Fate/Grand Order 幻想創造大陸 『外史』 三国次元演義   作:ヨツバ

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得体の知れないモノ

120

 

 

大賢良師は自らの命を捧げて儀式を完成させる。

張角の復活に必要なのは身体の器が必要だ。その器は大賢良師自ら用意し。自分さえも捧げた。

器は用意した。ならば張角の魂が器に入いれば完成。その魂を呼ぶために信者を多く集めた。

張角は多すぎる黄巾党の上にいた。だから大賢良師は信者をより多く集めたのだ。信者が多ければ多いほど張角の魂が天から降りてくると信じて。

こんな儀式で成功するはずなんてない。死者を蘇らせるなんて不可能だ。だが、大賢良師は狂気的なまでにこの儀式を信じて外法まで行って実行した。

その手に太平要術の書を持って。

 

「あいつは何を蘇らせるつもりだよ!?」

 

張角は、天和は生きている。他の姉妹だって生きている。

死んでいない者を蘇らせる事はできない。生きているのだから当たり前だ。

天和たちが生きている事は大賢良師は信じてくれない。自分と死んだ事になっている張角に対して狂気的なまでに信じている者は他人の言葉は届かない。

大賢良師はもう周りを見ていない。儀式を完成させる事だけしか見てないのだ。

 

「おい、何か陣の方で始まったぞ!!」

 

荊軻の言葉に大量の血で描かれた陣の中心にいた大賢老師の肉体がぐちゃりと勝手に潰れてどんどんと形が変形する。

そのまま地面に広がったと思えば肉塊が急激に盛り上がっていく。その形は巨大な腕になったのだ。

開いた掌の中心には不気味な目がギョロリと藤丸立香たちを見る。

 

「おいおいおい…何だありゃあ」

「この世のものではないことは確かだな」

 

本当に大賢良師は何を蘇らせたのか。あれは得体の知れないモノだ。

 

「みんな腕の下を見て。まだあれで完成じゃないみたいだ」

 

生えた腕の根本を見ればグチャグチャと動いて変形している。まだアレでは完成ではないということだ。

 

「あの腕の大きさだけでも巨大魔猪くらいはあるぞ。もしあれが人型な存在だとしたらまさに巨人が出てくるのではないか?」

「笑えない冗談だな。だが冗談とも言ってられんぞ」

 

得体の知れないモノはまだまだ大きくなる。流石に完全体が出てきたら止めようが無くなる。

 

「完全体になる前に止めないと…」

 

よくあの不気味な存在を見る。分かるのは不気味に蠢く肉の腕で、掌の中心に大きな1つ目。

根本はグチャグチャと動いてどんどんと形を成していた。大量の血で描かれた陣の先端にある壺の中から血を吸い上げて成長しているようにも見える。

 

「…陣を破壊すれば止められるか?」

「そうだなマスター。無くはないな。儀式はまだ終わっていないから儀式を途中で妨害さえすれば失敗に終わる」

「あの得体の知れないモノ自体を倒せばよかろう」

「そういうがアレは形成中だ。貫こうが抉ろうが再生するのではないか?」

 

まだ形成中だが何もしないわけにはいかない。

 

「どんな相手か分からないけど気を付けて戦うよ」

 

藤丸立香はすぐさま荊軻たちに指示を出す。

 

「燕青、李書文は左右に分かれて攻めるんだ。あの目を潰して!!」

 

相手がどんな性質でどんな攻撃をしてくるか分からない。ならば戦いながら観察して見極めるしかないのだ。

目は1つなら見る対象は1か所だ。ならば二手に分かれればもう片方は追えない。

視界の範囲がどれくらい広いか分からないがこれも調べなければならない。

 

「荊軻は俺と一緒に陣を消そう。護衛を頼む」

「承知した」

 

全員が彼の指示によって動き出す。

 

「おいおい、目の焦点が左右にギョロギョロと動いてるな。目の大きさのくせして視界の範囲はそこまで広くは無さそうだ」

 

