あーん、大絢爛祭ガチャで三日月さん当たらんかった!
まあ、その分司令が来てくれたから良しとしよう!
しかし司令、オート二倍だとクッソ速くて笑う、目で追えないんですが。その上、初撃の射程長くて金棒先輩をぶった切りまくりですやん。つえー。
というわけで、続き続き。
筆が乗ってるとこのペースだよ。我ながら差が在りすぎて笑ってしまう。
そうして、オレは今日も夢を見る。
記憶が曖昧で、何があったのか思い出せない。
ただ――――ただひたすらに悲しい。嗚咽をどれだけ殺しても、涙が溢れて止まらない。その場に立ち上がる事も出来ずに蹲る。
夢の世界は、相も変わらず青い空と水面が続いている。
唯一の違いは、太陽が登って雲一つないだと言うのに、雨が振っていることか。
狐の嫁入りなんてものじゃない。身を斬り裂くほどに冷たく雨が、嵐の晩のように降り注いでいた。
現実には有り得ない光景は、夢の世界だからこそなのだろうか。
それとも、オレの悲しみに呼応するように、夢の世界もまた変質しているのだろうか。
「その通りだ。この雨はお前の悲しみと涙そのもの」
「ぐっ、ずっ、実……」
「泣くな。泣くな、人吉。泣いてくれるな。この世界にはオレとお前だけだ。お前が目覚めている間は、オレ一人でこの冷たい雨に打たれなければならないんだ」
身勝手な事を。無茶な事を。お前がこの悲しみを止めてくれるのか。何もしてくれなかった癖に。何も出来やしない癖に。
喉元まで迫り上がりかけた言葉を、何とか飲み込む。
例え、夢の中の登場人物だとして、決してその言葉を投げつけてはならない。そんなものは、ただの八つ当たりだ。
そもそもオレの悲しみと彼は無関係だ。夢の中で語らうだけの仲。この悲しみをぶつけることは間違っている。
何よりも、泣いているのは実も同じだった。
まるで己の不甲斐なさを責めるように。どうしようもない悔恨に身を焦がすように。
そんな彼をどうして責められる。どうしてオレの都合で八つ当たりなど出来ようか。
「別に泣いちゃいない。この雨でそう見えるだけだ間抜け。八つ当たりでも何でも構わん。この雨が止みさえすればな」
「…………実」
「次は、
「……待て、実。ちょっと、待って。それは、どういう……」
「気にするな、直に分かる。………………お前は、お前なら、戦う事を選ぶんだろうなぁ。だが、儂はお前に戦ってなど欲しくはなかったよ」
心底から残念そうに呟いて、実は力無く笑うだけだった。
新たに湧いた疑問を口にしようとしたが、風雨は唐突に勢いを増した。
どれだけ声を張り上げようと、喉が張り裂けんばかりに叫んでも、実に声は届かない。
冷たい雨と呼吸が出来ないほどの風に体力を根刮ぎ奪われ、意識を保つことすら難しい。夢から覚めるにしても、これはいくらなんでも乱暴に過ぎる。
「――――人吉、御華見衆を信用するな」
ただ、実の言い放ったその言葉だけは、激しい風雨の中にあって嫌に耳に残る。
その言葉を最後に、ブツリとオレの意識は途切れた。
―――――
――――
―――
――
―
「………………」
人吉の瞼が開く。
酷く喉が渇いていた。全身を包む虚脱感から指先すら億劫だった。
彼は茫とした思考のまま最後の記憶を探るが、霞がかかったように思い出せない。
「良かった。目を覚ましたか」
「……あ、ごほっ、げほっ、ごっ――!」
見慣れた天井を背景に、目も眩むような美女が覗き込んできた。
驚きの余り貴方は、と声を発そうとした瞬間に、喉の渇きと痛みから激しく咳き込んでしまう。
たったそれだけで全身が悲鳴を上げていた。
頭の先から足の指先まで、余すところなく痛みが奔る。特に酷いのは胸と背中だ。
目を覚ませばそうなることを予測していたのか、美女は優しく人吉の身体を起こさせた。
