どうやら俺は、この眼を持って生きていかねばならないらしい   作:けし

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3ヶ月……気付けばこんなに経っていたとは(土下座)
エピローグは8000字超のボリュームでお送りします。
まあ、てんやわんやですね(笑)


61ーエピローグ

「……」

 

 藍染惣右介という男は、その骸すら残すことなくこの世を去った。荒耶識──阿頼耶識に介入した代償とでも言うべきだろうか。崩玉の力を少なからず借りていたとはいえ、解放直前にそもそも崩玉から拒絶されていた身だ。こうなることは、恐らく本人も分かっていたのだろう。俺がここで死んでいたとしても、こうなるのが遅くなっていただけだ。

 

「っ…、やっぱ痛いな、クソ」

 

 強引に踏み入ったアイツと、そもそもの機能を解放しただけの俺。セコい感じがするが、払った代償は俺の方が軽い。とはいえ、身体はガタガタでボロボロ。満遍なく痛みを主張し、そもそもが貧弱な身体でしかない俺には耐え難い。

 だがここで倒れるのは言うなれば()倒れのようにも感じられて癪なので、立っているのはただちっぽけな意地を張っているだけだ。

 辛うじて霊力は残っていた──搾りかすのようなものだが──ので、それを使って瞬歩でその場を辞した。

 

「お、終わったんスかね」

 

 目印にしたのは浦原の霊圧。そこに跳べば、へたりと座り込んだ黒崎一護と、いつもの飄々とした風体の浦原喜助がいた。

 

「なあ、穂積さん…」

 

 その声に力は無い。むしろ無力感すら感じさせる声音。

 

「戦ってる時の藍染は…、何考えてたんだ?」

 

 胸の裡に抱え込んだ疑問が、言の葉となって零れ落ちる。

 

「…そんなもの、俺が分かるかよ」

「…あんたは! 穂積さんは藍染と刀を合わせて、あいつの声を聴かなかったのかよ!?」

「んなもん、聴こうとも思わない」

「なっ…」

 

 突然くだらないことを言い出すものだから、素で答えてしまう。だが、故にこそそれは本音である。

 

「当たり前だ。俺はアイツを殺すと決めた。なら、それ以外考える必要はない。心の声が聴こえるだと? 幻聴だよ、ソレ」

「違う! あいつからは孤独のイメージが流れ込んできた! …ずっと、ずっと1人だったんだ。だから()()()()()()()なりたかったんじゃないのかよ!」

「…はぁ」

 

 思わず頭を抱える。本気でそんな事を考えているのかと。剣を合わせれば相手の心が分かるなんて、俺には分からない。()()()()()()あの戦いを表現しないでほしい。

 

「なぁオマエ、どうしたんだよ? 互角に戦えるようになって、アイツに同情でもしたか? 助けたいとか思ったのか?」

「っ……」

「他人の心情は受け手の主観でしかない。正しいも何もない。俺と藍染惣右介は似たようなもんだけど、本質が違う。()()()()()()()同じだ。だから俺なら助けられたとか言うなよ」

「それは…」

「何も為せない、何も救えない。オマエみたいな英雄気質の奴には分からないさ。仲間と呼べるものは俺たちにとって薄っぺらいものでしかない。故に俺たちは奥底に繋がりを持たない。だから手にした全てを取りこぼす。それを求めると言うのなら、アイツの方がよっぽど立派だ」

 

 進化、そして退化。相克する螺旋は過去と未来へ、あるいは──。

 ああいや、そんなことは考えるだけ無駄になったんだっけ。螺旋の片柱は途絶え、あとは一方通行になったのだから。

 

「だからアイツは天に立とうとした。王になろうとした。そうすれば繋がりも何もかもが必然としてやってくる。手にできないのなら手にさせる。そうやって繋がりは勝手に出来上がる。────ああ、でもオマエが言いたいのはそれじゃないのか」

 

 天に立つ──おそらくは霊王になるとか、そう言う意味合いなのだろう。その繋がりは謂わば王と臣下とでも言うべきか、あるいは上司と部下とでも言うべきか。どちらにしろ一方通行でしかない。

 

「『友』とでも呼べる繋がりが有れば、アイツはもっとマシになったってか?」

「………」

()()()()()。確実にな。友と呼べる存在が居たとして、ソイツは藍染惣右介の感情っていうのを解ると思うか? 友人っていうのは他人よりもソイツの感情を理解するんじゃないんだ。推量できるだけでしかない」

 

 尤も、全ては後の祭りではあるが。死んでしまった男のことを考えるのは、ただの空想で、妄想だ。なら俺にとって考えるだけ無駄な話だ。

 

