天華百剣 ー禍ー   作:HK416

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ッシャ! 筆がノッてるノッてるぅ~!
そして、新イベ。鶯丸ちゃん可愛いよ、可愛いよ鶯丸ちゃん! この一言に尽き申す。

今回は半オリキャラが登場。乱の方で名前だけ登場していたあの人ですねー。

では、どぞー!


おいでませ御華見衆、こんにちわ最強の巫剣使い

 

 

 

 

 

「父さん、母さん、美貴、睦郎、いってきます」

 

「にーちゃんはウチがしっかり送り届けるさかい、ゆっくり休んだってな」

 

 

 線香の上げられた間ヶ原家の墓前で、人吉と津田越前守助廣が合掌して祈りを捧げていた。

 

 間ヶ原家を襲った惨劇、町を襲った悲劇から既に二週間の時が過ぎていた。

 三日月宗近は人吉が目覚めた翌日に、抜丸とソボロ助廣も数日後には別の任務でこの地を離れている。

 人吉は彼女達の忙しなさに禍憑による被害がこうしている間にも広がっている事に胸を痛めたが、胸骨が折れて物理的にも胸が痛む故に無理は禁物であった。

 

 津田が残ったのは、人吉の介護を申し付けられたからのが一つの理由。

 

 三日月は事実上、御華見衆の最高戦力の一つであり切り札。このような場所で遊ばせておく訳にも行かず、小烏丸直属の部下である抜丸、豊富な知識を持つソボロは禍憑討伐の任務以外にも成すべき仕事はあった。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが津田であった。

 幼い見た目に反してしっかり者の彼女は甲斐甲斐しく人吉の世話を焼いた。

 元々恵まれた肉体を持つ人吉であったが此処まで早く回復できたのは、栄養満点かつ美味い料理と傷の消毒を手間暇惜しまずに行ったお陰だろう。

 

 更にもう一つの理由は、巫剣による地脈の浄化。

 今回の禍憑発生の要因は地脈に淀みが生まれ、地脈の流れが滞ったからであった。

 地脈の淀みは人の負の感情が溜まったり、元々地脈の流れが悪い土地で発生する。今回は後者だ。 

 こうした場合、何の手も施さねば短い期間で禍憑が再発生しかねない。それを防ぐため、巫剣の巫魂を地脈へと奔らせて淀みを浄化し、流れを正常化する。

 

 全て小烏丸による采配――と言うよりも寧ろ、気遣いというべきであろう。

 

 三日月は人吉を気にかけてこそいたが、遊ばせておくには惜しい。

 ソボロは優しくはあるが、何かと理屈や理論を優先する気質であり、料理の腕も壊滅的なので傷病人の世話をさせるのは不適切。

 抜丸はソボロのような心配はないが、常に全力でドが付く真面目。これでは休まるものも休まらない。

 

 それらに対し、津田は兎に角明るく笑顔を絶やさない。

 暗く沈んだ者に手を差し伸べ、光の下へ引き上げるには最適と言えよう。事実、人吉の表情に落ちていた影はこの二週間で随分と薄くなっていた。

 

 

「足元、気をつけやー。ゆっくりでええから」

 

「つーちゃんは優しいねぇ。ありがとう」

 

 

 墓前で出立の報告を終わらせた人吉と津田は山道を下っていた。

 目指すは最寄りの駅、其処から帝都行きの汽車に乗る。予定では三日の旅路。

 津田だけであれば徒歩の旅路であるが、歩けるほどに回復しているが怪我人である事に変わらない人吉を慮り、小烏丸が鴉を使って金を運んできた。

 彼女は巨大な風呂敷を背負い、厳しい山道を危なげなく下るのみならず、人吉に気遣いすら見せていた。こうした見た目と身体能力が乖離した様は巫剣らしいと言えるだろう。

 

 風呂敷の中身は人吉の荷物と町の住人達による餞別の品々。

 彼等は自分の生活すら儘ならないだろうに家族を失いながらも帝都へ赴く人吉を気遣い、生活の必需品のみならず生活を彩る嗜好品までも用意してくれた。

 随分な重さになっているが津田は嫌がる素振りすら見せない。この重みは人吉と住人が培って絆を分かりやすく形に変えたものであり、そうした人情味は大阪ミナミ育ちの彼女には我が事のように嬉しいものだ。

 

