天華百剣 ー禍ー   作:HK416

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今回は設定の簡単な説明会。
ほぼ独自解釈とオリジナル設定の山なのでご注意を。

では、どぞー!



宿儺と禍祓い

 

 

 

 

 

「宿、儺……?」

 

「ふん、先にも言ったが欠片(ゆび)だがな」

 

 

 ピンと張り詰めた空気の中、人吉の間の抜けた声に、実は自嘲するように笑いながら答える。

 禍憑を前にして御華見衆である四人が剣を抜き放ちこそすれ、警戒を顕にするばかりで戦いを挑まなかった事には理由がある。

 

 巴と小烏丸は持ち前の経験と困惑故に。

 経験上、自我を有する禍憑は極めて高い確率で、巫剣のような特異な能力を有する。

 その奇怪さと来たら千変万化。戦いと同時に()()()に勤しまなければならない場合も多々ある。この状況下で発動されれば厄介な事になりかねない。七星剣と椒林の蒼褪めた表情も躊躇の原因であった。

 だが、何よりも困惑したのは、目の前の禍憑はもはや誰のものに向けたのか当人すらも分からなくなるほど途方もない憤怒を抱いてはいたものの、敵意や戦意の一切を欠いていたからだ。

 

 七星剣と椒林は忌まわしい記憶と宿儺の強さ故に。

 二人の記憶にある宿儺の力、悪辣さ、悍ましさ、どれを取っても他の禍憑とは比較にならない。ただ一度の戦いで、千五百年に及ぶ時ですらも癒やす事の出来ない心傷を負うほどに。

 この場で戦いになれば自分達は兎も角、周囲に一体どれだけの被害が出る事か。どれだけ用意しても心許ない戦力を可能な限り掻き集め、その上で入念な準備をしてようやく挑める相手なのだ。

 

 

「剣を納めろ。オレに争うつもりはない。そも、此処に居るオレは虚像に過ぎん。お前達がどれだけ斬り裂こうが祓う真似など出来ん」

 

「どういう、意味だ……」

 

「答えは既に其処にある」

 

 

 誰もが何を言っているのか理解できていなかった。七星剣も椒林も理解が及んでいない。

 唯一理解できたのは、彼が指さした先に居たのが人吉であった事だけ。

 

 長い沈黙、長い熟考の上で、七星剣は剣を鞘へと納める。

 誰もが御華見衆司令の立場を忘れたかのような振る舞いに目を見開いたが、司令という立場であるが故の苦渋の決断であると悟り、彼女に倣う。

 

 戦うという選択肢を捨ててはいない。だが、今は少しでも情報が欲しい。

 戦いを、混乱を、混沌を、殺戮を望むだけならば既に行動を開始している。少なくとも七星剣の記憶にある宿儺という存在はそういうもの。

 自身の想像も付かない吐き気を催すような企みがあったとしても、この会話の中から辿り付き、解決の糸口を必ず見つける。

 

 そんな思いから七星剣は全てを飲み込み、油断を見せずに続きを話せと睨みつけた。

 

 

「おい、実。お前、本当に……」

 

「今は黙れ人吉。これはお前にも関係のある話だ」

 

 

 現実に思考が追い付いていない人吉は湧き上がってくる全てを言葉にし、実を問い質そうとしたものの、取り尽く島もない様子に黙らざるを得ない。

 

 

「今から千五百年前、当時の都を襲った四腕の大禍憑がいた。名を宿儺と言う」

 

「日本神話の中にそういう名前の鬼神が居たような気がしたけど……」

 

「その原型となったのが、奴なのだろうよ。詳しくは知らんがな」

 

「それで、それが貴様の正体か……?」

 

「正しいが違う。何度も言っているがオレは奴の指に過ぎん」

 

 

 実の言い分は、矛盾しているように聞こえる。

 まるで己を宿儺ではないと語ってはいるものの、ならば当時の状況を知っているのは何故なのか。

 七星剣と椒林の過去を知っているかのような口振りも、宿儺でもなければ分かるまいに。 

 

 

「宿儺の何が厄介であったか。それは単純に強いだけでなく、(さかし)く悪辣で、ある一点において禍憑から外れていた事だ」

 