「全ては終わったんだ、黒崎一護。もう、この世にいない奴のことは忘れろ。そうした方がいい」

「っ……」

 

 諦めきれないという雰囲気。一体コイツの何が藍染惣右介に執着しているのだろうか。

 藍染惣右介にまつわるものが、コイツの中にもあるのだろうか。

 そこまで考えて頭をふった。益体のないことだと。

 それは自分で答えを得るしかないものだと、そう口にした。

 

「相変わらず辛辣っスねぇ」

「うるさい。それよりもアイツ、ちゃんと死んだからな。うまく俺のことは隠し通してくれ」

「はいはい」

 

 崩玉と融合した藍染惣右介は、俺以外から見ればまさしく不死身とでもいうべきものだった。それでも完全ではない。完全ならば、それは死すらも受け入れることはない。故にそも、完全などあり得ないのだ。

 ちなみに俺のことを隠し通すよう言ったのは、偏に面倒事はゴメンしたいだけという、至極個人的な理由である。

 まともに見ていたやつがいるとも思えないが、遠見していたやつがいないとも限らない。霊圧にしたって感覚で捉えられないだけで、装置はソレを捉え得る。

 涅あたりが感づいてみろ。厄介になるのは目に見えている。

 

「ちなみに、もしバレたらどうしますか?」

「……隠居でもするか」

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 手を伸ばす。届かない。

 手を伸ばす。届かない。

 いくら繰り返したかも分からない。

 後をついて現世にやってきても、いつものように煙に撒かれる。

 結局、私は回道を使って傷を癒しただけ。結局、何も変わらない。

 隔絶した差。それに唇を噛み締めた。

 

「私は……っ」

 

 戦える。そう思っていた。卍解で破面を倒せたんだ。自信だってあった。

 ──それでも。ああ、私はどこまでも凡百に同じ。

 曰く、卍解である『凍雲十景裏淵』は、殺すのではなく堕とす力だという。

 凍雲の言葉は、浅学である私には分からなかった。

 

『勇音よぉ』

 

 凍雲は画を描くのが大好きだという。どこから持ってきたのかも分からない筆を手に、今日もまた画を描いている。

 

『おれはあんたの中から色んなものを見てきた。卯ノ花さんも、清音も、花太郎も。あんたの想い人だってな』

 

 赤い、華やかな着物。それに反する白さを持つ、氷の結晶のような髪飾り。吐く息は白く、雪さえ降りそうな寒さの中、それを嘲笑うように筆を進める。

 

『正直ぞっとしたぜ? 初めて見たときは腰抜かしたもんだ。穂積織ってぇのはさ』

 

 筆は止まらない。それでも言葉は飛び出し続けていた。

 

『あれは目指すものじゃないぜ。狂ってなきゃあ、あの隣には立てない』

 

 何も言えない。事実だと思ってしまったから。

 斬魄刀は持ち主の魂から生み出される存在だから、持っている基準は同じだ。だから彼女(凍雲)が何をもってそう言っているのか、理解できてしまう。

 

『それでも、あんたは手ぇ伸ばすのかい?』

 

 その言葉に、私は凍雲を見据えて答えとした。強い意志を込めた、淡い空色の瞳で。

 

『ははっ。ならおれも腹を括らないといけねぇなぁ』

 

 そうして彼女が浮かべた笑みは、呆れたようで楽しげな、覚悟の籠もったものだった気がする。

 どれだけ遠くても、手を伸ばすと決めた。

 私だけでは届かなくても、私自身である彼女と共に。

 

『さぁ主様。おつとめだ』

「ええ。私は諦めません。いつかきっと、貴方の隣に立つまで」

 

 私のことを「主様」などと言った凍雲は、それでこそだ、と茶化すような言葉で私を焚きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、随分と無茶苦茶にしてくれたものだ」

「いやあ、転界結柱が思ったより早く壊されちゃったもんスからね。応急処置はしましたが、むしろこの程度の被害で済んで良かったっスよ」

 

 僅かに霞んだ、それでも鮮やかさを損なわない紅い髪。ラフなワイシャツ姿だが、それを押し上げる豊かな胸よりも目つきの悪さに引っ張られるせいか、色気よりも鋭さを感じさせる。

 対する男は、この場所にそぐわない甚平姿。白と緑の縞模様の帽子。軽薄な口調と時代錯誤な服装は、それでもその男の雰囲気(うさんくささ)を明確に形作っていた。

 

「橙子サン、手伝ってくれますか?」

「…はぁ。仕方なかろう。タダ働きは御免だが、私の事務所の結界を見直す良い機会だろう。ルーンくらいしか使えるものはないがな」

「それで十分っスよ」

 