 怪我の痛みに耐えながら進む人吉に合わせ、普段よりも随分と遅い歩調で進んでいく。

 そうしている間も、二人の間に会話は絶えない。この二週間で随分と仲良くなったものだった。

 

 巫剣の存在は公には秘匿されている。こうして一人の人間と仲を深める機会は非常に少ない。

 仲を深めたとしても不老の巫剣にはやがて自発的な別れが求められる。そうでなくとも死という別れが待っている。

 いずれ訪れる別れは仕方ないとしても、こうして己を偽ることなく笑いあえる経験は貴重であり、津田にとって喜ばしい事態。

 

 人吉も津田の明るさと優しさに救われている部分がある事を自覚している。

 自分よりも長い時を生きているにも関わらず、自分よりもずっと幼い部分のある彼女を妹のように接していた。

 

 

「しっかし、三日月のおねーちゃんもあんな風に笑うんやなぁ」

 

「へ? そんな感じなの?」

 

「せやなー。ウチ等の前じゃあんま笑わへん。鉄の乙女って感じや」

 

「そうかな? オレには優しい人に見えたけど。と言うか、つーちゃん達は優しいよ」

 

「えへへ。照れるわー。でも三日月のおねーちゃんの気持ちも分かるなぁ。にーちゃんは、こう、近くに居るとほわほわする」

 

「ほわほわ?」

 

「ほわほわ」

 

 

 独特の表現に首を傾げたが、津田は特に説明することなくうんうんと頷くばかり。

 満足できる回答を得られなかった人吉は彼女の様子からこれ以上の説明は期待できないと思いつつも、別れ際の三日月を思い出す。

 

 

『見送り、ありがとう。巫剣使いとして御華見衆の一員となるのなら、もしかしたら君が私の主になるやもしれない…………なんてな。互いに次に生きて会えるか分からないが、武運長久を祈っている』

 

 

 随分と美しく、何とも朗らかな笑みだった。

 眉や口元の形も自然で、匂いは嘘偽りもない清らかそのもの、音は澄み渡って濁りはなかった。

 彼はその五感でどうしようもなく巫剣の造り物としての()()()()を感じ取ってしまうが、彼女達の笑顔だけは全く別だ。

 

 

(そもそも人間だって両親の手で拵えられたみたいなものだし、あんまり関係ないな)

 

 

 生誕の過程は人の手の入ったものだったとしても、その後に培われた精神は紛れもなく彼女達だけのものだからだ。

 

 人は生まれながらに人ではなく、人になっていくもの。

 多くの幸福と苦難を味わい、多くの出会いと別れを繰り返し、多くの気付きと抵抗を覚えることで唯一無二の独立性を手にする。それこそを人は己と呼び、魂と呼び習わす。

 身体が造り物であろうと肉の器でなかろうと、例え何者かの変わりや映し身であったとしても何の代わりもない。彼にとっては巫剣も人もそう大差のあるものでもなかった。

 

 

「よっしゃ。じゃあ、隣町に寄って皆に顔見せてからゆるゆる行こか」

 

「そうだね。つーちゃん、道案内よろしくお願いします」

 

「任しときっ!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 帝都某所。御華見衆本部。

 

 

「………………」

 

「あらぁ。そんなに難しい顔をしてどうしたの~?」

 

 

 赤煉瓦作りの建物の司令室で、一人の乙女は難しそうに、もう一人の乙女は不思議そうに顔を見合わせていた。

 

 難しい顔をしていた乙女は随分と華奢な身体付きに、烏羽のような黒髪を側頭部で纏めている。

 本来ならばくりくりとした紫苑色の瞳は、今や懊悩に潜められ、歪んだ口元を見られまいと笏で隠していた。

 彼女こそが御華見衆司令・七星剣。最古にして頂点に立つ巫剣である。

 

 

「もしかして、今度いらっしゃる巫剣使いさんのことかしらぁ?」 

 

「…………全く、椒林には適わんな」

 

 

 椒林と呼ばれた乙女は、七星剣とは対照的だ。

 彼女の柔和さと包容力を体現したかのような豊満な肉体に、おっとりという言葉を目鼻口にして出来たような顔。

 固く強張った表情の七星剣と違い、彼女の表情はひたすらに柔らかい。ただ恐ろしいのは、それでもなお瞳の奥にある怜悧さを失っていないことか。

 彼女の銘は丙子椒林剣(へいししょうりんけん)。七星剣と共に産み落とされ、共に同じ主に使えた仲であり、今現在も副司令として七星剣を支えている。

 