燕青と李書文は左右に分かれている。得体の知れないモノの目の焦点は李書文に向けられた。

 

「儂を見たか。ならば相手してやろう…相手が武人でなく得体の知れないモノでもな!!」

 

脚の筋力をフルに発揮して駆け出す。それを見た瞬間に得体の知れないモノは拳を握りしめて降り落とした。

その一撃は地面を抉り潰す。この町で地震を発生させるほどだ。

 

「呵々、その一撃よし。こちらの番だ!!」

 

李書文は拳を握りしめて突き出す。

 

「ランサーなんだから槍で戦えよ」

「どちらでも儂は戦える」

 

燕青は高く跳んで上から蹴り落とす。

 

「手応えは微妙だな」

「うむ。肉が柔らかいせいか衝撃が吸収される。おっと掌が開いたぞ」

 

叩き潰すように掌が急激に降ってくる。

 

「おいおい俺らをハエか何かと勘違いしてねえか。あの得体の知れないヤツ」

「あやつの大きさから見れば儂らは虫程度なんだろうな」

「なら虫じゃねえって思わせてやるさ」

「ああ」

 

2人は凶悪な顔をする。

 

「普通に殴ってもダメなら、えぐるか」

「目を狙えってマスターが言ってただろぉ」

「だから目をえぐるのだ」

 

李書文がすぐさま駆け出して目を狙うが指で隠される。

地団駄を踏むように得体の知れないモノが周りを叩き出す。

 

「呵々々、その指を千切ってでもその目を潰してやろう!!」

 

殴り殴り殴り、そして得体の知れないモノの肉を引き千切る。

その姿は武人でありながら獣のようだ。それが燕青の感想である。

 

「ははは。ったくいつ見ても怖いツラ…」

 

そういう燕青も怖い面をしている。基本的にマスターには見せない顔である。

 

「んじゃあ、俺もマスターのために頑張りますかね。あらよっと!!」

 

2騎の英霊は得体の知れないモノに武人で獣のように食って掛かる。

 

「ふむ、やはりやるなあの2人」

「荊軻。こっちの陣を消そう」

 

この陣は円の中に五芒星という形だ。

五芒星の先端に大量の血や人間の部位が入った壺。その壺から血を吸い上げて中心にいる得体の知れないモノが成長を続けているのだ。

ならばその血の入った全ての壺を壊せば成長を止まる可能性がある。

 

「まずは1つ目!!」

 

壺の中に伸びている触手を荊軻が切り落とす。そして血の入った壺に向かって藤丸立香は剣を力の限り振るう。

 

「ぐう…!?」

 

剣の柄から握る手に堅い感触が響いて痺れる。

 

「堅っ…」

「マスター早く割れ。どうやら血の供給が出来なくなったからなのかホムンクルスのようなものを生み出したぞ」

 

千切った触手の先端を見るとグネグネと動いて膨張するように変形したと思ったら敵でよく見るホムンクルスのような物体になったのだ。

血の供給が出来なくなったから得体の知れないモノは端末のようなモノを生み出したのかもしれない。

 

「私がこいつの相手をするからマスターは早く割るんだ」

「分かった!!」

 

剣の柄を握り直してもう一度振りかぶる。

 

「お前の相手は私だ」

 

匕首を構えて切り刻む。こういう得体の知れないモノよりも人型の敵や獣人系の敵の方が戦いやすい。

だが文句は言っていられない。

 

「こういう敵は急所の部分が曖昧だからな」

 

伸びてくる触手のような手を瞬時に切り落とす。もう一本の手も切り落として喉の部分にあたるような場所を横一閃で斬る。

ホムンクルスのようなモノの真上に跳んで頭部を縦に切り裂く。そのまま後ろに回り込んで操り人形のように繋がっている触手を切り落とした。

後ろに繋がっている触手を切り落としたらホムンクルスのようなモノは棒のようになって倒れた。

 