 女──蒼崎橙子は口に煙草を咥えたまま、懐から指揮棒に似た木の棒を取り出した。

 

「それは?」

「概念礼装だ。銘は特には無い。世界樹の枝かなにかで出来ててな。ルーンの効力を跳ね上げるんだよ」

「ほーう。なーんか曰く付きっぽいスね」

「曰くのない品物なんぞ世の中には無いさ。全ての存在は縁を持ってこの世界に在るんだからな。現に私にもお前にも、曰くとでも呼べる過去くらいあるだろ?」

 

 その棒を軽く動かしながら地面に文字を刻む。これを虚空で振り回していれば、皆が幻想する魔法使いがいたのにと、浦原は付け焼き刃の現代文化を思い出しながら考えた。

 過去は過去だと割り切ることができれば、どれほど楽だろうか。

 浦原喜助にも、蒼崎橙子にも、四楓院夜一にも、そしてそれは穂積織とて例外では無い。過去は現在に絡みつき、現在はそれを土台に聳え立つものだ。

 穂積織は一度記憶を失い、そして新たに穂積織として生きることを決意した。だがそのベースにはやはり、過去の穂積織がいたことは間違いない。

 蒼崎橙子は第五魔法の家系だが、それを継承することは叶わなかった。それでも彼女が蒼崎を名乗るのはきっと、その名に彼女の起源があるからだろう。

 時に、時間を一本の木に例えるのなら。

 過去はその人物の根である。未来とはその人物の枝葉である。

 ──それ故に。過去無き者に未来はないのだ。

 それを分かっているからこそ、彼らはそう振る舞うのだろう。

 

「さて、とりあえず瓦礫はぶち壊してやったぞ。全く、私自身は魔術師としてはもうあまり強くはないんだかね。礼装持ってきておいて正解だったな」

「おー。流石っスねぇ。なら、あとはこっちでやりますよ」

「ああ。私は事務所に戻るよ。さっきも言ったが、次は霊体にも効く結界を張ることにする」

 

 効果が数百倍にまで膨れ上がったルーンが、散らばった瓦礫をいとも容易く粉砕した。さらにおまけとばかりにルーンをいくつか刻み、蒼崎橙子は踵を返した。

 紫煙が揺られ、空へと解ける。空はここであったことを何も知らないと言わんばかりの青さだった。

 刻まれたのは地面のあらゆるヒビを塞ぐルーンとそれを補強するルーン。同様にして効果が膨れ上がったルーンは、蒼崎橙子が考えた通りの効果を発揮した。

 

「便利っスねぇホント。ま、片付けの手間が省けましたってコトで」

 

 そういうと浦原喜助はいつものように、面倒な事後処理を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 山本元流斎重國は、あの時の自身の最大火力である大技『倶利伽羅(クリカラ)』を防がれ、そして敗れた。

 自身の卍解に似たその技は、始解の最中において最も強い技。とある男に触発され、かつての若き自分の闘い方に戻している中で掴んだ、対人の技。

 だが相手は藍染惣右介。人の理を超え、阿頼耶識へと至った者。元流斎と戦っていた時はまだ不完全ではあったが、それでも自身を概念的に超えかけていた。

 所詮自身は人である。人でないというのなら死神とでも言おう。されど理は超えられぬ。超えられなければ只人に同じ。

 

「ぐぅ…っ」

 

 その肉体は。その精神は。その技量は。人としての極致に至っている。完成形と言い換えてもいい。

 だがそれはやはり、先がないことを示す。

 故に戻すのだ。未熟な頃の己に。

 あの時手に取らなかった技を。歩まなかった道を。

 老練なる技量を携え、その思考は燃え盛る炎の如き、若輩の自身のものへ。

 

「ほぉぉぉぅ…」

 

 空気を追い出すようにして深く息を吐く。歳を重ねてなお筋骨隆々たるその肉体から発せられる熱量は、周囲の景色を歪める陽炎と化していた。老いた。老いた。

 ──それがどうした。

 一際大きく陽炎が揺らめく。杖の姿が剥がれ落ち、その刀身が真なる姿を顕す。

 

「万象一切灰燼と為せ────」

 

 その限界をこそ灼き尽くそうぞ。

 

「──『流刃若火』!!」

 

 解号により、解き放たれた刀身が燃え盛る。始解にして既に超然たる──。かつてそう評された炎は、今ここにおいては洗練されたそれではなく猛威を振るう災害のそれである。

 

 ──我に燃やせぬものはない! さあ壁よ立ちはだかれ。貴様らを尽く灼き尽くすぞ! ──

 