「どうぞ、白湯に即効性の鎮痛剤が入れてあります。ゆっくり飲んで下さい」
更に別の少女が湯呑を差し出してきた。
よくよく見れば、湯呑の少女よりも更に幼い少女と、起こしてくれた美女とはまた異なる部類の眼鏡をかけた美女も居る。
彼女達が誰なのかという疑問よりも、止まらない咳と全身の痛みが酷く、とても言葉を発せられない。
湯呑を取ろうと手を伸ばす事も叶わなかった。
見かねた美女――三日月は抜丸から湯呑を受け取ると、人吉の背中を摩りながら口元へと運ぶ。
されるがまま湯呑から少しずつ送られる白湯を口にするが、喉が爛れているのか、程よく冷めているにも関わらずに飲み干せない。
痛みを覚える度に咳き込み、口に含んだ白湯を吐き出して三日月の腕や服を汚していく。
彼女は嫌な顔一つすることなく丁寧に、根気よく、何度でも、繰り返し繰り返し背中を摩り、人吉の状態をつぶさに観察しながら白湯を飲ませる。
たった湯呑一杯分の白湯を飲ませるのに30分も掛け、飲み終わる頃には鎮痛剤が効果を発揮したのか、ようやく人吉はまともな思考を取り戻す。
「――――あぁ」
まともな思考を取り戻すと言うことは、現実を直視するということ。
真っ先に探したのは家族だった。
だが、彼が見つけたのは仏壇の前に並べられた三つの位牌と骨壷になった変わり果てた家族の姿。
人吉は涙を流さなかった。
既に現実は受け入れている。一度は涙を流している。ならば、泣いている暇などない。今は家族を先祖代々の墓に入れ、安らかに眠らせてやりたい。それだけだ。
唯一心残りがあるとするならば、最後に一目だけ家族の顔を見たかった。
四人は青年の気丈な態度に、沈痛な面持ちで目を伏せる。
「ごめんなさい。本来なら、貴方が目を覚ますのを待つべきだったのでしょうが……」
「…………いえ、ありがとうございます。家族も丁重に弔って貰って、ゆっくり眠れると思います」
「礼なら町の人等に言ったってや。皆、自分の余裕もないのに色々手配してくれたからなぁ。ウチらは手伝いしただけやったわ」
「……そうか、そっかぁ。うん、ちゃんと皆にも礼を言うよ。でも、見ず知らずのオレ達のために手伝って貰ったのは事実だから。ありがとう」
どうしようもない悲しみの中にあっても、喜びから笑みを浮かべる。
無論、陰りはあった。悲しみも消えていないだろうが、決して無理に浮かべている笑みではなく、彼の心からの笑みだった。
それを見た津田は、にっと笑みを返す。
悲しみの淵に居る者を救うには共に悲しむのではなく、明日に希望を見出だせるように、君が居てくれてよかったと微笑みながら手を伸ばすべきだと知っていたのだろう。
その様子に眼鏡の美女――ソボロ助廣も同じく笑みを刻む。
自分達が考えていた以上に強く、他者への気遣いを忘れない優しい青年と、彼に負けぬほど強く優しく育った義理の娘を誇りに思ったからだ。
「…………それで、えっと」
「私は三日月宗近。黒髪は抜丸。白髪は津田越前守助廣。眼鏡を掛けているのはソボロ助廣という
「はあ。その、何て言うか……」
「聞きたいことがあれば何でも聞いて下さい。我々も聞きたい事はありますが、まずは信頼関係を築くのが大事かと!」
「分かりました。けど、あの、凄く失礼なんですが――――――皆さん、人間ですか?」
人吉は抜丸の言葉に頷きながらも酷く遠慮がちに、それでいて容赦なく急所を突く鋭さで自らの疑問を口にする。
抜丸と津田は驚きから目を丸くし、三日月とソボロは目を合わせて頷きあう。
「それを答える前に、何故そう思ったのか、聞かせて貰っても構わないか……?」
「あ、はい。オレは人よりも五感が鋭くて、皆さんを見ていると何となく分かると言うか。そもそも自分でも馬鹿な事を言っていると思っているんですけど、本当に人間じゃないの?」