「ふむ…やはり、触手を介して動いていたか。マスター壺の方は?」

 

荊軻がマスターの方を見ると丁度、剣を振りかぶって壺を叩き割ったところであった。

 

「割れた!!」

 

割れた壺の中身その場にぶち撒かれた。割れたらそうなるのは当たり前だ。

その中身は大量の血というのは分かっている。だが更に贓物やら人の腕やら頭部やらも入っていたのだ。

 

「うぐ」

 

それを見て吐き気を催してしまうが我慢する。バビロニアで魔獣やラフムの光景が頭に思い出される。

 

「マスター、次行くぞ」

「…うん」

 

今は戦いの最中だ。止まってはいけない。

このまま陣の一部を消して次の五芒星の先端にある壺に向かう。

それと同時に雪蓮たちがこの儀式場に兵士たちを引き連れて到着した。

 

「な、何これ!?」

 

こういうのを見慣れてなければ彼女の反応は当然だ。

粋怜や祭に、冥琳、穏も似たような反応。藤丸立香が初めて魔神柱をみた時と同じ顔をしている。

不気味で得体の知れないモノを見て恐怖してしまう顔。

 

「な、化け物か!!」

「妖の類って言葉で片づけていいのか…」

 

不安、恐怖、分からない存在。そういう言葉が兵士たちを飲み込む。

状況が分からなくなると身体と思考は動かなくなる。まさに雪蓮たちはそれに陥っているのだ。

だが、その状況を打破する声が響く。

 

「雪蓮さん!!」

 

名前を呼ばれた事でまず最初に覚醒したのが雪蓮である。

 

「立香!!」

 

よく見ると藤丸立香と荊軻が得体の知れないモノの下でホムンクルスのようなモノと戦って、大量の血が入った壺を壊していた。

更に上では燕青と李書文が得体の知れないモノと戦っている。

 

「立香、こいつ何なの!?」

「俺も分からない!!」

「えー…」

 

こんなのは見た事が無いから当たり前である。

 

「雪蓮さん。こいつの儀式はまだ完成していないんだ!!」

「そ、そうなの。てか大賢良師は!?」

「儀式の完成のために自ら生贄になった。そんで呼び出したのがコレ!!」

「え、じゃあコレが張角だっていうの!?」

「そんなわけない!!」

「だよね!!」

 

これが張角だなんてわけがない。太平道の信者がこれを見たらどう思うか想像は難くない。

雪蓮だってこれが張角だなんて思えない。彼女だけではなく、冥琳たちだってそうだろう。

 

「まだこいつは不完全なんだ。儀式自体を壊せばこいつは消えるかもしれない!!」

「雪蓮。立香の言う通りだ。あれを見て見ろ」

 

冥琳は得体の知れないモノの根本に指を差す。

根本の肉塊が膨張しては形を成していっている。今の段階だと肩のような部分が形成していた。

 

「あれを見るに確かに完全に儀式が完成したわけではなさそうだ。今まさに出てきている」

「ねえ冥琳。アレ何だか分かる?」

「分かるはずないだろう。あんなもの書物にも無いぞ」

「はい~…あんなの見た事ありません」

 

孫呉でも屈指の知恵者である冥琳と穏が知らないなら雪蓮だって分かるはずもない。

せっかく太平道の信者を鎮めてここまで来たと思えば、まさかの事態で勢いは消えてしまう。

 

「どうする。こいつは…うお!?」

 

祭が冥琳に得体の知れないモノをどうするか聞こうとした瞬間に何かが2つ落ちてきた。

 

「今のは効いた…ったく」

「ふん、この程度」

 

落ちてきたのは燕青と李書文。得体の知れないモノに叩き落とされて来たのだ。

 

「2人か!!」

「よお、早めに言っておくが一ヶ所に固まってたら…」

 

燕青が警告を言おうとした時に得体の知れないモノが腕を長く伸ばして横になってそのまま横殴りで迫ってくる。

 