「普通の禍憑とは違うことって……」

 

「禍憑に自我はあっても自由はない。この世を破壊せよ、人の子を殺せと決められて産み落とされ、それを忠実に守る。過程や手段は違えども最終的な結果は破壊と死に変わりはない。言わば、絡繰り細工のようなものよ」

 

「う~んう~ん、それは何か分かるかもしれない、な……」

 

「宿儺の違いは、その過程を愉しんでいた事だ」

 

 

 宿儺は都を襲いながら、腹の底から笑っていた。

 人間共の悲鳴が心地良い、人間共が互いに殺し合う様は爽快だ、人間共が命乞いを無下にし殺戮に耽るのは痛快極まるとでも言いたげに。

 ただ殺す、ただ破壊するだけでは満足せず、人々の尊厳を徹底的に踏み躙り、人々を言葉巧みに操って殺し合わせ、弱く見にくい連中だと腹を抱えて笑う禍憑。それが宿儺であった。

 

 巴と小烏丸にしてみれば信じられない存在だ。

 二人は大禍憑を祓ったこともあれば、伝説上の禍憑ですらも封印に成功した事もある。

 だが、その中で過程を愉しんでいるものは皆無だった。世の破壊や人の死を望んではいても、何処か虚無的で、目に見えない何かに操られているようでもあった。

 

 だからこそ、七星剣も椒林も、異様なほどに警戒しているのだ。

 

 

「巫剣など存在していない中、そんな化物に襲われては一溜りもない。後に平安の世で呪術や陰陽術と呼ばれるものの原型は既に出来上がってはいたが結界を貼るのが精々、雑魚の侵入を拒む程度のものでしかなかった」

 

「成程、ね。それに対抗するために巫剣を求めたわけね」

 

「だが、この話には中間がある。何処で都の惨状を聞きつけたのか、一人の男が仲間を引き連れて都を訪れた。恐るべき事に奴は宿儺を撃退し、都に巣食う禍憑を全て封じた。初代巫剣使いになる以前の奴と手を組んでな」

 

「ちょっと待て。巫剣ではなく、ただの人間がか?」

 

「そんなに驚く事か? 巫剣使いなんて異能を持つ人間も居るんだ。禍憑を封じられる力を持った人間が居た所で不思議はあるまい? なあ、七星剣?」

 

 

 愉快だとばかりに笑う実に対し、話を振られた七星剣のみならず椒林の顔までもが蒼褪め、苦しみに耐えるように歪む。

 ただ、それは恐怖に堪えるようなものには見えず、少なくとも人吉にとっては自らの悪戯がバレてしまう事を恐れている幼子のように見えた。

 

 

「……そうだ。我々が生み出されるまでの間、都を守った者が居る。私の主は、彼等を禍祓(まがばら)いと呼んだ」

 

「自らを餌に魔を誘い、魔を喰らい、自らもまた魔と成りて、魔を祓う者」

 

「いや、待て。待つのじゃ、それは……!」

 

「その通り。奴等は禍魂を自らの身内に取り込み、封じられる体質を持つ一族だった。その上、禍魂の影響を()()()()()()()()、死後も完全に封印する事が出来たのさ」

 

 

 巴と小烏丸にしてみれば俄に信じ難い語りであった。

 今まで禍憑に対抗できるのは巫剣と巫剣使いだけ、と信じ、実感してきた事が全て引っくり返ってしまうのだから当然だろう。

 助けを求めるように七星剣と椒林へと視線を向けるが、二人は顔を歪めるばかりで黙して語らない。実の口にした言葉が全て事実であると肯定しているようなものだ。

 

 

「宿儺との最後の戦いの後、禍祓い一族は死に絶え、生き残った初代巫剣使いと七星剣、丙子椒林剣により御華見衆による守護の時代が始まった訳だ。かなり急いだ故断片的であるが、間違いではないだろう? なあ、七星剣?」

 

「逐一確認を取るな、腹立たしい! それに肝心の貴様の正体を語っていないではないか!」

 

「良いだろう、それについても語ろうか」

 

 