 七星剣は己の胸中を言い当てた椒林の言葉に、参ったと両手を上げる代わりに笑みを浮かべた。

 

 

「我々の把握していない巫剣使いが居たとしても不思議ではないが、少し不安でな」

 

「まあ、我々も十分に経歴を調べられた訳ではないし。不安になる気持ちも分かるけど~……」

 

「それに、少し星を読んでみたのだが……」

 

 

 小烏丸同様、七星剣にも異能を有する。刀身に意匠された北斗七星の力を引き出すことが出来る。

 力の使い方は様々であるものの、その一旦として彼女の星読み、いわゆる占星術は、驚異的な的中率を誇る。

 千五百年もの時を共にした椒林ですら、外れた記憶は片手で数えられる程度しかなかった。

 

 未来は常に変動する。運命ですら絶えず流動している。故に、今ある情報で未来を完璧に的中させるなどどう足掻いても不可能なのだ。

 過去のデータから未来をある程度予想する事、当人の運勢をある程度操作する事は可能かもしれないが、最終的には当たるも八卦当たらぬも八卦の領域だ。

 

 そもそも占いは結果が当たる事が重要なのではない。其処に真価などありはしない。

 かつての時代は占いでしか人は自らの進む道を決められなかったが、現代においては様々な選択肢が存在している。占いを必要とした人間をどれだけ前向きにし、よい気分で送り出してやるかにこそ真価がある。

 

 故に占いが当たる、などというだけでありえないのだが、七星剣に関して言えば完全に枠から外れてしまっている。正しく異能だ。

 

 

「もしかして、よくない結果でも? それは大変、七星剣の占いは当たるものね……」

 

「凶なら凶で構わんのだが……うむ。吉凶禍福全てが同時出るとなると、な」

 

「全て……?」

 

 

 占いの結果を予測して、長い付き合いの彼女だからこそ気付かせない剣呑な光が椒林の瞳に煌めいたが、それもすぐに疑問に飲まれて消えた。

 

 椒林は占いについて詳しくはない。

 ただ、七星剣の星読みの結果は常に二つに一つ。即ち、吉か凶か。其処に運勢を良くする道具や行動を添えてくれるのだ。

 だからこそ、こうした吉でもあり凶でもある。禍でもあり福でもあるというのは珍しい。いや、初めて耳にした。

 七星剣ですら読めぬほどに運命や運勢がヤジロベエの左へ右へと揺れているのか。それとも見ようとしているものが巨大過ぎて全体を把握できないのか。

 

 何はともあれ不安の一つも覚える結果であるには違いない。

 

 

「まあ、占いの結果は兎も角、我々の選択肢は一つ。近い内に大きな戦いになるからな」

 

「そうねぇ。念の為、彼が来るまでの間に調べられるだけ調べちゃいましょう」

 

 

 椒林は七星剣と己の不安を祓うように、ポンと手を叩き和やかに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 

「にーちゃん、どうしたん? 帝都に付く前まではピンシャンしとったのに」

 

「ひ、人が多過ぎて。後、嗅いだことない変な匂いもするし、聞いたことない音でぐわんぐわんするし、見たことない色と光で目がチカチカするし、空気もザラついて変な味がする気が……」

 

「あー……五感が鋭いっちゅうのも考えもんやなぁ。歩けへん? どっかで休憩してもええけど?」

 

「い、いや、大丈夫。気を遣わせてゴメンね」

 

「さよか。なら、倒れんように肩掴まっとって」

 

 

 三日後、帝都に到着した人吉は立派なオノボリさんではなく、今にも力尽きそうな半死人になっていた。

 

 故郷の山と帝都東京では五感を通して得られる情報量が段違いであり、人吉にとっては全てが未知。

 人の多さも相俟って、それぞれの匂いと音が洪水のように押し寄せられては、酔いに近い状態になりもしよう。

 ふらふらと覚束ない足元を見かねた津田は、そっと肩を差し出してきた。人吉は力無く笑うと礼を言って手を置かせて貰う。

 

 大通りの雑踏を抜け、細い路地裏を通り抜けるを数度繰り返すとそれは見えてきた。

 

 高い壁に覆われた赤煉瓦造りの洋館。

 これまで見てきた帝都の様々な建築物に比べれば幾分小さいものの、人吉の家が馬小屋に見えてしまうほどに大きい。

 表に何か標識や表札がある訳でもなく、何処ぞの小金持ちが建てたように見えなくもない。

 

