オーバーロード・ワン   作:黒猫鈎尻尾

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二十九話。見えた脅威と抗えぬ不安。

   

 エンシェントとルプスレギナが穴を抜けた先は、ナインズの執務室だった。

 執務室には四人がいた。デミウルゴスとアルベド、ナインズは解るが、何故かクレマンティーヌまでも死にそうな顔で三人に囲まれている。

 重い空気が居た堪れない事になっていた。

 エンシェント達の姿を認めると、クレマンティーヌは頬を赤らめて顔を明るくさせる。まるで地獄に仏を見たようだ。そしてナインズはガタリと立ち上がった。

 ナインズは内心ではこの空気に耐えられなかったのだろう。

 

「ナインズさん。至急ってことだから、とんでもないことが起こったんだろうが……。クレマンティーヌがここにいるって事は、なんかやらかしたか?」

「ち……違うっ……」

 

 クレマンティーヌは回らぬ口で説明をしようとしたが、横から冷たい悪魔の声に遮られて硬直する。

 

「誰が口を開いて良いと? やれやれ、しかも何かね? その口調は。至高の御方に対して……、もう一度()()が必要なようだね?」

「こいつも関係者でしょう? いっそ殺しておいた方が……眷属にされるなんて羨ま……厚かましいっ!」

 

 物騒な事を口にするデミウルゴスとアルベドに、挟まれるように立つクレマンティーヌは、顔色を()()の様にしている。死人(アンデッド)であるのだが。

 

「まぁ、待て。許可なく眷属化をしたのは俺が悪い。だが、眷属にした限りは俺の子供の様なものと思って勘弁してやってくれ。ところで何があったんです? ナインズさん」

 

 エンシェントは執務机に就くナインズへと向き直って聞いてみる。

 

「これ見てもらってもいいですか? クレマンティーヌから得た情報を纏めた物なのですが……」

 

 執務机に上の殴れば人を殺せそうな分厚さがある書類の束を見ると、表紙には『スレイン法国に関する報告書』と書かれている。

 中をパラパラと見るだけでも、法国の教義やら人口、都市の位置とその人口に至るまで事細かに書いてあった。

 

「その中に気になる物があったんですよ。ここです」

 

 エンシェントは覗き込むように、報告書へと視線を向けて絶句した。

 それは法国内で見た力の強い武器防具アイテムの欄にあった。

 その書類には大凡の絵が付けられて名前まで載せられている。

 

『白銀の生地に巻き付く蛇が描かれた異国風の服。名前をケイ・セケ・コゥク。所有者、カイレババア』

 

 その下には明らかにチャイナ服と思わしき服に、裾の所から肩に掛けて昇龍が描かれている服の絵があった。

 

「ナインズさん! これって!」

「多分、ワールドアイテムの『傾城傾国』だと思います。ただ、それも不味いですけど……もう一つが……」

 

 隣のページには一本の槍が描かれていた。

 説明の所には『法国でも非常に力の強い槍である。名称も槍としかわからない。所有者、漆黒聖典隊長』と書かれている。

 

「ゴッズならゲイボルク。ワールドアイテムならグングニル、ロンギヌスか……最悪だ……」

「ロンギヌス……あれだけはこの世界にはあっちゃいけない。ただ……法国でもトップの人間の許可がないと使用することが許されていないそうですから、多分間違いないかと……」

 

 形も『燃え上がる三眼』で見たやつとそっくりです。と続けたが、なんの救いにもならなかった。

 

 ロンギヌス。それはユグドラシルの中でも最悪の名を冠するワールドアイテムの武器だ。

 グングニルもワールドアイテムで存在しているが、グングニルは一切の防御力も防御系魔法も無効化してHPの三分の二を削られるというエゲツなさを持つが、ロンギヌスと比べると可愛いものだ。

 

 ロンギヌスはワールドアイテムの中でも二十と呼ばれる極大の効果を持つ、それは使用者のキャラクターデータを以て、相手のキャラクターデータを抹消するというとんでもない仕様の最悪武器だ。

 かつてユグドラシル時代に一度だけ使われた事が有るのを、ナインズもエンシェントも知っていた。

 その際にはプレイヤーに対してではなく、イベントボスに使われたのだが、そのイベントボスが復活しなくなり、それ以降は進行不可能になるという進行不可バグを生み出したのだ。