突拍子もない発言ではあったが、彼女達が事実として巫剣であるのだから何一つ間違ってはいない。
ただ、その根拠が何処にあるのか。
普通の人間には、巫剣と人間を見分けることは出来ない。
巫剣側から自らの素性を明かした時か、その力を存分に発揮して初めて人ではない者であると気付く。
数少ない例外は、とある素養を秘めた者のみ。
少なくとも人吉の感覚器官では人と認識する事が出来ない。
視覚は人そのものにしか見えない顔や身体から、人の手の入った作り物臭さを見分けた。
嗅覚は金属を身に着けているのではなく、身体そのものに金属が練り込まれているかのような金物臭さを嗅ぎ分けた。
聴覚は人体から発せられる様々な音、心音、呼吸音、骨と筋肉の稼働音が、人から根本的に異なっている事を聴き分けた。
触覚は彼女達から空気を介して伝わる熱や肌触り、目に見えぬ気とも生命力ともつかぬ何かがを感じ取っていた。
唯一、味覚だけは使用していないが、彼には汗の味よりも鉄の味がするのだろうなという予感がある。
人によく似た、人ではない知らない何か。
それが人吉の結論だ。
彼が驚きこそすれ恐怖しなかったのは、優れた五感で彼女達が敵意や悪意から掛け離れた存在であることを感じ取ったからであり、彼女達とは真逆とも言える禍憑と対峙していたからか。
『――――驚いたのぅ。いや、とんだ拾い物、という意味じゃがな』
「……………………」
『あぁ、驚くな驚くな。喚かれると面倒じゃ。置いてきぼりにせず、きちんと説明してやる故落ち着くがよい』
「…………いや、鴉が喋っている時点で、もう完全に置いてきぼりなんだけど」
土間から居間へと登り、ひょこひょこと自分の布団の上にやってきた人語を発する鴉に、人吉は目を丸くした。
驚きこそすれ喚きはしない。
家族を殺し、町を焼いた異形の怪物。更には見目麗しい人ではない何か。
既に二種類の人外に触れた彼には、喋る鴉程度に恐怖する心など残ってはいない。
目を見開く人吉を他所に、鴉――ひいてはその向こうで喋っている小烏丸を、三日月は鋭く見咎める。
自分達の都合を押し付けるような物言いを今すぐにでも止めさせたかったが、小烏丸は視線に気付いていながらも素知らぬ様子だ。
『我等は、朝廷直轄機関“御華見衆”。そして我々は、其処に所属する巫剣と呼ばれる存在じゃ』
「――――え?」
『何じゃ、知っておったのか? 誰に聞いた、答えよ』
「いや、聞いたことは、ないけど……」
(夢の中の友人から聞いた、なんて言えないよなぁ……)
『ふむ? ……まあ、よいか。それは兎も角、小僧。貴様、何故三日月やソボロにするように、妾に敬語を使わぬ!』
「いや、同い年ぐらいじゃないの? 声はそれくらいの張りと色だと思うんだけど」
『妾は貴様よりも遥かに年上じゃ!! 千歳じゃぞ、千歳!!』
「えぇ!? そんなに! そんな御老体に敬意を払わず、
『がぁあ、がぁああああぁああぁっ!!』
「痛い! なんでぇっ?!」
「止めないか、小烏丸! 相手は怪我人だぞ! いや、気持ちは分からないでもないが!」
突如として人語を発しなくなった鴉は、飛び上がって人吉の頭を嘴で執拗に突き回す。
人吉の言動は間違っていないが間違っている。
小烏丸、抜丸は生まれ落ちておよそ千年。三日月は生まれ落ちておよそ五百年。津田、ソボロは生まれ落ちて凡そ三百年。
彼女達が重ねてきた時、更に人間の基準で考えれば確かに御老体――いや、もはや死体も残らない域である。だが、根本的に巫剣は不老である上に乙女。御老体扱いは怒りする。
彼に悪意がないのも腹立たしい。
せめて悪意があったのなら、くだらない戯言と聞き流せたのだが、こうもド直球では小烏丸も真正面から受け止めるしかなかった。
『……おほん、では本題に入ろう』
(千歳。これで千歳……大人げない!)