「ヤベッ」

「燕青、李書文。止めて!!」

 

藤丸立香が無茶を言ってくるが出来ないことはない。

 

「しゃーないな」

「行くぞ!!」

 

燕青と李書文が助走をつけて得体の知れないモノに突貫する勢いで跳び蹴りを喰らわす。

 

「あらよっと!!」

「奮破!!」

 

彼らの跳び蹴りで撥ね返る。そのまま李書文は槍を持って目を貫こうとするが指が閉じて届かず。

 

「惜しいな!!」

「まだまだ!!」

 

そのまま2人は戦いに戻る。

 

「あ、危なかった…」

 

あのまま2人が蹴り返さなかったら雪蓮たちは巻き込まれて全滅していただろう。

一瞬、呆然としてしまったがすぐに覚醒。冥琳は藤丸立香に声を飛ばす。

 

「立香、こいつをどうにかする方法はあるのか!!」

「さっきも言ったけどまだ儀式は完成していないんだ。この陣を消せばどうにかなるかもしれない!!」

「その壺を壊せばいいのか!!」

「うん。この大きな壺に入っている血からこいつは供給して成長している。供給源を絶って陣を消すんだ!!」

「了解した!!」

「ねー立香。こいつ自体はどうすればいいの!!」

「掌に目があるからそこを狙って。それと分身も生み出して供給を絶つのを邪魔してくるから気を付けて!!」

「それさえ分かればこっちのもんよ」

 

雪蓮は剣を構え直す。そして空気が変わる。

 

「聞け、孫呉の兵よ!!」

 

雪蓮が兵士たちに鼓舞する。

 

「相手は人間ではない。不気味な存在だ。しかし、怖気るな。孫呉の兵は負けない。こんな得体の知れないモノに孫呉は負けない!!」

 

彼女の声が粋怜たちに、兵士たちに響き渡る。

 

「我々は負けない。勝って孫呉の民を救うのだ。行くぞ。私に続けえええええ!!」

 

雪蓮の突撃と共に兵士たちが動く。

 

「祭殿たちは弓兵であの得体の知れないモノの目を狙って、李書文殿たちを援護するんだ!!」

「おう!!」

「粋怜様は雪蓮様たちと壺の破壊とあの生み出された変なのを攻撃しちゃってください~」

「分かったわ穏」

 

冥琳と穏の指示で兵士たちは別々に動いていく。指示する者が有能ならば下で動く部下は上手く動けるのだから。

 

「ハアアアアアアア!!」

 

雪蓮が分身体であるホムンクルスのようなモノを切り裂いていく。彼女は戦いの流れに乗れば乗る程強くなる。

剣を振るう速さと切れ味は増すばかり。

斬る斬る斬る斬る斬る。斬りまくる。

その姿を見て李書文は彼女と戦いたくなるものだ。そんな彼女より強いのが母の炎蓮というのだ。

ますます戦いたくなる。

 

「おい余所見すんな」

「ふ、すまんな」

 

2人は得体の知れないモノの指を広げる。それは目を狙うため。

下には祭が率いる弓兵隊が待機しているのだ。彼女たちの狙撃をさせる。

 

「おら開け!!」

「祭殿。開いたら儂らごとでも構わん。矢を放て!!」

「ちょ、勝手に決めんな」

「承知した!!」

「おい」

 

無理矢理にでも得体の知れないモノの指を蹴り、撃ち、貫いて開かせる。

 

「開いたぞ。一斉に矢を放てえええ!!」

「本当に放ちやがって!?」

 

すぐさま燕青と李書文は離脱。彼らなら躱せるから本当に矢を放たれても気にしない。

矢は一斉に放たれて得体の知れないモノの目に目掛けて突き刺さっていく。

 

「はっ!!」

 

特に祭の放った矢は目のど真ん中に刺さる。

燕青は「見事」と小さく呟く。その弓矢の腕は本当に見事なものだ。その腕は紫苑と比較できるほどである。

 