 それがこの世界に存在すると言うのは非常に不味い。

 

「ロンギヌス……あれだけは放置できん」

「ああ……だめだ。あれだけは前の世界もそうだったが、この世界には絶対あっちゃ駄目なやつだ……」

 

 顎に手を当てて考え込んでいたが、ふと目の端に守護者と眷属が、真っ青な顔をして跪いているのが見えて、エンシェントは首を傾げながら尋ねた。

 

「どうしたお前達?」

 

「いえ……我々は何ということを……。エンシェント様の御子様に対して……この罰は如何様にも……」

「私も同様に御座います。愛しの君の愛しき子に対して何たる態度を……この無礼は命を持って……」

 

 クレマンティーヌはと言えば、おそらくはデミウルゴスのいう()()の賜物なのか共に跪いているだけのようだ。

 エンシェントはナインズと顔を見合わせて、わからないように溜息を吐いた。

 

「よくわかった。だが、お前たちは勘違いしている」

「勘違い……でございますか?」

 

 アルベドが未だ跪いたまま、震えた声で問い返してきた。

 

「ああ、俺の言う子と言うものはお前達も入っている。ルプスレギナを始め、デミウルゴス、アルベドといった全てのナザリックの者を子と思い愛している。とはいっても、クレマンティーヌとは違う。お前達は俺達の友であるタブラさんとウルベルトさんが残していってくれた愛する子だ。クレマンティーヌとは比べ物にならないに決まってるだろ?」

 

 なぁ? と同意を求めるように、エンシェントはナインズへと視線を向けると、ナインズも立ち上がり、守護者達の側へと寄って肩に骨の手を置く。

 

「当然だろう。お前達は我らにとって我が子も同然、現地で眷属にした者とは隔絶された差がある程に愛しているさ。だから、二人共に顔をあげよ」

「なんと、私如きには勿体無きお言葉……至高の御方々のその御心には、我が忠誠と忠勤を持ってお答えしたいと思います!」

 

 エンシェントとナインズの言葉を受けて、デミウルゴスは涙で濡れた頬をハンカチで拭う。

 そして、アルベドはと言うと……

 

「愛する愛している愛する愛する愛して愛してる愛してる愛してる……うふふふふっ、くふふふふふふっ!」

 

 あっ、これはやばいとナインズとエンシェントは二人して感じる。

 ナインズは咳払いをして、取り敢えずは空気を変えた。

 

「ともあれ、クレマンティーヌには重要な情報が貰えた。これらはとんでもない価値のある情報だと言える。更にいうとこの者のお陰でユグドラシルには無かったアイテムの存在も確認出来た。これは現在に置いてナザリック最大の功と言えよう!」

 

 ナインズの言葉に反応したのは、デミウルゴスとアルベドである。

 

 ナザリックにとって最大の功というのは、とんでもなく栄誉な事であり、それをナザリック以外の者に奪われるとは守護者として、至高の御方の下僕として譲れないものであり、とんでもない失態であるといえる。

 だが、二人にはクレマンティーヌが持っていた情報の価値を正しく理解しているために、何も言う事が出来ない。

 

「何か褒美をくれてやらねばならない。ワールドアイテムなどといった物はくれてやれんが、出来うる限り望みは叶えてやろう。何か欲しい物や望みはあるか?」

「えと、その……私はエンシェント様の眷属ですので、私の功績はエンシェント様が受け取るのが相応しいかと思う。いえ、思いますです」

 

 守護者達による天井知らずな無言の圧力に、クレマンティーヌの死人(アンデッド)になって動かなくなった胃がキリキリと痛むような気がする。

 だが、クレマンティーヌは正しい言葉の選択を行った。

 今まで押し潰されそうになっていた圧力がふわっと軽くなった気がしたのだ。

 

「確かにな。お前は殺されてもおかしくは無かった。否、エンシェントさんが眷属にしていなければ、情報を吐き出させるだけ吐き出させて、餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)の住処にしていただろう」

 

