オーバーロード・ワン   作:黒猫鈎尻尾

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二十六話。それは知ってるようで知らない世界。

 いざ、胸を踊らせて王都へと入ったエンシェントが見たのは、格調高い町並みと言えば聞こえはいいが、実際は古臭いだけの街という印象しか受けなかった。

 

「陰気な街だ」

「ははっ、素直だねえ。まぁ、そう思われたってしょうがねえ。俺だってそう思う時がある」

 

 ボソリと呟いたエンシェントの言葉に、横を歩くガガーランが答える。

 陰気と言う他ないだろう。通りを歩く者や市場で買い物する者も、笑顔はぽつりぽつりとあるものの、上っ面だけであって常に何処か影が付きまとっている。

 心から笑っている笑顔が無いのだ。それに何より……

 

「子供がいないな」

 

 そう、道を歩いている子供が殆どいない。

 歩いていたとしても、決して離すまいと手を繋がれた子供が親に連れられてである。

 

「子供が一人で遊んでたら危ねえじゃねぇか」 

 

 何を当たり前の事をと言うガガーランに、エンシェントは微かに目を細める。

 ここでは子供同士だけで遊ぶ事が異常で、周りの大人もその異常を普通に思っている。

 カルネ村なんて辺境の農村ですら当たり前に行われることがだ。

 王都に来る前に見たネムという少女の笑顔が浮かぶ。

 

 エンシェントは何とも言えない不快感を覚えていた。

 外は危険で生きて行けず、塀の内側の限られた区域のみで生きて死ぬ。

 命の大半を生きることだけに割いて、搾り取られるだけ搾り取られて、笑顔が消えて目が死んで、生き足掻くだけの生を強いられる。

 そして遠くに見える王城と一部の豪奢な屋敷が立つ所に贅を尽くした貴族とやら特権階級がいるのだろう。

 陰気なはずだ。この陰気さは死臭だ。国が弱り死のうとする間際の死臭。

 

(ああ……これはまさに……)

「……アーコロジー」

 

 ルプーはビクリと体を震わせて、エンシェントの顔をゆっくりと見つめる。

 そこにはルプーですら見たことがない創造主の顔があった。

 エンシェントは表情豊かとは言えない。歯を見せて笑えば光るし、怒るという事自体が無駄な行為とも考えている。

 死人(アンデッド)は泣く事もないし、苦しみを表すこともない。

 

 だが、それでもルプーには創造主が常に笑って……嗤っているのを知っている。

 時に人の輝きに……人の生き様に目を細めて笑い。

 時に人の愚かさに……醜さに頬を歪めて嗤う。

 困ったように笑い、慈しんで笑う。

 蔑んだように嗤い。見下して嗤う。

 

 そんな偉大で慈悲深く思慮深い至高の創造主が、何でもない街を見て表情が抜け落ちていた。

 

 ルプーは……ルプスレギナ・ベータも創造主に似ている。常に笑い嗤っているのだ。

 だからこそ、同じ笑みを奪った眼の前の光景に腸が煮え繰り返る。

 

「お……おい! お前ら大丈夫か?」

 

 街道であったおかしな二人の男女のただならぬ様子に、堪らずガガーランは声を掛ける。

 それに即座に反応したのは、ルプスレギナであった。

 

「黙れ! 人げ……」

「黙れ。ルプー」

 

 喉奥で怒りに唸り声を上げていたルプスレギナにエンシェントの短い声が掛かり、ルプスレギナ・ベータはルプーへと戻される。

 氷のような声が煮え滾る腸と脳を一瞬で氷点下にまで冷やした。

 エンシェントは自分を落ち着けるように深い溜め息を吐いた。

 

「いや、すまん! 悪かったな。思わず眼の前の光景に圧倒されちまったんだよ。なぁ、ルプー? でかい街だよな!」

 

 朗らかに笑いながら手を上げて、ルプーの頭を大きな手でゆっくりと撫でる。

 

「は……はい! 凄く大きくてびっくりしましたわっ!」

「お……おう。そうか? そりゃよかった」

「ああ、よかったよ。()()に来られて」

 

 ガガーランを振り返ったエンシェントの顔は、いつもと同じ唇を上げるだけの笑みを浮かべて嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合の建物は王都のものとしては、それなりに立派なものだった。

 長きに渡る冒険者の乱暴な扱いにも慣れた頑丈な樫の木で出来たウェスタンドアを開いて中へと一歩踏み出す。

 