「やっぱ目が効いてんのか…いい反応じゃねえか」

 

目を討たれた得体の知れないモノは苦しそうに指をウゴウゴと動かしている。

 

「放つ矢を休ませるな。そのまま追撃しろ!!」

 

矢の雨は降り続く。

 

「てやああああああああ!!」

 

粋怜隊は儀式の要となっている大量の血の入った壺の破壊を任せられている。だがただ壺を破壊するだけではない。

得体の知れないモノが作り出した分身体を倒さねば壺までには到達できない。だから粋怜は己の武器を振るって分身体を切り裂く。

相手が得体の知れないモノであろうと武器で斬って死ぬなら今まで倒してきた敵と同じだ。

ただ相手が人間ではないだけである。

 

「斬り続けろ。相手は人間ではないが斬れば死ぬ。今まで戦った敵と変わらない!!」

「「「おおおおおおおおおおお!!」」」

 

粋怜の勇士を見ながら兵士たちは怒涛の勢いで分身体を斬り、壺の破壊をする。

最初は得体の知れないモノを見た時は恐怖や不安で真っ白になるが誰かが戦う姿を見れば「アレは倒せる」と浸透していく。

最初は藤丸立香たちから雪蓮たちへ。雪蓮たちから孫呉の兵士たちへと勇気が伝染していくのだ。

 

「これなら…!!」

 

藤丸立香が2個目の儀式用の壺を破壊した時には孫呉の兵士たちは残りの3個の壺へと集まって叩き割っている。

 

「…っ、雪蓮さん!!」

 

雪蓮の背後に分身体がいつの間にか迫っていた。それに気づいたから指を構える。

 

「え、立香…ってぇ!?」

 

後ろにいつの間にか迫っている分身体。すぐに後ろに振り向いて剣を振るおうとするが少し遅い。

研ぎ澄まされた雪蓮に気が付かせずに分身体は近づいたわけではない。彼女自身が斬った分身体の肉塊に本体から伸びた触手が徐々にくっついて再生したのだ。

運悪く丁度、そこに雪蓮がいただけなのだ。

 

「ヤバッ!?」

「ガンド!!」

 

雪蓮の後ろから何かが飛来して分身体に直撃して得体の知れないモノの分身体が止まった。

彼女にとって何故分身体が止まったのか分からないが、チャンスを逃す事はしない。そのまま動きが止まった分身体を切り裂く。

 

「雪蓮さん大丈夫!?」

「ええ、大丈夫よ。てか、立香なんかした?」

「まあね。間に合って良かったよ」

 

雪蓮は藤丸立香が指を構えて何かをするのを一瞬だけ見た。きっとそれが後ろから飛来した何かの正体。

 

「ねえ、さっきのって…」

「おい話は後にしろ。アレに反応があったぞ」

 

荊軻の言葉に2人の視線が得体の知れないモノに移る。

儀式用の壺が全て破壊された。すると得体の知れないモノはまるで拒否反応でも起きたような動きをしているのだ。

供給源が絶たれた得体の知れないモノは今にも崩れそうである。

 

「このまま崩れるか?」

「だといいんだけど」

 

得体の知れないモノの現段階では最初の腕の部分から肩が形成されて顎のような部分まで形成されているのだ。

 

「何か…」

 

まったくもって何か分からない存在だ。

 

「このまま消滅するか?」

 

このまま消滅する。そう思っていたのがみんなの予想だ。

それは藤丸立香だって、これで決着かと思っていたが違った。

 

『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア』

「んな!?」

得体の知れないモノは口を形成した。そして口から触手を複数出して兵士たちを取り込み、食らいついた。

 

「なーーー!?」

 

得体の知れないモノが人を食う。その光景は嫌なものでしかない。

儀式用の供給源が消えたのならば他から補えば良い。得体の知れないモノは本能なのか理性でもあったのか自分から供給元を探し始めたのだ。

口からの触手は多くの兵士たちを捕まえて喰らおうと引き寄せる。その触手は粋怜の足にも絡みつく。

 