『何じゃ。何か文句でもあるか? ほれ、言うてみぃ。妾に正直に言うてみぃ』
三日月に取り押さえられ、小烏丸の操る鴉はようやく大人しくなった。
怒りの余りに怪我人を突き回すという失態を犯した小烏丸に、鴉を介して残る三人の冷たい視線が突き刺さるが、咳払いを一つして空気を変えようとした。
しかし、正直者の人吉は考えていることが表情に出やすい。
眼の前の青年が大変失礼な事を考えていると読み取った小烏丸は、にじりにじりと鴉を詰め寄らせた。
止めんか、という三日月の静止が入るまでそれは続いた。
『まずは我々について説明せねばなるまいか。確と耳を傾けよ』
「はい! よろしくお願いします!」
『良い返事じゃ』
其処から始まったのは、小烏丸による説明であった。
巫剣、巫魂、御華見衆、禍憑、禍魂。
世間にも出回らず、政府も存在を伏せる真実を語り聞かせる。
極力客観的な事実のみを口にし、主観的な印象を決して語らなかったのは小烏丸が誠実だったからだ。
小烏丸はその鴉を操り、鴉を通して遠方で起きた出来事を見通す、或いは鴉を介して他者と会話する能力を買われ、御華見衆の伝令役を預かる身であった。
他の四名とは異なり、御華見衆の司令と副司令から別口の任務を言い渡されている。
重要な任務であるとは理解していたが彼の置かれている立場と境遇を慮り、彼の意思を尊重したかった故に、そのような語り口となったのである。
『…………さて、説明としてはこんなところか。理解できたか』
「はあ。取り敢えず、皆さんがあの怪物――禍憑と影ながら戦っていることは分かりました」
『まあ、今はそれでよいよい。じゃが、得心が行かぬ顔のようじゃな』
「いや、それはそうですよ。巫剣しか禍憑を倒せない、祓えないんですよね? じゃあ、オレはどうして……」
『……三日月達からの報告、当時の状況から推察するに、我々もそう判断するしかなかった。お主、禍憑を斬ったな』
禍憑は巫剣にしか倒せない。
最新式の銃器や大砲であっても禍憑を倒すには至らない。足止めが精々である。
禍憑は闇・負の存在であり、通常の攻撃では傷を負わない。その範疇に収まらないのが巫剣と巫魂という光・正の存在による攻撃だ。
彼女達の攻撃は浄化やお祓いの特性を有しており、禍憑ひいては禍魂に多大な威力を発揮する。
尤も、禍憑の攻撃も呪詛や汚れの特性を有しており、巫剣や巫魂に甚大な損傷を与える。
互いに相反する陰と陽。だからこそ互いにとって弱点であると同時に天敵でもあった。
その事実を認識しているからこそ小烏丸の声は自然と低くなり、人吉が自身の問いかけに頷いた事に驚きつつも
『……そうか。あの規模の町を一つ焼くには、三日月達が相手にした禍憑の数が少なすぎた。しかし、ふむ……』
「あの、それって、そんなにおかしな事なんですか?」
『まあ、待て。結論を急ぐでない。我々の疑問は他にもあってな。抜丸』
「はい、此処です! 人吉さん、すみません。真に勝手ながら、此方の刀を預からせて頂きました」
「ああ、そうですか。良かった。それ、ウチの家宝なんです。家に戻ってくる途中の記憶は曖昧で、落としてきたと思った」
『小僧。その刀には、僅かばかりであったが“稜威”の残り香を感じる。それに只の刀ではない』
「…………?」
『今、我々巫剣の大半は本来の力を引き出せておらぬ。それはな、巫剣を使う人間が居らぬ故よ』
彼女たち巫剣が本来の力を引き出すには、巫剣使いと呼ばれる主が不可欠だ。
巫剣に自意識はあるが、元々は刀、戦いの道具として生み出された存在である。故に、本質的にも本能的にも主を必要としてる。
古来、英雄と呼ばれる者の傍らには、巫剣の姿があった。彼等が歴史に残る偉業を成し遂げられたのは、彼等自身の資質に加え、彼女達の力添えがあってこそ。
巫剣使いは「鞘入」という儀式を行うことで契約し、主従の関係を結ぶ。
更に巫剣使いは“
「じゃあ、その、オレが巫剣使い? だからこそ禍憑を倒せたんですか?」