 人吉はもっと人の出入りが激しいものと思っていたものの、秘密の組織なのだからそういうものかと納得した。

 

 

「おぉ、無事にとうちゃ――――何じゃ、顔色の悪い。ま、まさか傷が開いたか、これはいかん!」

 

「ちゃうちゃう。人混みに酔っただけやから、心配せんでもええで」

 

「……ホッ」

 

「もしかして、貴女が……」

 

「うむ、小烏丸じゃ。暫くは妾ともう一人が世話係じゃ、よろしく頼むぞ」

 

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 門の前で二人の到着を待っていたのは津田と変わらぬ小柄な少女だった。

 体格は津田と変わらぬと言うのにより華奢な印象を受けるのは、病的一歩手前の白い肌のせいか。

 愛らしい顔でありながら瞳には理知的な光を宿しており、見た目以上に歳を重ねている印象を受ける。尤も、彼女の本当の年齢を聞けば、誰もが仰天するか初めから信じないであろう。

 

 人吉の具合の悪そうな様子に慌てた事や口振りからも分かるように、彼女こそが小烏丸であった。

 声色通りの見た目に、本当に千年も生きた巫剣なのだろうかと疑問に思うものの、五感で捉えた全てが人ではない事を物語っている以上は、信じる他ない。

 

 

「あら。つーちゃん、ということは……長旅、ご苦労様。まずはお茶でも如何かしら?」

 

 

 鉄の門を引いて現れたのは、軍服のような真っ白な洋装に桜の刺繍の施された羽織を纏った女性だった。

 純白の手袋に包まれた手を頬に当て、黒い真っ直ぐな長髪を揺らしながら旅を労って休息を進める様は正に淑女といった趣であった。

 

 年の頃は見た目だけでは多く見積もっても20代後半。

 しかし、人吉が捉えた実年齢はそれよりもずっと上。己の母親とそう大差のない年頃であった。と言うのも、母親の匂いがしたからだ。

 

 人吉自身も言葉には出来ないが、母親であるかそうでないかは匂いで分かる。

 科学的、人体生理学的に見るならば、出産前後の内分泌系の変化を匂いで捉えているのだろうが、此処まで来ると人間離れを通り越して化物染みている。

 

 

「はじめまして! 間ヶ原 人吉と申します! どれだけの期間になるかは分かりませんが、お世話になります!」

 

「あらぁ、元気がいいわぁ。ぐぉうかく! ね」

 

「いや、合格も何も巴が決めることではないじゃろうが。全く、此方は妾の巫剣使いである美夜古(みやこ) 巴じゃ。もう一人の世話係故、失礼のないようにな」

 

「それは勿論。凄く、凄い、凄そうですね!」

 

「そうじゃろうそうじゃろう。何せ、巴は最強の巫剣使いと呼ばれておるからな。最強じゃぞ最強!」

 

「へえ! やっぱりお強いんですね!」

 

「あらあら。でも、もう叔母さんよぉ。若さには敵わないわ」

 

(なんやろなぁ、この空間)

 

 

 美夜古 巴。

 歴代の巫剣使いにおいても最強と噂されている。千年を生きた小烏丸をして、妾の力を最も引き出したのは巴と言わしめる女傑である。

 加齢と二人の子供を産み落とす際に難産であったため長時間の戦闘に耐えうる身体ではなくなったものの、未だに彼女を超える巫剣使いは現れていないとされている。

 今は人の世に紛れる巫剣の悩みを聴くご意見番や後進の育成に尽力し、表立たずとも世のため人のために尽力していた。

 

 全く以て語彙力のない人吉であったが、その凄まじさは肌で感じ取っていた。

 佇まいの美しさもさることながら、所作の無駄が無さは三日月に通ずるものがある。

 呼吸音、駆動音、匂いの何から何までが凄まじい鍛錬の果てに完成した肉体であることを伝えてくる。

 

 最早、その強さは巫剣に匹敵しかねないだろうと考える。

 彼の印象は今まで見てきた中で最も強い人間と言うよりかは、今まで見てきた中で最も強い生き物であった。

 

 

「ほな、ウチは帰るわ。にーちゃんもあんま無理したらアカンで」

 

「ええ、もう行っちゃうの?! お礼とか何も出来てないんだけど……」

 

「ええてええて。それにおかーちゃんも心配やし。料理すると家が全焼する……」

 

「えぇ……それは、その、凄い料理、下手だね……?」

 