 ナインズが何気なく吐いた言葉に、クレマンティーヌは心の底から安堵するのと、同時にエンシェントに対してとてつもなく感謝する。

 餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)という存在をクレマンティーヌは一度だけ目にする機会があった。それは陽光聖典の中に情報を持つと思われる者がいるかどうかを聞かれた時に、住処とやらにされていた陽光聖典の姿を見たのだ。

 

 自分は人を甚振る事を好み、苦しむ姿を見る事が楽しい狂った人間である事をクレマンティーヌは知っている。

 だが、自分はまだまともだという事が嫌というほど理解できた。

 あれを見て平然としていられる者などいるはずは無い。

 生きたまま感覚が残されている状態で、まるで溺死体のように全身がブクブクと膨れ上がり、破れた皮膚の下からは透明なゼリー状の袋が顔を覗かせる。

 そんな姿の人間が無表情に口から涎を垂らして、口からあーあーと言葉にならない音を出すだけの物体になる。クレマンティーヌは思わずその場で嘔吐できない体にも関わらず吐きそうになり、本当の意味で気が狂いそうであった。

 

(あんなモノにされるぐらいならば、陵辱の限りを尽くされて殺された方がマシだ!)

 

「は……はい、ですので、今ある立場こそが最大のご褒美です。本当に……」

 

 クレマンティーヌの心からの謙虚な言葉に、アルベドは女神のような慈母の微笑みを浮かべて、デミウルゴスは当然でしょうと、眼鏡に指を当てながら頷いていた。

 クレマンティーヌにとっては心から今自分が無事で居られることが幸せに感じているのだ。

 

「うーん。だがなぁ。それは俺の欲っつーか。我儘で勝手にやった事だからなぁ。本当に他には無いのか? それだけだとこの情報に見合わないんだよな……」

「そうですねぇ。この情報だけでも私達は知らなければとんでもない事態になっていました。それこそナザリックを崩壊させかねないほどの」

 

 エンシェントの言葉にクレマンティーヌは完全に固まってしまい。ナインズの言葉に守護者達は驚愕の余り固まってしまった。

 

「取り敢えずは報奨の件は置いておくとして、クレマンティーヌよ。ご苦労だった。アルベド。守護者達に……いや、ナザリック全体の者に伝えよ。このクレマンティーヌはエンシェントさんの眷属であり、お前たちと同じようにナザリックで働く者だと周知せよ!」

「はっ!」

「クレマンティーヌはご苦労だった。下がっていい。そうだな。取り敢えずはシャルティアの居る第二階層の死蝋玄室へと連れてゆけ。この後へシャルティアにつけるつもりだからな」

「はい。では、行くわよ。クレマンティーヌ」

「は……はいっ! アルベド様!」

 

 アルベドはナインズから貰った薬指に輝くリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を使って、転移で姿を消した。

 

 三人となった執務室で、エンシェントとナインズは唸り声を上げる。

 

「どうする? ナインズさん。法国はやばいな」

「ええ、明らかにやばいです。恐らく……いや、絶対プレイヤーが居るか。()()()ですね……」

 

 二人して開かれた報告書のページを見つめ続ける。

 

「質問をよろしいでしょうか? そのロンギヌスと言う物と『傾城傾国』なるワールドアイテムは。どのような効果があるのでしょうか?」

「ん? ああ、知らなかったんだな。先程はクレマンティーヌがいたから話す事は出来なかったが、これを説明せねばこの情報の価値は理解できないだろうな。ナインズさんの方が詳しいからお願い」

「うむ。このケイ・セケ・コゥクと呼ばれる物……まぁ、正式名称『傾城傾国』はキャラクターを乗っ取る。いや、洗脳するワールドアイテムだ。これの恐ろしいところはシャルティアや私、そしてエンシェントさんまで精神支配に耐性のある者でも支配されてしまう」

「なん……と……っ!」

 

 デミウルゴスはまさに言葉通りに絶句する。

 だが、そんな様子も気にせずに告げられた次の説明に、デミウルゴスは真の意味で、何故、至高の方々があれ程この情報を評価したのかを理解した。

 

「もう一つのアイテムだが、私達……いや、ユグドラシルにあっても最大最悪の代物だ。名をロンギヌス。使用者の存在を消滅させる代わりに、敵も存在が消滅させられる」

 

「…………っ!?」

 