 焱熱系最強最古の斬魄刀は伊達ではない。具象化した本体すらも自然現象たるゆえに、その本質は人理に属さない。ともすればかの大英雄の持つ毛皮すらも灰と化す事が出来得るかもしれない。

 燃え盛る炎こそがこの男の本質。そして魂である。

 故にその起源とは単純。──即ち『灼熱』である。

 灼熱の意志。灼熱の魂。灼熱の力。

 万物を燃やし尽くすというその言葉に、一切の偽りはない。

 

「儂に火を付けてくれおってからに、小童め」

 

 巨木なれど、立ち枯れも同然の気質だった。それに火を付けたのは他でもない。

 穂積織と藍染惣右介。

 前者は死を幻視するほどの殺気を突きつけてきた。後者は若輩ながらも最強最古たるこの老爺を打ち倒した。

 これに燃えずしてなにが男か。なにが炎か! 

 刀を正眼に構える。そして上段に持ち上げて振り下ろす。その繰り返し。

 若き頃はどっしりと太陽の如く構え、圧倒的な力で破壊した。

 だが今は。

 

「ふんっ!」

 

 終始すら知覚させない速さで振り下ろした()()。その切っ先は地面スレスレに静止した。そしてその先には、左右に割れんとする大地の姿。

 速さと威力の両立。齢千を超えてついに見出した境地。初歩的にして単純だが、決して容易な事ではなかった。そう、己の肉体のみでそこに至るには。

 穂積織は、速さにおいて比肩するものは少ない。あらゆるものを壊してみせるが、それは彼の『直死の魔眼』あってこそ。

 藍染惣右介は元より卓越した力を持っていたが、崩玉の力を得ると破壊力に傾倒してしまった。

 速さと力は、片方に傾倒してしまう天秤になる。

 その均衡を保ち、そして高めていく境地。肉体一つで至れるのか。この齢で至れるのか。

 

「…ふん。その程度の壁で儂を止められると思うなよ」

 

 燃えるような魂は、天をも焦がす不遜なる力。歳に似合わぬ傲慢。

 ──()()()()、その果てへと至らん。

 未だ頂に立ちはだかる最強の牙が、静かに研ぎ澄まされていた。

 まだ見ぬ敵が現れるのかもしれない。果たしてその時、自分はどうなっているのだろうか。強くなっているのだろうか。

 そう考えるその顔は先人たる一人の死神の顔ではなく。まるで若き頃の移し身のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 現世。某所にて。

 

「随分と大変だったそうじゃない?」

「あ? …知ってるのか?」

「喜助から聞いたわ。終戦の立役者なんだってね?」

 

 眼鏡をかけて煙草を吹かす。クソまずい煙草だと聞いたことがあるが、それを嬉々として吸うなんて、などと織は内心で考えていた。

 

「結果論だ。俺もアイツも、自分のことしか考えてなかったからな」

「いいじゃない。人間なんてそんなものよ。誰かのためにだなんて言う人ほど信用できないわ。だってそれこそ自己満足のためなんだから」

「性格悪いって言われるだろ、オマエ」

「お互い様ね」

 

 両儀式であればさらりと流すのだろう。しかし互いを罵り合うようなその会話は、この中では日常と同じであった。

 応接間のように配置された椅子とテーブル。そのうちテーブルには、コンビニのレジ袋が置かれていた。

 

「またそれ買ってきたの?」

「文句あるのかよ。言っとくけど、やらないからな」

「ケチくさいわね。まあ、そんな気分じゃないわよ」

 

 ハーゲンダッツ。初めて食べたのはこっちに来てからだが、どうにも式が欲しがっているアイスだった。

 いつの間に、という思いはあった。なにせ織は見たことも聞いたこともないのだから。

 式曰く、『さあ? なんでだろうな。ただなんとなく、食べたいなって』とか何とか。きっと『両儀式』は笑っているのだろう。

 ストロベリーは式が、バニラは織が食べるのがいつもの習慣だった。

 

「随分馴染んだわね。もういくつになるかしら」

「こっちに来て半年…くらいか? 本当は副隊長が来るのはマズいんだが、重霊地ってことで特例だ」

「ふーん」

 

 木製のスプーンでアイスを食べ進める。斬魄刀は浦原喜助のところに置いてあって、今頃はストロベリーを食べているのだろう。転身体で具象化して、夜を歩き回るのだ。

 おかげで織の手持ちの武器はナイフだけ。苦手な高位鬼道などを全力で使い倒すしかなかった。

 なにせ虚相手には殺すだけではいけない。斬魄刀とはただの武器ではなく、堕ちた後の罪を祓うものであるゆえに。

 