「まあ、そういうこっちゃ。ウチ等近くに住んどるから、何時でも頼ってやー!」

 

「うん! つーちゃん、またね! ありがとうねー!」

 

 

 風呂敷の大荷物を小烏丸に手渡すと、津田は手を振りながら駆け出していく。

 津田とソボロの義理の親子は元々大阪のミナミで寺子屋を開き、ソボロは教師として、津田は生徒として生活していた。

 しかし、帝都周辺における禍憑の発生増加に伴い、招集された過去を持つ。なお、二人が上京を決心したのはソボロによる料理によって住まいが全焼したからだ。泣けばいいのか笑えばいいのか分からない。

 

 駆け出した津田に手を振り、大きな声で感謝の意を伝えると山彦のように彼の声が反響する。

 通行人はぎょっとした表情で目を向けたが、彼の笑顔と視線の先にいる少女の笑みを見るとほっこりとした表情になってまた進み始める。

 

 

「全く、二人とも元気なものじゃ」

 

「あら、元気なのは良いことよ。それに随分と仲が良くなったみたいね」

 

「そのようじゃな。相性が良かったか。単に子供で気があったか」

 

「たったの半月でこれかぁ…………ふふ、彼、良い巫剣使いになるわよ」

 

「ほう、その根拠は?」

 

「巫剣使いに重要なのは知識でも才能でも、ましてや稜威やそれに纏わる能力でもない。互いに相手を受け入れて尊重し、互いに絆を育む事。小烏丸も分かっているでしょう?」

 

「そう、じゃな。その通りじゃ」

 

 

 津田の背中が消えるまで礼を口にし、手を振り続けるつもりなのだろうか。二人の会話も耳に入っていない様子。

 

 彼の背中を眺めながら二人は感慨に耽る。

 同じ苦痛を味わい、同じ喜びを分かち合った仲だ。人吉のような駆け出しの時代も確かにあったのだろう。

 彼は同じ選択をしながらも、二人とは全く違う道を歩む。そんな後輩を思い、様々な感慨を抱けるのは先達者としての特権だ。

 すっかり年を重ね、いずれ訪れる別れも随分と近くなった。だからこそ、二人は後進の道程が幸多かれと祈るのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「間ヶ原 人吉です! お願いします!」

 

「あ、あぁ、私は御華見衆の司令を務めている七星剣だ」

 

「私は丙子椒林剣です。お元気そうで、安心ですね~」

 

 

 調度品も少なく質素な本部の応接室に人と巫剣が集っていた。

 人吉はソファに座らされ、テーブルを挟んで反対側に七星剣と丙子椒林剣が。人吉の背後には巴と小烏丸が立っている。

 

 人吉と七星剣、椒林が顔を合わせたのは日が暮れ始めた頃。

 非公式とは一組織の長と補佐官が多忙でない筈もなく、二人が最速で仕事を片付けてもこの時間になってしまった。

 

 とは言え、人吉にとっては有り難かったのは間違いない。旅の疲れと帝都の喧騒によって引き起こされた酔いに慣れるには十分な時間だったからだ。

 待っている間も暇と言う訳ではなく世話役になる巴と小烏丸が話し相手になってくれ、待たされたという感覚はないに等しい。

 

 つい半月前に家族を失ったばかりだと言うのに、その素振りを感じさせない振る舞いに七星剣は若干動揺気味に自己紹介をした。

 動揺を見せた彼女をフォローするように椒林はパチパチと手を叩いてみせた。

 

 近頃の若者は強いなと七星剣ですら感じざるを得ない。

 

 数ヶ月前にも人吉以外の新しい巫剣使いが現れた。

 父が過ぎた欲望によって禍憑に成り果て、目の前で巫剣使いに祓われたと言うのに、僅か数日であらゆる伝手を使って本部にまでやってきた挙げ句、自分を巫剣使いにして欲しいと宣った。

 幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか。彼女も巫剣使いとしての素養を持っており、あれよあれよという間に見習いとなり、今は全国を行脚しながら禍憑に立ち向かっている。

 

 

「まずは、謝罪させて貰おう。勝手ながら貴様と家系、そしてその刀について調べさせた」

 

「いえ、構いません。オレ自身、気になっていたことです」

 

「そう言って貰えて助かります。では調査の結果ですけれど。経歴に不審点は無し。家系も代々続く炭焼の家系と証言が取れています。それから、刀についても調べ直しましたが紛失・盗難、情報漏洩の可能性は一切ありませんでした~」

