即座に追撃を掛けるが唐突に目の前現れた岩石や木などの障害物に妨害されて、手が届かない。
「チィッ」
「『荒耶識・三重結界』」
そしてその障害を殺しつくした織をさらに阻むのは、金色の三重結界。常人が相手ならばここで終わりだ。例え流刃若火といえど、この結界を突破することは難しいだろう。
だが。だが目の前の相手は無垢に至った殺人鬼。なんであろうと、形を持つのなら殺して見せよう。
そういわんばかりに結界陣に刃を突き立てる。そして須臾の間に一つ目の結界は砕け散った。
「やはり、紙くずも同然か。これでも強力な結界なんだが」
「何回同じことを言わせる気だ。わかりきってるんだろうが」
そのまま二つ目、三つ目も破壊され、藍染は腹部に蹴りを喰らって後方に吹っ飛ぶ。しかし自ら飛ぶことにより軽傷以下で済ませた。これで織との距離が取れた形になる。先程の攻撃も含め、藍染にしてみればこの結界ですらも時間稼ぎ以外の要素はない。先に織が吐き捨てたとおり、すでに藍染は嫌というほどにそのことを理解しているから。
そして。
「ようやく、完全にすり替わった」
「なんだと?」
まるで神のごとくに。両手を広げて、そう口にした。
「世界は全て、私の意思のままに」
「…どういう、っ!!」
背後から、突然
確実に動いていなかった。しかし攻撃を受けた。
「…『世界は意のままに』、か。なるほど、嘘偽りは無いってことか。任意のものを、任意の場所に、任意のタイミングで。作り出せるし壊せもする。全く、殺すしか能のない俺に比べて羨ましいかぎりだ」
「心にもないことを。だがその通りだ。これが私の『鏡花水月荒耶識』だ。くくっ、さあ。ここからが本番だ」
趨勢は傾いた。神にも等しき創造と破壊の力。万能の人。全知全能。ネガティブな要素が足並みをそろえる。
しかし。それでも織は眼を閉じない。むしろ口角を上げて笑みを浮かべてすらいた。
「神様? ハッ、知ったことじゃないね。なんであろうと、生きているなら殺してみせる」
一際怪しく、鮮やかに瞬く魔眼。神を名乗る男をとらえて離さない。それは改めて布告した殺人予告だ。
世界の根底を担う荒耶識と世界の外側に佇む無垢識。交わることのない二つの存在。傍観するのは宙の理。
そして再び、極大の殺気をまとって。互いの攻撃が交差する。
卍解『鏡花水月荒耶識』
分類不能の卍解。
本文中では『現実を改変する』とされているが、それは結果論である。
本当の能力は『集合無意識の存在比率の操作』とでもいうべきである。
所有者である藍染惣右介の、集合無意識における存在比率を極大化することで、阿頼耶識の支配権を得ている。無垢識に至り理から外れた穂積織には通用しないが、本来ならあらゆる生命概念に干渉し、意のままに操れる。