 厭味ったらしく声を掛けてくる実に、七星剣は声を荒げた。

 禍憑を見逃し、あまつさえ話を聞かざるを得ない己自身に憤っているようにも見えたが、その実、虚勢を張っているだけ。

 それを正確に見抜いていた実は歪みきった笑みを浮かべて答えながら、その場から歩き出す。

 

 彼の最も側に居た小烏丸は警戒から再び刀に手を掛けるが、気にした様子もなく隣を通り過ぎると、今一つ話についていけずにうんうんと唸っている人吉の両肩に手を乗せた。

 

 

「さて、良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい……?」

 

「馴々しいぞ、癪に障る。どちらでも構うものか」

 

「そうか。ならば悪い方から――――――あの戦いで宿儺は封印から逃れた。未だ世の闇に潜み、機会を伺っているぞ」

 

 

 実は悪意に満ちた笑みを消し去り、本題を告げた。

 

 その言葉に、七星剣と椒林の表情が凍りつく。何かを言い返そうと口を開こうとしたが、言葉が出てこない。

 少なくとも、これまでに宿儺と思われる禍憑の目撃情報は入ってきていないが、彼の告げた言葉が事実であるのか偽りであるかなど関係がない。

 

 宿儺との最後の戦いは本当に凄まじく、多過ぎる犠牲を払ってまで終わらせた戦だった。

 それが無駄だったなどと信じたくないのだ。信じてしまえば、犠牲になった者達が報われないにも程がある。

 

 

「いや、無駄などではなかった。少なからず、宿儺から力の殆んどを奪うことに成功したのだからな。だが、そのせいで余計に賢しくなった……」

 

「どういう、意味かしら……?」

 

「学んだのさ、奴は。このままではダメだ、このやり方では人間どもを根絶やしには出来ん、腹の底から嘲弄できぬ、とな。だからこそ奴は機会を待つ方法を選んだ。お前達にすら存在を気付かれず、息を潜めている」

 

「……厄介、ね」

 

「その一環で生まれたのが儂だ。奴は戦いの後、自らの指を禍魂と共に断ち、人の世にバラまいた。何が目的かは知らんがな」

 

 

 今もあの宿儺が世に潜み隠れているという事実は衝撃的であった。

 七星剣も、椒林もその事実を必死で受け入れようとしていたが、どうにも思考が追いつかず、頭の中は白紙のまま。

 

 逆に冷静だったのは巴と小烏丸だ。

 宿儺という怪物を直接見た訳でも戦った訳でもない。だが二振りの巫剣の反応を見れば、如何に危険な相手なのかは理解できる。

 どれだけ準備を整え、どれだけ戦力を揃えようとも、なお足りない正真正銘の怪物。此処で自分達が冷静に対処しなければ、重要な情報を聞き漏らしかねない。

 

 

「待ちなさい。貴方が宿儺の一部だというのなら、どうして私達にそんな情報を与えるの? 何の利もないわよ」

 

「ふん、そんな事か。単純な話だ。儂は宿儺の一部であるが、この自我は儂だけのもの。奴の記憶はあるが、何処か他人事だ。本で読んだ出来事のようで経験とは言い難い」

 

「……それを信じろと言うのか、貴様は?」

 

「さてな。だが、こうして儂が自我に目覚めたのは奇跡的な確率だ。奴が求めたものは自身の分身ではなく、扱い易い道具だ。そうだろう? 己であって己でないものなど扱い辛いにも程がある」

 

「……言わんとしていることは分かるのじゃが」

 

「奴に儂の存在がバレれば、儂は消される。宿儺に味方しようとも最終的には奴に取り込まれ、自我を失う。そんなことは御免被る。儂は儂を捨てるつもりは一切ない。ならば、お前達に味方する他ない訳だ」

 

 

 何処まで信用するべきなのか、判断が付かない。

 そもそも実の語っている情報が、全て事実であるかどうかも判断のしようがないのだ。

 かと言って、全てを嘘と判断するのも早計すぎる。少なくとも彼の語った過去を七星剣と椒林は否定せず、宿儺でなければ知り得ない情報も語っていた。

 

 

「そして良い方だが、此方は本当に朗報だぞ――――――お前達の、いや、御華見衆はようやく本懐を遂げられる時が来た」

 

「…………な、に?」

 