『そうとしか説明できん。稜威や稜威能力自体で禍憑を倒すなど聞いたことはないが、直接的な攻撃が有効な能力を有している、と考えれば不思議ではない』
「それから君の刀だが、これは菊華刀によく似ている」
「菊華刀……? よく分からないですけど、それもよく似ている、だけですか?」
「済まない。それも本来ならば在り得ないことなんだ」
巫剣使いが“稜威”を効率的に送るための道具が菊華刀と呼ばれる刀だ。
巫剣のように自我や人と同じ形を持たないものの、一定量の巫魂を刀身に宿している。
製法は御華見衆によって秘匿されており、また保有しているのも御華見衆だけだ。
理由は様々あるものの、巫剣を守るという御華見衆の思惑が最も強い。
現在、巫剣の存在は極一部の関係者以外には伏せられている。それは巫剣という強大な力を悪用されぬため、ひいては巫剣を守るためでもある。
巫剣は巫剣使いに影響を受けやすく、かつての主や英雄の主義主張を旨とする者も少なくはない。良くも悪くも、人間よりも遥かに純粋なのだ。
心優しく正しい信念の下に行動する主と出会ったのならばまだいい。
だが、人間は清濁合わせのみ善悪の間で揺れるモノ。必ずしも、巫剣にとって喜びに満ちた出会いだけとは限らない。
そうした輩から巫剣を守るための情報統制と管理もまた御華見衆の使命。
だからこそ、彼女達の把握していない菊華刀が存在していることは在り得ない。
少なくとも菊華刀に関しては製法を御華見衆が独占し、管理に関しても厳重の一言。
紛失・盗難された事など過去に一度もなく、複数人で管理しているために誰かが事実を隠したとしてもすぐに露見してしまう。
加えて言えば、その宝刀は何かがおかしい。
巫剣である彼女達も言葉では言い表せない違和感を覚えている。
言うなればその宝刀は、確実に菊華刀ではないと感覚が訴えているにも関わらず、菊華刀と同じ能力を有した訳の分からない刀と言った具合だ。
『名も知られぬ刀匠が偶発的に作り上げた可能性もあるが、それが巡り巡って巫剣使いの手に渡るとは、運命の悪戯にしてもちと出来すぎじゃ。妾達に出会った事も含めてな』
「…………もしかしてこの刀、皆さんにお渡ししないとならないですか」
『うむ。こうしたものを回収するのも仕事の一つでな』
「小烏丸、いい加減にしろ!」
「せやなぁ。これ以上、にーちゃんから大事なものを奪うのは、ウチは反対や。おかーちゃんは……?」
「……そうね。極めて主観的な意見ですが、彼が我々を悪用するような人物には見えません。私も反対です」
「
『えぇいっ! 揃いも揃ってお主等ときたら! 妾とて言いたくて言っているわけではないわ! 立場上仕方なく、だ! 全く、人を血も涙もない鬼のように言いよってからに!』
「ま、まあまあ。皆さん、落ち着いて。小烏丸さんもこう言っていることですし」
仲間達からの批難と冷たい視線を受け、小烏丸の操る鴉は癇癪を起こしたように翼を羽ばたかせて抗議する。
立場上、そう言わざるを得なかったとは言え、人情というものを一切欠いた発言であったことは誰よりも小烏丸が分かっていた。
そもそも、御華見衆は公的な組織ではない。
禍憑の鎮圧と巫剣の保護、菊華刀の管理を任されてはいるが、全ての行動が黙認される訳ではない。与えられた権限を超える行為を行えば、当然のように罰せられる。
今回の場合は相手の同意を得た上での徴収という形を取らねば、人吉が警察に盗難届でも出された場合に御華見衆の立場が悪くなりかねない。
何より、小烏丸は元々平家の至宝として愛されてきた。
壇ノ浦の戦いで平家は滅亡してはいるものの、かつての主と生活は今も彼女の中では掛け替えの無い思い出として焼き付いている。
家宝と言うものがどういったものかは、小烏丸自身が経験として知っている。
先祖から代々受け継がれてきた思い、願いが込められたもの。
例え、重要な使命であろうとも、それを踏み躙る事は許されないと小烏丸は考えている。
『小僧、お主には二つの道がある』