 

「ということは――――」

 

「少なくともこの刀については出自不明(分からない)、その一言に尽きる」

 

「そう、ですか……」

 

「安心して下さいね。これを預かるような真似をするつもりはありませーん。出自不明とは言え菊華刀として使えるのなら、そのまま人吉君が使って下さーい」

 

「ありがとうございます!」

 

「それから、刀を見せて貰いたいのだが、構わないか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 結局の所、椒林による調査は全てが徒労に終わった。

 彼の家系が過去に巫剣使いを輩出したという記録はなく、また過去に刀鍛冶であったような痕跡も見受けられない。

 時代が時代だけに全ての記録が残っている訳ではなく、全てを鵜呑みにするのは早計であるが、現状はそうとしか考えられない。

 

 また出自不明の刀についても同様だ。

 そもそも由緒正しい家系ではない家に代々受け継がれてきた宝剣、ましてや作成者の銘も刻まれていないのであれば過去など探りようはない。

 本部の菊華刀について全ての記録をひっくり返して調べるのが精々で、結局全てが分からずじまいだ。

 

 

「…………む?」

 

「………あら?」

 

 

 人吉から両手で差し出された刀を受け取り、鞘から抜き放つ。

 

 御華見衆が保有し、使用を許した菊華刀は全てが銘治以降に作られた新々刀である。

 無論、それ以前から存在してはいたものの性能がバラつきが在り過ぎて使用するにも不安が残り、全てが厳重に保管されている。

 意図して作られたにせよ、そうでなかったにせよ菊華刀の管理も御華見衆の役割。秀吉の刀狩り、銘治の廃刀令に回収し、ほぼ全ての菊華刀は回収し終わったものとばかりに思っていた。

 

 鞘と柄造りから鍛造時期を探ることは出来ない。時代に寄って移ろうものであるし、所有者の好みによって変わってしまうものだ。

 だが、刀身の作りから近似を探り、年代を特定する事は可能ではある。やはり、伝え聞いた通りの標準的な太刀。形状、刃紋からしては造られたのは平安時代辺りか。

 

 であれば、誰が作ったのかという疑問は残るが、どうやって御華見衆の手を逃れたのか不思議はない。

 菊華刀は巫剣を生み出す過程で生まれた副産物であり、平安から江戸の終わりまでには多くの巫剣が生み出された。

 この一振りも巫剣を生み出す過程で打たれた試作品か、失敗作なのだろう。それが流れ流れて戦いの道具ではなく、祭事の道具として使われていたのであれば御華見衆でも追いかけようがない。

 

 だが、刀身を見た瞬間、七星剣と椒林は僅かばかり瞼を見開いた。

 

 

「……あのぉ、何か?」

 

「……いや、何でもない」

 

「そう、よねぇ……」

 

(何だろう……聞かれたくないこと、じゃないか。二人共、困っているのかな?)

 

 

 五感の優れた人吉は否が応にも、巴と小烏丸は付き合いの長さから二人の変化に気付く。

 だが、人吉に問われた内容に言葉を濁すだけで、其処で話を打ち切られてしまう。その様子は懐疑を抱くに十分であり、巴と小烏丸は眉を顰めた。

 

 七星剣と椒林は秘密主義と言わないまでも明かさねばならない事を明かさず、他者に黙ったまま二人だけで決定してしまう節がある。

 それは全て巫剣と巫剣使い、引いては人々を守るためにこそ口を閉ざしているのだが――――それが悲劇の引き金になったこともあった。

 

 人吉は生来の人の良さから追求を避け、懐疑は抱けども不信には至らなかった巴と小烏丸は口を閉ざした。

 

 しかし、今回ばかりは二人に非はない。意図して口を閉ざしたのではなく、口を閉ざさざるを得なかったからだ。

 見たこともなければ、聞いたこともない。目を引くのは刀身に刻まれた禍災覆滅の文字だけで、それ以外は平均的な太刀――――にも関わらず、追慕にも似た感情を覚えたのは何故なのか。

 二人にも訳が分からず、理由も見当たらない。当人ですら分からない感情を説明など出来る筈もなかった。

 

 

「巴は何か分かるか……?」

 

「さっぱり。私は使ったり手入れは得手でも、調べたり感じ取ったりが不得手なのは知っているでしょう?」

 

「そうよねぇ。だったら――」

 

「――――武蔵の出番じゃな」

 

「誰です?」

 