「即ち、これを使われたら例え、俺やナインズさん。お前達守護者であろうとも、通常の手段では復活できん。真なる復活(トゥルー・リザレクション)やユグドラシル通貨を全て使おうともだ。同じワールドアイテムを使用すれば……いや、それでもこの世界ではどうなるかわからん」

「うむ。使われたら……こちらには打つ手がない……」

「そ……それでは全軍を以て、スレイン法国へ進軍して滅ぼされてはっ!」

 

 デミウルゴスは震える声でそう進言するが、デミウルゴスもこれは愚策だとわかっている。

 二つの脅威があるからと言って、それ以上の脅威がないとは限らないのだ。

 だが、下僕としてそう言わざるを得ない心境であった。

 もしも、至高の御方が洗脳されて敵対してきたら? もしも、至高の御方の一人でも存在を消されて身罷られるようなことがあれば?

 例え話、可能性の話である。だが、その例えであろうと可能性であろうとも許せるはずなどない。

 出来うる事ならば、速やかに即座に今この瞬間にすら法国が滅びる必要がある。否、滅ぼさねばならないという焦燥感にすら駈られる。

 

 だが、法国側にはプレイヤーがいて、そのプレイヤーが何人いるのか? どれほどのアイテムを所蔵しているのかも不明なのだ。

 デミウルゴスはその鋭利な爪を自身の掌に突き刺す事により辛うじて自制する。

 そして、デミウルゴスが考えた通りに、至高の御方の口から否定の言葉が飛び出した。

 

「だめだ。正面切っては戦えない。向こうには法国と言う後ろ盾があり、使い捨てにできる存在もいる。だが、ナザリックにはそれがない」

「そう……ですね。もしも、プレイヤーがいるなら……かなり不味い。うまく隠れている」

 

 表立って暴れている分には何ら脅威ではなく。馬鹿なガキとして鎧袖一触に出来る。

 だが、もしもプレイヤーがいるならば、思った以上に慎重である。

 ワールドアイテムを餌に法国を裏から操っているとすれば、かなり大胆で頭が良い。

 プレイヤーがいるとすれば法国内ではなく別の場所に拠点があるはずだ。

 そして、プレイヤーが現れて、法国を危険視して滅ぼせば、人間を煽動して敵対できるし、傾城傾国もロンギヌスも奪われたとして潰しようがある。

 問題はワールドアイテムがそれだけとは限らないこと。否、それ以上存在すると考えるのが当たり前だ。

 光輪の善神(アフラマズダー)。ナザリックに対して、絶対あってはいけないのがこれだ。世界を丸々一つ覆い尽くし、尚且、カルマ値がマイナスであるものほど、その世界でのステータスが極端に下がる。半分以下になると言ってもいい。

 カルマがマイナス百でステが一割下げられて、ダメージを喰らわされる。

 エンシェントならばそれほどでは無い。ナインズもワールドアイテムを所持しているから大丈夫だ。アルベドやデミウルゴス、シャルティアなどはカルマがマイナス五百の為に能力値が半分になり、尚且、大きなダメージを食らうだろう。

 

 ユグドラシルなら九つある中の一つが数日の間、使用不可能になる程度だが、この世界だとその数日ですら、ギルド拠点のナザリック外に出る事は不可能になるだろう。

 いや、この世界だとどう作用するかわからないから、最悪永遠になんてことになりかねない。

 

「取り敢えずは……法国に対しては何もしない。慎重に慎重を重ねて行動せねばならん」

「ああ、少なくもワールドアイテムを二つ以上所持しているプレイヤーが居るか居たかしたってことは、相当にでかいギルドだからな」

 

 ワールドアイテムの所持数トップギルドが、十一個所有しているアインズ・ウール・ゴウンがトップとすれば、次点がワールドアイテム所持数三と言えば解りやすい。大半のギルドはワールドアイテムすら所持していなかったのだから……

 それなのに現在確認されているワールドアイテムは二つだ。

 エンシェントとナインズは背中に冷たいものを感じていた。




誤字脱字訂正本当にありがとうございます!
あなた達のように誤字脱字を見つけられる人間におらぁなりたい…… 
鬱ボット@様。誤字脱字訂正の達人。so~tak様。
ありがとうございましたっ!!

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