「二つ、ですか……」
『一つは全てを忘れて家族を弔って暮らす道。無論、それを選択したとしても、その宝刀について妾達は口を閉ざすと約束しよう。妾個人としては此方を進める』
「…………もう一つは?」
『――――御華見衆に名を連ね、巫剣使いとなる道じゃ』
―――――
――――
―――
――
―
「こんな時間に冬の夜風に当たっては、風邪を引くぞ」
「三日月さん。いや、何だか眠れなくて……」
冷たく冴え渡る満月から漏れた月明かりが木々の隙間から、間ヶ原家の縁側に面した庭を照らす。
尤も庭と呼べるような何かがある訳ではなく、木々を切り倒し根を掘り起こして作っただけの平地に過ぎない。
山の森と庭の境界線は曖昧で、垣根がある訳ではない。ただ、その角には間ヶ原家の先祖が眠る墓が静かに佇んでいる。
人吉は赤いどてらを羽織り、座布団の上に座って何をするでもなく庭を眺めていた。
この庭で妹の美貴とは蹴鞠をして、弟の睦郎とは鬼ごっこを、父には舞を習い、母は常にそれを見守っていた。
その時の情景が、眼前に浮かぶ。家族の笑い声が今も聞こえてくるようだ。
昼間人吉が見守る中、三日月達の手によって家族の骨壷は墓の中へと納められた。
終始、複雑な表情で見守っていた人吉であったが、涙は流さずに静かに手を合わせ、家族の冥福を祈っているだけだった。
「隣に座っても構わないか……?」
「はい、どうぞ」
立ち上がり座布団を譲ろうとする人吉を諌め、その隣に腰を下ろす。
冬の縁側の冷たさは多少堪えたものの、巫剣である彼女には何の意味もなさなかった。
それから二人は大した会話もせずに、時間だけが刻々と過ぎる。
聞こえるのは梟の鳴き声と木々のざわめき、時折、先に休んだ抜丸と津田の寝言が静かに響く。
人吉が口を開かなかったのは家族との思い出を懐かしんでいたから。
三日月が口を開かなかったのは慎重に言葉を選んでいたから。
全てを失った青年を、これ以上不用意な言葉で傷つけたくはなかった。
だが、それでもなお口にせねばならない言葉が、彼女にはあった。
「――――私は、反対だ」
「それは、オレが御華見衆に入ることが、ですか?」
その言葉に人吉は思い出の振り返りを中断し、彼女の顔を見る。
彼女の表情は、まるで痛みに堪えるように歪んでいた。
『オレは…………なります。御華見衆に、巫剣使いに』
小烏丸の提案を耳にした人吉は、間髪入れずに決断を下した。
家族を失った悲しみと共に人並みの幸せを得る道ではなく、禍憑と戦う道を選択したのだ。
誰も――それを今し方、反対と口にした三日月ですらが――口を挟めなかったのは、人吉の瞳に強い光を見て取ったからだろう。
家族の復讐のために戦い、一匹でも多くの禍憑を斬り捨てるためではない。少なくとも、悠久の時を生き、多くの人々を見てきた彼女達はそう判断した。
悲しみに暮れようとも厭悪に染まらず、赫怒を抱こうとも憎悪を持たない。
どのような状況に陥ろうとも培ってきた精神を捨てることなく、揺るがない人間性を以て一歩ずつでも前に進む者の瞳。
彼女達が信じてきたもの。彼女達が守ってきたもの。彼女達が尊敬し、好いているもの。
その全てが宿った瞳と共に放たれた言葉を、すぐには否定できなかった。
「君は優しい。だから言葉にせずとも何故その選択をしたのかも分かるつもりだ」
「………………」
「人のために戦える者は、人のために怒れる者は自分の身を顧みない。私は犠牲を好まない。だから反対だ」
「…………いやだなぁ、それは三日月さんだって同じですよ」
三日月は人吉の心境をほぼ正確に把握していた。
彼が御華見衆に入ると決めたのは他でもない。禍憑に対する復讐ではなく、自己の体験した悲劇を他者に味あわせたくないだけ。
家族と先祖の慰霊を慰め、悲しみに浸りながらも前向きに生きていく道も確かにあっただろう。
だが、その選択をしたとして、ふとした拍子に彼はきっとこう思う。