「崩玉…といったかしら? 過程はどうあれ『願いを叶える』といっていたのは」

「ああ…」

 

 眼鏡のつるを持って、眼鏡をケースにしまった。目付きの悪さは相変わらずだ。

 

「魔術師の間にも、『願望を叶える』という代物はある。聖杯といってな。莫大な魔力を以って願いを叶えるのだそうだ」

「へえ。それがどうしたんだ?」

「過去、その聖杯を巡って裏で戦いがあったそうだ。その結果、まともに願いが叶えられた事はない。…いや、ささやかで俗物的なものは除いて、の話だが」

「……」

 

 突然切り出されればこれだ。織は唐突で突拍子もない橙子の話が嫌いだった。なぜならそれは、彼にとって無視できないもので、そして正鵠を射ることがあるから。

 

「恐らくその崩玉というのは宝具級の代物だろう。いや、あらゆる願いを無差別に具現化するのであればそれはもはや権能にすら届きかねん。だが、だからこそこの世から消えたのだろう。一部始終は喜助から聞いている。お前が殺したことにより崩玉は消え去ったのだとな」

「…どうかな。あれは殺すより前に崩れていたし、放っておいても消えてたんだろう。(根源)に近づこうと無理した代償だ」

「ふん、なるほどな。崩玉を聖杯に例えたからこそ分かり易い。聖杯(崩玉)自体は孔を開ける為のもの、というわけか」

 

 文字通りの皮肉である。崩玉は超越者としての藍染惣右介に、虚のような孔を開けたのだから。そして同時に根源への孔も開こうとしたというわけである。

 魔術要素──すなわち神秘が介入できるかと言われれば、蒼崎橙子には答えられない。霊魂とはそれそのものが神秘を内包するものであるからだ。物質界から星幽界へのアクセスは星幽界からの一方通行。いくら冠位の称号を持つ魔術師だとしても、それは変えられない。

 

「崩玉がどこかで神秘を取り込んだ。だから聖杯と似たことを出来たんだろう。喜助の話を聞くだけだと、人に霊力を与える程度しか出来ないようだからな」

「…なら多分、藍染の斬魄刀だろう」

 

 思い当たる節はあった。藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』だ。

 どうにも独立した意思で、別の行動をしているような節があった。

 

「ほほう、……何か昔の知り合いに似てるな」

「知るか。……ところで」

「ん?」

 

 織は言葉を区切った。蒼崎橙子は首を傾げた。

 まるで何かを思い出すように天井に目を向けること3秒。

 

「ああ、黒崎一護だ。どうなったか知ってるか?」

「あの派手な髪色の男か? 元気でやっているみたいだぞ? 霊力は丸々失くしたようだがな」

「派手云々はオマエが言えたことかよ。…そうか」

 

 インスタントコーヒーの黒い水面に、波紋が揺れる。

 映し出される自分の顔は相変わらず。だが、少しだけ笑っていた。

 そしてふと、映り込む景色に違和感を抱く。

 

「なあ橙子」

「なんだ?」

 

 天井の方を指差して、こんなことを口にした。

 

「あの扇風機みたいなの、いつ付けたんだ?」

「お前らがここを壊しかけた次の日からだ、戯け」

 

 ホコリひとつない新品のシーリングファンが、何食わぬ顔で回っていた。背面の大窓から溢れる光だけが、光源ではなくなっていた。

 橙子は犯人たる織に向けて、苛立ち混じりの目つきを飛ばした。

 当然、織は何も知らない。きょとんとした顔のままである。

 

「……全く」

 

 少しだけ、変わった気がした。

 それはきっと、ほんの少しだけだけど。

 

「報復とか無しだからな」

 

 殺人鬼から(自分)へ。完全には変わらないけれども。

 そんな、自分よりの殺人衝動だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとかここまで走ってきました。拙い文章をここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。
プロット?ああいたねそういう奴。←途中からこんな感じです。
完結といえば完結です。あとはオリジナル章とか閑話とかあるかもしれせん。
千年決戦篇のアニメ化に伴い、そこもやるかもしれません。
しかし、空の境界が荒耶宗蓮との戦いで一度終わってるのと同様に、この物語もここで一度打ち止めにします。
その他リクエストも、もしかしたら応えるかもしれませんね。
いまだにこのBLEACH×空の境界ジャンルがいないのは寂しいよぉ。
絵とか描きたかったし、この小説でやりたかったこともいっぱいありましたがねー(チラッ)
あと個人的にはユーハバッハと戦わせてみたい(笑)

それでは、これにて仕舞。皆さま、ありがとうございました。

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