「なっ!?」

 

そのまま粋怜を引き摺っていく。これはまずいと思ってすぐさま彼女はどうするか考える。

このままだと訳の分からない怪物に食われる。

こんな所で食われるわけにはいかない。彼女は覚悟を持って自分の片足を切断をしようかと考えた。

だがその覚悟は必要無かった。

 

「粋怜!!」

 

藤丸立香は剣で触手を切断する。

 

「ありがと立香!!」

 

それを見た雪蓮は急いで兵士たちに指示を出す。

 

「触手は剣で切断できる。仲間を助けろ!!」

 

仲間を助ける。得体の知れないモノに仲間を食わせなければいい。そうすれば得体の知れないモノはもう形成できなくなり、消滅するのだ。

そして口の部分を破壊さえすれば、自ら食らうことで供給することもない。

 

「李書文!!」

「任せろマスター」

 

李書文は槍を握り直し、向かってくる触手を切り刻みながら一直線に走る。

得体の知れないモノだろうとも李書文は関係ない。自前の槍で全て貫くだけである。

 

「我が槍は是正に一撃必倒。神槍と謳われたこの槍に一切の矛盾なし!!」

 

宝具『神槍无二打』。

彼が編み出し、宝具まで昇華させた一振りの一撃。

その一撃で得体の知れないモノの口部分が完全破壊された。その一撃は兵士たちが目を見張るものである。

 

「仕留めた!!」

 

得体の知れないモノはついに腕の部分から崩れだし、完全に瓦解した。

大賢良師が呼び出した得体の知れないモノは正体が分からないまま完全に消滅したのであった。

 

 

121

 

 

パラパラと太平要術の書を捲る男。その名は于吉。

彼は魔鏡を通して得体の知れないモノが崩れる瞬間まで見ていた。

今回の出来事は于吉の策略によって起きたものだ。策略というよりかは大賢良師とした者を唆したレベルのもの。

 

「いやあ、まさかここまでやってくれるなんて思いもしませんでした。私の予想では孫策たちに儀式が始まる前に鎮圧されると思ってたんですがね」

 

今回の出来事は于吉がある策を実行するための準備している間を邪魔させるわけにはいかないための時間稼ぎだ。そして後のために切り札となる策の実験。

 

「孫策たちとカルデアの者たちが大賢良師たちに気を取られている間に準備はある程度できました。まあ、この準備は気を取らせなくとも出来ましたが」

 

パラリと太平要術の書を捲る。

 

「今回の策の本命は実験…少しでもアレについて分かれば上々なんですよね」

 

この孫呉での本命の策は既に始まっている。後は時間の問題とタイミングだけである。そのため今は待つだけ。

もう1つ。今、于吉が言う実験は後々のためのものである。

 

「あの得体の知れないモノはカルデアは分からないようですね。まあ、あんなの分からなくて当然でしょうけど」

 

于吉はあの得体の知れないモノの正体を知っている。アレが于吉にとって切り札となる1つになるかもしれないのだ。

今回の戦いはあの最初の外史のように長き渡る戦いになるかもしれない。ならば于吉にとってやはり多くの駒を揃えておきたいのだ。

この外史の武将たちは邪魔になる可能性はある。カルデア側は邪魔となる。貂蝉たちはもっと邪魔になることが確定。天の御使いはどの外史でも邪魔で因縁のある相手だ。

 

「左慈はあの男に対して憎悪を壺の中に入れて蕩かした様に想ってますからねえ。嫉妬しちゃいますね」

 

 

122

 

 

邪教と化した太平道は得体の知れないモノを倒したと同時に完全壊滅した。

被害は少なくはないが決着はついたのだ。

狂信的な者から始まった盲目的なまでの歪な儀式。今回のことは藤丸立香たちだけではなく、雪蓮たちにも初めてな事件だっただろう。

戦の経験になったとかそういうのはない。今回のことは雪蓮たちには何も身にならない戦いだった。

これはカルデア側が今まで解決してきた案件に近いだろう。

 