――あぁ、今も何処かで、禍憑の手によって誰かが死んでいるのだろうか。自分のような気持ちを味わっている人がいるんだろうか。
気持ちが途切れる度にそう考え、必死に自分には関係ない、自分は悪くないと言い聞かせる人生。
失った分の、いやそれ以上の幸せを手にしたとしても、彼はきっと二度と心の底から笑えなくなると考える。
選択の正否は分からない。
もしかしたら、今まで以上に辛い出来事も体験するかもしれない。だが――――
「もしかしたら家族以上に酷い死に方が待っているかもしれない。碌に戦い方を知らないオレじゃ、誰も守れないかもしれない。でも、生き方で後悔はしたくないんです」
「…………君は」
「どれだけ失っても、どれだけ打ちのめされようと、オレ達は生きていくしかないです。だから、オレの選択を否定しないで下さい」
「……そうか、済まない。軽率な発言だった、撤回しよう。君は、私の想像していた以上の人物なのだな」
一度決めたら頑として譲らぬ山の如き不動の姿勢。
その強さに三日月は悲しみと不安を覚えながらも笑みを浮かべ、敬意を払う。
素直に己の言葉は間違いだったと認めた。人吉もまた彼女の笑みに応えて、笑った。
「それから、機会を逃して言えなかったのだが――」
「……あ、あの三日月さん」
三日月は彼の体温と命を確かめるように、人吉の頬にそっと手を添える。
月の女神の如き美貌に微笑まれ、白魚のような細指に触れられ、家族以外の女性と接したことのない人吉は頬を赤らめた。
今まで見せてきた気丈さや強さに反する年相応の初心さに愛らしさを感じながら、ずっと伝えたかった言葉を口にした。
「――君が生きていてくれて、君と出会えて、本当に、本当に良かった。この出会いは私にとって間違いなく宝だ」
三日月にも悔恨はあった。
もっと速く我々が到着していたのなら、もしかしたら彼の家族は死ぬ事はなかったかもしれない。そんな悔いだ。
いくら考えようとも、時が逆巻かない以上は詮無き事とは言え、やはり考えずにはいられない。
禍憑との――否、戦いそのものがそういういったものだ。
優れた力を持っている彼女であろうとも、救えぬ者がどうしようもなく存在する。長い時を生きた巫剣達は誰よりもその事実を目にしており、体験している。
それでもなお良かった、と三日月は口にした。失われたものは多過ぎて数えられないけれど、救えたものも確かにあった、と。
「…………オレ、母さんに楽をさせてやりたくて」
「…………そうか」
「美貴には綺麗な着物を買ってやって、り、立派な嫁入り道具を揃えて……」
「……そうか」
「睦郎は、学校に、通わせ、てやりたかったなぁ……」
「…………」
三日月の言葉に、人吉の見開かれた目から一筋の涙が溢れる。
己を誰よりも責めていたのは、他ならぬ彼だった。
先祖代々受け継いできた宝刀は菊華刀と同じ能力を有している。己自身は稜威と呼ばれる巫剣使いとしての素養があった。
どうしてそんな凄い力があったのに、家族を守ってやれなかったのか。
どうして自分ではなく、家族が死んでしまったのか。
家族のためならどんな苦しみにも耐えられた。家族のためならどんな恐怖にも耐えられた。家族のためなら命を失うことすら厭わなかったと言うのに。
間が悪かったの一言では決して済まされないほどの悔恨に、ぐっと歯を食いしばって押し殺す。
「ありがとう、ございます。オレ、誰かにそう言って貰いたかったのかもしれない」
「……もっと泣いても、いいんだぞ?」
「いえ、泣きません。もう二度と悲しみでは泣きません。オレに泣いてくれるなと言ってくれた奴が居るから。……戦います。オレのような思いをする人を、一人でも少なくするために」
それは三日月しか知る事のない月下の誓い。
人吉が多くの悔恨と悲しみを背負いながらも踏み出した、巫剣使いとしての最初の一歩であった。
そして、三日月宗近という巫剣がどのような状況に陥っても忘れることのなく、その場に立ち会えた事を誇りに思うほど、気高く優しさに満ちたものだった。