「ふふふ、私の旦那よ。それに御華見衆の筆頭研ぎ師で刀剣の目利きも確かだから、何か分かる事もあるかもしれないわ」

 

 

 成程、と感心した様子で頷くが、この時人吉は何も分かっていない。巫剣の知識も何もないので仕方がないが、七星剣と小烏丸は呆れ顔であった。

 

 巫剣は人の形をしているが歴とした刀剣だ。不老の存在ではあるが、不滅の存在ではない。

 身体を構成するのは巫魂と言えども傷を負うし、血潮も流れており疲労もする。また、戦う事によってその身に汚れを溜め込むこともある。

 彼女達に行われる身体的なケアを御華見衆では“お手入れ”と呼んでいる。人間で言う所の筋肉痛や凝りを解すマッサージだ。

 汚れを溜め込んでしまった場合には最悪の結果に繋がる。それを避けるためには特殊な研ぎの儀式が必要になる。

 そうした知識や技術を有しているのが筆頭研ぎ師。無論、通常の刀剣に対する目利きや研ぎも役割の範疇であった。

 

 御華見衆としては間ヶ原家に伝わる宝剣の来歴などは調べておきたいのは事実であったし、人吉も疑問を解消できるのは有り難い。

 ともあれ、この話は此処まで。この場に集まった者では、それ以上の答えが出ようもないのであれば当然だった。

 

 

「それから、貴様が禍憑を斬ったと報告を受けているが……」

 

「はい、事実です。こう、家の刀で斬ったら霞のように消えてしまいました。小烏丸さんも不思議がっていましたけど……」

 

「当然じゃ。巴だって妾と稜威と巫魂を交換し合うことで初めて禍憑に対抗出来る。通常は考えられんわ」

 

「命の危機に対して稜威能力を巫剣使い単体で発動できた事例も過去に何件かはありますがぁ、禍憑を一人で倒してしまうような攻撃的な稜威能力は今まで一度も……」

 

「…………お、オレ、なんかおかしいのかなぁ」

 

「お、落ち込むな小僧! もう既に妾はお主が落ち込んでいるだけで違和感を覚えるんじゃぞ!?」

 

 

 信じ難いものを見る視線に曝され、人吉の肩が目に見えて下がっていくと小烏丸が慌てて励ましだした。

 

 落ち込む理由など本来はないのだ。稜威能力は千差万別。御華見衆であっても予測は出来ない。

 今まで事例がなかっただけで、新たな事例が生まれただけの話。

 

 七星剣と椒林は彼を率いる者としてその力をどう扱うべきか。

 巴は彼を指導する者としてその力をどう伸ばすべきか。

 

 各々が各々の思惑と役割に準じた思考に耽ろうとしたその時――――

 

 

『本当にそれが稜威能力だとでも思ったか? だとするならお前等は滑稽だ。自らの思い至らない可能性に、自らの思い出したくもない過去から必死で目を逸らそうとは。とんだ道化振りだ、七星剣、丙子椒林剣』

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「いや、オレじゃないですよ!? え? 嘘? だってこの声……」

 

 

 ――――七星剣と椒林を嘲笑う人吉の声が遮った。

 

 余りにも人の変わった言葉と声に巴と小烏丸は目を丸くし、嘲られた七星剣と椒林ですらも言葉が出てこず視線を向けるばかり。

 そんな中、人吉だけが集中した視線を散らそうと、片手と首を音がするほどぶんぶんと振る。

 

 何よりも自分とよく似た、だが決定的に異なる声色は聞き覚えがある。だからこそ、困惑から逃れられない。

 

 

「儂としては()()()()()だが、お主等二振りにしてみれば“久方振り”になるか」

 

 

 部屋に差し込んだ夕日によって伸びた人吉の影がボコリと泡立つ。

 その時、人吉を除く全ての者が自らの剣へと手を伸ばしては居たものの、目の前の異常にどう対応すべきなのかを決め倦ねていた。

 

 泡立った影は平面から立体に。

 立体は粘土を捏ね回すように形を変えて人型になるや、更には色付く。

 

 現れたのは人吉のみがよく知る人物――――夢の中でしか会わぬ友人、実であった。

 

 

「はは――――なぁんだ、全部夢かぁ、すやぁ」

 

「お主、阿呆か! 寝るなぁ!?」

 

「いや、だってこれ夢ですよ。コイツね、実って言って、オレの夢の中の友達なんですよ。いい歳して恥ずかしいですけど」

 