「今此処に、何にも勝る封印の器がある。宿儺どころか凶禍すらも完全に封じ、二度と世を騒がせる事のない器がな」

 

「……まさか」

 

「そうだ。間ヶ原 人吉こそ禍祓いの末裔。人の世が生じてから生まれてこなかった逸材だ」

 

 

 その言葉に、人吉へと一斉に視線が集まった。

 視線を向けられた当人は、まだ理解が追い付いていないらしくポカンと口を開けて間抜け面を晒している。

 

 

「――――はぁ?! ちょ、ちょっと待ってくれ、実! オレの家は代々炭焼きの家系だ! 家系図だってある!」

 

「呆れた奴だな。儂が今話していたのは上古の時代の話だ。お前の知っている家系図は遡っても戦国時代からのものだろう」

 

「え? いや、あぁ、そうか、確かに。言われてみると家の名前も何となく似てる気が……」

 

「何より、お前は禍憑をその身に封じた。この儂を含めてな。それは巫剣使いとしての力ではなく、禍祓いとしての力だ」

 

「い、いや、全然封じられてない! お前が禍憑だって言うなら、封じられてないじゃないか!」

 

「それはお前が阿呆だからだな。儂を禍憑と知ってなお敵として認識していないからだ。尤も、封印は効いているがな。お前から離れる事も出来んし、こうして表に出てこれるのは僅かな時間だけだ」

 

「あ、阿呆は酷いぞ! いや、確かに無教養だけれども!」

 

「それにな、お前にも言いたいことが腐るほどあるだろうが、まずは儂の話を聞け」

 

 

 ようやく再起動を話した人吉であったが、混乱の境地にあった。

 当然だ。聞き慣れない単語に、今の今まで禍憑とは無関係な人生を歩んできた筈の自分がその実関わりがあったなど。

 ましてや夢の中の住人だとばかり思っていた友が、実際に存在していた挙げ句に禍憑だったと言う。

 これで混乱しない方がどうかしている。今や、人吉の頭の中はパンク寸前であった。

 

 反射的に立ち上がり問い詰めてくる人吉に対して冷静に対応しながら、実はポンと肩に手を置き、笑いながら落ち着かせようとする。

 

 

「御華見衆を信用するなと儂は言ったよなぁ、こンのバカタレェェェェェっっ!!!」

 

「あたっ☆」

 

 

 ゴン、と酷く鈍い音が応接室に響く。

 実が掴んだ肩を引き寄せ、完全なる不意打ちで人吉の額に己の額を激突させていた。

 

 余りに突然の出来事に、見守っていた者達は一様にあんぐりと口を開くばかり。

 アレはどちらも痛い、と誰もが現実逃避気味に思う中、崩れ落ちたのは人吉ではなく実の方だった。

 

 

「イッテェェェ!! 何でだ、何故頭突きを食らわした筈の儂の方が痛がっている!!」

 

「だってオレは石頭だし。それに実には悪いと思ったけど、御華見衆の皆が悪い人には見えなかったから」

 

「少しは痛みを感じている儂に悪びれろっ!」

 

「いやぁ、それは突然頭突きをしてくる実の方が悪いよ」

 

「…………ぶふっ!」

 

「巴、巴、気持ちが分かるが笑う所ではないのじゃ」

 

 

 全く悪びれる様子を見せず、にこやかに微笑みながら崩れ落ちた実を見下ろす人吉。実が激昂したお陰で冷静になった感が強い。

 その様に巴は堪えきれずに吹き出すと口元を抑えて顔を反らし、必死で笑いを抑えようとした。小烏丸は主の様子を横目で眺めながら肘で突いていたが、当人の口元も歪み始めていた。

 七星剣と椒林は目を丸くしている。それはそうだ。一部とは言えあの宿儺が、人間と喧嘩するほど仲が良いとでも言うべき関係を築くなぞ考えられない。

 

 良くも悪くも人吉は空気を緩ませる。津田がほわほわすると言ったのは、そういう意味なのだ。

 

 

「くっ、この石頭がぁっ! ………………まあ、そういうことだ七星剣。儂は儂の身を守るために此奴と貴様等に協力せざるを得ない」

 