 ガヤガヤドヤドヤと騒がしかった組合内が、エンシェント達一行を目にすると水を打ったように静かになった。

 

 とんでもない美女を連れた色男が現れたからと言うわけではない。

 単純にここ王都に於いても二組しか居ないアダマンタイト級冒険者パーティ『蒼の薔薇』のガガーランをみて、みんな黙り込んだのだ。

 だが、完全に静かになった訳ではない。ヒソヒソと小声で、ガガーランが連れてきた二人組は誰かと噂をする。

 

 当のガガーランは慣れているのか。周りの空気が一変しているにも関わらずズカズカと、受付カウンターへとやって来た。

 

「よお、姉ちゃん!」

「こんにちは。ガガーラン様。本日はどの様なご要件でしょうか?」

「なぁに、俺の連れを登録してぇんだが、おばちゃんいるかい?」

 

 その言葉に、周囲の冒険者達がざわめいた。

 ガガーランはいい意味で、この冒険者組合で有名だ。

 面倒見が良く姉御肌、気風もよくて困った冒険者が居れば助けてやったりもする。

 ただし、新人でまだ冒険者のイロハも知らない若い冒険者を中心にだが、それでもここにいる冒険者で、ガガーランの世話になっていない人間の方が少ないほどだ。

 冒険者組合の華と言われれば誰もが蒼の薔薇のリーダーであるラキュースを上げるが、一番の冒険者は誰かと聞かれると、冒険者ならば必ずこう答えるであろう。

 一番の冒険者はガガーランであると。

 

 そんなガガーランが連れてきたあの二人組は何者だと、そこかしこで囁かれる。

 ガガーランのツバメじゃないかという下世話を言う者もいれば、エンシェントの背負う戦斧に目を留めてあれは名のある戦士だという古参もいる。

 

「なんだいなんだい! うるっさい男の声が聞こえたと思ったら、ガガーランじゃないか」

 

 受付カウンター奥の扉から、赤毛をボブカットにした四十代の女性が、小指で耳を穿りながら出てきた。

 タレ目がちな瞳は男なら誰でも守りたくなるような色気を持つ。若い頃は浮名を馳せていただろう事は想像に難くない。

 

「誰が男の声だっ! あんたが耳が遠くなったんじゃないかって声を大きくしてやったんだよ」

 

 ガガーランの怒声に眉を潜めながら、カウンターまでやってくると片手をついた。

 そしてガガーランへと視線を向ける。

 

「はんっ! ひよっこが言うようになったじゃないか。その大胸筋に筋肉以外の優しさなんて入ってるなんてね。それで……? あんたが紹介って事はそれなりの人物なんだろうが……ふーん。ガガーランと、えーと? そこのあんたら名前は?」

 

 昔は張りのある綺麗な胸だったであろう少しだけ垂れた胸を微かに揺らして、エンシェントとルプーの頭から爪先までを無遠慮に見つめて問いかけてきた。

 

「エンシェントという」

「……ルプーっす……」

 

 ルプーが少しだけ不貞腐れたように答えるが、女性は気にもせずにカウンターから手を離すと踵を返した。

 

「エンシェントとルプーね。アタシはここで組合長してるアレーナってんだよ。気軽に綺麗なお姉さんとでも呼ぶといい。さてと奥へ入んな。茶の一杯ぐらいは出して話を聞いてやろうさね」

「厚かましいんだよ! なにが綺麗なお姉さんだ! 行き遅れのババァじゃないのか?」

 

 アレーナはガガーランに刺すような視線を浴びせると、さっさと奥へと戻っていった。

 その後に続いてガガーランが、カウンター横のウェスタンドアを蹴るように乱暴に開けて入ってゆく。

 その後ろを、すげぇ女共だなと感心しながら、エンシェントとルプーが続いた。

 

 応接室には乱雑に色々な書類が置かれていた。否、バラ撒かれていた。

 

「なんだあ? また無理難題でも突き付けられたのか?」

 

 ガガーランが足元の書類の一枚を取ってぴらぴらと振ってから、床へと放り出した。

 気になったのでエンシェントも、一枚とって中を見てみる。

 ふとアレーナが何か言うかと思ったが、何も言わずに執務机に座り、疲れた溜め息を吐いただけだ。

 懐からルーペの様な片眼鏡タイプの文字翻訳の魔法道具(マジックアイテム)を取り出して、一通り目を通す書類には要請書という名前が付いているが、実質命令書に近いものである。

 内容は要約すると次回の帝国との戦争で、冒険者も参陣せよなどと書かれていた。

 バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフという名が署名されている。

 