「えぇい! 寝ようとするな、起きよっ!!」

 

「いったぁ!? えぇ!? 夢じゃないのこれぇ!? ということは実は夢じゃない!? いや、でもアレェ!??」

 

 

 ソファの背凭れに身体を預け首の力まで抜いて寝ようとした人吉の頭を、小烏丸はバシリと音をたてるほどの力で(はた)く。

 その痛みに飛び起きた人吉は目の前の出来事を現実とようやく認識し、目を白黒とさせる。

 

 

「それに此奴、この邪気、この気配、禍憑ではないかっ!」

 

「え゛え゛ぇぇぇぇぇ―――――!?!!?!」

 

(どういう事? 人吉くんに禍憑が取り付いて負の感情を喰らって形を成した? それにしては……)

 

(取り憑かれた者は無事では済まん。人に取り付く種類は宿主の肉体そのものを変質させる……!)

 

(禍憑化の兆候はなかった。それに宿主に対する影響が少なすぎますね……!)

 

 

 人に取り憑く禍憑は、その人物の僅かな負の感情を餌に成長する。

 強欲、憎悪、憤怒、虚無、嫉妬、怠惰。その弱さを全力で肯定し、負の感情を育て上げ、外道に堕とし、最終的には全てを喰らい尽くす。

 その過程で元々の人格は完全に消失し、負の感情を元にするよく似た、されど全く異なる禍憑の人格が形成される。

 大半は自分が喰われていく感覚に絶えきれずに発狂。そうでなくとも己と禍憑の人格の境界線を見失い、抗う術を見失う。

 

 初期症状であっても身体の不調、精神・情緒不安定、人格の変調、錯乱状態を引き起こす。

 人吉にはそのような兆候は一切見られなかった。長らく禍憑と戦い続けてきた七星剣と椒林が、その兆候を見逃すとは考え辛い。

 

 

「貴様、只の禍憑ではないな」

 

「如何にも――――と言いたい所ではあるが儂はその欠片、指の一つよ」

 

「指ですって……?」

 

「何だ、その顔は。よもや、まだ思い出さないのか。……ハッ! 滑稽! 愚鈍! 醜悪! 笑えもせんわ!」

 

 

 (みのる)は、双眸に七星剣と丙子椒林剣への――いや、この世全てに対する明確な憤怒を宿していた。

 

 その双眸に、人吉はようやく実が現実に現れたと理解した。

 どうしてこんな事になっているのか理由は分からない。彼が禍憑であったなどどうでもいい。

 ただ、自分自身ですら何に向けられているのか分からなくなった憤怒は、確かに実のものだったからだ。

 

 彼に初めてあった時は人吉に対してすらこうだった。

 ありとあらゆるものに対する憤怒は確かに人吉も向けられたことがある。それが向けられなくなったのは何時の頃からだったか。

 

 

「忘れたか、七星剣! 忘れたか、丙子椒林剣! 都を襲ったあの鬼神を! あの屈辱を、あの敗北を、あの恐怖を! 己の不甲斐なさすらも!」

 

「…………馬鹿な、ありえん」

 

「アレは、彼が……」

 

 

 七星剣と椒林の脳裏に浮かぶのは、初めての戦い。そして、己が生み出された最大の理由。

 

 どのようにして、いつ生まれたかも分からない憎悪と怨念の塊。

 彼女達が知りうる限り、最も邪悪で、最も悪辣で、最も危険な禍憑。

 千五百年前、彼女達が生まれる前から都を襲い続けた異形。

 

 恐怖か、怒りか。震える声で七星剣は口にする。

 

 

「――――――宿儺(すくな)、なのか」

 

 

 かつて無惨に破れ去り、未だ悪夢に現れる旧敵。この世全てに対する呪いそのものの名を。

 

 

 

 

 





ほい、というわけで、やってきました御華見衆本部&最強の巫剣使い巴さん登場&実とラスボスらしきものが判明の回でした。

なお巴さん、小太郎、小次郎、武蔵さん一家の名字設定はまんまみやこ屋から。名字の設定がないと不便だったもので。公式ではないので注意。
この作品時空では巴さんは亡くなっていない設定です。小太郎、小次郎がクッソ難産だったため一線を退くのが速かった、という設定。

宿儺辺りの設定も最近大人気の漫画からのぶっちゃけパク、もといオマージュな!

次回はその辺りの設定が明らかに。では、次回もお楽しみに!
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