「それを素直に信じろ、と?」

 

「信じろと言っているのではない。宿儺の一部である儂にせよ、禍祓いである此奴にせよ、好機を巧く使えと言っている。お前達とて同じ過ちを繰り返したくはあるまい?」

 

「…………っ」

 

「あっ、ちょっと待て、うぉおぉっ! 消えかけてるぅっ!」

 

「安心しろ、単なる時間切れだ。消える訳ではない、お前の内へと戻るだけだ。ではな」

 

 

 ぼうと実の輪郭がボヤけ、確かな実態を帯びていた筈のものが夢幻の如く消えていく。

 消えかける直前、実が七星剣に向けたのは怒りではなく一抹の憐憫の視線であったのは、何故なのか。

 しかし、その意味を察した二人は複雑な表情で俯いていた。かつての怨敵にそんなものを向けられた屈辱と、かつての怨敵と同じ思いに至る不可思議な喜びを抱えて。

 

 実が消えると同時に陽の光は完全に地平線へと飲み込まれる。

 夜の闇とそれを斬り裂く帝都の光が交錯する。街の喧噪は遠く、誰もが己の思考へと沈んでいく中、小烏丸が部屋の電気を付けると七星剣と椒林はハッとした表情で顔を上げた。

 

 誰が何を切り出すか。誰が口を開くべきなのか。

 

 巴と小烏丸は御華見衆に属する巫剣使いと巫剣としての姿勢を崩さず、上の発言を待っていた。

 七星剣と椒林は必死に司令と副司令の仮面を被ろうとしていたが、一度剥げてしまった仮面は中々に被り直せず、口唇は震えるばかりで声にならない。

 

 

「……あの、オレなんですけど、やっぱり御華見衆に入れませんか?」

 

 

 口を開いたのはやはりと言うべきか、人吉であった。

 恐らくは実の話を半分も理解できていないだろうに、そんな事を宣う。

 

 誰もが息を呑んだ。

 実の言を信じるのであれば、この日の本の国で二千年以上も続く、人と巫剣と禍憑の戦いを終わらせる可能性を秘めた存在と言える。

 正直、人吉は話の半分も理解できていないだろう。だが、何よりも明確に理解できている部分はある。

 

 御華見衆が想像だにしなかったものの待ち望んでいた存在であること。個人が背負うには余りにも重過ぎる運命であることを。

 

 少なくとも、その二点に関しては十二分に理解は出来ていた。

 

 

「……貴、様は」

 

「正直、実が言っていたような力があるのかは自分でも分かりません。でも、禍憑を倒せたのは事実だから、多分本当の事だと思います」

 

「いや、しかし……我々は、まだ……」

 

「それはいいです。お二人がまだ話していない事があるのは分かります。けど、それはオレを騙そうとかしているんじゃなくて、話したくないだけなんだって」

 

 

 彼は他者の嘘など容易く見抜く。どんなに嘘を吐くのが得意な人間でも、肉体に反応が現れる。

 内分泌の変化、心音と呼吸音の変化、当人ですら自覚をしていない癖の発露。人吉の洞察・観察能力が優れていると言うよりも、優れ過ぎた五感が彼自身ですら意図しないままに感じ取ってしまうのだ。

 

 少なくとも七星剣と椒林は騙そうとはしていない。

 言うなれば、何をどう伝えればいいのか、何をどう伝えるべきなのか決めかねているだけなのだ。

 それに何かに怯えている。姿を隠している宿儺ではなく、突然現れた禍祓い(ひとよし)でもない何かに。

 

 

(怯えている者に全てを語れと詰め寄るのは簡単だけど残酷だ。慌てている訳でもなし、気長に待とう。そうすれば、きっと本当の事を話してくれる)

 

 

 それが彼なりの優しさであった。

 確かに不安もある。不満もない訳ではない。だがそれは自分の都合であって、七星剣と椒林の都合とは交わらないと断じる。

 

 そもそも、宿儺だの禍祓いだのと言われたところで、その場に居た訳でも見た訳でもない。

 重要に感じる事は出来ても実感は薄くなるのも仕方がない。何よりも――――

 

 

(オレが此処に来た理由は、何も変わらないんだから)

 