「…なんとも信じられぬ話じゃな」

 

雷火は今回の戦いについて聞いて顔を歪ませる。そんな戦なんて信じられぬはずもない。

炎蓮ですら思案顔だ。

 

「でも本当よ雷火。ここにいる戦に出た私たちが当事者なのよ」

 

冥琳たちは全員が頷く。ここにはいない兵士たちにも話を聞けば全員が「本当だ」と答える。

見た事もない得体の知れないモノとの戦い。普通では考えられない戦いだ。

 

「ええ、あんなの誰だって信じられないけど…事実よ」

 

粋怜は得体の知れないモノを思い出しながらその時の出来事を説明する。

 

「ふむ…信じられない話ではあるな」

「炎蓮様」

「おい立香。これはお前らが追いかけている案件ではないか?」

 

この言葉に全員が藤丸立香たちに視線が移る。

何故、炎蓮が今回のことが藤丸立香たちの追う案件だと思ったのかは彼女の直感だ。それが正解だからこそ炎蓮の直感は恐ろしいものである。

雪蓮たちが彼女の直感を無条件に信じる時があるなんて事を妙に納得してしまう。

 

「うん。その通りだ」

 

焼け焦げた太平要術の書を取り出す。この太平要術の書は得体の知れないモノとの戦いの跡地で回収した物だ。

この書こそが于吉に手掛かりとなる証拠品である。

 

「この太平要術の書は于吉が持っていた道教の書だ。恐らく于吉が大賢良師を唆して今回の事が起きたんだと思う」

 

太平要術の書によって得体の知れないモノが召喚されたと言うのならば恐ろしい書である。その書を持って大陸を混乱させる男と言うのならば無視できない。

藤丸立香たちの使命というのが雪蓮の中で真実味を帯びてきたというものである。

 

「でもその太平要術の書が燃えちゃったなら、その于吉って奴はもう何もできないんじゃないの?」

 

手に持っている太平要術の書は燃えてボロボロだ。これでは力を発揮できるように見えない。

 

「いや、それがそうでも無いんだ」

「え、そうなの?」

「それは何故だ?」

「太平要術の書は百余巻あるかもしれないからなんだ」

 

太平要術の書が『太平清領道』というものならば百余巻はあるということになる。これは貂蝉や諸葛孔明と考えた一つの可能性だ。

もし1冊だけにしかなく、于吉にとって大切な力になる書物だというならば回収しにくるはずだ。だが今回は回収しに来なかった。

これだと使い捨てにしても良いという現れを感じる。最初の時に回収したのはまだ太平要術の書に負のエネルギーが溜まっていなかったからだと今でも思える。

力が溜まり、太平要術の書として完成していればいくらでも今回のように使い捨てが出来るという事実になる。

 

「…大陸に混乱をまき散らす道士か」

「やっぱり于吉はこの地の何処かにいるかもしれないんだ」

「ふむ」

 

今回のことで于吉という謎の道士の危険性が炎蓮の頭の中に強く印象に残る。

それは彼女の頭にある揚州の統一という目的の中に黒点のように滲むのであった。

 

「今回のことはよく覚えておくんだ。もしかしたら我らの行く先に于吉とかいう怪しい道士が立ちふさがるかもしれんからな」

「「「はっ!!」」」

「よし、辛気臭せえ軍議はここまでだ。これから宴を始めるぞ!!」

 

解決したかと思えば新たな問題は残っている。だだ、今は邪教『太平道』の問題は解決したのであった。




読んでくれてありがとうございました。
次回は2週間後予定。もし早く更新出来たらする予定。

今回は得体の知れないモノとの戦いでした。
正体はまだ不明です。その正体はいずれ分かります。

次の話は貂蝉、孔明サイドの話です。
過去で立香たちが得体の知れないモノと戦っている間、現在ではどうなっていたかという話ですね。

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