「あのバカがまたギャーギャー言ってるんだろ? ラキュースがグチグチ言ってたぜ」

「あれが王になったとしたら、荷物纏めて帝国で玉の輿にでものるかねえ」

「はっ! ババァを嫁にもらってくれる奇特な男がいりゃいいがな」

 

 エンシェントは手にとった書類は無価値と判断して床へと投げ捨てる。

 ナザリックに使える一般メイドなら悲鳴を上げそうな光景だなと場違いに思った。

 現にルプスレギナは戦闘メイドで、メインが戦闘にも関わらず嫌悪感で眉根に皺を寄せている。

 

「どれ、それじゃ筋肉女のお連れさんとも話をさせてもらおうかね?」

「冒険者登録の件だな」

 

 エンシェントは執務机の前に立って、アインザックの紹介状を差し出した。

 それを受け取ると、アレーナは中も開けずにまずエンシェントを見つめる。

 

「アインザックのクソジジイの紹介かい。その前に一つ言っておきたい事があるんだよ」

「なんだ?」

「さっきの話を聞いてたろ? あんたは本当にここで冒険者になっちまってもいいのかい?」

 

 その口調は試すような色が含まれてはいるが、言外に「止めておきな」と言っている優しさが垣間見える。

 

「腕利きの冒険者は要らないのか?」

「くくくっ、はははは! 自分をそう言うっての相当な馬鹿か。本当の英雄かのどっちかだが、あんたは馬鹿にはみえないねえ。そりゃ、うちとしては腕っこきは欲しいさね。でも、勘違いしちゃいけない。組合の為に冒険者が居るんじゃない。冒険者の為に組合があるのさ。アタシはまず第一に冒険者の事を考える。だからこそ聞かなきゃいけない。明くる年にでも、ここはなくなっちまうかもしれない。そんな所にいた所であんたの為にゃならないと思うんだよ」

「お……おい! おばちゃん!」

 

 ネガティブに物事を話して折角の腕利きを手放そうとする組合長に、流石のガガーランも声を上げた。

 

「アレーナさんだ! 黙ってなっ! 悪い事は言わない。アインザックの紹介状があるって事は、アレに気に入られたってこったろ? だったら、エ・ランテルで登録しな。それがあんたの為だ」

 

 上目遣いに一見睨むように逆に懇願するかのように、エ・ランテルで冒険者登録を勧めてくる組合長を見ていて、エンシェントは可笑しく思えてきた。

 自らの欲でもなく、王都の民なんて者の為でもない。

 これは、アレーナという冒険者組合長としての意地なのだろう。

 冒険者のための組合でいたいという、下らなくも素敵な極々個人的な信念の為の行動だ。

 とても人間らしい利己的な行いである。

 

「くっくっくっ、気に入ったよ。あんたアレーナさん。俺は冒険者組合の為の冒険者になるつもりはねぇよ。だが、あんたのいる組合の冒険者にならなってやってもいい! 損だ得だの冒険者が損得勘定で冒険できるか? そこにワクワクするもんがあるから冒険するのがロマンってもんだろ?」

 

 エンシェントは気に入ったのだ。

 面白いと思えた。そう思ったらエンシェントにとっては負けなのだ。

 

(踊りたくなる舞台があるなら、演じてやるのが役者ってもんだ。だったら、演じてやろう。ただし、俺が書いたシナリオで演じて巻き込んでやろう)

 

 この街に来た時は、なんてくだらならい街で魅力も何も感じない。

 寧ろ、腹立たしさと苛立ちだけが募った。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。なんとも中に住んでる人間は面白く気持ちのいい奴らじゃないか。

 

「はぁぁぁあぁ……。全く……。なんだってこの冒険者組合にはこう馬鹿共が集まるんだろうねぇ……これじゃいつまでも引退出来やしない。改めて自己紹介するよ。私の名前はアレーナだ。歓迎するよ。まだ若い冒険者殿」

「ああ、エンシェントだ。こっちはルプー。頼りにしていいぞ。そしてこっちも頼りにさせて(巻き込ませて)貰おう」

「あっはっはっは、やっぱりあんたはいい男だよ! 俺の目は間違ってなかったぜ」

 

 陰気臭く暗い雰囲気の王都で、明るい笑い声が響き渡る。

 それは喜劇の幕開けで、悲劇の始まりでもあった。

 




誤字脱字訂正有難うございます!
so~tak様。いつもお世話になっております。

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