 

 ――――己のやると決めたことは何一つ変わらない。

 

 死に方は分からないが、生き方では決して後悔はしない。

 自分と同じ思いをする者を一人でも減らすために、刃を振るう。

 

 宿儺がどれだけ強く邪悪な禍憑であろうとも、目的は変わらない。

 禍祓いというものが如何なる存在であろうとも、目的に変化は生まれない。

 

 そんなものは後から付いてきた()()()だ。

 いや、寧ろ、喜ばしいと言うべきとさえ考えている。やりたい事とやるべき事が一致した。ならば、後は進むだけ。重く受け止める必要も、迷う必要もありはしない。

 

 

「……人吉君は、優しいですね」

 

「はぁ、そうですか。そうなんです、かね……?」

 

 

 普段のとぼけた様子もなく漏れた椒林の本音に、(とぼ)けた表情で返す。

 事実として優しくした覚えなどないのだろう。惚けているのではなく、普段通りに接しているだけで自覚というものがまるでないのだ。

 

 

「……フッ。巴、小烏丸、当初の予定通りに彼にいろはを叩き込んでやってくれ」

 

「元よりそのつもり。がんがん鍛えるわよぉ」

 

「承知したのじゃ」

 

「それから、時がくれば全てを話そう。約束、だ」

 

「別に無理をしなくても。気になれば実に頭突きをして聞き出すから大丈夫です」

 

「お主、奴には容赦がないのじゃな」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「正に、吉凶禍福が同時にやってきたものだ……」

 

「七星剣、大丈夫……?」

 

「正直、動揺している。何故、今になって……だが、それは椒林も同じであろう?」

 

「そう、ね……」

 

 

 七星剣は司令室の帝都を望む窓の前に立ち、みやこ屋へと向かっていく巴と小烏丸、人吉の背中を眺める。

 己に視線を向けない彼女の胸の内を察し、椒林は後ろから抱き締める。無論、七星剣のためだけではない。彼女自身も恐れている事態が引き起こされるかもしれないからだ。

 

 実はあの場で全てを語らなかった。

 少なくとも、七星剣と椒林の把握しているいくつかの事実に関しては。

 

 彼の狙いは明白。爆弾を仕掛けたのだ。

 然るべき時、然るべき場で明か(ばくは)し、御華見衆に致命的な亀裂が奔りかねない爆弾を。

 

 

「私は使命を全うする。今回は勇気が足りなかった。そして、私は…………」

 

「大丈夫、私も同じ気持ちよ。だから、一人で背負い込まないで……」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 抱きしめられたまま振り返ると椒林は力無く笑っていた。彼女も同じように笑っている。

 

 彼女達もまた人吉と同じ。

 例え何が起ころうとも、やるべき事は変わらない。

 御華見衆として、巫剣として、愛すべきこの世界と人々を守り通すだけ。

 

 

「だが、見た目は全く違うのに、笑い方は似ていたな……」

 

「ええ、本当に。お日様の光のように優しい笑みで…………それも考慮して相手の巫剣を選びましょうか」

 

「ああ、そうしてやってくれ」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「本当に良かったの、人吉君?」

 

「はい? 何がです……?」

 

「七星剣に詰め寄れば、聞きたいことは全て聞けたじゃろうに」

 

「いえ、聞こうが聞くまいが、オレのやる事は変わらないので」

 

「はぁ~~、頑固な奴じゃのぅ」

 

 

 巴が先導を切り、夜になっても変化のない五感への暴力的な情報量で青い顔をした人吉と人吉の荷物の入った大風呂敷を背負った小烏丸が続く。

 視線だけを人吉に送るが、彼に後ろ髪を引かれるような思いは全くないらしくあっけらかんとしたものだ。

 

 本音を言えば、二人は宿儺と禍祓いに司令と副司令がどのように関わったのか、何を隠しているのか詰問したかった。

 だが、渦中の人物である彼がこれでは出過ぎた真似も出来ず、そのままお開きとなってしまった。

 

 小烏丸は歩調を早めて巴の隣に並び、人吉が盗み聞きする余裕がない事を確認すると口を開いた。

 

 

「それで、どうするのじゃ? 正味な所、七星剣と丙子椒林剣の奴等、あまり信用できんぞ」

 

「そうねぇ。昔からそうだけど、二人共秘密が多いのよ。こっちに相談も無しに勝手に決めるし」

 

「全く。そのせいで阿修羅丸などという怪物を生み出したのを忘れたか」

 

「――――…………少なくとも、私はもう二度と彼のような怪物を生み出すつもりもないわ」

 

 

 同じ御華見衆なのだからもっと頼れと言いたげな小烏丸は七星剣と椒林への憤りを露わにする。

 そして、彼女の口から発せられた名前に、巴は悲しげに目を伏せた。

 少なくとも二人にとって、その名の持ち主は特別な思いを抱く人物であることは間違いないが、胸中までは伺いしれない。 

 

 だが、巴に新たな決意を抱かせるには十分であったのか、彼女は足を止めて振り返る。

 

 

「ひぃ……はひっ……と、巴さん?」

 

「人吉くん。一つ、聞かせて欲しい事があるの」

 

「な、なんでしょう? オレに答えられることなら」

 

 

 肩で息をしていた人吉であったが、威圧すら感じるほど真剣さを帯びた巴の雰囲気に息を整える。

 

 

「貴方は、家族を殺した禍憑が憎いのかしら……?」

 

 

 返っている答えは分かっている。

 小烏丸からどのような人物であるかは既に聞いていたからだ。

 話に聞くだけならば素晴らしい人間性の持ち主と巴自身も思っていた。

 

 だからこそ問うたのだ。

 

 その心は真実、清廉なものなのか。

 心の奥底に、道を踏み外しかねない憎悪はないのか。

 かつて巴は、それを見誤った。その末に生まれたのが阿修羅丸という怪物であり、彼女の愛弟子でもある。

 

 だからこそ問わずにはいられない。前途有望な若者の未来をより輝かしいものとするために。

 

 

「どう、でしょう。自分でも無理に目を反らしている部分もあるんじゃないかな、とも思うけど……」

 

「………………」

 

「今はただ悲しいです。家族を失った事もそうだし、そういう人が今も生まれかねない事もそうだし、禍憑っていう存在が悲しい、かな……?」

 

「悲しい……?」

 

 

 禍憑には自由がないと実は言った。

 初めから“かくあるべし”と現れ、“かくあるべし”と動き出す。

 生き物のように何かを生み出し、作るでもなく、ただひたすらに己のものではない悪心に振り回され、壊し、侵し、殺すだけ。

 

 折角、この世に存在しているのに、存在意義を果たしたとしても虚無しか残らない。そんなのは悲しすぎる、と人吉は言った。

 

 

「勿論、殺された人の無念を晴らすため、これ以上被害者を増やさないためにも、オレは禍憑に容赦なく刃を振り下ろします」

 

「………………」

 

「でも、何て言うか……すみません。余り、巧く言えないや……」

 

「いえ、君の気持ちは十分伝わったわ。私も腹を括りましょう。まずは身体を治してから、それからビシバシ鍛えていくから覚悟してね」

 

「は、はい……!」

 

 

 人吉の答えは巴にとって満足のいくものであったらしく、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

 巴が見たのは瞳の奥。

 かつては気配を感じながらも見逃してしまった人の心の闇は、彼の瞳の奥には影も形もなかった。

 それは彼の口から出た言葉が全て本心であった事を意味する。

 

 

(禍憑を憎むのではなく、正しい怒りと慈悲の心で断つ巫剣使い、というのも面白いわよね)

 

(あー、あーあーあー。巴め、完ッ全に面白がっておるな。小僧、死ぬなよ……)

 

 

 

 

 





はい、というわけで、宿儺&実&禍祓いの説明回でした!

宿儺という悪役は、彼岸五将や災禍が無機質であったために思いついた悪役です。マジモンの外道。吐き気を催す邪悪。そんな感じ。

禍祓いについては、巫剣が生まれる以前はどうやって禍憑と戦ってたんだよ、という作者なりの思いつき。
こういう特異な体質、特別な才能を有する人間が必死こいて都を守ったのでは、という感じですね。

次回は修行回! ロリ娘も出るぞ! では、お楽しみに!
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